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ワールドクライシス  作者: かたせ真
エリティアの人たちのお話
56/62

シアワセの形 1

デスターとキラが中心。紆余曲折の果てに。

 人それぞれに、 一番の違う形。


 アナタの形はどうしてそんなに痛い?















 その日、 私はカウンターに置いてある知らない本を発見した。

 黒い装丁だけれど、 名前タイトルは入っていない。

 神界のこの広大な図書館に存在する本は、 この瞬間に誕生したと言う訳で無い限り私が知らないと言う事は無い。

 なのに、 ……今手の中にある本は見たことがない。


「……なんだろ」


 満足行くまで見回してから、 開こうと表紙に手を掛ける。

 だけれど、 固まっている様に動かない。

 此処にある本は、 創造主によって生み出された生命達の記憶。

 驚く事に人格が残っている様で、 頑なに拒絶されている。


「……何、 誰の本なのこれ」


 暫く格闘した後、 それでも開かない本をカウンターに投げ出し疲れてそのまま頭を乗せた。

 疲れた。 休憩。 ……こんな所シャールに見られたら怒られるかも知れないけど、 来たら来たで相談も出来るだろう。

 溜息をついて、 目を閉じようとした。

 でも出来なかった。

 カウンターの上に、 小さな手が乗っている。

 慌てて身体を起こすと、 きょとんとした顔をして我らが創造主の片割れフォート様が居た。

 いや……フォート様も、 片割れルディア様も基本的にちょっとぼんやりした表情なんだけれど。


「フォート様……! ど、 どうしたんですか」

「本、 読みに来た」

「ああ……」


 びっくりしすぎて上手く喋れなかった。

 そんな私を見遣りながら、 フォート様の銀色の目が私を映していた。


「リアクト」

「はい」

「この本、 どうしたの?」


 フォート様が指したのは、 先程私を拒絶していた本だった。

 私はその黒い装丁の本を差し出し、 事情を説明した。


「何故あるのか不明ですが、 先程カウンターを見たら乗っていて。 ……フォート様、 この本を御存知なのですか?」

「うん」


 こくり、 と頷いてフォート様はその本を腕に収める。

 見た目は少年である。

 癖の有る銀色の髪と同じ色の宝石みたいな目。

 今は俯いていてくるんとした銀髪で顔が見えないが、 いつでも少し眠そうでぼんやりとしている。

 私が思っている事が分かったのか、 フォート様はまた私を見ながら大事そうに本を抱えていた。


「これは、 精霊きみ達の本」


 さらりと告げられた言葉に、 私は目を見張る。

 私の図書館に、 精霊わたし達の本が有る……?

 ずっと此処で仕事をしているけれど、 今主の腕の中にある本は見たことが無い。

 一体何処にあったと言うのか。


「でも、 普段は君には見えないし見えたとしても触れない」

「……それは、 何故ですか?」


 まあ精霊の本だと聞いた以上、 出来ても見る気は無いのだけど。

 覗いてはいけないのはモラルの問題だろうか?


「みんなはこの本に遺された記憶のまま、 今精霊として存在している。 故に、 君を拒絶する」

「……それは単に覗かれたくないと、 そういう事ですか?」

「そんな感じ。 それに……同等の存在の死の記憶は、 リアクトには耐えられない」


 言われて、 成程と理解する。

 私が管理するのは箱庭の世界に生きるモノの時間。

 身近に感じる者も居るけれど、 あくまで私にとっては物語の域を出ない。 何処か割り切ったところもあるだろう。

 でも、 同じ精霊達の記憶ならば話は変わるかも知れない。


「痛くて、 辛い。 悲しくて、 先が見えない。 まるで奈落。 この世界では想定外の色濃い人の時間」

「……」

「ああ、 でも……今のリアクトなら良いだろうか。 君は少し特別だから」

「……え?」

「知りたい? 特別の意味。 そして、 この本の中身」


 フォート様は私をじっと見ていた。

 私が特別? 一体何の話なのだろうか。

 頭の中で警鐘が鳴る。 今聞いてはいけない話の様な気がした。

 気がする、 なんて曖昧なのは私がちょっと臆病風に吹かれたからだ。

 けれど同時に思う。 ……今、 聞いておかなくてはいけない。

 戸惑った後、 それでも頷いた私にフォート様は変わらぬ口調で話し始めてくれた。


「君は記憶に共感し想いを〝得る〟事が出来る。 でも代わりに、 独りでは永遠に満たされる事が無い存在」

「……」

「君にだけは〝前〟が無い。 此処で初めて生まれた生命。 故に願望が無い」

「……あ」

「思い当たるよね」


 そう。 言われてみれば確かに、 ……考えた事が無かった。

 他の子が何か叶えたい願いと引き換えに此処に居るのに対して、 私にはその願い自体が無い。

 その事を、 不思議に思ったことも無かった。


「……ほんとだ」

「そう。 でも、 役割があるからそんな形にした」

「役割?」

「人の想いを得て、 伝える事が出来る。 多くを経験し、 成長を遂げる。 ……君は僕等の目」

「……目、 ですか」


 頷いたフォート様を見、 それから、 私の視線は落ちてカウンターへ。

 重ねられた本を見遣りながら、 語られる言葉を噛み締める。

 だけれど疑問も浮かんだ。


「何故、 私を目として使う必要があるのですか?」

「情報としてだけなら本に触れなくてもわかるよ。 でもそれだけじゃ駄目。 僕等だけでは分からない」

「と言うと?」

「別の思考が必要。 だから、 君を通す」

「多角的に見る必要があると、 そういう事ですか?」


 そうだと言う様に再び頷かれる。

 主達は創造物の感情の揺れに疎い様で、 それがきっと分からないのだろうと推測された。

 死すると創造物は本になる。

 生きている、 私達からすれば一瞬の間に一喜一憂を繰り返して時を全うしていく。

 主達の探す幸せは、 何処にあるのか。 本の主人公は幸せを感じる事が出来たのか。

 より多く感じる為に、 私を通すと言うことか。


「あともう一つ役割があるよ」

「え?」

「君はシャールに沢山の事を伝える人」

「……なんで、 シャールなんですか?」


 突然出てきた名前に首を傾げた。

 フォート様は、 少しだけ困った顔をして口をつぐむ。

 ちょっとの間だけそうして、 それから、 本を差し出した。


「また時期を見て教える。 ……今はコレが先」

「……あ、 その本は……結局誰の?」

「読み取ってみたら良い。 ……そして、 リアクトの考えを聞かせて」


 誰かの本だと聞いた後だから躊躇した。

 緊張したけれど、 でも、 やってみる事にする。


「……御免。 少し見せて貰うね」


 誰か分からないけど謝って、 黒い装丁の本を再び手に取った。

 表紙に手を掛ける。

 開くなり、 感じた想い。 記憶。

 そして、 見えたのは……多分、 今の想い。




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