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噂話

 「魂」の存在を、 アナタは信じている?


 生き物が死した後、 その「魂」とやらは、 何処に逝くのか。

 聞いたことがあるだろうか?


 生き物は、 死が訪れると肉体うつわを捨てて「魂」が外へ出て行くそうで。

 それが神の元に還る、 というのが一般論だ。


 それでは……。


 その「魂」が残る、 と言う事はありえるのだろうか?




 アルミスでは、 今、 ある噂が流れていた。


 - 深紅の髪を持つ幽霊が、 城の中を成仏できずに彷徨っている -


 そんな、 噂が。













 イルを出てから、 三回目の朝が来た。

 二日間晴天だったが、 今日は生憎の曇り空。

 どんよりと重たい雲は、 見上げていると気分まで滅入りそうだ。


「……雨が降りそうだねぇ」

「そうだな」


 深刻そうに呟いたアジェルに対して、 キラは不安げに返した。

 湿気を孕んだ風が吹き付けはたはたとマントをはためかせる。


「急ごうか……。 アルミスまであとちょっとだし」

「……本当に、 あと‘ちょっと’なのか……?」


 訝しげにキラが尋ねるが、 それにはきちんと理由があった。


「……あー、 疑ってるなぁ!」

「……だって、 その台詞。 ……昨日の昼も言ってた……」

「…………」


 ぎくり。 アジェルの顔が引き吊った。

 深い青色の双眸で見つめるキラから顔を逸らし、 そ知らぬ顔で地図を広げる。

 イルからアルミス王都までのエリアだけが見える様に折りたたみ、 指で示してみせた。 地図上では非常に近い。


「ほーら。 此処がイルでしょ? こっちが、 アルミス」

「……道なりに歩いてたら、 遅くても二日で行ける、 って行ってなかったか?」


 北西部に位置するイルからアルミスまでの間の道は、 整備された道が続く。

 普通に歩いていれば、 迷う事も無い道だ。

 それに第一、 アジェルはこの道を通ってイルまで来ているのである。

 が、 しかし。


「……だって……途中で道間違えちゃったんだもの……」


 くるりと、 キラに背を向け道にアジェルがしゃがみこんだ。

 高く結った藍色の髪が、 しょげた小動物の尻尾の様に地面に垂れる。

 ぼそぼそと歯切れ悪く言う様は、 悪戯した子供のようだ。

 そんな背中を見ながら、 キラは‘しょうがないな’と言わんばかりに苦笑した。


「まぁ、 いいよ。 ……行こう?」

「……うん」

「……本当に、 近いんだよな?」

「えぇ……雨が降るまでには到着出来ると思うわ?」


 アジェルは外見が幼い方だとは言え、 八つも下の子相手にするリアクションではないなとちらりと思い反省していた。











 王都アルミス。 中央にそびえる白亜の城はティルアと呼ばれ、 人の作った建造物でもっとも美しいと世界に有名だ。

 そんなこの国は世界有数の魔術先進国で、 研究が盛んに行われている。

 盛んな理由としては、 エルフ族と唯一共存協定を結んでいるという点が挙げられるだろう。

 街で見かける種族が、 人間とエルフが半々と言うのもこの国の特徴だろう。

 差別も無く平和に過ごせているのは、 二代に亘って有能な女王陛下のお陰だと言われている。

 外と街を繋ぐ大きな門と真白の城壁を抜けると見えてくる城下町は、 大体三つのセクションに分けられていた。

 一つは、 学校や教会が集まるエリア。

 一つは、 商店が集まるエリア。

 一つは、 居住区。

 エリアを抜けた先に見えるのは、 国のシンボル白亜の城、 ティルア。

 そんな王都の中では、 ある噂話が持ち上がっていた。


 豪奢な謁見の間では、 怪訝な顔をした女王が座っていた。

 まだ若い印象を与える彼女は、 三十代前半頃だろうか。

 繊細な作りの玉座に腰掛け、 絹で作られた品のいいドレスを身に纏っていた。

 体付きは細く小柄で弱い印象を与えるが、 一国の女王なだけあり、 紅の瞳には力が宿る。

 切りそろえられた肩までの薄い灰色の髪と相まって、きつい印象を受けた。

 そんな彼女は、 手にした報告書を訝しげに見つめ深いため息を吐いた。


「……キール」


 凛とした声が、 ある名前を呼んだ。

 人間、 エルフ関係なくずらりと並んだ家臣達の中から、 金髪で綺麗な顔の青年が女王の前に出る。

 キールと言うのは彼の事らしい。

 丈の長い碧の制服は軽い動作で翻る。

 碧眼である事も含めてエルフに見えがちだが、 どうやら彼は人間の様だ。

 肩や胸、 足等に銀製らしい簡単な防具を着け、 腰にはさらに剣を下げている。

 彼は赤絨毯に片膝をつくと、 恭しく頭を垂れた。


「此処に居ります」

「キール・リテイト。 此度の件、 貴方に調査をお願いしたいのですが」

「噂について、 ですね」

「えぇ。 聞けば城の中だけでは無く、 城下にまで拡がりつつある様子。 発信源を探し出し報告をお願いしたいのです」

「あの…………陛下。 それは……」

「近衛隊の仕事では無いことは分かっているのですが。 ……こういう仕事が得意そうなのが、 貴方しか思いつかず」


 困ったように顔を曇らせる女王の顔を見ながら、 キールは苦笑を返す。

 キール・リテイト。 アルミス国に所属する隊の中で、 最も過酷極まるとされる一番隊の長を務めている。

 本来の業務とは別に、 女王から直接お願い事をされるのだが、 本人の性格か断れた例が無い。

 そういう意味でも、 同情を込めて「過酷」と言われるのだが……家臣の中で一番若い隊だ。

 こう言った雑務も仕事のうちと割り切っていた。

 だが、 今回は断りたい。 何故なら、 今近衛隊は非常に忙しいからだ。

 部下の事をたまには守ってやりたいと、 固い意志で挑もうとした彼に女王は続けた。


「それに……。 噂の内容を見るに、 貴方が多分適任でしょう」


 女王は悲しそうに言うが、 場の空気はざわめいた。

 その雑音を聞きながら、 キールはほんの少し考える。

 そして。


「わかりました。 この件、 お受けいたします」


 結局、 今回も受ける事にした。

 勿論宣言しながらも、 彼は心中で部下に謝っていた。

 本人も大概だが、 彼の部下達も一緒に迷惑を被るからだ。

 余段だが、 他の臣下達はこのやり取りを見る目は色々ある。

 彼に同情を示す者、 嘲るように笑う者、 悔しげに見詰める者。

 平和そうに見えるが、 場の空気はさして良くはない。


 かくして、 謁見の間での話は終わった。













 場所は変わって、 一番隊詰め所。

 音を発てないように、 そっと扉を開けたキールがそろそろと部屋に入っていく。

 そして、 仕事のシフトを組んでいた部下の肩を、 ちょんちょんと突付いた。


「……隊長。 なんですか、 気色悪い」


 詰所には扉を入ってすぐに大きな机が置いてある。

 シフトを組んでいる彼は一応副隊長なのだが、 こうして頭を抱えてうんうん唸っている事が多い。

 本日も、 切れ長の目を明らかに嫌そうに歪めて、 傍らに立つキールを見上げた。

 そんな彼に、 最早苦笑を浮べるより他は無い。


「カトニス……すまないんだけど」

「…………。 ……もしかして」

「うん。 陛下に……またお願いされてしまって」


 がたがたがたっ!


