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ワールドクライシス  作者: かたせ真
エリティアの人たちのお話
60/62

シアワセの形 5

 不意に目が覚めて、 身体を起こした。

 隣ではすやすやと穏やかに眠るアジェルの顔が見えた。

 起こさないようにベッドを抜け出すと、 朝の冷たい空気に体が震えた。

 はあ、 と息をつくと少し白い。


「……恥ずかしい話をしてしまった」


 思い出すと、 途端に顔が熱を持つ。 恥ずかしくて手で覆って見ても効果は無い。

 冷たい気がした手はすぐ温かくなってしまい、 頭を抱えた。

 だが、 一人である事と傍でアジェルが眠っている事を思い出しこほんと咳払いをする。

 落ち着け。 落ち着けと言い聞かせて、 深呼吸して目を閉じた。


「ほんとに……好き、 なのかな」


 怖々とデスターの事を思い浮かべてみる。

 怒っていたり不機嫌そうだったり、 でも世話焼きで誰かの為には優しかったりもして。

 初めて出会った時も、 オレの事を心配してくれていて。

 泣いてしまったけど、 大丈夫だからと力なら貸せるからと言ってくれた。

 心強かったし、 最後まであの戦いを見届けられたのも傍に居てくれたからだ。

 感謝してもしたりない。

 戦いが終わってからも、 時折傍に出てきてくれて様子を見に来てくれている。

 自分の仕事の時もあるようだったけど、 顔を見ると安心して、 話が出来ると楽しかった。

 過保護だなって思った時もあったけど、 不器用なりにあれで優しくしてくれてたんだと最近は気付いた。


 ああ、 ほら。 思い出すとじんわりと胸が温かくなる。


 でも、 ほら。 辛そうに顔を顰めてたのが頭をよぎって、 じくりと胸が痛んだ。


「……どうしてあんな顔してたんだろ……」


 悲しそうで、 辛そうで。

 胸が、 痛い。

 思い出すと、 泣いてしまいそうな気になった。

 オレがそんな時傍に居てくれたのだから、 出来るなら傍に居たいのに。

 苦しくて、 シャツを握り締めた。


「……痛い」


 ぼんやり目を開けると、 視界が滲んでいた。

 日の光がきらきらと輝いている。


「……あ、 でも……好きな人が辛そうだから痛いんだって言ってた」


 昨晩の会話を、 落ち着いて思い起こす。


「……なら、 やっぱり好きなのかな。 じゃあ、 伝えて、 みようかな……」


 瞬くと、 ぽたりと涙が落ちた。

 でも気持ちは決まった。

 良く思っている事は確かなんだし。 ……伝えて、 少しでも辛いのが忘れられるなら言う価値はあるかも知れない。
























 銀色の少年少女は図書館で顔を付き合わせていた。

 お互い向き合うように床に座ると、 同じ表情を浮かべて首を傾げる。

 それはまるで鏡の様。

 服装や髪型が同じならば、 もう見分けが付かない程だ。


「……呼んでた?」


 口を開いたのはルディアが先だった。

 シャールに手を引かれて来たは良いが、 それから今に至るまで一言も話していない。


「呼んでた」


 こくり、 と頷きフォートが答えた。

 首を傾げるのを止め、 少女にそっと手を伸ばす。

 二人の間には、 いつの間にか黒い装丁の本が現れていた。

 リアクトがカウンターに放置していたままであったのだが、 少年が引き寄せたようだ。

 少女はフォートの手に手を重ねると、 目を閉じる。

 少年も習って目を閉じた。

 暫くの沈黙の後、 また少女が口を開く。


「幸せの形が沢山あるの」

「愛の形も沢山あるね」

「でも、 痛いみたい」

「それを望んでる?」


 そんな二人の様子を、 カウンターからリアクトが見ていた。

 近くに控えるシャールを招き寄せ、 そっと耳打ちする。


「……何してるんだと思う?」

「さあ……でも、 多分誰かの転生の話でしょう」


 シャールは主達を見つめながら、 リアクトに返答する。

 彼女は驚いたようにシャールを見た。


「え?」

「あれは、 僕等のうちの誰かの本でしょう? 察するにデスターでしょうか」

「……えー……なんで分かるの」

「伊達に最初から居ませんからね。 僕には見れませんけど、 何かは知っています」

「なんでデスターだって思ったの?」

「最近で願いが叶ったのは彼だけですから。 ……それにさっきそんなお話をしていた様ですし」


 言いながら、 シャールは小さく息をついた。

 重苦しいそれは、 寄せられた眉のせいもあってか更に空気に重みを与える。


「……リアクト」

「……何?」

「お二人は、 どうするおつもりだと思います?」


 ちらり、 とリアクトを見やると、 彼女と目があった。


「どうするって……」

「デスターは、 多分もう時間が無いのだと思います」

「……それって」

「マスターにも寿命がありますしね。 ……終わる時、 彼は転生か消滅かを選択する事になる。 性格的に残る事は無いでしょうし」


 フォートとルディアの箱庭は、 これまでに何度も創っては壊れてを繰り返している。

 中に生きる者達の時間とは違う場所で何度も何度も過ごしている為、 精霊達は今の箱庭が存在するよりも前から見守っていた。

 時には願いを成就させた者が出た事もある。

 転生を望めば箱庭の中の住人として、 生きる道もある。

 消滅を選ぶなら、 やっと永久の眠りに着く事が出来る。

 精霊として残るのなら、 それはそれで受け入れられる。

 だがきっと、 話題の彼は残りはしないだろう。

 そうシャールは言っているのだ。


「選ばせるんじゃない? いつもそうだし……」

「本人が選ぶなら消滅でしょう。 彼はそんな人です」

「……シャールはそれが不服?」

「はい」


 即答であった。

 主達はまだ二人だけで話をしている。

 断片的に聞こえてくる会話は、 物語を読むようなそれに近かった。

 一頻り話し答えを導いたのか、 二人は頷きあっている。


「無論、 主様達の決定ならば何も言いませんけれど」

「……ええと」

「折角頂いた機会なのに、 何故両手を挙げて喜ばないのか。 性質的に難しいかも知れませんけれど、 ……それでも星を掴むよりも難しいチャンスを得たのです。 彼の願いは条件が細かく、 全てが整うことはもう無いでしょう。 一度きりのこの時を得る為に本当に長い時間待ったんですよ? なのに、 消滅を願うなら……僕は苦しい」


