縁が繋がる時 3
試験当日。
十時と伝えられていたので、 それよりも三十分は早くキラは城へと到着した。
早いつもりで来た彼女であったが、 既に人が集まっておりざわめいている。
武術部門と魔術部門で待機場所が違うらしく、 兵士達が案内を行なっているのが見えた。
手近な所に居た者に声をかけようとした時、 声をかけられた。
「キラじゃないか」
穏やかな青年の声であったが、 キラには聞き覚えがあった。
振り向くと想像通り。
キールが声音同様、 穏やかに笑って立っていた。
「あ……キール、 久し振り」
「うん、 久し振りだね」
「キールも、 出るのか?」
「僕は査定員だよ」
「……査定?」
「そう。 剣技の二級以上でエントリーした人の何人かは僕と戦う事になると思うから、 もしかしたらキラとも剣を交えるかも知れないね」
「……え?」
きょとんとしたキラに、 キールは首を傾げる。
数秒の後、 ぽん、 と手を打った。
「そうか、 初めて来んだよね。 後で説明があると思うけど、 まだ時間も早いし少しだけ」
そうして、 形式が説明された。
武術系の試験相手は、 受験者同士番号札でランダムに決められた相手と戦う。
試験中の戦い方。 技術や、 勇敢さ。 相手に対峙する姿勢等を総合して点を付けられて行く。
時間は十分。
ただし、 反則行為も存在する。
相手を死亡させた場合。 魔術を使用して攻撃をした場合は、 即刻退場処分と決められている。
査定員は、 基本的には戦闘中の受験者が反則行為を行わないか監視するのが役目である。
けれど、 二級より上になると査定員と戦う、 と言うように試験方法が変わる。
此処からは正に真剣勝負。 難易度も上がる仕組みだ。
査定員の多くが近衛隊から出ている事もあり、 単純な腕試しで挑戦するものも多く居る。
勇敢に戦い、 勝利すること。 認められる為には相応の努力をせよ。 と言うのが、 暗にメッセージとして篭められている。
「……あの、 質問」
説明を一頻り聞いた後、 キラはすっと手を挙げた。
「うん、 何?」
「魔術を使用しての攻撃は駄目って言ってたけど、 剣の重さを変える様なのは反則?」
「剣に魔術的な付加を掛けるって事だよね? あくまで剣技の範囲であるなら良いと思う。 例えば、 剣を媒体にして魔術を放つ、 とかだと失格」
回答に真面目に頷いていると、 遠くでベルが鳴った。
「集合の合図だね。 じゃあ、 僕はこれで。 健闘を祈るよ」
「有難う。 ……頑張る」
優しげに笑うと、 人混みの中に消えていく。
彼の背中を見送りながら、 キラはぐっと拳を握った。
「アジェル!!」
普段ならもっと冷静で凛とした筈の声は、 誰にでも簡単に分かる程弾んでいた。 もとい、 浮かれていた。
試験はまだ開始されないと言うのに、 日除けに傘を差し、 手にはオペラグラスを装着している。
何より、 仕事中だと言うのに彼女をファーストネームで呼ぶ辺り。
呼ばれた方は、 周りの……主に傍に控える女中の視線が刺さるのを感じながら、 彼女を嗜めた。
「陛下……。 今は休憩中では無いのだと、 思い出していただきたいのですが」
「分かっています。 けれど、 気持ちが昂るじゃありませんか!」
喋り方だけは何とか執務時の物に変換しようと努力している様だ。
観客席は流石に問題だと家臣達から猛反対を喰らい、 仕方なく救護班の隣に専用の席を設けた。
この場所でも反対は否めなかったが、 護衛を付け結界を張る事でなんとか同意を得られたのだ。
アジェルはその結界を張る為に、 試験前に女王の元へと訪れていた。
最も女王自身は、 あまりよく見えない、 とごねたが見事に誰にも取り上げられはしなかった。
「……もう」
流石のアジェルも溜息を吐く。
そんな彼女の事を知ってか知らずか、 女王はきょろきょろと周りを見回した。
銀糸にも見える薄い灰色の髪が、 少しばかり揺れる。
武術部門の試験会場になっているのは、 城の後方に位置する草原の一部である。
