君と出会う
強い力を持っていても。
周りと違う、 存在でも。
……それが、 人でなくても。
怖くは無いよ。
本当に怖いのは 恐怖心に負けて、 相手を傷つけるだけになった、 心。
静かな場所だと思った。 不思議と落ち着く。
少し暗いけれど、 蛍の様に暖かい光が揺らめく所。
そんな場所で、 オレの意識が漂っている。
「……」
心地良いその場所。
微睡む様に漂っていた自分の意識に、 触れる、 手。
「……だれ」
ぼんやり、 と、 していた。
『…………』
誰かは、 そんなオレにそっと触れて。
それから、 ……意識が落ちた。
アルミス四日目。 朝……と言うには些か遅い。
キラは夢から覚め切らない状態で、 ぼんやりとベッドに座っていた。
今日はアジェルも居ない。
彼女は城で報告業務があるらしく「お昼頃にはまた帰って来れると思う!」と言い残し、 早朝に宿を出て行った。
特に用事も無いので、 キラはごろごろしながら宿で待っていると言う次第だ。
「……雨」
窓を覗くと、 小雨が降る。
霧のように広がって、 視界を遮る雨。
そんな様子を確認して、 ベッドに横になる。
ふんわりとした布団を引き寄せ顔を埋めながら、 先ほど見た夢を考える。
「…………なんだろう」
懐かしいような。
そうでないような。
不思議な夢。
「……また、 あいたいな」
夢の登場人物が知り合いかすらわからないそんな状態で。
ぽつり。
そう、 呟いた。
「……アジェル」
「なぁに?」
「キラはどうだい?」
「……うん、 大丈夫よ」
喫茶室の指定席。
向かい合って座るアジェルとキールは、 お互い制服を着ていた。
間のテーブルには、 ティーセット。
一切手をつけていない状態のまま、 時間が過ぎる。
大きな窓の向こうでは、 雨が降っていた。
「……早く、 戻りたいなぁ」
そわそわとして呟くアジェルに、 キールは笑う。
「お気に入りなんだね」
「……え?」
「キラ」
にっこりと微笑むキールを、 アジェルが見つめた。
「そうね」
ふわり。
優しい笑みを浮かべて、 彼女は答えた。
少女の様な外見の少年が、 長い廊下を歩いていく。
右胸の前で束ねている金色の髪が、 少し揺れた。
こつこつと響いていた靴音が止む頃、 彼は目的の部屋の前にたどり着いていた。
目の前の扉のノブに、 手をかけた。
鍵は掛かっておらず、 開いた扉の向こうには殺風景な部屋が見える。
「……デスター」
その部屋で、 眠るように目を閉じていた黒髪の青年に少年が声をかけた。
椅子に座ったまま目を閉じていた彼は、 ゆっくりと目を開ける。
開かれた瞳も、 髪と同様に漆黒色だった。
「シャールか」
「君。 ……さっき干渉したでしょう」
「……なんの話だ?」
かくり、 と首を傾げる彼に、 シャールは苦笑する。
「あれ……無意識ですか?」
「……だから、 俺が何に干渉したって?」
「いや、 分かってないならいいです」
「……変な奴だな」
そう言った彼に、 シャールはただ笑うだけだった。
昼を過ぎて、 少し。
雨は上がり、 キラは外に出た。
濡れた石畳が続く先。
人通りも疎らで、 少し気分がいい。
そんな中、 赤毛の少女がキラの少し先で駆けていく。
「……?」
同じ色を持つ、 と、 言うことは。
何処か近しい存在という事だ。
気になって、 視線で追う。
「……」
すると、 その少女はくるりと振り返り、 キラを見た。
「……あ」
あの子。
そう認識した時、 少女が来る。
小さな小さな赤毛の子供は、 飛びつかん勢いでキラに向かう。
「……わっ」
勢いあまって抱きつかれ、 抱きとめたキラがそのまま尻餅をつくと、 彼女の腕の中で少女が笑う。
「お前……消えたんじゃ」
『お礼を言いにきたの』
「……礼?」
『もういちど、 あなたにありがとうって』
小さく、 小さくなっていく少女を、 キラが見ていた。
光が集まり、 空気に溶けて消えていく。
「そっか」
『うん』
光の中に、 薄い緑色が見えた。
じっと見るキラに、 少女の声は言う。
『これは、 わたしのほんとの色』
赤は作られたものだと、 彼女は言った。
『あなたのお陰』
「……キラ、 だよ」
『なまえ?』
「そう」
『ありがと、 きら』
音だけ残して、 光が消える。
「…………」
寂しいような。
そんな想いに狩られ、 手の中で消えた光を惜しむように、 キラは目を閉じた。
闇で満たされる場所に、 光が降る。
「戻ったのか」
穏やかに響く彼の声に、 翡翠の様な緑の光がゆらりと揺れた。
彼の手に、 ふわり、 光が降りていく。
軽く受け止めると、 彼は目を閉じた。
「…………そうか。 きちんと礼を言えたんだな」
光が持つ記憶を見ながら、 彼は穏やかに笑う。
「……良かったな」
優しい音に応える様に、 光はまた、 ゆらりと揺れた。
夕暮れが近づく。
城での仕事を終えて宿にアジェルが戻ると、 ベッドの上でキラが身じろいだ。
「ただいまー、 御免ね遅く……、 あれ……寝てる?」
夕日が差し込む部屋を進む。
