記憶の中で出会う人
昔むかしの事だけど。
キラ中心でイルの人々
キラは、 “それ”を客観的に見ていた。
言うなればそう、 魂の様な物で。
ふわふわと浮きながら、 見つめている。
眼前に広がる光景は、 イル村の彼女の自宅なのだが。
何故だか、 その場に居るのは幼い彼女だった。
(ああ、 夢か)
妙に冷静にその光景を見つめる。
夢で何かを伝えられると言うのが多かった所為か、 こういう事態に彼女は慣れていた。
自身の置かれた状況を分析していると、 場面は少し変わり始める。
少女は自室に居た。
五才くらいなのだろう。 自分の体には幾分大きな椅子になんとか座って、 本を読んでいた。
児童書と言うには遥かに難しいそれは、 魔術書だった。
使い古されたそんな本を広げて、 首を傾げる。
そんな時である。
扉をノックする音に反応して、 少女は本を放置し椅子から降りた。
扉はすぐさま開かれて、 覗いた顔に少女は笑いかける。
「お母さん!」
飛びつかんばかりの勢いで近寄ると、 彼女はそのまま母に抱きついた。
母は「あらあら」と笑いながら、 我が子を抱きしめる。
親子は同じ赤い髪を持つ者同士だった。
笑う顔も似ている。
そんな様子を、 漂いながらキラは見つめていた。
「キラちゃん、 お出かけしない?」
「え?」
「エイルくんは行くって言ってるけど」
「行く!」
何処に、 と言う疑問は少女の頭には無いようだ。
満面の笑みで母に言うと、 そのまま連れ立って部屋を出ていった。
(これは、 いつの事だっけ……)
ぼんやりと考えながら目を閉じる。
再び目を開けると、 今度は草原に変わっていた。
真ん中には母。 左手はエイルと、 右手はキラと繋いで歩いていた。
彼らの後ろには、 エルフの女……ぺルナが付いて来ている。
彼女の手には大きなバスケット。
(……ああ、 これは)
見つめながら、 キラは思い出す。
一度だけ、 彼女はこうして親子でピクニックに来たことがあった。
これより前はずっとアルミスの城の中。
厳密に言うと、 ライアの部屋でしかキラは遊んだ事が無かった。
それだけ世間は危険であったし、 何より近くに居るのが安全だったからだ。
けれど、 ライアは突然故郷に帰ると言い出した。
これより後は、 ライアの親友であるぺルナがこちらに移り住む事になり、 兄妹を此処で育てる事になる。
そして、 ライアは自身の死期を悟っていたかのようにその後戦争に出向き死亡した。
これは、 その直前。
一際穏やかだった瞬間の出来事だ。
思い当たると、 キラは懐かしそうに光景を見つめていた。
程なくして、 丘の上に到達する。
大きな木が一本生えていて、 木陰を作っていた。
敷物を広げ、 お弁当を広げる。
わいわいとしながら、 昼食を取り、 のんびりと過ごしていた。
少し離れた場所で空を見上げていた少女の隣にライアが並び、 彼女と手を繋いで空を仰ぐ。
「綺麗ね、 キラちゃん」
頷いた少女と、 それを見つめる母の顔はとても幸せそうな笑みだった。
場面は変わり、 夜。
就寝準備をしている少女は、 今夜は母と同じベッドで眠るようだ。
彼女が眠れば、 キラも夢から覚めるだろう。
名残惜しいような、 そうでないような。
そんな事を思っていると、 扉が開かれる。
部屋の主ライアが現れ、 娘と一緒に布団に潜り込んだ。
眠るまでのひと時を、 今日のピクニックの話を楽しげにしながら過ごしている。
そんな時、 キラの意識がぐらりと揺れた。
(……!!)
驚く間もなく、 彼女は夢の中の幼い自身の中へと吸い込まれた。
客観視していた風景が、 主観的な物に変わる。
突然黙りこくった娘に、 ライアは不思議そうに笑いかけた。
「キラちゃん、 どうしたの?」
「え、 ……え、 と」
見上げると、 もう記憶の中でしか会えない筈だった母の顔がある。
込み上げてくるのは混ざりに混ざった様々な気持ち。
嬉しくて、 けれども悲しくて、 ぼろぼろと涙が零れていく。
「……キラちゃん? 何処か痛い?」
返答できずに首を振る。
ライアは苦笑して、 幼い彼女を抱きしめる。
「眠るのが怖い? 大丈夫、 お母さんが付いてるからね」
声音は優しく、 頭を撫でる手は柔らかだ。
それらは確かに在った事は覚えているのだが、 キラの記憶には詳細が無い。
だから、 嬉しかった。
もう一度、 例え夢の中でも母に抱き締めて貰えたから。
でも、 だから 悲しかった。
幼すぎて、 殆ど覚えていない事が分かってしまったから。
「……かあさん」
抱きしめられながら、 呟く。
幼い時の自身では無い呼び方ではあったが、 夢の中でならば許されるだろう。
そう思った。
聞き届けたライアは驚いた様に撫でる手を止めたが、 すぐまた再開した。
「そっか。 ……うん、 御免ね。 寂しいよね」
キラには分からなかった。
ライアが少しだけ悲しそうにしたのを。
「キラちゃん。 お母さんはいつでも、 貴女の傍に居るからね。 だから、 安心してお休みなさい」
それは幼い彼女に向けた言葉だったのか。
「夢が終わっても覚えていてくれたら嬉しいな。 ……私は、 キラもエイルも、 愛しているよ。 ずっと、 ずっと、 愛しているから」
ぷつん。
意識は途切れて、 霧散する。
キラは、 ゆらゆらと揺れながら夢の終わりを体感する。
目が覚める頃には薄まるかも知れないが。
今、 彼女は堪らなく幸せな気持ちだった。




