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ワールドクライシス  作者: かたせ真
エリティアの人たちのお話
52/62

縁が繋がる時 2

 査定試験前日。


 城門を潜り、 アジェルはアルミスへと帰ってきた。

 外交では無いのだが、 現在の彼女はユーダ復興の手伝いで頻繁に国を空けている。

 今回は司令を受けて、 戻ってきたのだ。

 ポニーテールにした青の長い髪を翡翠色のリボンで纏め、 少々短めなスカートと対照的に長めに造られたマントが揺れる。

 城で働く見知った人達に挨拶を交わしながら、 彼女はにこにこと笑顔を振りまいていた。

 そのまま向かったのは女王の執務室である。

 扉をノックすると、 女中が顔をのぞかせた。


「ディーティ様、 お帰りなさいませ」

「ただいま。 陛下は今、 お時間宜しいかしら?」

「はい。 丁度休憩中で御座います。 ご一緒にお茶を召し上がりますか?」

「え? ええ」


 開かれた扉の奥で、 豪勢なアフタヌーンティを楽しむ女が見えて、 アジェルは苦笑を浮かべた。


「あら、 アジェル。 お帰りなさい」

「ただいま戻りました、 陛下。 ……お元気そうで何よりです」

「貴女もね。 さあ、 掛けて頂戴。 ハーティは元気だった?」


 紅の瞳がアジェルを捉え、 その顔には満面の笑みを浮べる。

 片手にカップを持ったまま空いた手で頬杖なんて付いて見せる姿に、 女中が表情を曇らせた。


「陛下。 お行儀が悪いですよ」

「良いじゃない、 今は休憩中。 自室で友人とお茶を楽しんでいるだけなのですから」


 ね、 と同意を求められアジェルは困り顔だ。

 けれども女中は慣れた物。

 はいはい、 と受け流しながら来客者への紅茶を用意すると扉付近へと下がっていった。

 近況報告と一頻りの談笑を終え、 女王は満足げに笑う。

 アジェルも穏やかに笑いながら、 しかし、 思い出した様に懐を探った。

 取り出したのは一枚のカードだ。


 〝クラス査定試験開催に伴い、 アジェル・ディーティを魔術査定員に任命する〟


 そう書かれている。

 彼女は女王に向かってカードを差し出して、 漆黒色の瞳を向けた。


「すぐ帰ってくる様に、 と言う伝言とこのカードが送られてきたのですが。 査定試験は何時?」


 かくり、 と首を傾げた彼女の動作を微笑ましく見つめながら、 女王は言う。


「明日よ」


 回答に、 再び苦笑いを返す他無かったのは女中だけが知っていた。

 アジェルがカードを仕舞い込んだ頃、 女王は手にしたカップを少々乱暴に置き、 突然机の引き出しを開けた。


「そう! そう言えばね!」

「陛下」

「……。 …そう言えばね」


 女中に嗜められて、 少しだけ声のボリュームを下げる。

 けれど嬉々として取り出されたのは薄っぺらな紙切れだった。


「これは?」

「エントリー表なのだけど。 これ、 見て頂戴」


 疑問符を浮かべながら、 エントリー表を見詰める。

 武術部門の今回の参加者の分らしく、 結構な人数の名前が並んでいた。


「今年は参加人数多いんですね。 査定員は何処がやるんですか?」

「一番隊よ。 それより、 此処。 此処を見て欲しいの!」


 それより、 なんて言葉で一蹴りされた彼等を哀れに思いながら、 女王の指先を見詰める。

 整えられ磨かれた爪の先には、 キラ・エリティアの名前。


「これ! ライアの娘の名前よね? 違う?」

「そうだと思いますが。 ……それなら私、 武術査定員やりたいです」

「それは駄目よ。 魔術部門はデリケートな分野なのだから、 何かあった時確実に対処できる人が居ないと」

「お気持ちはよくわかりますが……それ、 長老達が怒りませんか?」

「我が国は実力主義です。 それは貴女が一番よく知っているでしょう?」


 にこりと笑った彼女を前に、 アジェルは返答を封じられる。

 アルミス国は力ある者は、 本人が望めば優先して高い地位を与える。

 先代の頃からそうであったのだが、 頑張りを認めらえる国と言っても良かった。

 アジェルが外交官として特別な位置づけに居るのは、 単純に彼女の持つ力が破格であり、 また本人が望んでその座に収まったからに他ならない。

 ライアが可愛がっていた事も、 女王と親しい事も作用はするかも知れないが。

 それを黙らせるだけの実力があってこそだ。

 今回行われる査定試験は、 簡単に己の地位を上げる事が出来るかも知れないイベントの一つだと言っても過言では無かった。


「このアルミスで、 プライドだとか女がどうとか言う輩は言わせて置きなさい。 事実、 誰も貴女には勝てないでしょうし」

「……」

「まあ、 そういう訳だから魔術部門の査定員は貴女にお願いするわね?」

「……はい」

「あと、 当日は私も観覧席で見学しますからそのつもりで」


 ああ、 少し面倒な事になりそうだ。

 心内で呟いた言葉が万が一にでも聞こえてしまわないように慌てて紅茶を口に含んで、 アジェルはまた曖昧に笑ってみせた。



















「……試験前日にも外回り。 まあ……自分で組んだシフトだけど」


 ぶつぶつと呟きながらカトニスは、 城下の見回りをしていた。

 彼を含め編成人数は五人ほど。

 間も無く見回りを終えて合流する頃合だ。

