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ワールドクライシス  作者: かたせ真
アルミス国の人達のお話
42/62

少年の決意

キールのお話。アジェルとちょっとだけカトニスも

 

 意識は落ちて、 遠い日へ。


 靄の掛かったような時間が終わると、 僕は、 赤い空を見上げていた。














 息を呑む。


 体は恐怖で震えていた。

 心は悔しさでいっぱいだ。

 熱風を感じて、 目を閉じる。


「…………!!!!」


 聞こえてくるのは、 燃え盛る炎や家々が焼けて崩れ落ちる音。

 これは、 ……故郷が無くなる音だ。

 まだ十を数える程度だった僕は、 自分の無力さに泣きながら再び目を開く。

 隣には、 僕と同様に生き残った女の子が居る。

 震える互いを支える様に手を握り合って、 二人で呆然と煌々と燃える様を焼き付ける。

 忘れないでいよう。 そう決めたからだ。

 涙を拭う事も無く、 それから暫く見つめていた。


 一方的に攻めいれられ防ぐ術無く奪い取られた故郷の姿。


 この苦しさは、 この無力さは……ずっと忘れない。













 彼が目覚めると其処にはもう空は無く、 ただ無機質な石造りの天井があった。

 アルミス国近衛隊が使う詰め所の仮眠室の天井だ。

 瞬くと流れた涙を拭いながら、 キールは疲れた様子で起き上がる。


「……」


 溜息を吐いた。

 しんとした薄暗い部屋の中では、 その音すら耳に残る。


「……参ったな」


 誰かに言った訳でもない。

 けれど、 連日の激務の中漸く捻出した貴重な睡眠時間に疲労を感じて、 僅かに苛立っていた。

 彼が見た夢は遠い昔の出来事ではあったし、 気持ちの整理もついてはいる。

 だが、 だからと言って良い出来事では無かったし、 意図せず思い出す事はしたくない記憶だ。

 サイドテーブルにあるランプに灯りを入れると、 現在の時刻を確認する。

 間もなく日付が変わろうか、 というところ。

 横になって二時間も経過していないだろうか。

 ちらり、 ベッドに視線をやるがすぐに考え直す。

 仕事に戻る時間にはかなり早いが、 もう眠る気にはなれなかった。

 気だるそうにしながら、 ベッドの縁に掛けていた上着に袖を通す。

 鎧を装着し剣を腰に吊るすと、 仮眠室の扉を開けた。

 隣の作戦室で時間を潰す事にしたようだ。

 テーブルに積まれていた部下からの報告書を広げ、 目を通し始める。

 普段作戦室には副隊長であるカトニスが常駐しているが、 今は居ない。

 珍しい事もあるものだが、 今の彼には有り難かった。


 紙を捲る音が時折するだけで、 静かだ。


 静寂は波打つ心をなだらかにするようだったが、 それを破るように扉を叩く音がする。

 来訪者は彼の回答を待つでもなく、 扉はすぐさま開かれた。


「カトニスか?」


 交代の時間にはまだ早い。

 とすれば居るはずの部下だろうかと思っての発言だったが、 登場したのは予想外の人物であった。


「残念~、 私でした」


 扉の向こうからひょっこりと現れたのは、 彼の幼馴染であるアジェルだった。

 いつもと同じくポニーテールにした長い髪を揺らして、 何やらご満悦の様子。

 後ろ手にバスケットを持ちながら、 彼の傍に寄ってくる。


「……こんな時間に、 なんだい?」


 広げた報告書はそのままに、 来訪者に笑いかける。

 尋ねられた彼女はにんまりと笑った。

 そのまま持っていたバスケットを彼の目の前に出す。


「差し入れ持って来たの」


 はい、 と彼に受け取らせる。

 妙に嬉しそうにしているのが気になって、 彼は報告書を端に避けながらつい尋ねてしまう。


「……なんだかご機嫌だね」

「え? そうかな?」

「うん」

「それより、 開けてみて」


 言われるままに受け取ったバスケットの蓋を開ける。

 すると顔を覗かせたのは、 サンドイッチだった。

 中身を確認し視線を彼女に戻してみると、 やはりにこにこと笑っている。


