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ワールドクライシス  作者: かたせ真
エリティアの人たちのお話
57/62

シアワセの形 2

 


「……お前また怪我してんのかよ」

「煩いなー。 怪我っていっても掠り傷程度だろ?」


 アルミスへと向かう街道を歩いて居た時の一幕である。

 そうしてキラは隣で小言を繰り出すデスターに対し、 頬を膨らませ苦言を呈した。

 だが、 このやり取りは最近始まった物では無い。

 何年も似たような事をしていれば、 次第に受け流すのも上手くなる。

 キラはそうは言いながらも、 直ぐ様笑って彼を見た。


「でも、 心配してくれてるんだよな。 ありがと」


 態度が少しずつ変わってきているのは、 彼も理解していた。

 本人としてはまるで親戚の娘を見るような心境ではあったのだが、 成長を見守る側としては嬉しくも有る。

 苦笑しながら、 彼は返した。


「素直だと、 拍子抜けだな」

「大人になったってことだよ。 お陰様で」

「大人になるついでに怪我にも気を付けてくれると尚良いんだけどな」

「それは……まだちょっと無理かも」


 困ったように笑って頬を掻くキラの肩をぽんと叩いて彼は続けた。


「まあ、 少しずつだな」

「……そうだな」


 穏やかな一時。

 風は優しく撫でる様に吹き抜けていく。

 ちらり、 と彼は隣を歩く彼女を見遣った。

 初めて出会った時、 少女だった人は今は少し大人びて。 少しだけ伸びた髪が、 風を受けて揺れる。

 穏やかに思えた日差しが少し眩しく思えて、 目を細めた。

 足を止めた彼は自身の数歩先を行く彼女の背を見て、 そして。


「……あ」


 かつて傍に存在した人の姿を垣間見た。

 ずきり、 と胸が痛んだ気がして呆然とする。

 背中に掛かる様な長い髪。

 振り返ると、 きっと笑っている。

 ずきり、 また胸が痛い気がして今度は手を置いてみる。

 思い出すな、 と頭の中で情報を塞き止める。

 ぼんやりと見詰めていた時、 前を行く彼女はくるりと振り返った。

 努めて冷静に目の前の彼女を観察する。

 赤い髪は肩に届くかと言うところ。

 見詰めてくる目は、 夜の海の様な深い藍。

 似て非なるモノで有ることを、 思い出す。


「デスター? ……どうかしたのか?」

「……ああ、 いや……なんでもない」


 慌ててまた苦笑を貼り付けた。

 けれど、 何か可笑しい気がして彼は続けた。


「悪い。 戻る」

「……うん。 分かった」


 また、 と見送られて彼は姿を消す。

 残ったキラの目には、 何処か辛そうな彼の顔が焼き付いている。


「……調子悪かったりするのかな」


 ぽつり、 と呟き目を閉じる。

 先程の彼と同じように、 自身の胸に手を置いてみる。


「なんだろ……胸が痛いや」












 キラがアルミスに到着したのは、 夕方の事であった。

 城下町に入って暫く進むと、 ちょっとした広場がある。

 其処に足を運んだ彼女は、 見知った人物を見かけた。

 けれど、 今ひとつ自信が無い。

 彼女の知りえる人物は、 いつでも長い髪を頭頂部で一つに束ねていた。

 服装もどちらかと言えば足を出すような物であったと思ったが。

 見詰める人物は落ち着いた色味の膝下まであるワンピースを来て、 肩からはストールを羽織り、 髪は長いがゆうるりと編み込んで前へと流している。

 浮かべているのは笑顔だが、 それは見たことが無い程穏やかな物で。

 キラは、 思わず足を止めて魅入ってしまった。

 それほどに知り合いであると思われる人物は、 滲み出る幸せな空気を辺りに振り撒いていたのだ。

 同時に、 直感的に感じた事がある。 思ったとおりの人物であるなら、 是非訪ねてみたいと気持ちを固めた。

 その為には見ているだけではいけない。

 暫しの観察の後、 キラは意を決して声を掛けることにした。


「あの……アジェル?」

「あら、 キラじゃない」


 相手は思ったとおりの人物で、 キラはホッと胸を撫で下ろした。

 アジェルの方は久し振りと笑い、 そのまま極々自然な動作で遠慮なくキラを抱きしめ再会を喜んだ。

 柔らかな抱擁は僅かの間で、 穏やかな声でアジェルは言った。


「どうしたの? アルミスでお仕事?」

「ううん。 用事があった訳じゃないんだけど、 近くに来たから」

「そっか。 じゃあ、 今回はゆっくり出来るのかしら」


 にこにこと笑い掛ける彼女を見遣り、 キラは首を傾げた。


「……うん、 得に期限は無いけど……アジェル」