 その台詞に、 奥で控えていた他の隊員達が数名席を立つ。

 揃いも揃って嫌そうな顔だが、 神に祈りを捧げる者なども見えたり見えなかったり。

 リアクションはそれぞれだが、 良い方向の行動でない事は確かだ。

 基本的に忙しい一番隊ではあるが、 最近はその忙しさが半端では無かった。

 何故かと言う理由は明らかで、 どうでも良い仕事が全て一番隊に回されているのが原因だ。


「隊長!!!俺たち、 陛下の雑用係じゃないんですよ!」


 部屋の何処からかそんな言葉が聞こえる。

 男ばかりの部署にも関わらず、 泣きそうな顔で訴える部下にキールは只管苦笑いでやり過ごす。

 カトニスと呼ばれた副隊長は、 今し方まで書き込んでいたシフトをぐしゃりと丸めた。

 この動作も、 もう慣れた物だ。

 頭数が居過ぎて大変なのに、 その人数でも回らない仕事量に何度もシフトを書き換えている。


「……わかってるよ」

「隊長。 人が足りなくてぎりぎりなのは、 知ってるでしょう」

「……うん、 それは……重々承知なんだけど」

「……それで、 今回は何を頼まれたんですか」


 弱り気味の隊長に、 カトニスが尋ねる。

 キールがこれまた申し訳なさそうに内容を伝えた。


「最近流れている、 噂の調査」


 あぁ、 面倒くさそうな仕事だ。

 誰の顔にもそう書いてある。


「……それは、 誰に振る仕事ですか?」


 疲れた様にカトニスが尋ねる。


「いや、 これは僕が。 ……その分、 君達の仕事が少し増えるけど」

「え……てっきり俺らがやるもんだと」


 そう言いつつ、 他の隊員がざわざわと騒ぐ。

 だが、 そのすぐ後シフト管理者カトニスが息を吐いた。


「隊長」

「なんだい?」

「一人でなんとかなる仕事なんですね?」

「調査対象は城だけだろうから、 大丈夫だよ。 陛下は、 僕にと仰ったし」

「……そうですか」


 副隊長は「またか」とご丁寧に顔に書いてあるがの如く曇らせ、 他の隊員達は不安げに顔を曇らせる。

 口を閉ざしたカトニスに代わり、 別の隊員から言葉を投げかけられる。


「では暫く隊長はそちらの情報収集に就かれるということですよね」

「そうなるね」

「……長い期間掛かる物ですか?」

「そうだな……まぁ、 長くても四日以内には終了させるよ」

「……了解しました」


 信頼を置く部下が多数いるとは言え、 実質的に命令を下しているのはキールだ。

 彼が抜けてしまうと、 一気にバランスが崩れてしまう事も予想される。


「じゃあ、 申し訳ないけどよろしく頼むよ。 ただ、 各人報告業務はいつも通りに」


 そう、 詰め所を後にしたキールの背を見送る。

 複雑そうに扉を見る副隊長を筆頭に、 重い溜息で詰所は満たされた。


「……副隊長、 顔色悪いですけど」

「胃が痛いだけだ。 気にするな」


 そうして、 丸めたシフトをゴミ箱に投げ入れた。











 雨が降ってきた。

 小雨ではあるが、 霧のように広がる。

 冷たい雨が、 降り続ける。


 そんな中、 女が二人走っていた。

 城門を抜け、 商店の集まるセクションへと向かう。


「ほらぁ!ついたでしょ、 アルミスー!」

「でも結局雨降ってるから!」

「多分、 って言ったもん!!」

「もんじゃないだろー!」


 ばしゃばしゃと走り抜け、 宿に着く。

 ややぐったりしながら彼女達が王都に着いた頃。


 雷がごろごろと、 鳴り出していた。








       ・

       ・

       ・

       ・

       ・





 此処は冷たい。


 此処は 暗い。


 私は、 此処よ。


 わたしは、 ココに居る……。



 早く見つけてください。


 じゃないと、 私……ワタシ……。



 あぁ、 でも。


 明るいところに出たら……人は怯えてしまうかな……。















 ティルア城の二階には、 有名な喫茶室がある。

 仕切っているのはエルフの男性で、 "マスター"と呼ばれている。

 少し長いらしい髪は薄茶色で、 いつもきっちりと撫で付けていた。

 例によって例のごとく端正な顔立ちで、 小さな丸眼鏡の向こうは碧眼である。

 見た目は、 人間換算で言うと四十代ぐらいだろうか。

 彼の実年齢も、 どういう経歴で此処に居るのかも、 知られてはいない。

 得意なのはお菓子作り。 喫茶室のメニューにあるケーキ類は焼き菓子を含め、 全て彼お手製の物である。

 さて、 そのマスターの居る喫茶室で、 本日は珍しい来客が居た。

 