「……もしかして、 アジェルの手作り?」

「なんで嫌そうに言うのよ。 喫茶室のマスターの手作り。 見れば分かるでしょ」


 彼女の料理の腕が無いことは、 本人と同じくらい彼も承知している事実である。

 どうやったら失敗するのか分からない様な失敗例だって、 過去に幾つもあるくらいだ。

 だからこそ、 素直に聞いてしまった訳だが。

 彼女はややむっとしながら、 それでも自分では無いと認める。


「ああ、 いや……うん。 嬉しそうにしてるから、 上手く出来たって言いたかったのかなと」

「それなら最初にそういうわよ。 とっても良い匂いがしてたから、 どんなのか早く見たかっただけ」


 腕を組み、 不機嫌そうにそう告げる。

 本気で怒っているわけでは無いだろうが、 不愉快ではあったようだ。


「ごめんごめん。 持ってきてくれて有難う」

「はいはい。 どういたしまして。 ……ところで」


 苦笑しながら謝る彼に、 彼女はしれっと流してしまう。

 そして、 なんでもない様な調子で言葉は続いた。


「貴方は具合でも悪いの?」


 そう、 言った。

 これまた予想外の一言である。

 彼は驚いて、 「え?」と彼女の方を見やる。


「機嫌が悪いだけ? 苛々してるでしょ」


 他の誰かなら分からない位の些細な変化だが、 誰でも無い彼女には伝わるようだ。


「……あ、 いや……寝つきが悪かっただけだよ」

「ふぅん。 だから起きてたのね」

「……だから、 とは?」

「休憩中だって聞いてたのに可笑しいなーと思って。 うん、 でもそれならこのタイミングで差し入れ持ってきて良かったわ。 マスター自慢の一品だから、 元気出るよー」


 ふふ、 と笑うと、 不意に手を伸ばした。

 ぽんぽんと彼の頭を撫でると、 にこりと優しげに笑ってみせる。

 その顔を見つめて、 彼は苦笑した。


「疲れてるのかもね? 無理しすぎたら業務どころじゃないんだから」

「……うん、 そうだね」

「調子悪かったら教えて? シャール呼んであげる」

「そんな大そうな事じゃないさ」

「そう?」


 そこで「休め」と言わないのは、 言っても無駄だからと承知している。

 そのまま離れると、 彼女はくるりと踵を返した。

 来たとき同様後ろで手を組みながら、 足取りも軽く扉へと向かう。

 と、 数歩進んだ時、 振り返った。


「それじゃあ、 お仕事頑張ってね? あ、 バスケットは置いておいても良いよ」

「あー……、 これは自分で返しに行くよ。 お礼も言いたいし」

「分かったわ。 それじゃね」


 ひらひらと手を振って、 扉に手を掛けた。


「うん、 有難うアジェル」

「はーい」


 扉はぱたりと閉まって、 彼女の姿を隠してしまう。

 見送ってから、 改めて息を吐いた。


「……なんでバレてしまうんだろう」


 苦笑しながら、 差し入れを有り難く食べ始める。

 喫茶室のマスター自慢の一品、 と言うだけあって、 どれも美味しい。

 食事を手早く済ませると、 また仕事に取り掛かる事にする。

 その頃には疲れも苛立ちも消えて、 すっかり落ち着いていた。

 書類の整理が終わる頃、 見計らったかのように戻ってきたカトニスはばたんと扉を開ける。


「おはようございます、 隊長。 時間よりも大分早いお目覚めですね」

「おはようカトニス。 眠れなかっただけだよ」

「へー。 まあ、 良いですけど? ……仲良くするなら他のとこでしてくださいね。 気、 遣うんで」

「何の話か分かりかねるけど、 不要な心配だと思うな。 それより、 これ。 見たから」

「有難うございます。 ……って」


 茶化したカトニスに笑顔で返すキールだったが、 目を通した報告書を彼に手渡しながら申請書を乗せた。


「……え、 隊長が休暇申請? 珍しいですね」


 カトニスは申請書を見つめて、 あからさまに驚いた様子だ。


「たまにはね。 問題ないかな」

「はい。 一日で良いんですか?」

「十分だよ」

「了解しました。 じゃあ、 明後日あたりで良いですか?」