覗き込んでみると、 布団に包まってキラが眠っていた。
そんな彼女を見て、 ふふ、 と笑う。
そっと髪を撫でると、 心地良さそうに表情を変えたキラに気をよくして、 アジェルは隣のベッドに行く。
着ていた制服から旅用の私服に着替え、 制服はホアルに仕舞う。
片づけを終えてから、 手紙を開いた。
ライアが残したという、 あの手紙だ。
「あら……」
アジェルが見つめる中、 表記文字が変わっていく。
‘アルミス’と表記されていた文字がどんどん消えて、 スペルが書き換わっていく。
「…………うわ」
浮かんだ文字は‘ユーダ’とある。
それを確認し、 嫌そうにアジェルは呟いた。
ユーダと言うのは、 国民の大半が聖職者と言う小さな国である。
王は教皇と名前を変え国を治めている。
けれど実際に矢面に立ち人々から支持されているは巫女の方だろう。
神の声を聞く代弁者。 戦争だけに限らずあらゆる出来事の先を知る。
他国に対し常に中立を保ち先見の結果を分け与える、 そんな国。
アルミスの隣国と言うこともあり、 また、 女王が個人的に仲良くしている事もあり、 外交官としてアジェルは幾度と無く足を運んでいるが正直なところいい思い出が無い土地だ。
「マスター」
若干憂鬱になったアジェルを呼ぶ声に、 彼女が振り向くと。
視線の先には、 金髪の少年が居た。
彼はアジェルと契約を交わしている精霊の一人だ。
「……シャール。 どうしたの?」
シャールに関して言えば、 呼ばずに出てくる事は幾度と無くあった。
ただし、 彼等が自分の意志で現れる時は全く能力を使えないのが性質のようだ。
「ちょっとお知らせをしておこうと思いまして」
「お知らせ?」
「はい」
にこりと笑ってシャールが言う。
そんな彼の様子を、 小首を傾げてアジェルが見ていた。
今日はずっと眠い。
こういう事は初めてだ。
……一体、 どうしたというんだろう?
夢の中。 妙に意識だけがはっきりしている。
数度瞬きすると、 闇が、 広がった。
音はない。 ほんの少し、 怖いように、 思えた。
けれどそんな思いも、 あたりに浮かぶ柔らかな光の球体を見ていたら消えていく。
心は次第に、 穏やかになっていった。
『……誰だ?』
聞こえた声は、 知らない人。
誰か尋ねたかったのに、 上手く言葉にならなかった。
『生きてる……やつ?』
疑問の色を濃くして、 彼が手を伸ばす。
そっと触れられるその感じは、 朝の夢と一緒。
「…………だれ?」
漸く声にした小さな呟きに、 彼はまた驚いて、 手を引っ込めた。
『意識があるのか?』
「……?」
『……お前……、 …………』
声が遠い気がする。
『…………、 ……』
もう、 言葉は聞こえなくなっていた。
「干渉?」
「はい」
「……あの、 デスターが?」
穏やかに笑うシャールと、 興味津々で話をするアジェル。
話題はデスターと呼ばれる青年のことのようだった。
「私が呼んでも出てこなかった癖に。 若い子が好きなの?」
茶化して言えば、 シャールはやんわりと否定する。
「いえ。 無意識みたいですし……何より彼は、 この方と縁があるので」
「……縁?」
デスターと言うのは、 シャールと同じ存在だ。
世界を司る精霊の一人で、 シャールとは対極の滅び……詰まるところ"死"を司る。
聖職者が使う言葉での「死神」に該当するのが彼だった。
彼だけは、 歴代の契約者達と一切契約をせず、 常に自由に過ごしていた。
勿論ライアやアジェルとも契約をしている訳ではなく、 まして、 「縁」があるなどとは聞いたことがない。
「デスターって、 元々この世界の人だったの?」
「……マスター。 実のところ、 僕等は作られたものではないのですよ?」
「そうなの……?」
「此処ではないですが。 別の場所で人として生きていた時もありました。 デスターが持つ縁はその時のです」
「そうなんだ。 知らなかった」
「ええ。 それで、 その……」
一度言葉を区切って、 シャールは続ける。
「先程も言いましたが、 本人は無意識らしいのです。 ですが頻繁に干渉する様なら、 マスターの方から防護壁を張って頂けませんか?」
「問題なの?」
「波長が合ってしまうと、 召喚するのと同じくらい魔力を喰うので。 ……疲れるでしょう?」
「……あぁ、 成るほど」
確かに、 と、 アジェルは苦笑で頷いた。
彼女自身も相当苦労し、 魔力を蓄え契約をした。
しかし未だに召喚するとなると疲労感が伴う為、 必要最小限しかしない。
彼等を呼ばなくても通常の術式でなんとか出来ると言うのも理由だ。
「ライアの血筋ですから、 多少の無理は大丈夫だと思いますけど。 魔力の消費しすぎは心に悪いですし」
魔の力は、 精神と密接な関係があるといわれる。
魔力値が不安定だと暴発もすることがあるし、 精神もマイナスに傾きやすくなる作用があった。
「僕の方からもデスターに言っておきますので。 ……お願いしますね」
「わかった」
「それでは……。 突然失礼しました」
そう一礼して、 彼は姿を消した。