 夕暮れが近づき、 街は赤く染まっていく。

 平和だな、 とカトニスは切れ長の目を細めて小さく笑った。

 ほんの少し前までは魔物やら人間やらを相手に戦争していたり、 この城下でも血が流れたりした。

 けれども。 少なくとも、 一年は平和を保っている。


「こんな日が続けば良いのにな」


 なんて、 と苦笑した。

 けれど、 次に彼の耳に届いたのは悲鳴である。 聞こえたと同時に駆け出した。

 カトニスが走りこんだのは、 商業施設の並ぶ通りの一角である。

 人が取り囲みざわめているが、 それらを押しのけ前へと進んでいった。


「近衛隊一番隊、 カトニス・マイヤーだ。 お前達何をしている」


 彼の声を聞くが早いか、 群衆は一斉にカトニスを見る。

 だが、 中心に居る者達はそれどころでは無いようだった。

 片方は大柄な男である。

 男はカトニスを確認すると、 これみよがしに手の甲を見せつけた。

 指の先程の大きさの小さな傷が出来ている様だ。


「おお、 騎士様じゃねぇか。 見てくれよ、 この傷。 子供が玩具振り回してるのにあたっちまってよぉ。 ちょっと怒ってやったら、 其処のお嬢ちゃんが」


 男が顎で前方を差す。

 追って見遣ったカトニスの視線に写ったのは、 赤毛の少女であった。

 挑むように鋭い視線を真っ直ぐに男に向けている。


(この女……何処かで見たことが。 ……いや、 それよりも)


 深い緑のジャケットの襟元には煌めく石のブローチ。

 腰に吊るした剣には触れず、 彼女は腕を組んで立っている。

 微動だにせず、 臆しもしない。

 彼女よりも背が高く屈強そうな男を前にして、 である。

 カトニスは感心したように、 少女を見ていた。


「子供を殴り飛ばしておいて、 何がちょっとだ。 謝ってただろ」

「……うるせぇ! 謝っても許されない事もあるだろうが!」

「だから殴っていいって事にはならないだろ」


 よく見れば彼女の後方には頭から血を流して石畳に座り込む少年と、 それを支える母親らしき人間が居た。

 軽傷ではあるらしく彼等は少女を見やりながら、 不安そうに顔を曇らせている。

 騒ぐ群衆は、 これを見世物として楽しんでいる様であった。


「……状況は分かったが、 兎に角落ち着け。 最初から見ていた者は居るか?」


 群衆はざわめき、 けれど、 名乗り出る者は居ないようであった。

 カトニスは少女の後方に居る親子を気にかけながら、 群衆に言い放つ。


「目撃者で無いなら散れ。 見世物じゃ無いぞ」


 名残惜しげに散っていく群衆を確認し、 カトニスは改めて眼前の二人を見た。

 男は掴みかからん勢いで少女を見、 少女は親子を庇うように立ち塞がっている。


「お前達も、 もう止めておけ。 子供は謝ったんだろう? それだけ平然としているなら、 体に異常は無いだろうが」


 言われて、 男は思い出した様に手の甲を痛がるが後の祭。

 冷めた目でカトニスに見つめられ、 バツが悪そうに顔を背けた。


「後は自分が注意しておくから、 それで許してやってくれ。 これ以上何かと言うなら、 相手になってやろう」

「……ち。 近衛隊の騎士様が相手じゃ分が悪いぜ。 ったく……」


 ぶつぶつと形式的な文句を言いながらそれでも素直に引き下がる男を見送り、 カトニスはくるりと振り返る。

 少女は少年の傍にしゃがみこんでおり、 傷を治している最中らしかった。

 処置は直ぐ終わり、 母親が子を抱きしめながら礼を述べている。

 カトニスもまた少女に習い親子の元へと歩み寄ると、 少年の目線に合わせるようにしゃがみこんだ。


「で、 だ。 少年。 治して貰った様だが、 一応医者には診てもらえよ。 あと、 玩具で遊ぶなら人に迷惑は掛けないように」

「……はい。 御免なさい」

「騎士様も……有難うございました。 お騒がせいたしました」


 少年は泣き出しそうにしながら呟き、 母親はカトニスにも深々と頭を下げた。


「お姉ちゃんも……有難う」

「ううん、 良いよ。 次は気を付けてな」


 少女が笑いかけると、 少年はこくり、 と頷いた。

 その後母親に手を引かれて歩いていくが、 何度も振り返っては手を振った。

 立ち上がり、 後ろ姿が雑踏に紛れていくのを見てから、 少女は初めてカトニスを見た。


「アンタのお影で穏便に済んだよ」

「これも仕事だからな。 ……ところで、 その……君は、 怪我は無かったか?」


 尋ねられて、 少女はにこりと笑った。

 黒いような瞳を細め、 大丈夫、 と言葉を続ける。

 けれど、 カトニスの耳には何処か遠くに聞こえていた。


「心配してくれて、 有難う」

「ああ」


 生返事を返したカトニスに、 少女はぺこりと頭を下げると宿の方へと消えていく。

 先程の顔が。 声が。 確かに、 頭に残る。

 呆然と見送った後、 彼はハッとした。

 何故だろう。 不自然な程、 鼓動が早い。


「……あ、 しまった。 名前くらい聞いとけば良かった」


 後悔した時には、 既に遅い。

 少女の姿は消えて、 再び賑わう人々の姿が見える。

 カトニスは妙に熱い自身の顔をぺちんと叩くと、 合流場所へと急ぐことにした。



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