優しい眠り 2
この回にやや残酷描写あります
キラの部屋から退出した後、 デスターは同じ町の外れにある墓地へと場所を移していた。
今回の目的は、 魂の回収だ。
苛々とした己の気持ちは抑え、 数度、 呼吸を繰り返した。
「しかし……何に邪魔されたって言うんだか」
リアクトが言っていた「遮蔽物」を思いだし、 デスターは辺りを見回した。
生き物が死すれば自動的に彼等の世界。 神界へと来るようにはなっているのだが、 時折、 上手く来れないモノが居る。
何かに邪魔をされたり、 例えば、 魔術的な儀式の生贄になったりした場合が当てはまる。
けれども、 視界に入るのはやや寂れた様子の小さな教会だけ。
案外と彼処が怪しいのかも知れないな、 なんて事も可能性に入れる。
月灯りは明るく、 けれど見回しても誰も歩いては居ない。
時刻は深夜。 好き好んでこんな時間に墓地にくるのは死霊使いか生き物ならざるモノくらいかも知れない。
しん、 と静まった場所で、 彼は一人立っている。
やがて、 方向を決め歩みを進めていく。
整然と並んだ墓標を抜けて、 一際奥へ、 奥へ。
鬱蒼と茂った木々を眼前にして、 漸く立ち止まる。
一本だけ、 不自然に繁る木の下を見やり、 そして、 見つけた。
「……」
視線の先には、 小さな影があった。
彼はずんずんと一直線に歩いていき、 近づいていく。
よく見てみてば長いローブにフードを深く被った子供であるらしく、 けれど種族も性別もよくわからない。
子供は近づいてきたデスターに驚くことも無くよろよろと近付くと、 彼の手を迷わず取った。
「……かみさまのおつかい、 ですか?」
顔はよく見えなかったがどうやら少女らしい。
彼の予想よりも可憐な声で呟いたかと思えば、 そのまま少女は俯いた。
しゃがみこんだデスターは子供に手を握られたまま様子を伺う。
温度を余り感じる事が無い彼ではあったのだが、 小さなこの手が冷たい事は分かった。
「だれも、 来てくれなかった……みつけ、 て、 欲しかった」
子供は泣いてしまいそうな震えた声で呟くと、 彼の首にぎゅうっと抱きついた。
しくしくと泣き出してしまい宥めようと試みてはみたが、 子供相手とは言え不得意である事を思い出す。
困ってあやすようにそのまま抱き上げて見た時、 はた、 と彼は気付いた。
子供の足元は履物も無く素足であったのだが、 両足共に枷が付いており木の根元へと鎖は繋がっている。
よくよく見て見れば、 何か白いものが少し外に顔を覗かせている。
其処から鎖は伸びているようだった。
「その鎖は?」
「……くさり?」
子供は小首を傾げた。
「……ふむ……」
どうやら見えていないどころか、 覚えていないらしい。
リアクトは「名前を失いそうだ」と言っていた。
やはり肉を失ってからかなり長い時間が経過しているのだろう。
だが、 と鎖の先にある箱を見やる。
なんの拍子に現れたのかは定かでは無いが、 これでは連れていくことが出来ない。
そう思い、 彼も首を傾げた。
「どうしたもんかな……。 鎌で切っても良いけど、 それは流石にな」
「……」
いくら精霊であるとて、 安易に繋がりを切る事は許されない。
まして"繋がれている"のなら、 切ってしまう事で魂に傷が付いてもいけないと言う彼なりの配慮である。
子供は不安に思ったのかも知れない。
握り締めていた彼の服を更にぎゅっと握り締めた。
「……悪いけど、 ちょっと見せて貰うからな」
「み、 る?」
「どうして繋がれているか。 大丈夫、 お前が思い出すことはない」
多分、 嫌な記憶だろうから。 と心の中で付け加え、 抱きついてくる子供の背に手を添えた。
子供は心地良さそうに目を閉じ、 彼もまた目を閉じた。
僅かに、 光が漏れる。
それから流れ込んできた記憶に、 彼は暫しの間、 同調する事を決めた。
その日は、 私の誕生日だった。
ママがケーキを焼いてくれる約束し、 朝からご馳走の準備をしてくれる。
「今日はパーティーよ」
ママが笑ってくれた。
「パパも夜には帰ってくるから。 急いで帰ってらっしゃい」
楽しみで、 たまらなくて。
お使いから急いで帰る途中、 ……だった筈。
けれど目が覚めたら、 冷たくて暗い……知らない場所に居た。
灯りはほんの少しだけあるのだけど、 目が慣れていないせいか周りはあまり見えない。
ただ、 転がされていた場所は冷たく、 床は硬いと感じた。
慎重に手を伸ばしながら、 辺りに何もないことを確認した。
怖かった。 逃げ出したかった。
動き出すのは勇気がいったけど、 ゆっくりと這い蹲りながら進んだ。
右足がじんわり痛くて、 上手く動かない。
おまけに床は何かぬるりとして、 進むのには少し苦労した。
でも、 帰るにはこの方法しかない。
ママとパパに会いたい、 と、 強く思った。