 もごもごと言いにくそうにしながら、 視線をさ迷わせる。

 アジェルはそんなキラを不思議そうに見遣りながら、 同様に首を傾げた。


「何?」

「あの、 ごめん。 間違ってたら悪いんだけど」

「うん」

「……子供が、 居る?」


 視線を彼女の腹部にやる。

 そう言ったは良いが膨らみは無く、 相変わらずほっそりとしていて体型は変わりない様に見えた。

 おずおずと非常に申し訳なさそうに言ったキラに、 アジェルは頬を染めて照れたように笑って見せる。


「凄いね、 まだキールぐらいにしか言ってないのに」

「……あ、 良かった。 違ってたらどうしようかと思った」

「ううん、 合ってるー。 でもなんで分かったの?」

「……笑い方が、 なんか……お母さんな感じがして」

「そう? わー、 嬉しいな。 有難う」


 優しげに目尻を下げ、 アジェルは笑う。

 穏やかなその顔は、 懐かしささえ覚える様な物でキラもまた笑ってみせた。


「キラちゃんは、 なんか……ライア様に似てきたね」

「そう、 かな」

「うん。 落ち着いてきたと思う。 髪も少し伸びたのかな?」


 見た目は前から似てるけど、 と笑ってアジェルはキラの手を取る。


「ところで。 今日は何処に泊まるか決まってる?」

「いや、 まだ来たとこ。 これから宿を探すつもり」

「そっか。 じゃあ……私の家に来ない?」

「……お城?」

「ううん、 お家」


 疑問符を浮べるキラではあるが、 アジェルが歩きだしたのでそのまま付いていく事に決めた。

 城下町の賑やかな通りを抜け、 住宅地が並ぶ一画へと足を進める。

 様々な形の家を抜けた一番端に小さな家が在った。

 真新しさは感じないが、 よく手入れされている。

 嵌め込まれた窓が入口の扉の横に付いていて、 白いカーテンが揺れていた。

 案内されるままに家に入ると、 家のサイズにあった小振りなテーブルやソファが見える。

 本棚にはぎっしりと何かの本が詰め込まれていて、 らしさに思わずキラは笑った。

 部屋の中の照明に灯りを入れると、 アジェルは改めてキラに向き直る。


「ようこそ、 我が家へ。 今日はキールは帰らないから、 久しぶりにゆっくりお話しましょ」

「……ああ、 そうなんだ。 相変わらず忙しそうだな」

「そうなのよー。 まあ、 仕方無いんだけどね。 辞めたらカトニス君が可哀想だし、 かと言って二人とも抜けたら回らないから」

「二人とも辞めること前提なんだ」


 苦笑いを浮かべたキラに、 アジェルは笑って返し「お茶でも飲む?」とキッチンへ向かう。

 手伝おうかと椅子から離れかけた瞬間制され、 仕方なく彼女を見送った後、 本が溢れそうな本棚へと寄って行った。

 何の本なのか気になっての行動であったが、 ざっと見たところ、 どうやら料理に関するものらしい。


「……相変わらず、 なのかな」


 懐かしむような昔の事になりつつあるが、 かつて目の当たりにしたアジェルの料理の腕前を思い出し一人頷いた。

 上達を目指して勉強をしているのだろう。 そう思い立つと、 そっとして置くことに決めた。

 程なくして戻ってきたアジェルとゆったりとした時間を過ごす。

 共にキッチンに立ち料理をしたり、 遅めの夕餉に舌鼓を打った。

 夜が老け始めると、 簡単に入浴を済ませて同じベッドにころりと転がる。

 狭くなるだろうし自分はいいと言ったキラを遮り、 久しぶりだからもっと話したいとアジェルが押し切った結果だった。

 最終的には、 本日は不在である彼のベッドをくっつけて広くした。

 灯りは消してしまったが、 月明かりが部屋に僅かな光を送ってくれる。

 そんな穏やかな夜だった。

 会話は近況や最近の仕事の話など、 自然と移っていく。

 当然、 アジェルのお腹の子の話にもなっていった。


「お母さんになるんだね」

「……そうねー。 お腹も出てないしまだ実感無いけど」

「アジェルとキールの子供なんだったらめちゃくちゃ可愛い子が生まれそう」

「私はともかく、 あの遺伝子を受け継ぐ訳でしょ? きっと天使が生まれてくるわよ」


 ぽん、 とキラの頭に浮かんだのはどう頑張っても可愛くしかならない子供だった。

 アジェルは茶化して笑いながら自分の腹に手を置いた。


「でも不思議ね。 実感無い割に、 それでもしっかりしなきゃって思うの」

「……へぇ」


 興味深そうに聞き入りながら、 知らず微笑んでいる。

 アジェルは身体を横に向け、 キラの方を見遣った。


「キラちゃんは、 好きな人出来た?」

「……うーん……」

「うーん?」

「その……オレは、 好きってあんまり良く分からなくて。 どういうのが好き?」


