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ワールドクライシス  作者: かたせ真
アルミス国の人達のお話
41/62

守るべきは

一番隊の副隊長様の苦悩・・・?

本編アルミス編で一瞬出てきた彼が中心になっております。

 アルミス国近衛隊所属一番隊。

 女王陛下に仕え、 何よりも彼女と国を優先する部隊。

 こと一番隊は特に武術に秀でた人間の集団である。

 比較的若い者ばかりで構成されている事も特徴だ。

 〝近衛隊〟の名には外れるが、 その技量を買われて城内や街の警備も担当する。

 常に人員はギリギリ。

 どれだけ人間が居ても足りない。 なんて言う、 部隊だ。


「……はぁ」


 重い溜息が聞こえるのは、 一番隊の詰所。

 それは城の一階にある。

 南西側の広い部屋を割り当てられており、 其処には作戦会議にも使用できるような大きな机と仮眠用のベッドが三台程。

 傍らには武器庫があり、 隊員の予備の武器が置いてある。

 そんな机に紙を広げて、 頭を悩ませているのは近衛隊の一隊員。

 シフト担当。 もとい、 一番隊副隊長カトニス・マイアーである。

 年の頃ならば二十代後半。 彼は隊長であるキール・リテイトの右腕として堅実な成果を挙げている。

 タッグを組んで五年。

 隊長からの実務に関する信頼は絶大。 そして、 人使いの荒さは折り紙つきである。

 そんな彼が溜息を吐くのは、 偏に。


「……人が足りない」


 ぽつりと呟き、 机にコツコツとペンを当てる。

 切れ長の目を伏せると、 また溜息をついた。

 ぺら、 と作成しているシフトを摘む。

 これでもかと書き込まれているのは小隊別のシフト。

 一番上にはキールと彼の項目がある。

 ……あるのだが。

 キールの欄は空白だった。

 本人曰く「自分は休みが無くて良いから、 皆の休みに充ててくれ」との事。

 カトニスは副隊長になる前は入隊したての一般兵だったので前任の隊長が誰かは知らないが、 この隊の隊長職は寿命が短いと有名だ。


「現隊長くらい無理ばっかりする人が多いからなんだろうな」


 と、 独りごちる。

 そういうカトニスの欄も辛うじて休暇らしきものの記述があるくらいだが。

 一般的に一番上の者はいざと言うときに備え、 力を温存するのがセオリーだ。

 だがキールに限って言えば、 自分が全て引き受けると言わんばかりに休みなく働いている。

 一見すると隊員を信頼出来ないが為にそうなる様にも見えるが、 そうではない。

 単純に優しすぎる。 それがカトニスの出した結論だった。

 しかし、 旅から帰ってきて二ヶ月余りが過ぎ去り、 気づけば一度も休みを入れてはいない。

 厳密に言うと、 入れた休みを拒否されたのだが。


「意外と強情なんだよな、 あの人」


 それも彼の悩みの種である。

 うんうんと頭を抱えていると、 扉を叩く音。


「扉は開いている。 入れ」


 隊員だろうと思い、 振り向きもせず告げる。

 がちゃりと音がして扉が開くと、 予想に反した声がした。


「こんにちは、 カトニス君。 お元気?」

「……え? アジェルさん? 久し振りですね」


 にこやかな笑みを浮べる彼女は、 外交官として世界を飛び回っていた筈のアジェルだった。

 彼女もキールと共に旅から帰った後は、 女王の計らいで城に残っている。


「こんなむさ苦しい所にようこそ。 隊長に用事ですか?」

「ただのお使いよ。 陛下から言付けを頼まれたから、 それを伝えに」

「……陛下から」


 ひくり、 とカトニスの頬が上がる。


「厄介事ですか?」

「もー。 カトニス君正直過ぎるよ」


 くすくすと笑うのはアジェルだった。

 近衛隊が如何に女王陛下のお願いを聞いているか、 彼女は良く知っていた。

 それで一番隊の人間が駆り出されているのも知っていた。

 お願いを叶える代わりに予算的に多少優遇されているのも事実だが。


「今回も貴方達に負担が掛るだろうから、 厄介は厄介かもね」


 そう、 彼女は苦笑した。










 詰所に帰ってきたキールは、 仮眠を摂ると言ってベッドに向かう。

 丁度、 そんな時。


「……隊長」

「なんだい?」


 呼び止める声を聞き、 くるりと回る。


「先程アジェルさんが来てですね。 女王からの言付けを託して行かれました」

「……えーと。 うん。 それで内容は?」

「近々、 隊長とアジェルさんの帰還祝いで小さなパーティーをするそうです。 それに必ず出席せよとの事でした」

「…………」


 報告を聞くなり、 徐々に彼の顔が曇っていく。

 元より綺麗な顔立ちだけに、 その様も絵になるようだ。

 キールは困った様に笑いながら、 ぽつりと言った。


「それ、 断っちゃ駄目かな」

「女王からのお願いは断らないのが基本の隊長なのに、 これは嫌なんですね」

「派手な場所は苦手なんだ。 それに、 出るんだったら一日休まないといけないだろう? 僕が遊ぶわけにはいかないじゃないか」


(ああ、 こっちが本音か)


