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ワールドクライシス  作者: かたせ真
エリティアの人たちのお話
55/62

縁が繋がる時 5

 

 そうして、 迫る開場の時。

 間も無く、 彼等は戦おうとしていた。

 真っ直ぐに会場を見詰める中、 再びカトニスは口を開く。


「試合前だが、 その……、 戯言を言っても構わないか?」

「はい?」


 カトニスは視線を少し落としはするが、 眼前を見据えたままだ。

 ほんの少し、 時間を置いてぽつり、 と呟く。


「レディ、 エリティア。 ……君の気が向けばで良い。 これが終わったら、 ……一度、 食事でもどうだろうか……?」


 切羽詰った声は、 緊張しているそれだ。

 言ってしまった後、 彼は真っ赤になって俯いた。

 二人が並ぶ先には、 まさに戦いの舞台が。

 遠くに歓声が聞こえる。


「……」


 俯く彼の顔を思わず見つめて、 キラは、 はてと首を傾げた。

 甘酸っぱい青春の香りすらしそうな空気感ではあるが、 しかし、 どうやら彼女にはその意味で伝わっていない様である。

 カトニスの声が緊張していた様に聞こえたので、 彼女もまた姿勢を正したが、 それが何故かまではイマイチ分からないようであった。

 微妙に食い違う思いの中、 彼等の名が呼ばれた。 歩み出すは、 両者同時。


 彼等は今、 歓声の中で剣を交える。


 剣がぶつかり、 ぎりぎりと追い詰める。

 果敢にも挑むのは少女の方であり、 青年はこれを払い除けながら仕掛けていく。

 ぴりりと張り詰めた空気。

 けれど、 彼等は楽しげだ。

 真剣勝負だけれど、 静かに闘志を燃やしている。 互いに全力でぶつかるのが、 ありありと分かった。

 またたく間に攻守は入れ替わり、 時に力で、 時に速さで凌ぎを削った。

 一秒毎に神経は研ぎ澄まされ、 集中力を増していく。

 制限時間いっぱいまでぶつかり合って、 がちん、 と鍔迫り合いを始めた時。 ……アジェルが終了を告げた。


「其処まで。 両者共にお疲れ様でした」


 彼等の間に割って入ると、 にこりと笑う。

 興奮冷めやらぬ様子ではあったが、 共に呼吸を正しどちらともなく手を差し出した。


「良い戦いだった。 有難う」

「はい。 有難うございます」


 握手を交わす彼等に、 大きな拍手が送られる。

 この戦いを持って、 査定試験は終了となった。

 会場を後にする際、 カトニスは思い直した様にキラに言う。


「先程は……その、 試合前にすまなかった。 忘れてくれ」

「え?」


 きょとん、 としてキラはカトニスを見た。

 カトニスは居心地が悪そうに視線をさ迷わせたが、 覚悟を決めてキラを見遣る。

 すると、 彼の予想に反して彼女は笑っていた。


「食事くらいでそんな深刻にならなくても。 折角だから、 アジェルとキールも一緒に食べれたら良いですよね。 皆で食べると、 ご飯も一層美味しいです」


 にこにこと満足げに笑う彼女に気圧されて、 カトニスは苦笑しながら頷いた。

 そして気付いた。

 良くも悪くも、 言葉通りに伝わっているらしい。

 ほっとすると同時に、 何やらもやもやとした気持ちを内に感じたが、 それには触れない事にした。












 試験翌日。


 早速四人で食事をする機会を設け、 遅めのランチを城の喫茶室で囲んでいる。

 ランチはマスター自慢の物で、 外れはない。

 満足そうにしながら、 会話も弾む。

 文句なしに楽しい。 ……それに、 カトニスとしては己の願望も早速叶った訳で、 嬉しさに顔が綻ぶようだ。

 けれど、 やはり。 少しだけ、 心の中には靄が残る。

 楽しげに食事をするキラを見やりながら、 本当に小さく溜息をついた。

 どうしてこんな気持ちになるのか、 敢えて見ないふりをする位、 本人には見当がついている。

 そんなカトニスの様子に気づいたのは、 アジェルだった。


「カトニス君」

「はい」

「何とは言わないけど。 頑張ってみたら?」

「……え?」

「びっくりする程そういうの鈍いと思うけど、 めげずに行ってみたらどうかしら?」

「な、 ……え?」


 珍しく狼狽する彼に、 アジェルはくすりと笑って耳打ちする。


「きっとまだ知らないだけだから。 悪気が有って私達を同席させたんじゃないって事は、 分かってあげてね」


 そうして、 にこにことしながら紅茶を口にした。

 見ないふりをするつもりだった事に焦点を当てられ動揺を隠せないカトニスであったが、 対面する席ではキールもまた微笑ましげに見ていた。


(……あ、 もしかして二人にはバレてるんだろうか)


 思った途端に、 眉間に皺が寄る。

 失態だ、 と知らず思いながら、 また指で押し広げた。

 食事が終わると、 暫し談笑となった。

 話題はもっぱら昨日の試験の内容である。


「キラはカトニスと戦ったんだろう? どうだった?」


 キールが笑いかけながら問えば、 キラも笑みを浮べる。


「楽しかった。 手合わせして貰う機会ってそんなに無いけど、 ちゃんと戦って貰えたし満足だったよ」

「それは良かったね。 僕も様子だけでも見れれば良かったんだけど」

「倒れてたのは仕方無いわよ」


 言われてキールは苦笑した。

 キラは楽しげに笑ったまま、 カトニスを見遣る。


「マイヤーさん」

「なんですか?」

「また手合わせしてくれますか?」

「自分で良いなら、 喜んでお付き合いしますが」

「やった! じゃあ、 アルミスに来た時は会いに来ますね。 宜しくお願いします」

「レディ、 エリティア。 こちらこそ、 宜しく」

「あ、 えと……キラで良いです。 レディって言う柄でも無いし」


 照れて笑うキラに対し、 カトニスは恐縮したように言った。


「では、 自分もカトニスで」


 ぎこちなく言う彼の手を掴み、 アジェルは空いた手でキラの手も掴んだ。


「はーい、 じゃあ握手ね。 今日から二人はお友達」

「……アジェル、 それは……ちょっと強引」

「良いじゃない。 きっかけは大事にしないとね」


 握手して笑い合う彼等を見やりながら、 キールも苦笑した。


「キラちゃん。 私はあんまり居ないけど、 お城に来れば二人は大体居ると思うから。 良かったらまた遊びに来て」

「うん、 有難う」

「自分達も待っていますから」


 そうしてキラとカトニスは、 一先ず友人として縁を得る事が出来た。

 アルミスに寄った際は再び手合わせや、 剣術の稽古に付き合う約束もし新たな繋がりにキラは心を躍らせる。

 カトニスにしてみても、 この縁は良いものとして受け入れた。

 新たに繋がれた縁を間近に見ながら、 アジェルは満足げにうんうんと一人頷いた。


 これからどのようにして繋いだ縁が発展するのかは本人達次第ではあるが、 しかし。


 きっと良い物にしていけるだろう。 そんな希望を、 誰しもが抱いていた。





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