 噂話の聞き込み調査初日。

 キールが女王から依頼を受けたのは昨日の事になっていた。

 喫茶室の奥は彼を含めたマスターお気に入りの者たちの指定席なのだが、 普段は滅多に使われない。

 だが今日はどうだろう、 難しい顔をしてキールが席に座り何やら悩んでいる様子だった。

 手の平サイズのノートにペンを走らせている。

 あれから時間はあまり経過しては居ないが、 ノートには書き込みが多い。

 そんな悩める彼の目の前に、 トレーに乗った食事が運ばれてきた。


「お待たせしました」


 声に気づいて初めてキールは顔を上げる。

 そこには、 いつも通り白いシャツに焦げ茶色のサロンを巻いたマスターの姿。

 そんな彼が手にしているのは、 喫茶室の入口にサンプルが置いてある「Aランチセット」だった。

 お盆が邪魔をして見えないが、 先ほどからしている香ばしいパンの匂い。

 そして、 さっぱりとしたトマトソースの香りに、 初めてお腹が空いていると思い出した程。


「キール君。 噂の調査に乗り出したんだって?」

「はい……陛下直々の命ですので」

「ほぉ……」


 優雅な手つきでランチセットを彼の前に置く。

 パスタ、 サラダ、 パンが入った小さなバスケットに白いポットと揃いのティーカップ。

 音もさせずにセッティングをするのは、 流石、 本職。


「今、 どのくらい情報は集まっているんだい?」

「あー……まぁ、 まだ、 始めたばかりで少ないですけど……」


 苦笑して答える。

 が、 しかし。

 手にしたノートを広げ、 ほんの僅かだが眉を顰めた。


「入手したので確実そうなのは四つ。 幽霊が出るらしく、 それは人間の女である。 赤毛。 魔術塔で目撃される。 時間は深夜」

「……魔術塔は、 初耳だな」

「でも、 これはデマの可能性が高いんですよね」


 今度は先ほどよりもわかりやすく眉を顰め、 溜息をつく。


「……デマ?」

「まだこれだけしか揃えてないので何とも言えないんですけど」

「……ふむ」

「幽霊とやらを、 ある人物に関連付けて言ってる気がします」

「ある人物?」

「はい。 もしそうならば、 僕はやはり真相を暴かなくてはいけない。 ……その為の人選だと信じてます」


 そう言って、 彼はまた苦笑をした。













「……今日はよく晴れたね」

「……そうだな」


 昼。 宿屋前でげんなりとしていたのは、 キラとアジェルだ。

 アルミスに着いた時刻が遅かった所為で、 服が乾かず今の時間になった。

 最終的には、 魔術で色々工夫する事になった。

 さて、 宿屋前で空を仰ぐと、 言葉通りいい天気。

 雨上がりの湿気た風が吹き付けるが、 夕方には気持ちの良い風に変わるだろう。


「さ、 それじゃ……どうしよっかな」

「……?」

「お城とか行ってみたい?」

「え」

「よし、 決まり」

「ちょっ……返事してない」


 行くとも言わないうちから行くことが決定している。

 慌てるキラのマントを引っ掴んで、 引き摺る勢いでアジェルは歩き出した。












「……ライアに関連付けての噂、 か」


 食器を片付けながら、 マスターがぽつりともらす。

 先ほどのキールの会話に出てきた‘ある人物’とは、 かつて城に勤めていた彼女の……ライア・エリティアことだろう。

 彼女が仕事をしていた時代は、 争いが絶えなかった。

 相手は他国の者だったり、 魔物だったり、 色々だが。

 当然、 家や家族を失う者も多かった。

 そんな者達を、 種族の壁を越えて……アルミス国内だけではあるが……保護したのは彼女だ。

 戦争孤児だったキールもアジェルもライアに拾われた子供達だ。

 この二人にとっては、 ライアは親代わりと言っても過言ではない。

 誰よりも尊敬し、 愛する人間だ。

 だが一方。

 国の為に働くと誓い仕えているのに、 自らが持つ強大な力を戦いの為に使わないライアを快く思わない輩も多かった。

 その力も、 立場も、 ……付け加えるなら女性である事も、 嫉まれる対象でもあった。

 その結果、 彼女は世界中を震撼させたある戦いを終わらせる為に派遣される。

 彼女が死去してから十年。

 未だに彼女の名はアルミスで偉大だが……漸く、 ライアの名が過去になり始め、 彼女の弟子アジェルも旅に出た今。

 狙ったかのように囁かれ始めた噂話。

 もし敬愛する師がそんな形で侮辱されていると知れば、 アジェルは悲しむだろう。

 無論、 本人も悲しいと思うだろうが。


「それで、 燃えているわけか」


 自分が尊敬する師の名誉のため。

 そして、 自分が幼い時から一緒にいる彼女のために、 なのだろうか。


「無きにしも有らず、 と言ったところかな」


 そこまで想像が行き着くと、 少々不謹慎だと思いながらも自然と顔が綻ぶ。


「いいね、 若者は」


 そう笑いながら、 マスターはカウンターの奥に入っていったのだった。














 ざわざわ。

 城の門を抜けてから、 キラは自分を見つめる好奇の目に晒されていた。

 注目されるのがあまり好きではない彼女は、 非常に居心地が悪そうにアジェルの影に隠れていた。


「…………アジェル」

「んー?」

「……なんか、 嫌だ」


 俯き加減で不機嫌そうに言うキラの頭をぽんぽんと撫でて、 笑いかける。

 城の人間の好奇の対象がキラだと、 当然アジェルも気づいているのだ。

 キラの手をとり、 すたすたと歩く。


「大丈夫大丈夫。 キラちゃん、 お母さん似だからお城の人がちょっとびっくりしてるだけよ~」