 とつとつと溢れていく言葉は、 なんの抑揚も無かった。

 ただ、 終わりに近づくに連れ顔を顰めさせていく。


「……シャール。 貴方、 本の中身を全部知っているの?」

「あの本は見れません。 ただ、 ……よく知っています」

「……なんで?」

「……何故って、 …………それは」


 言いかけたシャールの言葉を遮ったのは扉の開く音だった。

 覗いた顔はなんとも複雑な顔をしたデスターである。


「……俺がこの姿になった時に、 居たんだろ?」

「まあ。 ……貴方に限らず、 今居る精霊みんなの時に立ち会っていますから」

「そうだろうな。 ……で、 みんなして俺の話か?」


 いつもの苛々とした様子は無い。 彼は溜め息混じりに呟いて、 辺りを見回した。

 リアクトは訝しげに見詰めていた。

 シャールはにこりと笑ってみせる。

 銀の少年は黒い装丁の本を抱え、 少女は立ち上がるとデスターの傍に寄って行った。


「デスター」


 彼の手を取り、 またしゃがむようにと引っ張る。

 デスターは思いの外優しげに笑い、 要望通り膝を折った。


「なんだ?」

「……直接聞く。 貴方はどうしたい?」


 問いかけに驚いたのは、 デスターだけではなかった。

 え?とシャールとリアクトも同時に呟き、 少女ルディアを見つめている。


「どうしたい、 とは?」

「転生か、 永久の眠りか、 それとも残るのか」

「……今聞くのかよ」


 こくり、 と頷く少女を前に流石の彼も困り顔である。

 けれど、 代わりに少年フォートが彼を見た。


「決めかねるなら、 相談すればいい」


 提案に、 創造主たる彼等に仕える三人は仲良く首を傾げた。


「みんな自分の考えを人にも当て嵌めようとしてる」

「デスターの意見は聞くけど、 貴方だけで決めては駄目」

「デスターの時間だから考慮するけど、 君だけの物ではない」


 困惑するデスターの傍にフォートも歩み寄ってくる。

 手にした本を差し出して、 ルディアと共に微笑んだ。


「想いは確かに此処にある。 君の生きた証は罪では無い。 ただ、 愛して愛し抜いた時間の記憶」

「過去に想いを馳せるのは大切。 でも思い出して。 〝彼女〟もまた貴方を愛して、 幸せを望んでいた」

「未来は罰を受ける為にあるものじゃない。 だから、 せめて見てきて欲しい。 手を伸ばせば届くから」

「幸せを願われているのは、 皆平等。 今度は貴方の番であり、 貴方でないと幸せに出来ないかも知れない人が居る」


 声音は穏やかで、 優しい詩の様であった。

 本を受け取り、 彼は少年少女を見詰めていた。

 そして、 困惑の色を強めていく。


「でも、 だから……どうしろって言うんだよ。 俺がどうこう出来るもんじゃないだろ……!」


 知らず語尾は強まり、 荒らげていく彼の傍に寄りシャールは言った。


「デスター。 諦め癖は貴方の駄目なとこですよ。 もういいなんて言いながら、 きちんと出会えた訳ですし」


 見下ろす目は苦笑した拍子に少し柔らかな物に変化していた。


「……何なんだ。 俺はもう十分過ぎるくらいチャンスを貰ったし、 もう……」