 また溜息をつきかけて止めた。

 カトニスは寄った眉を広げる様に眉間をぐりぐりと押しながら、 暫し沈黙する。


「問題ないです。 出てください」

「え」

「隊員の休暇は一頻り回し終えました。 隊長が一日休んだくらいで、 誰も文句なんか言わないですよ」

「……でも」

「でももへったくれも無いです。 寧ろ隊長が休まない方が、 自分達は困るんです」


 そうしてカトニスは話題を完結させた。

 彼がそうと言えば、 もうそうするしかない。


「君も強情だな……」

「お互い様でしょう」


 苦笑したキールは、 やれやれとベッドに向かう。

 カトニスはそれを見送った後、 またテーブルに向かった。













 それから、 数日。


「……近々って、 本当に近々だった」


 げんなりとしてキールは言った。

 城の北東側には人数は限られているものの、 働く者達用の寮がある。

 その一室に彼の部屋もあるのだが、 普段は滅多に使われない。

 今日は珍しく自室から出てきた彼は、 朝の澄み切った空気の中、 城の廊下を歩いていた。

 歩くたびに揺れるのは、 腰に下げた一振りの剣だけ。

 身に纏うのはいつもの蒼がベースの制服に甲冑では無く、 式典用の白地に銀糸が縫い付けられた衣装だ。

 その格好で来いとドレスコードの指定まできていたのでその様にしたのだが、 足取りは重い。

 本人も言っていたが、 彼はこういう表舞台に出されるのが苦手だった。

 経歴と容姿で注目を浴びる事も多いのだが、 それが本人は悩みの種だったりする。


 さて、 そんな憂鬱な思いを胸に歩いていると、 いつの間にやら一番隊の詰め所の前へと辿り着く。


「……一応、 挨拶しておこうか」


 休めと言われたけれど、 顔ぐらいだしておきたくなるのが彼だ。

 完全にワーカーホリック気味だが、 本人に自覚は無い。

 扉を開くと、 今日も今日とてカトニスが机に向かって報告書に目を通していた。

 けれども、 今日は朝から出撃出来る様武装もしている。


「おはよう、 カトニス」

「おはようございます、 隊長」

「今日は君も出るのか?」

「見りゃ分かるでしょう」


 しれっと言い返して、 カトニスは笑った。

 キールも「そうだね」と返し、 笑う。


「しかし。 レディのエスコートの前に、 仕事場に来るとか……もう病気ですよね。 知ってましたけど」

「……つい足が向いてしまうんだ、 許してくれ」


 笑みを苦笑に変えてカトニスが言うと、 キールは心底ショックそうに頭を垂れる。


「それに、 女性の部屋にこんな時間から行ける訳無いだろう。 迎えに行くのはもう少し後だよ」

「別に幼馴染だし、 恋人なんだし、 其処まで気を遣わなくても」

「………………そういう問題じゃないんだって」


 キールとアジェルが幼馴染であり、 同じ師の下にいたのは城の中では割と有名な話だったりするのだが。

 二人がそれ以上の関係性であることは、 実のところカトニスと喫茶室のマスターくらいしかきちんと知らない話だ。

 恋人と言う定義が当てはまるのかは微妙なラインではあるのだが、 それに近い物であるのは間違いない。

 以前、 あまりに頻繁に訪ねられる事に機嫌を悪くしたキールとそれを知ったアジェルが「恋人だ」と公言した事があるが。

 信じたく無いのか信じないのか、 城の中では依然として噂扱いであった。


「へぇ。 ……あ、 でもこういう式典の時はメイドが仕度の手伝いに入るんでしたっけ」

「うん。 だから、 余計行きにくいし」


 と、 再び憂鬱な顔で溜息を吐く。


「ほんとに嫌そうですね」

「嫌と言うか……うん。 そうだね。 気を遣って貰ってるのは分かるんだけど。 僕には勿体無い機会だし、 僕だけが労われる訳には行かないと思うんだ」

「……まーだそんな事言ってんですか?」

「だってそうだろう。 僕等の帰る場所を守り通してくれたのは、 国に残ってくれた皆だよ。 労われるならば、 皆にだって権利はある。 僕等だけ特別視されるのはおかしいさ」


 苦笑して言うキールに対して、 カトニスは目を丸くして聞いていた。

 その後、 彼もまた苦笑する。


「ったく……アンタって人は。 そんなの気にしないで労われて来れば良いんですよ。 自分達は、 隊長達が良い風に特別扱いされれば嬉しいんですから」


 そうして、 ぱん、 っと景気付けの様に背を叩いた。


「ほら。 ぼさっとしてないで行った行った。 其処に居ても邪魔なんですから。 早いって言うなら外の空気でも吸ってきてください」

「ちょっ、 分かった。 ……分かったから。 じゃあ、 今日は頼んだからね」


 ぐいぐいと押し出されて、 キールは詰所を後にする。

 残ったカトニスは息を吐いた。


 彼は知っている。

 戦争孤児としてライア・エリティアに拾われ、 キールとアジェルが城の中で育った事。

 幼いうちから揃って国の為に働いていた事。

 師と仰いだ人の遺志を継ぎ、 国の為に多くのものを背負って今に至る事を。

 けれど、 そんな彼等に対して、 一部だが城の者の当たりがきつい事も知っている。

 どれだけ頑張っても、 そんな連中に認められる事は無いだろう。

 だが、 二人を応援する者も城の中には多い。

 カトニス自身だってその一人だ。


「こんな形でもたまの休暇なんだから、 素直にゆっくりすりゃ良いのに」


 言った後で「いや、 無理か」と苦笑した。


「さて、 と。 そろそろ行きますかね」


 警備ルートを確認してから部屋を後にする。

 そんなカトニスの顔は、 どこか誇らしげだった。

 だって、 あの隊長が「頼む」と言ったのだ。

 部下として嬉しい事に違いはない。


「アンタ等の休日は、 自分等がしっかり守ってやりますよ」






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