縁が繋がる時 4
幾度も剣を交え、 戦う人々を見た。
クラスに見合わない強さを持つ者も居れば、 果敢にも挑んだであろう者も居た。
対戦は機械的に進んでいくが、 内容は熱い。
十分と言う枠の中で、 様々なドラマが繰り広げられていた。
魔術部門では派手に火柱が上がり、 雷鳴が轟く様子も見える。
間に防護壁を張っている為か、 どれだけ派手に術が展開されようと隣には何の影響も及ばさない様だ。
武術部門では、 剣がぶつかり合いせめぎ合う度に歓声が上がる。
三人の査定員が見守る中、 三級までの試験は無事に終了していた。
二級の試験が始まり出すと、 これまでとは違った歓声も混ざり始める。
どうも査定員達への声援らしく、 これには受験者は複雑な顔をした。
そんな様子全てがキラには新鮮に写っている。
退屈だと思った待ち時間であったが、 観客同然で見ていた彼女は自然と瞳を輝かせていた。
単純に「凄い」と感動し、 他者の技術に感嘆の溜息を漏らす。
「これで二級?」
素直にそう言葉が溢れる程、 魅入っていた。
だが突然、 現実に引き戻される。
自分の番号を呼ぶ声が聞こえ、 入場口の脇に移動する。
そんなキラを見ている者が居た。
「……こっちに出てるのか」
カトニスである。
声を掛けようかと思ってはみたが、 伸ばしかけた手を引っ込めて息をついた。
「……もう出番って事だよな。 邪魔するのも悪いし、 ……第一なんて言えば?」
一人自問自答をする。
癖で眉間に寄った皺を伸ばすべく中指で解していた時。
何やら大きな音が、 会場に響いた。
爆風が髪を、 マントを、 服をはためかせ目も開けられない様な状態ではあったが。
アジェルは顔を引き攣らせて、 それをなんとか見ていた。
石壁が打ち砕かれるような大きな音が鼓膜を震わせ、 一瞬、 何も聞こえなかった。
続いて入ってきたのは、 この事態を引き起こした本人の悲鳴。
もくもくと上がる煙は、 今し方、 受験者が発動させた魔術によるものである。
続いて、 再び大きな音がした。
ぱり、 ぱりっと雷が辺りに充満する。
受験者である魔術師は泣きそうになりながら、 片手を掲げた。
集まりゆく雷は、 大きな繭の様である。
途中で辞める事の出来ない威力の大きな魔術は、 更に大きな力で消してしまうしかない。
第一、 もう制御できないのは一目瞭然であった。
(危ない)
状況を見極めるより早く本能的に危険を感じ取り、 アジェルは右手を突き出した。
「〝汝、 広大なる海を守る者。 受け入れ育み、 還る場所である者よ。 この声が聞こえるならば、 我が呼び声に応え現れいでよ〟」
詠唱しながら、 印を結ぶ。
「〝ウォル!〟」
呼び出されたのは、 青い髪の女だった。
特殊な服装は明らかに今を生きる者たちとは違う。
彼女が呼ばれるやいなや、 さあ、 っと水のヴェールが広がった。
煙を包み込み、 雷で作られた繭を内包する。
まるで海に飲み込まれるかの様にそのままヴェールは小さくなり、 忽ち消えていく。
泡となって消えていったまでを見届けると、 女の姿は消えていた。
アジェルは改めて、 テスト中の魔術師を見遣った。
青ざめて、 震えている様だ。
「自分で制御できない術は使わないように。 失格」
言い放つと、 テストを中止させた。
とぼとぼと歩いていく受験者の向こうを見やり、 アジェルは再び顔を引き攣らせる。
「……え、 嘘でしょ……」
煙が引いて、 向こう側が見える様になっていた。
防護壁は、 いうなれば透明な箱の様な物であったのだが。
見える様になったが為に、 好ましくない様子まで見えてしまった。
「……向こうの査定員、 全員倒れてるじゃない」
どうやら今の術の衝撃は、 防護壁を越えて向こうにまで影響してしまったようだ。
防護壁自体は強度も高く信頼に足る術式ではあったのだが、 先程の術はそれを凌駕したらしい。
「……呑気に分析してる場合じゃないわね……どうなるのかしら、 向こう」
げんなりしながら、 目を伏せる。
この暴発騒ぎで、 試験は一時中止となった。
「大丈夫?」
救護班に運ばれてきた査定員の中にキールが居るのを知っていたので、 アジェルは一時場所を移動していた。
防護壁の復旧まで時間は多少かかるだろう。
どちらの部門もそれまで待機となった為、 厳密に言うと彼女は今、 休憩時間となる。
他の査定員は軽度の怪我ぐらいで済んだのだが、 問題はキールであった。
「耐性無いのも考えものね。 ……おーい。 意識あるー?」
滅多に無い事だが、 魔術耐性が極めて低いせいか衝撃に耐え切れず目を回している。
命に別状は無いとの診断であったが、 直ぐに試験に復帰するのは無理だろう。
彼の寝かされているベッド脇に座り、 そっと頭を撫でた。
「ディーティ様。 少し休ませて差し上げたほうが……」
「うん、 そうね。 ……じゃあ、 後お願いするわ」
看護役の術師に声を掛け、 立ち上がる。
ぐるり、 と救護テントの中を見る。
査定員の他、 避難の間に合わなかった受験者も居るようだ。
