魂を繋ぐ物語
キラとデスター。本編後。
デスターの過去話有り。暗い目です。
夢は、 彼等を繋ぐ架け橋となる。
契約と言う概念で繋がった彼等は、 意図せずして思い出を共有する事があった。
しん、 と静まり返った夜だった。
この日も彼女は夢を見る。
一人で旅を始めてから。 いや、 もっと前から夢は見ていた。
けれど、 最近の夢はほぼ同じシーンだと言っても過言ではない。
幸せだったであろう、 彼の人生。
終わる時は憎しみに支配され、 恨んで死んでいった。
そんな物語。
夢の中の登場人物は、 部屋の中で放心していた。
目の前には血塗れで倒れる女が居る。
-ああ、 どうして-
彼は呟く。
-どうして、 今日だったんだろう-
言葉を発する程に、 ぼろぼろと涙を零した。
-なんで、 こんな形で……-
泣きながら、 縋る様に女に手を伸ばした。
もう動くことはないと知っていた。
倒れている女が死んでいる事は、 素人である彼にも一目瞭然であったからだ。
無残に切り裂かれた体には、 切り裂いたであろう刃物が刺さっている。
- 、 ……っ-
名前を呼んだ気がした。
けれど、 もう聞こえない。
余りに苦しそうで。 余りに辛そうで。
キラは意識を保てなかった。
胸が痛むのを感じながら、 シーンが進むことを願う。
少しだけ時間の経過を感じた後、 彼は別の場所へと移っていた。
時期も少し進んだのだろう。
彼は何もない部屋の中で過ごしていた。
彼女が死んだ場所とは違うところだ。
薄暗く、 住人は憔悴していた。
けれど、 目はぎらりと光る。
窓の外を時折覗いては、 苛々とした様子で煙草を吸った。
彼女は、 私怨によって殺されていた。
しかも彼女自身の物では無く、 恨まれていたのは彼だった。
己のせいで大切なものを失った彼は、 血眼になって奪ったものを探し出した。
そして、 突き止めた。
復讐したところで何も帰ってこない事は分かっていたし、 それでどうなる訳でも無かったが。
許せなかった。 だから、 ……相手を殺そうと考えていた。
だが、 それも寸でのところで妨害されてしまう。
相手は既にかの事件の犯人として保護を受ける対象であり、 復讐者から逃れる為に自ら捕まったからだ。
籠の中に入られては手の出し様は無く、 しかもどういう訳か刑も軽いと言うオマケ付きだ。
法廷の席でどれだけ声を上げても届くことはない。
何年かすれば悠々と出てくるだろう。
許せなかった。
殺された彼女はもう帰ってくる事は無いのに、 何故。
そんな事をぐるぐると考えていたが、 次第に思考は停止した。
-もういい-
煮えたぎる様な憎しみで、 心は溶けてしまったようだ。
沸騰するほど激しく怒ったせいで、 感覚は麻痺してしまったようだ。
部屋の隅でぼんやりとしながら、 ふと思い出してポケットを探る。
小さな箱から出てきたのは指輪だった。
-あと一日早かったら、 お前が死ななくて済んだかも知れないよな-
目を閉じて、 彼は言った。
思い出すのは、 大好きな彼女の事だ。
よく笑う人だった。
朗らかで、 優しい人だった。
外国の血が入っているらしく、 青い瞳をしていて。
困ったように笑う顔が好きだった。
温かい手が、 好きだった。
指輪を握り締めて、 目を閉じる。
-二度と会えないのが寂しいよな。 せめて……もう一度会えたら良かったのに-
無理か。 そう言って、 久しぶりに少しだけ笑った。
指輪を握り締めたまま、 新たに刃物を取り出す。
怖くは無かった。
死後の世界など信じるタイプでも無かったので、 死に対して思うことも無かった。
この世は憎らしい。 何故、 人を殺しても生きている方が優遇されるのか。
この世は恨めしい。 おかしなことが溢れていて、 真っ当なことなど何も無い。
そして、 少し寂しい世の中だ。
そう思いながら、 彼は自らの喉を掻き切り暫し苦しんで死んでいった。
「…………」
宿屋の固いベッドの上で、 キラは目を覚ます。