「ああ。 有難う」











 城下町の近くには、 戦いの犠牲になった者たちを供養する為の慰霊碑がある。

 キールの故郷は厳密に言うとアルミスでは無いのだが、 小高い丘になっているその場所は遠くに懐かしの地が垣間見えた。

 今はもう何も無い、 其処に何かあったことが僅かに分かる程度だが。

 けれども彼は膝を折り、 慰霊碑に祈りを捧げる。

 そして、 少しだけ、 思い出に浸っていた。


 住んでいた小さな村は、 得体の知れない魔物の群れに襲われ壊滅した。

 抵抗する術無く焼けて崩れていく場所を呆然と見ていた時、 ライアに助けられアルミスに住む事になった。

 彼はアルミスに来てから少年兵として近衛隊に入るまで、 只管に剣術の稽古に明け暮れる。

 戦争孤児として居場所は与えられたが、 それで終わる訳ではなかったからだ。

 当時のアルミスは領土拡大を目録近隣諸国との戦いに加え、 大量に発生する魔物の討伐で忙しかった。

 何も出来ない子供をただ置いておくほど余裕がある訳でもなく、 働かなくてはならなかったからだ。

 けれど、 少年だったキールはそれを苦痛に思った事など無かった。

 故郷が無くなった時、 少年は「強くなろう」と決めていた。

 その目標に向かい我武者羅にひた走りながら、 今に至る。


 もう、 自分の傍に居る大切な人を誰も殺させはしない。

 何かあれば、 自分が戦える様に強くあろうと。

 そして何より、 ……共に生き延びた少女だけは守ろうと。

 そう、 決意した。


 それがその後、 どれだけ少年の手を血に染める事になるか分かっていた。

 近衛隊に所属しているにも関わらず、 外の世界に戦いに出る事もあった。

 当然誰かを傷つける事もあったし、 命を奪う経験も少なからずしていった。

 その事実に悩み苦しんだ時期もあったが、 けれども、 少年はそれらを全て受け入れ戦う事を止めなかった。

 自ら向かう事は無かったが、 牙を向くものには容赦はしない。

 守る為には何かを犠牲にしなくてはならず、 綺麗事だけでは生きていけない。

 少年の決意はそういう意味だ。


「…………」


 目を開ける。

 立ち上がってみると、 風が吹き抜けていく。

 あれからかなりの時間が経過して、 彼自身も大人になった。

 辛い想い出は時折彼の胸を焼いたが、 それでも、 もう冷静で居られる。

 不意に己の手を見つめてみた。

 真っ赤に染まって見えた気がして、 顔を曇らせる。


「……随分、 汚れてしまったな」


 呟いて空を見上げた。

 彼の心境とは裏腹に、 晴れ渡った空を見ていると気持ちが良い。

 眩しそうに目を細めると、 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。

 視線をそちらに移すと、 見知った人物が駆けてくる。


「……何してるんだい、 君は」

「何って、 私も此処に用があって来たのよ?」


 貴方もでしょう? と続けられてキールは首を傾げる。


「偶然? 今日は、 私達がライア様に拾われた日じゃない」

「……あ。 …………今日、 だったね」

「忘れてた?」

「……忘れてた」


 申し訳無さそうに言った彼に、 アジェルは心配そうに見つめる。


「本当に働きすぎじゃない? 日にちの感覚ちゃんとある?」

「ちょっと不安になってきたよ……」


 項垂れる彼を見ながら、 アジェルは苦笑した。


「まあでも、 偶然でもちゃんと来れたんだから良いんじゃない」

「アジェルは毎年来てるのかい?」

「アルミスに居る時はね。 此処からでも少し遠いけど、 祈る気持ちが大事だと思って」


 彼女は持ってきた花束を慰霊碑に捧げると、 膝を折り手を組んだ。


「死者の魂が此処に無いことは知っているのに、 可笑しいよね」


 少しだけ笑いながら、 目を閉じる。

 しばし、 そんな彼女の背を見つめていた。

 アジェルは世界を構成する、 生ける者が“神”と呼ぶ存在と繋がっている。