度合いはそれぞれにあるにせよ、 やはり彼が一番重症な様子である。
けれど、 そのキール自身も時間が経てば目覚めるだろうと思い、 女王が居る観覧席へと移動した。
見れば女王は、 険しい顔で見据えていた。
彼女の周りには護衛の兵士が犇めき合っている。
先程の事態を受けて、 増員された模様だ。
「……あの、 陛下?」
「ああ、 ディーティ。 大変な事になりましたね」
「はい。 それで、 武術部門の査定員が全滅してますけど、 試験はどうしますか?」
「防護壁の復旧作業は間も無くでしょう?」
作業経過を見やりながら、 女王は言った。
アジェルは頷くと、 同じように経過を見遣る。
ざわざわとする観客席の話題は、 続行するか否かで持ちきりの様だ。
「問題なければ続けなさい。 武術部門は、 他のクラス同様に受験者同士が戦うと言う形で進めます」
「査定員はどうしましょうか?」
「貴女がおやりなさい。 二級の最後からだから、 見るなら問題ないでしょう?」
にこり、 と笑いかけられてアジェルは戸惑った。
正直なところ、 アジェルは武術が得意では無い。
護身術程度なら出来るが、 戦うとなれば話は別だ。
「……ええと」
「あら。 やりたい、 って言ったのは貴女でしょう? 大丈夫、 何か危険があれば魔術の使用を許可します」
「承知しました」
とぼとぼと歩いていくアジェルの背中が、 少し小さいなと感じたのは周りの兵士だけであった。
程なくして武術部門の控え場所にアジェルがやって来る。
手には諸注意と対戦表を記載した紙を持っており、 それを見ながらの説明となった。
「お騒がせ致しました。 準備が整い次第、 試験を再開致します。 ただし、 こちらの査定員が復帰不可能な為、 これより後の試験は私が査定します」
試験が終わったものも控え場所に居る為、 彼女の予想よりは多くの者がざわめいていた。
中には怪訝な顔をする者や、 変更に対して不満を漏らすものも居た。
けれどアジェルはそれを黙殺し説明を続ける。
「また、 受験方式も変更があります。 他のクラスと同じように受験者同士での対戦と言う形になり、 組み合わせもこちらで決定しています」
彼女の言葉に合せ、 対戦表が張り出された。
「ただ、 二級で参加の方はあと御一人だった様なので、 一級の中に混ぜて組ませていただきました。 変更点の案内は以上となります。 これに賛同できない方、 受験を取りやめたい方は今、 申し出て下さい」
テント内を見回し何も無い事を確認すると、 アジェルは初めて笑みを浮べる。
「それでは、 また後ほどお会いしましょう。 皆様の勇敢さを間近で拝見できる事を、 楽しみにしております」
業務的に挨拶を終えると、 彼女は復旧作業の確認へと向かう。
連絡を聴き終え思い思いに過ごす受験者たちに紛れて、 キラは対戦表を見に行った。
番号のみの記載ではあるが、 これまた一番最後に回されている。
五組程しか無いが、 それでもまた少し時間が空いてしまいそうだ。
けれど彼女は瞳を輝かせ、 逸る心を抑え目を閉じる。
彼女にとって〝強い人と手合わせが出来る〟と言う条件は変わらない。
全力で挑んでも問題ないのだろうと、 高まる気持ちを抑える事に必死であった。
試験は再開され、 再び熱い戦いが繰り広げられる。
一級を受けようかと言う者達に戦いは流石と言うべきで、 武器の扱い方一つとっても同じものは無い。
有意義な時間だと感じながらも、 己の番が近づくと名残惜しげに準備に入る。
すると、 一人の男が近づいてきた。
キラは視線を上げると「あ」と声を漏らす。
「……君が、 三十八番か?」
「そうです。 ……昨日の騎士さん、 ですよね」
「カトニス・マイヤーだ。 しかし……こんな場所で会うとは思っていなかった」
苦笑を浮かべたのはカトニスである。
少し緊張した面持ちで、 けれどもなんとか笑おうとしているようだ。
キラは見知った顔である事を喜び、 少しだけ笑った。
「マイヤーさん? オレは、 キラです。 キラ・エリティア」
「キラ・エリティア?」
驚いて、 目を丸くした、 ように見えた。
キラはエリティアの名前が妙な形で作用するのを懸念はしたが、 続いたカトニスのリアクションに彼女も驚いていた。
それはそれは嬉しそうに笑っていたのだ。
「君がそうなのか。 隊長やアジェルさん、 エイル氏からも話は聞いている」
知った人達の名の中に兄も混じっている事に、 キラはたじろいだ。
「え? ……話?」
「自分はキール・リテイト隊長の部下をしており、 アジェルさんともそれなりに長い付き合いがある」
「……兄さんはどうして?」
「先の戦いの際、 城の警護にあたって下さってな。 その時に知り合いに」
これは、 彼女の知らない事実であった。
驚く彼女に笑いかけ、 カトニスは続けた。
「レディ、 エリティア。 君が相手で光栄だ。 宜しく頼む」
「……こちらこそ、 宜しくお願いします。 拙い技術ですが、 全力を尽くします」
レディ、 に動揺したのは言うまでも無く。
照れたように笑って、 ぺこりと頭を下げた。