月明かりが部屋を照らすけれど、 まだ外は暗かった。
胸が締め付けられるような痛みを憶えて、 身体を縮こまらせる。
ぎゅっと目を閉じた拍子に、 涙が溢れた。
きっと眠っている間にも泣いていただろう。
枕も濡れた跡があった。
彼女は最初にこの夢を見た時、 すぐ誰の物か気付いた。
今まで、 創造主や他の人の声を受けて夢に見たがこれは質が違う。
何処の世界の物か分からない風景だったけれど、 明確に感じるのは"彼"の気持ちだ。
まるで物語を読んでいる様な気持ちだったが、 これは確かに"彼"の人生だったのだろう。
気持ちが落ち着くまで丸まって、 それから、 身体を起こした。
サイドボードに置いていた水差しに手を伸ばし、 冷たい水を少しだけ飲んだ。
そして。
「……あ」
いつの間に現れたのか、 彼女が契約する精霊の姿を見た。
「……デスター。 何?」
「いや。 別に……その、 用事がある訳じゃないんだが」
「いつもそれだな」
実際のところ、 召喚しなくてもしょっちゅう現れてはキラと行動を共にしていた。
だが、 夜中に現れる事は殆ど無い。
何か思惑があって来たのか、 様子もどことなく可笑しいなと感じながらキラは苦笑した。
けれど、 デスターは心配そうな顔でキラを見詰めていた。
「お前、 夢を見ただろ」
「……え?」
「しかも初めてじゃないよな。 ……悪いな」
夢の話は、 いつもこうして隠していた。
いや、 隠すと言うのは語弊があるか。
尋ねられないから言わないと言うのが正解だ。
多分、 話をすると嫌だろうと、 直感的に思っての事だった。
そんな訳で謝罪される意味合いは、 直ぐ理解出来た。
「……あー、 じゃあアレは」
「俺が人だった時の記憶だ。 お前、 同調しやすいから気を付けとくべきだった」
だから、 悪い。 と再び謝罪の言葉を口にする。
キラは慌ててぶんぶんと手を振る。
「謝る事ないから! ……その……オレも、 言わなかったし。 ごめん」
「……お前、 変なとこで謝るよな。 それこそ謝る必要ないだろ」
ぽん、 と彼女の頭に手を乗せ、 わしわしと撫でる。
「あんまり気分の良いもんじゃないからな」
「……あの、 さ」
「うん?」
「なんで分かったの」
ちらりと見上げられて、 彼は手を止める。
じぃっと漆黒色の目が彼女を見詰めていた。
「なんだろうな。 気持ちがぶれると言うか」
「……気持ちがぶれる?」
「魔力に大幅な変動が出るんだよ。 人間で魔力を多く持つ奴は」
言いながら、 複雑そうに眉を寄せたのはデスターだった。
「俺が言うのもなんだが、 最近頻繁に起こるからな。 繋がってるから余計わかるわけだが」
「…………」
そんな彼を見上げながら、 キラも眉根を寄せてうんざりした顔で呟く。
「…………なんかちょっと嫌だな、 それ」
「言うな。 俺もちょっと気持ち悪い気がしてた」
キラの周りにはどうしてか過保護な保護者が多いのだが、 彼もそれに認定されようとしていたのは彼の知らない話。
「まあ良い。 そんな訳で迷惑かけたな」
「……ううん。 でも同調するのはどうしたら止められるんだ?」
「心配ない。 これからは気をつける」
「……デスターがなんとか出来るのか?」
「大丈夫だろ。 だからもう休め」
そそくさと寝かしつけられて、 不本意ながら床に付く。
いつかの様にベッド脇に座り、 子供にする様に頭を撫でながら彼は言った。
「次はいい夢をな」
「……うん。 ありがとう」
目を閉じれば、 再び睡魔へと捕らわれる。
暫しの後、 穏やかな寝息をたてる彼女を見て、 彼は溜息をついた。
離した手を組んで、 うーん、 と唸る。
「困ったもんだよ、 ほんと」
契約する前から、 彼は度々彼女と同調していた節がある。
彼の意識するところでは無かったにせよ、 こうも頻繁では彼女も疲れてしまうだろう。
ちらり、 と視線をやる。
歳相応の寝顔に、 少しだけ顔が綻ぶ。
それから解ける様に姿を消した。
どうか、 穏やかな夢をと願いながら。