「……そうかなぁ」

「そうそう。 ライア様は今でもアルミスの有名人なんだよ~?」


 言い聞かせながら、 城の奥へと進んでいく。

 アジェルが目指すのは喫茶室。

 手紙が示したのは‘アルミス’という漠然としたしたもの。

 何処に行けば良いのか分からない以上、 今、 彼女が安心できる場所にキラを匿おうとしていた。

 城の中には勤めている者用に寮も用意されていたが、 アジェルの部屋では少々不都合があるらしい事も付け加えておく。


「……あれ?」


 喫茶室に向かう最中、 廊下の向こうに見知った金髪を発見してアジェルが手を振った。

 大声を出して呼んでも良かったが、 現在の状況を考えると更に注目されるのはよろしくない。

 幸い、 気がついた彼が駆け寄ってくれる。


「早い帰還だね」

「ちょっと寄っただけよ」


 苦笑を浮かべたキールを見つめながら、 アジェルがにこりと笑った。

 その彼女の後ろに居た少女に、 キールが視線を移す。


「彼女は?」

「キラちゃん」


 にっこりとキラに笑いかけ、 彼女の背中をぽんと押す。


「キラちゃん。 この人は、 私の幼馴染のキールっていうの」

「よろしく。 キール・リテイトです」


 爽やかに笑いつつ、 右手を差し出す。

 その手を見、 彼を見。 少し考えてから、 おずおずと手を握る。


「……キラ・エリティアです」


 そんな様子をうんうんと頷き見ながら、 アジェルがぽんと二人の肩を叩く。


「じゃあ、 取り合えず。 場所を移しましょうか」


 アジェルもキールも只でさえ目立つ上、 今はキラも居る。

 好奇の目は、 やはり此処にもついて回るのだった。











 再会を果たして、 あれから一時間。

 急ぐからと言ったキールと別れた彼女等は、 場所を喫茶室に移していた。

 振舞われる紅茶や盛りだくさんのフルーツが入ったケーキ。

 それに関心を示したキラをよしとしながら、 アジェルはマスターに尋ねる。


「おじ様」

「……なんだい?」

「キールは、 何か問題でもおこしたの?」


 かちゃり。 受け皿にカップを置く音がした。


「いや、 ちょっと面倒な仕事を任されて立て込んでいるんだよ」

「また?……面倒って今回は何?」

「ある事の調査らしい」

「…………それ、 近衛隊の仕事? 情報部じゃなくて?」

「陛下直々にキール君に頼んだそうだよ」

「へぇ……」


 こくり、 と紅茶を飲むアジェル。

 にっと口の端をあげる笑い方は、 いつもの朗らかな笑いとはジャンルが違った。

 そんな様子を見ていたキラに、 マスターは声をかける。


「どうだい、 お嬢さん。 お茶とケーキのお味は」

「あ……はい。 美味しいです」

「それは良かった。 フルーツケーキは今日からの新作でね。 お口に合うか不安だったんだ」


 優しい笑い方をするマスターにつられて、 照れたように小さく笑う。

 そんな二人のやりとりを聞きながら、 アジェルがにやりと笑った。


「決めた」


 それは多分、 独り事だったのだろう。

 けれども、 あまりにハッキリ言ったものだから二人が同時にアジェルを見た。


「……アジェルちゃん?」

「おじ様。 キールが何の調査をしているかご存知なんでしょう?」

「知ってはいるけど。 ……どうするんだい?」

「お手伝いしようかな、 と」

「…………それは」


 お盆を抱えてどうしようかと苦笑をするマスターに、 にっこり微笑みアジェルは続けた。


「じゃあ、 個人的に私も調査いたします。 それなら良いでしょう?」

「……まぁ、 皆知っている事なんだけど」

「でしたら、 内容教えてくださいな」


 押され気味のマスターに更に更にと笑いかけ、 詰め寄る。

 浮べる表情とは反対に、 その様子は若干怖いものがある。

 けれども、 詰め寄るアジェルは襟首を掴まれ妨害された。


「あ」


 キラが見つめる先には、 先程会った金髪の青年が居た。

 挨拶した時の爽やかな笑はなりを潜め、 非常に怪訝な顔をしている。

 そのままアジェルの肩を掴んでマスターから引き離しながら、 溜息をつく。


「……あら、 キール良い所に」

「良い所じゃないだろう。 ……何を調査するって?」

「貴方が調べていること」

「…………ダメ」

「……えー」


 手が離れて自由になると、 今度はキールに詰め寄る。


「これは僕の任務だ。 君のじゃない」

「そんな子供みたいなどうでも良い理屈はいいから、 教えてよ。 何を調べているの?」


 にこにこと笑うが、 語尾が強い。

 これでは質問では無く、 命令だ。

 アジェルの漆黒色の瞳は全く笑っておらず、 彼女の視線から逃れるようにキールは全力で視線を逸らす。


「……アジェル」


 そんなやりとりの最中。

 キラがアジェルのマントの裾を引っ張り、 見上げた。


「キラちゃん、 ちょっと待ってね。 今、 大事な所だから」

「いや、 そうじゃなくて」


 天井を指差し、 キラが言う。


「あれは、 なんだ?」


 アジェル、 キール、 マスター。

 三人が指差す方を見上げる。

 テラスの窓際。

 角は暗いが、 その一角。


 其処には確かに、 赤い毛束が浮いていた。








       ・

       ・

       ・

       ・

       ・










 彷徨っているの……?


 本当に?



 ほんとうに……?


















