エリティア家族会議
タイトル通り。
キラとエイルのお話。本編後のある日です。
「お兄ちゃんは、 どうかと思うんだ」
青年は、 そう言って溜息をついた。
ある昼下がりのイル村はエリティア家一階リビング。
幅広のテーブルにはふた組のティーセット。
片方は家主でもある青年が手にしていた。 名はエイルと言う。
向かい合うのは、 エイル青年と似た面影の少女……と呼ぶには幾分成長した彼女。
名はキラ。 エイルの実の妹である。
旅に出ていた彼女は久方振りに立ち寄った実家でのんびりと過ごしていた。
勿論、 其処には兄であるエイルも居る。
兄妹での団欒は久しぶりで、 彼はその時間をとても楽しんでいた。
けれど。
「……あのさ、 兄さん。 これは今更なんだし」
「でも、 もう十分じゃないか。 徐々に直していっても問題は」
「十分じゃないよ。 ……それにオレは、 これで良いと思ってるけど」
「ほらまた」
困り果てた顔をして反論をするキラに、 エイルは深刻そうに続ける。
そうして、 深く溜息をついた。
重たい空気の中、 なんと言うべきか迷いながらキラがカップの紅茶を含んだ時。
「キラちゃん、 久し振り!」
リビングの扉を開け意気揚々と登場したのは、 今や義姉になったペルナであった。
風の様にキラの傍に寄ると、 彼女の反応を待たずしてその腕に納める。
ペルナはそれはそれは嬉しそうに微笑み、 されるがままのキラを抱きしめていた。
「おかえりー。 元気だった? 髪ちょっと伸びたよね? 今回も楽しかった? 何処へ行って何をしてきたの?」
矢継ぎ早に繰り出される質問にキラは苦笑で返すと、 そこで初めてペルナは我に返る。
「……あら。 もしかして、 タイミング悪かった?」
「最悪だね」
間髪いれずエイルに同意され、 ペルナは不貞腐れる。
だが、 取り敢えず、 とキラを開放するとそのまま彼女の隣に座った。
「何なに? 深刻なお話?」
「深刻、 と言うか……まあ。 でもペルナの意見も聞きたいな」
「それが良いよ。 兄さんの考えだけじゃ偏るし。 ……ペルナもちょっと良い?」
エイルとキラが交互に尋ねる。
碧い瞳の両者に見つめられて、 ペルナは興味深げに視線を送る。
「私に意見を求めるなんて珍しー。 それで何かしら?」
ふふんと笑った彼女に問いかけたのはエイルだった。
深刻な面持ちは変わらず、 意を決した様に口を開く。
そんな彼の顔を見ることは少なく、 ペルナも少なからず覚悟を決めて言葉を待った。
そして。
「あのさ。 キラが男の子みたいな話し方をすることどう思う?」
問われた言葉にがっくりと肩を落とした。
「……え、 何、 なんでそんな深刻なの」
「深刻になるよ!! 女の子なんだから、 もう少しさ!」
「……兄さん」
「エイル君~? キラちゃんがこの話し方なのは昔からなんだし、 今更?」
「今更じゃないよ! 僕は兄として可愛い妹には女性らしく振舞って欲しいんだ」
溜息をつきかけたキラだったが、 また困ったように顔を顰めた。
エイルはそのまま言葉を切り、 ペルナを見やる。
既に否定されたにも関わらず、 彼女ならば同意してくれるかも知れない、 なんて淡い期待を込めた眼差しである。
「私は、 キラちゃんはそのままで良いと思うんだけど」
「え!!」
そして、 やはりと言うか。
淡い期待は見事に裏切られ、 エイルはテーブルに身を乗り出した。
「なんで!」
「えー。 だって、 話し方はなんであれキラちゃん自身が変わる訳じゃないし。 いいじゃない、 個性って事で」
「ペルナ……!」
「そんな泣きそうな顔しないでよ。 逆に聞くけど、 何故ダメなの?」
「それは、 その……」
「ほんとにさっきみたいな理由なの? でも別にキラちゃんが話し方だけこうなのはエイル君だって知ってるでしょ」
何か言いたげにペルナを見詰めるエイルだったが、 少しの沈黙の後、 息を吐く。
「……分かったよ。 君の言うとおりだ」
そうして、 微妙な空気のまま昼下がりの団欒は終了した。
その後、 エルフ両名の家に顔を出しに行くと言ってキラが出かけると、 ペルナは改めてエイルと自分にもお茶を淹れる。
ティーポットからカップに注がれていく紅茶の香りが、 ふわりと広がった。
意気消沈した様に今も重たい空気を纏ってはいるが、 それでも彼は「ありがとう」とペルナに笑いかける。
「……エイル君。 そんなにショック?」
「うーん。 そう言う訳でも無いんだけどね」
「なんでそんなにこだわるの?」
「それは……」
困ったようにエイルが笑った。
言い淀んでしたその顔は、 彼の妹もよくする表情だ。
彼らのそんな表情に、 ペルナは自身の親友を重ねて見ていた。
「言いにくいなら言わなくて良いよ?」