ずる、 ずる、 と音がする。
……なんの音だろう。
ずる、 ずる。
手を伸ばし、 進むごとに音はついてきた。
少しの間そんな風に進んで、 手が何か柔らかい物に触れた。
驚いて手を引っ込めるが、 物音はしない。
目を凝らして見てみると、 一際暗いところから出ているそれは……人の足みたいだった。
足首には枷がはめ込まれ、 鎖で何処かへと繋がれいている。
可哀想に……この人も此処に閉じ込められたのだろうか。
一人でない事に安心したけれど、 でも……さっき触っても動かなかった。
眠っているのだろうか。
よくわからなかったので、 一先ず進む事にした。
ずる、 ずる。
やはり音はして、 けれど、 もう気にはならなくなっていた。
少し進んだ頃だろうか。
こつん、 と、 今度は硬い物に手がぶつかった。
どうやら柵のようなものらしい。
掴んでみるが、 外れそうな気はしなかった。
すると。
かたん。 音が頭上からした。
音が聞こえた拍子に、 胸がぎゅっとした。
だけど、 音がした方を見ないといけない気がした。
徐々に光が満ちていく。
眩しすぎて、 目を閉じた。
「あれ、 まだ……?」
声はそう言った。
男か女か分からない。
光を遮る様に手で覆いながらも、 天井を見上げる。
「!!」
大きな目が、 私を見ていた。
「大したもんだ、 頑丈なのは血の所為? ちょっとした細工でそんなに頑張れるんなら……」
声が何か頭上で言っていた。
けれどもう、 ただ音であるしか分からない。
私は見た。
光を遮る為に被った手は、 赤く染まっていた。
床だって赤い。 壁にも赤い手形が付いている。
そして、 そして……。
「脚……私の、 あし?」
スカートの下に見えたのは、 左脚だけ。
遠くには、 足枷を嵌められた右脚が見える。
見たくない。 でも目に入る。
私の右脚は血を垂れ流すだけの代物と化していた。
認識した途端、 頭が焼き切れる程熱くなった気がして。
悪い夢だと思いたかった。
起きたら、 ママが居て「大丈夫」って抱きしめてくれる。
パパは優しく笑って安心させてくれるだろう。
そんな事を、 期待した。
「ああ、 なんだ」
じん、 と目が熱くなる。
怖かった。
悲鳴を挙げたかったのに、 がちがちと歯が鳴った。
びくん、 と体が震えて。
「……やっぱりダメか」
そんな声が、 聞こえた。
目を開けると、 デスターは改めて己の腕の中に居る子供を見遣った。
いつの間にやらフードは外され、 金髪の柔らかな髪と左右で目の色の違う少女がきょとんとした顔で彼を見ている。
「……成程」
非常に冷静に呟き、 頭を撫でてみせる。
フードに隠れて見えなかったが、 少女は白く長い耳を持っていた。
純粋なエルフでは無いのは瞳の色が証明している。
混血児であったが為に、 捕らえられたのだろうと推測された。
ちらり、 と鎖の繋がる先を見る。
白いものは多分、 少女が閉じ込められていた箱なのだろう。
これ自体が強力な結界になり、 体はおろか魂までも隠し拘束をした。
この細工をした人物にも思い当たる節があり、 少女がどうしてこうなったのかも思い当たる事件があった。
箱庭の世界で言う五十年も昔の話になるだろうか。
少女の存在を彼に伝えたのは、 リアクトである。
彼女が気づかなければ、 迎えにくるのはもっと先になっていたかも知れない。
これでも早い方だったのかも知れないが「やはりこんな顛末か」と呟く。
箱をどう処分したものかと考える彼の顔を、 子供はいつの間にかじっと見ていた。
視線に気付くと、 出来るだけ目を合わせて話そうと試みる。
「……どうした」
「……ママとパパ、 ……あいたい」
蚊の鳴くような、か細い声だった。
「あー……」
くるり、 と見回してみるが、 得に意味は無い。
都合良く誰か居ないかと見てみるのだが、 居たところで役には立たないだろう。
教会だけに修道女や、 司祭ならなんとか……と思ったりもしたが。
長年教会が建っているのに一度も気がつかなかった事を考えても、 意味はなさそうだった。
第一、 神に近い自分達ですら気がつかなかったのだから無理な話である。
「……その前に居るのかわからんがな」
はぁ、 と息をつき、 少女が見つめる中難しい顔で目を閉じた。
「……だめ?」
「いや……。 ……取り敢えず、 行こう。 鎖を切ってやるよ」
「……きる」
「断ち切っても良さそうだし……お前も、 行かなきゃいけないしな」
断言した彼に、 少女は素直に頷いた。
空いた手を軽く振ると、 愛用している彼の大鎌が出現する。
長い柄を手にすると、 片手のまま鎖に刃をかける。
元より現実にある物体では無い物だ。
鎖は音も無く、 崩れ落ちるように消えていった。
役目を終えると鎌をまた消し、 渋い顔をしたまま少女と一緒にその場を立ち去った。