 その彼女が言うのだから、 確かに此処には何も無いのかも知れない。


「可笑しくないよ。 祈る気持ちが大事なんだろう?」


 立ち上がり振り返る彼女に言うと、 「そうね」と笑った。


「帰ろうか」

「うん」


 はい、 と手を差し出され、 彼はまた首を傾げた。


「何?」

「手。 繋ぎたいなーと思って。 駄目?」


 彼女の申し出に、 彼は僅かに困った様に顔を曇らせた。

 けれど、 アジェルは返答を待つでも無く手を取る。


「……返事してない」


 抗議すると、 彼女は笑う。


「答えないのが悪い」

「はいはい」


 笑って歩き出す。

 手を引く彼女についていく。

 連れ立って歩く二人の光景は、 まるで幼い日に戻ったようだ。


「キール」

「うん?」

「私、 貴方と一緒で本当に良かったと思う」

「……急に何の話だい?」


 困った様に笑ったキールだが、 アジェルは構わず続けた。

 城門までは少し距離がある。

 二人は手を繋いだまま、 のどかな道を歩いていく。


「ん? 世間話?」

「……何処の世間の話」

「何処かしらね」


 笑いながら彼女は進む。

 繋いだ手がじんわりと温かい。


「拾われた時も、 手を繋いでくれていたから心細く無かった。 家族も故郷も無くして悲しかったけど、 寂しくは無かったよ。 一人だったら私、 あの時母様達のところに行って死んでしまってたんじゃないかな」

「……」

「アルミスに来てからもそう。 今だって、 ……貴方はこの手で、 私をいつも守ってくれてる。 有難う」


 返答に困って、 閉口してしまう。

 徐々に減速して、 遂には足も止めてしまった。

 彼女もそれに合わせて足を止め、 彼を見上げる。


「……そんなに、 良いものじゃないよ」


 苦笑を貼り付けてなんとか搾り出した言葉を、 彼女は真っ直ぐ見つめて聞いていた。


「僕のこの手は血まみれで、 礼を言われる様なものでは」

「手にかけた者達への悼みを忘れないのは、 良いところね」


 繋いでいた手を両手で包んで、 彼女は言う。


「悼みに苛まれながらそれでもキールは戦い続けてきたし、 それでもずっと守ってきてくれたよ。 貴方自身が否定するのを私は止められない。 でも私は、 貴方が居てくれて良かったと思うし、 この手も好き」

「……」

「だから。 ……うーん。 どう言えば良いのかな」


 じぃっと見上げながら、 アジェルは首を傾げる。

 ほんの少しだけ考えてから、 うん、 と頷いた。


「苦しいなぁと思った時は、 私にも共有させて欲しいの」


 言われたキールは、 暫し考える。

 が、 改めて「え?」と訪ね返した。


「小さい時からキールは私が辛い時傍に居てくれるし、 気持ちも軽減してくれるじゃない。 私はそういうの出来るか分からないけど、 ほんの少しでも力になれたら良いなと思って」

「……え、 と」

「キールは何でも一人で解決出来ちゃうから余計なお世話かも知れないけど。 でも、 そう思ってるって言うのは知ってて欲しかったの」


 言ってしまうと、 また片手だけ繋いでくるりと回る。


「まあ……カトニス君も居るし、 私じゃ役不足だと思うけど」


 また歩き出そうとした彼女の手を引く。


「……?」

「アジェルは、 もう少し自分の評価上げた方が良いと思う」

「評価??」

「……確かに思う事はあまり言わないけど。 傍に居るだけで、 凄く力になってるよ」

「そうなの?」


 嬉しそうに笑う彼女の顔を見ながら、 少しずつ彼の肩から力が抜けていく。


「気持ちの整理はついてる事だけど、 ちょっと感傷的になってしまってただけで大丈夫だから。

 でも、 ……そうだな。 次は話すよ」

「無理しないくらいで良いからね」


 優しく笑う彼女に頷いて返す。

 笑い合うと、 また、 風が吹き抜けていく。

 見た夢が彼の心に落とした影を消し去ってくれるような、 暖かで心地好い、 そんな風だった。


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