 もさもさと、 赤い毛玉は天井の角に浮いていた。


「…………っ!!!!」


 ぴしり。

 あまりに衝撃的な図に、 アジェルは一瞬で青ざめ固まった。

 くらりと倒れそうになった彼女をキールが支え、 マスターはしげしげと冷静に観察していた。

 キラはぼんやりと見ていたが、 ケーキに使っていたフォークと掴むと、 毛束に向かって投げつける。

 毛束は音も無く天井を滑る。

 かっと、 音がして壁にぶつかるとフォークは床に落ちる。

 赤い毛束はそのまま消えて、 その場は静まり返った。


「……あれは、 アルミスに生息している何か……なのか?」


 落ちたフォークを回収しながら、 平然と尋ねる。

 至って冷静なキラだった。

 だが、 消えてしまった毛束に対するキラの疑問は、 誰も答えられないでいた。












 毛束の一件のすぐあとにアジェルは回復したものの、 話が途中な事もあり「夜に城下町のレストランで落ち合おう」と持ちかけた。

 宿が近い事もあり、 アジェルとキラは先にテーブルに着いていた。

 キラが興味有りげに辺りを見回している。

 夕飯になりそうなものを適当にアジェルが注文すると、 きょろきょろしているキラを微笑ましく見ていた。

 アルミス城下で一番広い其処は、 活気に満ち溢れている。

 レストランと言っても大衆食堂のイメージが強い店内は、 国の者だけでなく旅人も多いらしい。

 いろんな種族の人が賑やかに酒を酌み交わしていた。

 頼んだ料理が揃う頃、 待ち人は現れた。


「あ、 来た」


 アジェルは入口の方を見つめていたが、 目的の人物が入ってきたのを確認するとひらひらと手を振った。

 店内に入ってきた彼は、 城で見た時と変わらずの格好をしていた。

 白銀の甲冑は目立つようだったが、 一番隊は街の警備も受け持つため気にするものはあまり居なかった。

 強いて言うなら、 店員達が親しげに挨拶をするくらいか。

 その間を抜けて、 二人のテーブルに到着すると疲れたように空いている椅子に掛けた。


「お疲れ様。 情報収集は順調?」

「……まあ、 そこそこに。 でも手伝わなくて良いからね」

「来ておいてそれは無いでしょ。 それとも、 諦めされせるとでも?」


 当たり前の様に言ってのけるアジェルと、 それを溜息で受け流したキールを見て、 キラは少しだけ笑った。

 幼馴染と言うのは伊達では無いようだ。

 この場に来た時点で、 完全に彼の敗北は確定している。


「はい、 そう言う訳で調査結果報告をお願いします。 リテイト隊長殿」

「…………」


 はぁ、 と、 再び溜息を吐く。

 これはもう、 了承の合図に等しい。

 このままごねた所で、 彼の仕事はスムーズには行かないだろう。

 一人よりは頭数が居た方が良いか、 と考え直して、 キールはノートを取り出した。


「教えるけど……協力してもらうからね」

「勿論よ」

「……オレも聞いても大丈夫ですか?」

「うん、 構わないよ」


 キラには優しく言いながら、 ノートを広げた。

 走り書きの様だったが、 綺麗に整列している。

 いくつかの言葉には、 丸がしてあった。


「今、 僕が調査している内容は、 最近城で広がっている噂話について」

「噂話? ……いつから?」

「極最近だよ。 アジェルが旅に行く少し前からだったみたいだから」

「半月もたってないのに、 調査なの?」


 ふぅん、 と意味ありげに言うが此処で留めても仕方がない。


「それで、 内容は?」

「幽霊が出るんだそうだ」

「…………幽霊?? 何それ、 ティルア城で?」

「そうだよ。 でも何か実害がある訳では無いけど」

「実害も無いのにわざわざ調査。 ……陛下は何か御存知なのかしら」

「さぁ。 陛下が何をお考えか知らないけど、 引っ掛かる事があるから引き受けたんだ」

「引っ掛かる?」


 一呼吸置いて、 キールは二人を交互に見た。


「君には、 少し嫌な話かも知れないけど」

「大丈夫です」

「アジェルも落ち着いて聞くんだよ」

「わかってるわ」


 それじゃあと、 会話が続いた。


「この幽霊に関しての情報は、 まず髪の長い赤毛の女。 人間である。 魔術塔に出没。 深夜が多い。 此処までは午前中まで」

「少ないのね」

「多数意見は、 って事だよ。 ……それで、 追加分なんだけど」

「うん」

「魔術塔の人に聞きに行ったら、 別の話が出てきて」

「それは?」

「幽霊が出たであろう場所には魔方陣が浮かんでいたらしい」

「なんの?」

「‘蘇生するもの’」

「……ええっ!!」


 がたがたっと、 椅子と倒して立ち上がるアジェルにキールが苦笑する。

