縁が繋がる時 1
キラと近衛隊副隊長カトニスのお話。アルミス国でわちゃわちゃと。
「レディ、 エリティア。 ……君の気が向けばで良い。 これが終わったら、 ……一度、 食事でもどうだろうか……?」
精一杯の告白だった。
告白? いや、 邪な気持ちがあった訳では無くて。
周りの人々が話題にする彼女とは一体どんな人物なのか、 単純に興味があった。
知らずに出会った時にも、 興味が湧いた。
だから、 話でも出来ればと思ったのだが……。
台詞を、 間違えた気がした。
妙に気恥しくなり、 顔が熱を持つ。
隣に並ぶ彼女は、 こちらをじっと見ている。
驚いている事だろう。 もしかしたら軽蔑したかも知れない。
言い繕おうと思ったが、 それも怪しいので何も言えず。
結果として、 ……情けないが、 俯いた。
遠くに歓声が聞こえてくる。
程なくして、 自分と彼女の名前が呼ばれる。
この対戦が、 最後のカード。
歩み出すは同時だった。
自分達は今、 歓声の中で戦おうとしていた。
それは、 三日ほど前に遡る。
久方振りに訪れたアルミス国の城下町で、 キラはいつもの様にギルドに顔を出していた。
まだ手続きの際は緊張をする事もある様だが、 仕事の選別も慣れを感じさせる。
所狭しと貼り付けてある依頼内容を眺めていた。
黒に近く成った深海の様な青い瞳が、 字面を追っていく。 けれど、 これは、 と言うものが無い。
肩を落とし今日は諦めようかと言ったそんな時、 依頼とは違うある張り紙を見つけた。
受付カウンターの脇にあったその紙には「クラス査定試験開催」と書いてあった。
「クラス査定試験……?」
はて、 と首を傾げるキラであったが、 呟きを聞いていたらしい受付嬢がにこりと笑い掛ける。
「ティルア城で不定期に行われる試験の事ですよ。 魔術や武術と言った得意な分野でどなたでも受ける事ができます」
「……あ、 有難うございます。 それって、 受けて何か良いことがあるんですか?」
「得に何と言う訳ではありませんが。 全国のギルドではこのクラス別で受けられるお仕事も存在します。 より技術を求められるお仕事にチャレンジされるなら、 受けられて損は無いかと思います。 丁度、 明後日試験がありますので」
「そうなんだ。 それなら……受けてみようかな」
自然と瞳に輝きが宿るキラを見、 受付嬢は一枚紙を差し出した。
「もし受けられるなら、 こちらの登録用紙をティルア城へとお持ちください。 締切は明日ですが、 城門に受付窓口が出ている筈ですから」
頑張って、 と応援の言葉を添えて、 受付嬢は柔らかに笑ってみせた。
彼女から用紙を受け取り礼を述べると、 ギルドを後した。
同日、 一番隊の詰所では副隊長カトニスがテーブルに突っ伏していた。
低く唸ってすらいる。
勤務から一時戻ったキールは、 そんな部下の様子を見やり苦笑を浮かべた。
「カトニス? そんな所で眠ったら風邪を引くよ」
眠っている様では無いと確信していたが、 どう声を掛けたものかと迷ってこの言葉になった。
カトニスは手に紙切れを一枚握り締めている。
きっと、 彼の胃痛の種から何か接触があったに違いない。 そう、 キールは思っていた。
「……ああ、 隊長。 もうそんな時間ですか」
「その……どうかした?」
「ああ、 いや……三日後に査定試験やるじゃないですか。 武術部門はうちで査定員出せって言うから……」
呼ばれてむくりと起きたはずのカトニスが、 再びテーブルに突っ伏す。
ついでに握り締めていた紙を、 キールに向かって差し出した。
一部に皺の寄った紙切れは、 査定員の必要人数と選出した際の名前記入欄、 提出期限が書かれてある。
それ程動作に勢いがあった訳では無いのだが、 テーブルに乗せていたペンがころりと転がっていった。
「さっき急に言われたんで、 困ってるんです」
「誰か見繕えそうかい? ……なんなら、 僕が行こうか」
「結構です」
キールの提案を即答で断り、 「あああ」とくぐもった声で呻く。
一瞬頭を抱えたかと思うと、 再度起き上がった。
「……あ、 でも隊長に頼もう」
「今日はえらく意見が揺らぐじゃないか。 ……大丈夫かい?」
「いや、 大丈夫です。 大丈夫なんですが」
「ですが?」
「今回の試験、 自分も出るように言われてたのを思い出して」
盛大に吐き出された溜息と眉間に寄せられた皺が、 言葉にせずとも「面倒だ」と主張していた。
そんな態度に曖昧に笑いながら、 キールは自身の仕事を片付ける為書類の積まれた机に向かう。
上から順番に手に取り、 書面に目を落としながらキールは言った。
「君が出るなら一級までやるんだね」
「はい。 ……出ろってお達しが来んで」
「陛下から?」
「言わずもがな」
「それじゃあ多分、 見に来るね」
「見世物になるのは百も承知。 それに、 ……拒否権が無いんだから仕方無いでしょう。 こんなでも、 自分には絶好のチャンスです」
前向きに検討した結果であるらしく、 カトニスはもう、 いつもの涼やかな表情に戻っていた。
「なんせ、 普段忙しい隊長と手合わせ出来るんですから」
そんな訳で宜しくお願いします。 そうカトニスが言うと、 キールは笑って頷いた。
二日前。
申し込み用紙を手に、 キラは城へと向かっていた。
名前と試験を受ける部門の記入は確認済み。
級を指定するよう書いてあったが、 それは何となく適当に記入した。
歩みを進める程に、 わくわくとする。
旅を始めた一番最初に、 アジェルと歩いた城への道のり。 懐かしささえ覚えながら彼女は進む。
程なくして見えてきたのは城門と、 脇に建てられていた小さな小屋。
「……あれかな」
緊張の面持ちで近付くと、 中に居た兵士はキラをじっと見詰めた。
「査定試験の受験希望者ですか?」
頷くと、 申込用紙の有無を尋ねられる。
既に記入した物を手渡すと、 確認した後、 兵士は番号札を取り出した。
掌に納まる様な小さな札には、 三十八、 と書いてある。
「キラ・エリティア。 武術部門二級でのエントリーを受け付けました。 明後日十時に、 番号札を持ってティルア城へ来て下さい」
「分かりました」
「当日もお伝えしますが、 基本的に怪我等は自己責任となります。 あと……」
兵士は一度区切って、 再びキラを見詰めた。
僅かに沈黙。
困ってキラが目線をさ迷わせると、 兵士もまた苦笑して詫びた。
「すみません。 その……エリティア様のお嬢さんかなと思って。 何にせよ、 頑張って。 良き成果を期待しております」
朗らかに送り出されて、 キラはほっとした様子で笑う。
妙にこそばゆい様なそんな感覚。
けれど、 以前の様な居心地の悪さは感じず、 彼女は足取り軽く宿へと戻っていった。




