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ワールドクライシス  作者: かたせ真
エリティアの人たちのお話
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シアワセの形 3

 死してから、 生まれた願いがあった。


 拾われてこんな酔狂な役割を引き受ける代わりに、 願いを叶えるチャンスをくれると言う。


 だから、 俺は思った。

 もしまた会えるのならば、 どうか、 傍で見守りたいと。

 隣に立つ者で無くて良い。 〝自分が〟彼女と共に時間を過ごそうなんて思わない。

 いつか、 誰かと幸せそうに笑う姿が見られれば、 それで。


 ……それが出来れば幸せだと、 思っていた。


 そして出会う日が訪れた。

 同じ魂を持つ人間と、 縁を繋ぐ事が出来た。

 愛した人とアイツは別の人間だと重々理解している。

 けれど、 それでも嬉しかった。

 見守りたいなんてのも……結局は代わりにしてるんだって、 思っているのに。

 同じ魂のせいだろうか。

 困ったことに、 自覚している分には今の彼女の事も自分は気に入っているらしい。

 傍に居る事が出来る現状はとんでもなく幸福な事であり、 前は見る事の出来なかった幸せに過ごす様をいつか見れるのを楽しみにしている。

 ……それはまるで、 親戚の子を見る様な気持ちであった筈なのに。 どうやら、 少し違うみたいだ。

 本質を見て、 惹かれた。 そう思っているが、 本当にそうだろうか。 魂が同じだから、 惹かれたのではと思うところもあった。

 愛した人を裏切った気がして生まれた罪悪感と、 だけれど縁を繋いだ幸福感は常に自分の中に同時に存在した。


 手にしたシアワセの形は痛みを伴って体に広がっていく。 でもそれで良かった。

 いつかを思い出す回数が増えるにつれ、 首筋がじくじくと痛んだ。 ……でも、 それでも構わなかった。


 今の形は罰なのだ。 守れなかったのに、 けれども願いを持つ……罰なのだから。





















 本は語る。

 それは、 記憶。

 あたたかで、 悲しい物語。


 一人の少女を愛して、 満たされていた日々。

 幸せに笑い合い、 あたたかな時を過ごしていた。

 けれど、 ある日それは壊れてしまった。

 愛を誓う寸でのところで、 彼女と永久に別れてしまった……。

 痛くて、 辛くて、 けれど叫んでももう戻らない。

 自分が彼女を愛さなければ、 死んでしまう事も無かっただろうか。

 自分と出会わなければ、 彼女には違った幸せがあっただろうか。

 後悔した。 でも、 もう戻れない。

 死したきっかけを排除しようにも、 自分にはどうにも出来ない。 そうした所で、 何も元には戻らない。

 悔しい。 けれど、 もうどうしようもない。

 悪いのは自分だ。 自分が全て、 悪いのだ。

 愛した事が罪だった。 きっと……それが間違いだった。


 愛を誓う証を握り締めて、 自らの首に躊躇いも無くナイフを突き立てる。

 酸素が漏れて脳に回らない。

 もがいて苦しんで、 体は死んでいく。

 でも彼女はもっと苦しかっただろう。

 何一つ悪い事など無いのに、 切り刻まれる事になったのだから。

 御免なさい。 傍に居たいと願ったからだ。

 憎くて憎くて堪らない。 彼女を殺した相手も。 それを許容する世界も。 ……原因だった自分も。

 憎しみは怒りを伴い心を溶かし、 己を溶かしていく。

 生きていても仕方無いと。 ……もういい、 と諦めた。 どうにもならないのだから。

 自分が死んで詫びにでもなれば良いが、 なんて。 そんな事を少し考えた。


 だけど、 そんな想いを拾うモノがあった。

 彼等は全てを諦めた自分にチャンスをくれると言う。

 代わりに、 彼等の幸せを実現する手伝いをしなければならないらしいが。

 それでもその申し出に乗る事にした。


 〝もう一度会えるなら……今度こそ彼女を守りたい。 彼女の命を脅かす全てから、 今度こそ〟


 ―――― 願うのはただ、 違う可能性。


 思いが、 リアクトに強く流れてくる。


 〝見守っていたい。 幸せに笑って欲しい。 隣に立つのは自分でなくて良い〟


 ―――― 願うのは只管に、 彼女の幸せ。


 自分は信じている。 見守る事こそが己のシアワセの形だと。 ……愛して欲しいなんて思わない。

 自分は信じている。 この想いは、 ……きっと己の出来る一番良い愛の形なのだと。


 リアクトの目には、 今見えている。

 ぽつんと立つ彼の背が。

 手を伸ばせば、 陽だまりのあたたかな場所に届きそうなのに。

 伸ばす事は無く、 ただ見ている。


「……ああ。 そうなんだ……」


 本から手を離して、 リアクトは呟いた。

 その様子を、 銀色の少年は静かに見詰めていた。


「……これ、 デスターの本……」


 リアクトは涙を浮かべて、 本をそっと撫でた。