 周りの客の視線が一気にアジェルに集まったが、 また、 それぞれの会話に戻る。

 キラはあまりのリアクションの大きさに驚いて、 少しぽかんとしていた。

 アジェルは恥ずかしそうにまた椅子に掛けると、 態とらしく咳払いをする。


「引っ掛かるの、 分かった」

「だろう?」


 キールがそう言って、 溜息を吐いた。

 ‘蘇生するもの’と言うのは、 永続魔法の一種だ。

 発動中の陣の中に置いた物体は、 静物に限るがどんなに壊れても即座に元の状態に戻るというもの。

 ライアが得意だった魔術の一つだが、 需要が無い割に魔力を喰うのであまり使用者が居ない。

 その為、 正確に読み解かれていない魔方陣なのだが。

 厳密には元に戻すのでは無く、 時を止める、 と言うのが正しい。

 止まっている間に壊れてしまっても、 その物体は自身が壊れた事を知らない。

 ……というか、 止まっているならまだ経験していない未来の事になり、 壊れた事がない、 に変更される。


「どれが最初かは分からないけれど、 これに関する話は"幽霊=ライア様"を形成したいと言う糸が見える」

「だから陛下はキールに頼んだのね」

「そう思うよ」


 手近にあったフォークをかちん、 と皿に当てる。

 キラの手前もあって抑えては居るようだが、 アジェルは密かに怒っていた。

 成り行きを見ていたキラは、 じっと二人を見る。


「……何故、 母さんにしたいのかな……」


 投げかけるような視線をキールに向ける。

 キラはもやもやとする思いが胸に広がるのを感じていた。


「ライア様は目立つ人だったからね。 亡くなられても尚、 貶めたい者が居るのは事実だ」

「……キール」


 制するようにアジェルが呼ぶが、 けれどキラは真剣に話を聞いていた。

 多少のショックは隠せない様ではあったが、 しかし。

 青年の声音は悔しさが伝わる物で、 ライアに対して敬意を払っているのが伝わったからだ。


「でも、 そんな事は許せない。 だから引き受けたんだよ。 ……それに、 昼間のアレ」

「……もさもさしたやつ?」

「そう。 あんなあからさまな物を見た以上は、 誰かの策略だと確定したも同然だよ」

「確かに」

「調査を開始した日に仕掛けてくるなんてね……犯人は城の内部の人間だと言っているような物さ」

「……なるほど」


 うんうんと頷くキラの隣で、 不敵な笑みを浮かべるアジェルが居る。


「うふふふ……」

「…………っ!?」


 低く笑うアジェルにびくびくしつつ、 キールを見る。

 彼はそんなアジェルを見ながら、 なんとも言えない顔で苦笑した。


「アジェルが燃えてる……」

「……燃えてるのか?……これ」

「うん。 …………帰ってきた途端にこれだよ……」


 キールの疲れたような呟きが、 賑やかなレストランに消えていった。













 歌が聞こえる。

 女の柔らかな歌声は、 けれど成人のそれでは無く。

 少女の様な可憐な響きで、 人の通らない石造りの塔に消えていく。


『…………♪』


 冷たい月の光が入りこみ、 身に纏う白いローブの端をきらきらと光らせる。

 音も無く廊下を進むと、 光がその姿を形作っていく。

 女は、 赤い髪をしていた。

 逆光で表情は読み取れないが、 確かに、 赤い髪の女。

 足元に浮かぶ陣の中でくるりと舞うと、 長い髪が合わせて舞う。

 そうして踊るように軽やかな動作で、 悲しげに歌っていた。














 調査開始から二日目。

 アジェルはキラを引きつれ、 魔術塔に乗り込んでいた。


「……下調べ……無しなのか?」

「だって、 此処怪しすぎるじゃない」

「……違った場合、 どうするんだ?」

「謝る」


 きっぱり言い切って、 にっこりを笑うアジェルに。

 小さく息をついて、 キラは視線を逸らした。


「……あの……ディーティ様……?」

「はい?」


 引きつった笑みで答えたのは、 受付に座っていた女性だった。

 魔術塔と言うのは、 その名の通り魔術の研究を専門にやっている機関だ。

 全十二階建ての石造りの塔は、 六階を境目に一般公開と関係者以外立ち入り禁止区域に分けられる。

 一般公開している場所は学生達も使用する。 受付が設けられているのはこの為だ。

 だがアジェルは魔術の心得もある上に、 城の役人なので受付で止められると言うのは本来無い筈なのだが。


「手続きもなしに捜索されると言うのは……ちょっと。 今大事な研究の最中で、 関係者以外は入れるなとテルク様より仰せつかっております」

「大事な研究とは?」

「……私は一般研究員ですから、 詳しくは存じませんが。 兎に角、 今日はお帰りを」

「研究機関には近寄りませんので、 ご安心を」