「ああ、 いや。 そうじゃなくて。 キラには秘密にして欲しいんだけど」
「……うん」
「母さんが亡くなって、 キラは強くなるんだって決めて。 あれはその為の願掛けの様なものでさ」
それは誓いの様なものだった。
妹は、 誰にも迷惑を掛けない様に強くあろうと決めた。
そんな妹を守れる様に、 兄もまた、 誰にも負けない人であろうと決めた。
「……言葉通り、 キラはもう十分強くなったよ。 誰かを助けられるくらい」
「そうね」
エイルは悲しそうに顔を曇らせる。
妹は力を付け、 もう自分が守らずとも良くなった。
それくらい、 強くなった。
「でも、 僕は、 その……少し怖いんだ」
「……怖い?」
彼は苦笑する。
「キラの目標は母さんだから。 強くなればなるだけ、 何でも背負い込む子になりそうで」
「……」
「だから、 ほんの少しで良いから、 弱い要素も必要だなと思って」
続いた言葉でペルナは理解する。
そして、 いつか自身も感じた物を思い出す。
『ライアちゃん、 大丈夫? 無理はしないでね』
『大丈夫だよ~。 今回だってなんとかしてみせるから、 ペルナは子供達をお願いね』
そうやっていつも笑っていた。
最後に話をした時も、 彼女は笑顔だった。
思い出の中の彼女は、 いつだって笑いかけてくれる。
そんな時間に暫し浸った後、 ペルナはにこりと笑ってみせた。
「エイル君。 キラちゃんとライアちゃんは違う人間なんだから、 同じ道は歩まないわ」
「……」
「責任感も強いし、 なんでも自分でやろうとしちゃうけど。 それでもキラちゃんは、 人に頼る事も出来る子だから。 大丈夫よ」
「そう、 かな」
「そうよ。 貴方はどーんっと構えて、 キラちゃんが辛そうな時はすかさず手を差し伸べてあげなさい。 背負い込み過ぎて疲れてそうな時は、 一緒に背負ってあげなさい? エイル君なら分かるでしょう?」
彼は一瞬きょとんとした後、 「そうだね」と笑った。
「大事に守ってきた妹が独り立ちするのは淋しいと思うけどねー。 その寂しさは私と半分こしましょ」
「……ペルナは何が寂しいのさ」
「あら。 当たり前に居た人が遠くに行くのはいつも淋しいわ? でも、 これは今生の別れでは無いよね。 キラちゃんの成長を少し遠くから見守っていけるのだから、 寂しい気持ちは小さくして、 寛大な心で迎えなきゃ」
「……」
「これからは、 キラちゃんが安心して帰れる場所の一つであった方が良いでしょ?」
言って、 ペルナは紅茶を飲んだ。
そんな仕草を見つめながら、 彼は思う。
彼よりも遥かに長い時を生きてきた彼女は、 多くの出会いと別れを経験しているだろう。
そして、 その多くの場合、 彼女は誰かの帰る場所であった人なのだ。
「ペルナ」
「はい?」
ぽつり、 と呟くように呼ばれたが、 彼女は構わず微笑みかける。
エイルはまた、 困ったように笑いながら言った。
「僕もなれるかな。 そういう場所に」
「なれるよ。 でも、 そうなる為には大事な事が一つあるかな」
「……大事な事?」
「キラちゃんに、 ちゃんと謝らなくちゃ。 嫌な気持ちで見送りたくないでしょ」
「それとこれとは別問題じゃ……」
「何故? 話し方くらい良いじゃない。 本質的には変わらないって分かってるくせに。 心が狭いぞー、 お兄ちゃん」
「……う」
しゅんと項垂れてしまった彼を見て、 ペルナはここぞとばかりに真剣な面持ちに変える。
手を組み、 じっと見据えたかと思うと態とらしいくらいに低くした声音で言葉を続けた。
「……エイル君。 私、 旦那様にはしゃんとしていて貰いたいわ?」
妻のあんまりな仕打ちを受けながら、 彼は溜息を吐く。
「分かったよ……。 あれは僕が悪かった。 ちゃんと謝ります」
「宜しい。 じゃあ、 お夕飯作るから、 テーブルセットお願いするね」
くすくすと笑いながらペルナがティーセットを片付けキッチンへと向かう。
残されたエイルは少しだけ目を閉じ、 自身の中の重たい空気を全て吐き出すようにまた息をつくと、 席を立つ。
もうすぐ妹が帰ってくるであろう時刻である。
嫌な空気を打破する為。 そして、 気持ちよく迎える為のセットはどうした物かと頭を悩ませていると扉が開く音がした。
リビングに顔を出したキラを出迎え、 彼は困り顔でそれでも笑ってみせる。
「おかえり、 キラ。 その……さっきは悪かったね」
そんな言葉に、 キラも笑う。
「うん。 ただいま兄さん。 あと、 ……ごめんなさい」
「いや、 良いんだ。 これからも、 いつでも帰ってきてくれて良いから。 待ってるからね」
「ありがと」
そんな会話を遠くに聞きながら、 ぺルナが笑っていたのは内緒の話。




