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夢見る



 見つめていよう


 先を、 先を。






 未だ来ない時間を


  来る生を


  来る滅を



 夢見ながら。





















 ふわり ふわりと、 浮いていた。

 半透明の体は、 呼吸にあわせて色が濃くなったり薄くなったり。

 所謂‘魂’の様な存在で、 彼はまどろむ。


『…………、 ……』


 呟いた、 気がした。

 その音は、 小さく小さく空気を震わせて消えてしまう。

 隣を見ると、 揺れる影。

 彼と共に揺らぐのは、 自分と同じ存在だ。

 

 二人で、 一つ。


 彼等は、 ‘創造主’と呼ばれていた。




















「ねぇ、 キラ」

「……うん?」


 アルミス五日目の朝。

 窓の外は晴天。 風は無く、 少し暑かった。

 そんな日、 昨日のシャールの言葉を思い出しアジェルは身支度をしていたキラに声をかける。


「疲れてない?」

「……え?」


 伺うように見つめるアジェルに、 キラはきょとんとして首を傾げる。


「……昨日はそんなに動いてないし。 別に疲れてないけど」


 実質彼女は昨日少し外に出ただけで、 一日ずっと眠っていたのだ。

 昨日シャールが言いに来た、 ‘干渉’による影響もアジェルが見る限り無さそうに見える。


「そっか」


 それを聞くと、 アジェルはにっこりと笑った。


「ごめんねー、 急に。 ご飯食べに行こうか」













 黒い短髪の青年は怪訝な顔をしながら廊下をずんずんと進んでいった。

 目的の部屋に着くと、 間髪入れずに扉のノブに手をかける。

 がちゃ、 と音がして開かれると、 柔らかな光の中で金髪の少年が座禅でも組むように床に座っていた。


「……シャール、 邪魔するぞ」


 ふわり。 ふわり。 光が浮かぶ。

 その中央で目を閉じて座っていたシャールは、 ふ、 と息をついて目を開けた。

 目尻を下げ、 優しげに笑いながら見上げる。


「珍しいですね、 デスターが此処に来るなんて」

「……いいだろ、 珍しくても」

「そう拗ねないでください」


 くすりと笑うと、 シャールは立ち上がりデスターに近づく。


「それで、 用件は?……あ、 出来たら手短に」


 言われて、 少し青年は怪訝な顔。

 けれども嫌だとは言わず、 少し考え用件を伝えた。


「……何故、 今頃あれが来た?」

「………………、 すみません、 掻い摘み過ぎてちょっと……」


 確かに短くはあったのだが、 これではさっぱり分からない。

 デスターが真面目に訪ねているのは分かるので、 シャールも真顔で返した次第だ。


「だから。 ……例の、 干渉と言っていたあれだ。 何故今?」

「……あぁ」

「生まれる前は確かに見たが。 それ以降、 接触は無かったはずだ」

「と、 僕に言われてもね。 君が個人的に干渉したんだとばかり」

「……な、 なんで俺が!」

「いや、 だって……」


 だって、 の先は本人が一番良く分かっているだろう。

 デスターの言う通り、 彼は世界に生まれる前の彼女の魂を此処で見ている。

 彼等が縁を結ぶモノだと知っているシャールが会わせたのだから間違い無い。

 そして、 デスターが密かに一方的とは言えまた巡った魂を見たことを喜んだのを知っていた。

 深い縁を持つ為に、 また会いたくなったのだろうか。

 なんて、 わざわざそう口にしないのは、 優しさなのか。 それとも。 ただの意地悪なのか。


「まぁ、 構いませんが。 デスター。 覚えてますか?」

「……何をだ」

「『これは、 君を変える人になるから』」

「…………」

「そのうちに、 彼女とは正式に対面をすると思います」

「……」

「だから、 それまでは波長を合わせないようにお願いしますね?」

「…………分かったよ」













「……ユーダ?」

「うん」


 食事を済ませたテーブルで、 アジェルが懐から取り出した地図を広げる。

 比較的新しい地図には、 今、 ごりごりと新しい赤丸が付けられている最中だった。


「此処」

「……へぇ」


 地図が破けんばかりに力いっぱい付けられた丸は、 怨念じみた物を感じさせるようだ。

 別段アジェルの表情が変わった風には見えないし、 なんなら笑っている。

 だが、 先日の一件を見るにアジェルの楽しい時にだけ笑顔を見せる訳では無いと知った。

 多分、 これもそういう事だろう。

 従って「力いっぱい赤丸を付けるのは何故か」なんて疑問には触れずに、 キラは次の行き先について話すことに専念した。

 そうしているうちに、 地図がびりっと悲鳴を上げた。


「…………。 ユーダまでは、 どれくらい掛かるんだ?」

「んー……まぁ、 歩いていくんならざっと、 十日ってとこかな」

「……十日、 か」

「途中の検問で時間掛かるからもうちょっと見てた方がいいかも」

「……じゃあ、 食料もいるな」


 宿はあるにしても、 と付け加えて、 キラは顔を曇らせた。


「あれ、 憂鬱そうね。 お買い物苦手?」

「……じゃなくて、 お金。 足りるかなと思って……」