 今度はキラもころんと転がって、 アジェルの方を見遣った。

 少し不安げに眉根を寄せている。


「……また難しい質問するわね」

「……」

「キラちゃん、 家族の事どう思う?」

「え? えと……大切、 だよ。 傍に居たらほっとするし、 居なくなったら悲しいし……」

「じゃあ、 家族以外でそんな人は?」

「……えー……あー」


 目を閉じて、 難しい顔をして考える。


「アジェルとかハーティとか、 キールもそうだしカトニスさんもそう」

「……ああ、 カトニス君其処に入るんだ」

「え?」

「ううん、 何でも無い」


 アジェルは苦笑してキラに言う。

 キラはぱちりと目を開け、 またアジェルを見た。


「……家族みたいな大切と、 好きって同じ?」

「似てるけど、 ちょっと違うかも知れないね。 キラちゃんにとって私達は仲間とか、 友人ってところだと思うの」

「……うん」

「そう言う好きとはまた違ったので……なんていうか。 その人の事考えるとあったかい気持ちになるとか。 自分を支えてくれる、 みたいな」

「あったかい気持ち? 支えて、 くれる……か」

「居なくなると淋しいとか。 あとは……そうね。 その人の事考えると幸せな気持ちになるとか。 いつも考えちゃう、 みたいな」


 再び目を閉じて考えた時間は僅かな物。

 瞼の奥に浮かんだのは、 昼間に見た背中。

 思い当たると、 ゆっくりとした動作でアジェルを見た。


「…………デスター、 かな」


 ぽつり、 と呟く。 自分でも意外そうではあったが、 口に出してしまうと彼女の中で核心へと変わり一人小さく頷いた。

 そんなキラを前に、 アジェルは驚いたように目を丸くした。


「……え、 デスターなの?」

「うん……。 …………駄目?」

「いや、 駄目じゃないけど……ああ、 うん、 そうなんだ」

「え、 え……?」


 慌てるキラから少し顔を逸らして、 アジェルは天井を見た。

 複雑そうな顔をしながら、 けれど納得しようと数度頷く。

 対してキラはまた不安そうに顔を曇らせ、 アジェルを見つめている。


「……アジェル?」

「あ、 そんな不安な顔しないで。 御免ね、 ちょっとびっくりしただけ」

「……びっくり?」

「うん。 でもキラちゃんがそう思うなら、 私は良いことだと思うわ」

「……そ、 そう、 かな」

「ええ」


 安心させるように笑いかけると、 キラはふと息をついた。


「でも、 ……これは本当に好きなのかな」

「疑問に思うのは、 どうして?」

「気になるんだ。 凄く。 ……悲しい顔してて、 辛そうにしてると胸が痛くて」

「……うん」

「好きだと、 痛い? それとも、 繋がってるから、 痛いのかな」


 胸に手を置き、 目を閉じた。

 自身に問いかけるような、 小さな声は不安が入り交じっている。

 そんなキラを見遣りながら、 アジェルはそっと彼女の頭を撫でた。


「私も、 精霊達みんなと繋がってるけど気持ちの共有なんてしたこと無いよ?」

「……」

「好きな人が辛そうだから、 痛いのよ」


 しかし、 とアジェルは溜息をついて言葉を続ける。


「キラちゃん、 本当にアイツの事好きなのね……」

「…………なんで溜息」

「だって! 逆だったら遠慮なくぶっ飛ばせるのに、 ……私少し不服だわ。 他ならぬ貴女にこんな顔させるんだから」

「……アジェル、 身重なんだからぶっ飛ばすとか」

「そうだけど。 ……ねえ、 キラ」


 苦笑するキラの頭を尚も撫で続けて、 アジェルは言った。


「気持ち、 ちゃんと言葉にして伝えなきゃ駄目だからね」

「……ん?」

「アイツ気付かないだろうし。 自分が幸せ者なんだって思い知らせてやりなさい」

「……えー……」

「えー、 じゃないの。 ……私は応援してるわ。 気持ちが通じ合うと良いわね」


 最後は優しく言って、 アジェルは笑った。

 キラは照れてしまったのか曖昧に笑うだけで、 そっとシーツを引き寄せる。

 暫くの後、 寝入ってしまったキラを見遣りながらアジェルは呟いた。


「しかし……アイツの何処か良いんだか」


 くすり、 と笑う。

 困った様な、 けれど少し悲しげで複雑なそれは、 思うところが有るようにも見える。


「既に通じてそうな気もするけど……。 異種族とかそんなレベルじゃないから、 茨の道かもね」


 祈るように手を組んで、 彼女は願う。


「でも私は願っているよ。 ……幸せに笑ってくれる事」





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