「……そういう問題ではなくて」

「……では、 どういう問題かしら」


 受付の女性は必死にアジェルを止める。

 心無しか泣きそうだ。

 そんな様子は明らかに怪しいと踏んで、 アジェルは更に笑顔で推し進める。


「……笑顔で脅すタイプか」


 妙に納得しながら、 キラが入り口に飾っていたいくつかの魔術用具を興味深げに見つめていた。

 その中の一つ。 小さなタリスマンがついたネックレスを見ていると、 その石がきらりと光った……様に見えた。


「……?」


 石は細い光を塔の奥へ、 奥へと伸ばしていく。


「…………なんだろう」


 攻防戦を続けるアジェルと受付嬢を残し、 キラは光が伸びる先へと歩いていった。















 情報収集をひと段落させ詰め所に戻ったキールを、 待ってましたとばかりに隊員が迎えた。


「隊長!」

「……なんだい?」

「大変です」


 大慌てで来たのは、 別任務をまわしていた一人だ。


「…………どうした?」


 あまりに真剣だったので、 思わず顔が真面目になる。

 そんなキールを前に背筋をただし、 報告が始まった。


「はっ!報告いたします」

「……」

「処刑された魔術研究長ドルクトの共犯者が判明しました」

「共犯者?」

「はい。 研究長処刑執行後も研究は続いていた模様です」


 数ヶ月程前に、 国を騒がせた騒動があった。

 魔術研究長として長年勤務していた魔術師が、 ある研究をしていたことが判明したのだ。

 その研究とは"壊れない"生物兵器の開発。

 密やかに魔術実験を繰り返し、 沢山の生き物を殺害して兵器は生み出された。

 その生き物には、 動物や……人も含まれた。

 先代女王の時代ならいざしらず、 平和になりつつある近年では兵器そのものが不要であると言うこと。

 そしてそもそも道徳的に問題があるとして女王の怒りを買い、 反逆罪が適応され処刑にいたる。

 処刑後、 研究施設からは該当する内容のものは全て破棄されたが。

 それが、 まだ続いているらしい。


「……共犯者は皆捕まえたと思っていたけどな……甘かったか」


 眉根を寄せて、 悔しげに顔を曇らせる。

 だが、 ぐずぐずしては居られない。


「情報源は?」

「魔術塔の研究員です。 本日正午より魔術塔を封鎖するよう働きかけている最中で……」

「……すぐ封鎖させてくれ。 もし実験体でも残っていたらまずい」

「わかりました!すぐに!」

「手が空いている隊員を招集してくれ。 ……本日、 夕刻時に強制捜査しよう」

「はっ!」













 声が聞こえた。 優しい音だ。

 歌の様な、 そうでないような。

 掠れて途切れながらも続く声。

 光を追って螺旋階段を登っていくと、 段々、 近く大きくなる。

 やがてクリアに聞こえるその歌。


「……此処から?」


 気がつけば、 暗い廊下を歩いていた。

 今は何階だったのか。

 螺旋階段を抜けて、 真っ直ぐ続く廊下の向こうへ歩いていく。

 光は壁にぶつかり、 そこで終わっている。

 突き当りまでいってみると、 其処には陣が浮かんでいた。


「‘蘇生するもの’……?」


 緻密に描かれた陣が浮かぶ床に、 そっと手を触れる。

 わずかな力の流れが、 発動中の陣であると示していた。


「……これは……」


 陣を描くのに手を使ったりしないが、 陣を構成するのに使う言語パターンには個人の癖が出る。

 ライアは大雑把に陣を組むので、 緻密に描いたりはしない。

 大体術者が死亡しているにも関わらず、 十年以上もなんの増幅装置も無く発動する魔術があるわけがない。


「…………じゃあ、 やっぱり……?」


 ぶつぶつと言いながら考え込むキラの隣を、 す、 と通り過ぎる影。


「……っ!」


 不意に伸びてきた白い手に、 距離を取ると。


「…………あ、 れ」


 其処に居たのは。







 赤毛の、 女。






       ・

       ・

       ・

       ・

       ・







 漸く……見つけてくれた。


 私と同じ、 色を持つ人が。


 ワタシのことを見つけてくれた。




 お願い。


 お願い。




 どうか、 …………ドウカ。





















「キラが居ない?」

「……そうなの!ちょっと目を離したら……」

「それは、 何処で?」

「……魔術塔」


 日が暮れかけていた。

 魔術塔での攻防戦が終わった後、 アジェルはキラが居ないことに気がついた。

 何処を探しても見つからず途方にくれていた時、 城門前でキールと合流したのだ。