 と、 ポケットから財布を取り出し、 その動作のままキラがぴしりと固まった。


「どうしたの?」


 テーブルに広げた地図にペンを放り出し、 不思議そうに見つめる。

 暫し待っても動かないキラの目の前で、 アジェルは手をぶんぶん振った。

 そんな彼女の動作を無視して、 年代物の人形の様に軋んだ音がしそうな動きでキラがアジェルを見る。

 そして、 がっ、 と手を掴んだ。


「アジェル!」

「……え、 ……え?」


 慌てた様子のキラはアジェルが困惑しているのも構わず、 困ったように見つめていた。


「……ごめん、 今までのお金!」


 旅に出てからアルミスまでの食事は、 ペルナが持たせた携帯用の食料があったからよしとして。

 宿代や食事代をいつ話そうかとする内に、 言い出しそびれてすっかり忘れていたのだ。


「……あ、 なんだそんな事」


 もっと凄い事が起きたのかと思った、 と、 笑うアジェルに、 キラは必死に否定する。


「いや、 お金の問題はきっちりしとかないと!」


 意外と金銭にはしっかりしているらしい。

 どれくらいだったのだろうか、 と、 狼狽して計算しているキラに、 アジェルは笑ってひらひらと手を振った。


「いいよー。 今回は私が払ってる訳じゃないし」

「……良くない……。 ……て、 え?」

「金額も高くないし、 大丈夫大丈夫」

「……え?」


 だから安心してと続いたアジェルの言葉に、 キラは疑問符を一杯浮かべながら見詰めた。

 珍しいものを見たとでも言いたげにアジェルは微笑んで、 説明を始める。


「私、 昨日報告に城に行ったでしょ?」

「……うん」

「あの時に今回の事件解決に協力したって認めて貰ったから。 今回のは経費になりました」


 笑顔のままで、 そう晴れやかに告げた。

 認めて貰ったと言うか、 正確に言うと認めさせた、 に近いのだが。

 キールと同行したのは、 証言して貰うと言うのもあったようだ。


「そのために、 出かけたのか」


 飽きれた様な、 でも少しほっとしたような。

 そんな心境のキラに、 アジェルはにっこり微笑む。


「うん。 じゃなきゃ、 お休み中にお城になんて戻らないよー」

「……城の仕事は、 嫌いなのか?」

「ええ」


 即答で返った答えに脱力しながら、 そっか、 と納得し礼を述べてから財布を仕舞ったのだった。


「……それでね。 ユーダに行くんだけど」

「…………うん」

「これから買出し行って、 お昼過ぎにはアルミスを出ましょう?」

「買出し?」

「んー。 取り合えず食料ね。 あと、 聞きたかったんだけど。 キラ。 お料理出来る?」

「……料理は、 まあそれなりに」

「わっ! ほんと? 私、 全く出来なくて」


 全く、 あたりを強調して宣言される。

 にこにこと笑うアジェルに、 段々とキラの顔が引きつっていった。


「………………え」

「一回お料理してるとこ、 見たら分かると思う。 ……自分で言うのもなんだけど」

「……」


 言ったアジェルの顔に、 影が差す。

 それはつまり、 それ相応の腕前と言うことなのだろう。

 そう察して、 キラは黙って話が変わるのを待っていた。


「で。 相談なんだけど」

「……うん」


 待望の変わり目はすぐやってきて、 しかも、 アジェルは割合転換が早い。

 その事にほっとしつつ、 話を続けた。


「さっき、 お金のこと心配してたでしょう?」

「そうなんだよな。 ……すっかり忘れてて」

「それはいいよ。 私は御休みとは言え旅に出てる間も多少お給料が入るから、 宿代とか必要なのは出すけど」

「でも、 それじゃあ負担をかなり掛ける事になるんじゃあ……」

「だからね? キラがお料理してくれる代金として、 私が二人分の食費と宿泊費を持つ。 これでどう?」


 人間とエルフが住んでいる地域(ただし、 エルフの聖域を除く)では、 郵便と銀行のシステムが成立している。

 引き出すには各所の銀行から中央銀行に通信を送り、 やり取りの末、 引き出しが可能となっている。

 もっとも、 使えるのはある程度の収入があるものだけで一般市民はあまり利用しない機関だ。


「うーん……そこまでの腕前でも無いけど」

「じゃあ、 旅先で働きつつってことで。 それなら良いでしょ?」


 ふふっ、 と楽しげに言うアジェルに、 小さくキラが頷いた。













 ふわり、 ふわり。

 浮かびながら、 夢を見る。


『……』


 楽しい夢を見ていた気がした。

 それから、 怖い夢も見た。

 そう、 漆黒の夢だ。

 つ、 と頬を涙が伝う。


 共有したい気持ち。


 共有したい夢。


 見た夢を共通して、 初めて、 それは‘現実’になる。




 そう思って、 彼女は隣を見る。

 けれども、 ともに漂う彼は眠ったまま。


 仕方なく彼女は、 また、 まどろみの世界へと帰っていく。


 落ちる間際に願うのは、 ただ一つ。


 あの怖い夢が、 再び訪れないように。 と、 言うことだけ。


『……もう……やだ』


 呟いた声が、 少しだけ、 空間を震わせた。


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