何もないだけで城の所有地である事に変わりなく、 鍛錬や魔術の実験に使われていた。
本日は其処を半分に区切って、 魔術部門と武術部門の試験を行うのである。
両脇にはそれぞれの受験者が順番を待つように設けられた大きなテントが貼ってある。
その試験会場と城の間に観客席が設けられているが、 女王が居るのはもう少し城寄りであった。
「まだ出てきませんってば」
「そうは言うけど、 ディーティ。 貴女が悪いのよ? ライアに似ている、 なんて言うから」
言う声は楽しげで、 オペラグラスを覗いているにも関わらず笑みを零しているのが分かる。
アジェルはまた、 小さく溜息をついて術を完成させた。
「……作業終わったので、 私も行きますからね」
「有難う。 貴女も怪我の無い様にね。 いってらっしゃい」
「有難うございます」
ぺこり、 と頭を下げて、 アジェルは女王の元を後にした。
疲れた様子で査定員の控え室に向かうと、 道中で見知った顔を見た。
人混みの中で城の方を見つめているのは、 カトニスである。
難しい顔をして、 けれども動こうとはしない。
「カトニス君、 何してるの?」
極普通に声を掛けたつもりであったアジェルに対し、 カトニスは大袈裟に肩をはねさせ驚いてみせた。
これにはアジェルも呆気に取られ、 ぽかんとしてしまう。
「あ、 ……すいません。 アジェルさんでしたか」
「……ああ、 うん。 御免なさい、 驚かせて。 どうかしたの?」
見たことが無い様なリアクションと、 先程の難しい顔付きに心配そうに尋ねる。
けれどカトニスは少しだけ笑ってみせ、 首を振った。
「なんでもないんです。 昨日からちょっと可笑しくて」
「……具合悪いの?」
「そう言うんじゃなくて。 その……気になる人が居て」
どう言えば適切なのかと頭を捻るが、 呟いてしまったワードにアジェルはきらきらと目を輝かせた。
「気になる、 人? 恋? 恋なの?」
「……いや、 多分そういうのじゃ……」
「城の人? 誰かしら……気になる」
言葉を続けようとしたアジェルの耳に、 ベルの音が入ってくる。
高揚しかけた気持ちを落ち着けて、 アジェルはぐっと我慢した。
「あー……御免なさい。 行かなきゃ」
「あ、 いえ……行ってらっしゃい」
「うん、 カトニス君も頑張ってね。 行ってらっしゃい」
駆け出して行くアジェルから、 また元の場所へと視線を戻すが。
もう其処には彼の見ていた光景は無かった。
もやもやとした気持ちを落ち着ける様に、 深呼吸をし、 彼もまた受験者の控え場所へと進んでいった。
試験が間も無く始まるという緊張の中で、 キラは物珍しげに会場を見ていた。
いつの間にやら観客も入り、 お祭り騒ぎの様である。
魔術部門の会場と隣併せであったが、 間に特殊な防壁を作製しているようだ。
試験中は互いの会場には干渉できない物らしいと聞いて、 成程、 と頷いた。
周りを見回せば、 出場者は男性が多いようであった。
年齢は兎も角、 皆屈強そうな見た目である。
女性の姿も見えなくは無いが、 逞しい者や気迫が違う者などが犇めき合っている。
「……」
知らず、 胸の高まりを覚えた。
幾分成長したとしても、 彼女はまだ若い。
キラは、 己の力を試す場所、 と言うのに憧れの様な物を持っている。
己の事を判断するのに、 自身の評価ではどうしても偏ってしまう。
客観的に見る良い機会だとして、 わくわくとしている様だった。
恐怖よりも楽しさが滲む己を落ち着ける様に、 深呼吸をする。
それでも収まらない。
そわそわと張り出された対戦表を見てみはしたが、 二級以上は査定員と戦うと聞いていた通り、 順番だけが発表されている。
「ええと……」
札を取り出し、 自身に振り分けられた三十八を探す。
「……あー……最後か」
二級の一番最後に、 自分の番号が書いてある。
順番がまだまだこなさそうだと肩を落とした時、 試験は始まった。