「幸せの形……なんでこんなに痛いのかしら」


 瞳を閉じると涙が溢れた。

 胸が痛い気がして、 苦悶の表情に変わっていく。

 そんなリアクトを見遣り、 少年は言う。


「リアクト。 今の君にはどう感じる?」

「……何が、 ですか?」

「あの子の形を、 どう思う」


 表情は変わらない。 ただ、 少年は呟く。


「これが正しい形なのか、 僕にもルディアにも分からない。 痛い筈なのに、 あの子はそれで良いという」

「……私は……」


 リアクトは、 言葉を詰まらせ再び黒い装丁の本を見詰めた。


「私は……本人がそういうなら、 幸せの形として認めても良いとは思います」

「ではこれも正しいと思う?」

「形として有りかも知れないと言うだけです。 ……個人的には笑って欲しいと思っています。 痛いようなのじゃなくて、 心から幸せだと言えるような形を得て欲しいと思う」

「……成程」

「主様、 〝彼女〟の本は無いのですか?」

「……どうして?」


 少年はきょとんとした顔でリアクトを見た。

 銀色の目に、 少しだけ興味が宿る。


「自分を責め立てる事ばかり考えてるみたいだから。 あちらの想いも知れればと思って」

「うーん……。 同じ魂と言えど、 君達の以外は無いんだ。 ……でも、 〝彼女〟の想いは保証するよ」

「……え?」

「僕等は〝彼女〟を知っている。 確かに昔、 彼等はお互いを思い合い愛し合っていた」

「そうですか……。 それなら遠ざける事が大切にする方法なんでしょうね。 ……ほんっとに面倒くさい」


 ふぅ、 と溜息をついて彼女は吐き捨てた。

 ごそごそと棚を探り、 別の本を引き出して傍らに置く。

 新しく出してきたのは赤い装丁の本である。 タイトルは少年からは見えなかったが、 彼女はそれに手を置くと一度頷いた。

 先程まで本を通して見た想いに涙すら浮かべていたと言うのに、 この変わりよう。

 少年はくすくすと笑いながら、 リアクトを観察している。


「別の人の幸せはびっくりする位純粋に願えるのに、 自分だけはどうして無理だと言うのでしょうか」

「……?」

「……多分ですけど。 みんな、 願いを壊されたり奪われたりして今を得たのですよね。 あちらで叶わないから、 こんな形で機会を得た」


 少年はこくりと頷く。

 リアクトは眉根を寄せて、 考える。 そうして結論を出した。


「私思うんですけど」

「何?」

「同じ魂の所有者に出会ってしまったから、 事態がややこしくなってるんじゃないですか?」


 彼女の言葉に、 少年は瞳を輝かせる。

 本人にそのつもりは無いだろうが、 傍目にはまるで新しい玩具でも得たようだ。


「出会いたいと願っていたから、 そんなチャンスが訪れた。 それは良いんですけど」

「うん」

「出会って、 好きになってしまったんでしょう? 聞いても本人は言わないけど、 とても大切にしてます。 でもそれに罪悪感を持ってる。 だから痛い。 好きならそれで良いと思うんです。 同じ魂だから似てて戸惑うと思うけど、 別の人格なんだから素直に「惹かれた、 好きになった」で良いじゃない。 ……あ、 でもそうなんだったら、 私今凄く殴りたい」


 導き出された答えに、 疑問符を浮かべて止まったのは少年の方だった。


「殴るの?」

「はい」

「なんで?」

「前の女の面影重ねて、 勝手に傷ついた気になってる訳でしょ? しかも自分が思う幸せの形を押し付けて。 デスターは良いかも知れないけど、 キラちゃんに失礼でしょ。 それ」


 先程までの深刻な空気は何処へ行ったのか。

 リアクトはすくりと立ち上がると、 やり場の無い怒りを取り敢えず本にぶつけようと振りかぶった。

 流石に止めようと少年が手を伸ばした時、 図書館の扉が開く。


「……何してるんですか、 リアクト」

「あ」

「シャール」


 事態を即座に把握し、 金髪の少年は呆れて彼女を見ていた。

 傍らで手を伸ばす銀の少年を見遣り、 彼女を見る目が一層冷たくなる。


「リアクト……? その本、 主様の大事なモノだったりします?」

「しません! 大丈夫!」

「……」

「ホントだから! ホントなんだから!」


 慌てて本を下ろしカウンターに置くと、 銀の少年はシャールに笑い掛ける。


「本当。 今、 大事な話をしていた所」

「……そうですか」

「シャール。 今、 仕事中?」

「……え? いえ、 手は空いています」

「ルディアを呼んできてくれないかな? 多分、 まだ眠っている筈」


 にこりと微笑まれ、 シャールもまた笑ってみせた。

 承知しました、 とまた去っていくと、 リアクトはずるずると椅子に戻る。


「……ああ良かった」

「解決の兆しが見えたから、 お礼」

「……お礼?」

「シャール、 怒ると怖いから」


 そうして、 また銀の少年はくすりと笑った。



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