 視線を落としたデスターの前に仁王立ちしたのはリアクトだった。

 カウンターからわざわざ移動し、 主達とシャールの間に割って入った。

 そして、 一冊の赤い本を抱きしめてにっこりと微笑んでいたのだ。


「……デスター」

「いってぇ!」


 振りかぶって抱きしめていた本を彼の頭めがけて振り下ろした。

 丁度角が当たる様に計算された角度で、 力いっぱいである。

 即座に睨みつけた彼の目にひるまず、 リアクトは微笑んだまま言う。


「もういいなんて言わせないわよ。 痛がりたいのは趣味な訳?」

「はあ?」

「自分ばっかり押し付けて、 ちゃんと見ようとしないなんて万死に値するわ」

「……押しつけがましいのはお前ら全員同じだろ」

「煩い。 うじうじ独りで悩んでないで、 ぶつかれ馬鹿」


 ほら、 と先程彼の脳天に直撃させた本を手渡す。


「リアクト……お前、 これ」

「私じゃなくても少しくらい感じ取れるでしょ。 アンタのせいで辛そうにしてるんだから、 慰めの言葉でも掛けに行きなさい!」

「こんなもんで人の頭殴んなよ……」


 キラ・エリティア。 そう、 本には書いてある。

 彼の契約者であり、 彼の愛した人の魂を持つ少女。

 そして。 非常に残念な事に、 どう想っているのか周りにバレてしまった彼の想い人の本である。


「代わりに殴ってやっただけ。 個人的にも殴りたかったけど」


 思わず閉口したデスターの傍で、 シャールがくすりと笑っていた。

 彼の眼前ではルディアがまたデスターの手を握る。


「デスター。 リアクトの言う事、 今回は正しい」


 空いた手は、 フォートが握った。


「デスター。 行っておいで。 そして見てきた方が君の為」


 言いながら、 彼等はまた微笑んでみせる。

 何か言いかけたデスターの姿が消えたのは、 そのすぐあと。

 残された彼等はそれぞれに息をつくが、 怪訝な顔をしたのはリアクトだった。


「ほんっとに。 さっさと言えば良いのよ。 ……折角出会ったんだから、 とことん幸せ突き詰めれば良いじゃない」

「不器用なんですよ。 ……リアクト?」

「何」

「……顔」


 苦笑したシャールはそう指摘して、 彼女の隣に寄り添った。

 リアクトはそのままぼろぼろと涙を零して、 顔を覆う。

 だが、 声をくぐもらせながらも主へと問う。


「主様達……デスターの時間はもうすぐ終わるのですか?」

「うん」

「……人の子の命は短いから。 私達の時間で考えると一瞬」


 淡々と言葉は続く。

 リアクトは泣きながら、 それでも言った。


「あの子達二人とも不器用だから心配。 ちゃんと成就するのかな。 ……ちゃんと想い合えてるのに」


 あああ、 と崩れ落ちてしくしくと泣いた。

 シャールはしゃがみこんで、 背を優しくさすっている。

 創造主達は顔を見合わせ、 目を閉じた。


「どうなるか、 分からないけど」

「最善の道を選べる筈」

「いつだって創造物こども達は己の思う最善を選び取り」

「そして、 幸せの形を模索するのだから」


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