 アジェルに事情を聞くなり、 キールの顔が曇る。


「アジェル」

「……何?」

「いいから」

「……え?」


 あたりを見回す。

 周囲に居るのは門番や役人だが、 用心に越したことはない。

 キールはアジェルを連れて人気の無さそうなところへ行く。


「何……」


 門から離れて、 人がまばらになる。

 それを見計らい、 キールは説明を始めた。


「今、 魔術塔は非常に危険な状態だ」

「……え」

「これから僕は、 隊員を連れて強制捜査を始める」

「ちょっと……」


 真剣な表情から、 この事態は危険なのだと伝わってくる。

 だが、 それでひいている場合ではない。

 がっ、 とキールの肩を掴み、 アジェルが詰め寄った。


「なんで、 そんな事態になってるの」

「君は知ってるかな。 数ヶ月前、 魔術研究長が処刑されている」

「……ドルクトの事件? でも詳しくは……」

「罪名は反逆罪。 彼はアルミスで禁止されている研究を続け女王の意思に背き、 処刑された」


 反逆罪が適用されるのは、 国に害をなすとみなされた時。

 しかも法律ではなく、 女王の意思に背く、 と言うのは滅多にない。


「処刑までされるような研究って……」

「……特殊な陣を用いた魔術で、 壊れない生物兵器を作ること」

「……リビングデットとは違うの?」

「死体ではないと、 言っていた。 文字通り‘壊れない’生物兵器だそうだ」


 そこで合点が行ったのだろう。

 アジェルは静かに低い音で呟いた。


「…………塔は何故危ないの」

「共犯者が残っていたらしい。 そいつが潜んで居る事と、 被検体が居る可能性がある」


 与えられた情報を繋げていく作業を始めた。


 魔術塔での噂。

 魔術研究長が実験を行っていたのなら、 研究機関がある塔は頷ける。

 ある陣と言うのは、 証言もあるという点。

 壊れないという点から見ても‘蘇生するもの’だろう。

 反逆罪が適応されたところ見ても、 研究はある程度完成していたと考えられる。

 と、 するならば。

 今、 一番危険なのは……。


「……大変!」

「アジェル!」


 走り出したアジェルにキールが叫ぶ。


「……無茶はするな!」

「キラが居なくなったのは塔だって言ったでしょ!! 私は行く義務がある!!」


 そう言い残し、 彼女の姿は消えていった。















 床に書いてある陣が、 弱く光り始めた。


『あなたは、 研究員?』


 白いローブを引き摺りながら、 女がキラに近づく。

 伸ばされた腕は白く、 象牙のようだ。


「オレは城の人間じゃないよ」

『そう……よかった』


 よく見ると、 女は少し幼い印象。

 目線はキラより多少低い。


『あぁ、 ……フォークの人ね』

「……じゃあ、 アレはお前か」

『えぇ』


 くすくすと笑う少女が陣の周りで、 くるりと回った。


『あなた』

「……なんだ」

『その力は、 生まれつき?』

「?」

『つよい力。 つよい魔力』

「……あぁ、 生まれつきかも」


 くるくる。

 ダンスでも踊るように楽しそうにステップを踏む彼女を見つめていた。

 殺気は感じないが、 用心して剣の柄に手はかけていた。


『ねぇ……』

「……」

『お願いをきいてほしい』

「お願い?」


 陣の光が呼吸をするように、 弱くなったり強くなったりする。

 それを見つめて、 彼女が言った。


『魔方陣を消して』

「……自分で出来ないのか?」

『それは私の命……自分でけせない』

「……死にたいのか」


 キラの足元にしゃがみ込み、 陣を見つめる。


『もう、 つかれたの。 私は還りたい』


 そうして、 彼女は語りだす。

 自らの望みを。














「リテイト隊長!」


 走りこんできたキールに、 魔術塔前に集まっていた隊員が敬礼をする。

 息を切らせたまま、 キールは叫んだ。


「……各人用意はいいな。 行くぞ!」













 彼女は床に座り込んだまま、 淡々と話していた。


「じゃあ……お前は」

『兵器としてつくられた』

「……」

『自我を保つ私はいいけれど。 狂った子は分解されて、 きえていった』

「…………」

『わたしは、 狂いたくない。 ばらばらにされたくない……。 ……でも、 人は私を見ておびえるの』

「……何故?」

『怖いといって、 怯えるの』


 答えは返らないが、 悲しそうに呟く彼女の頭をぽんとキラが撫でる。


『人がつくったのに、 何故、 おびえるの?』


 陣を見つめながら、 彼女は言う。


『さみしい。 ……かなしい』

「……」

『みんなの居る場所に還りたい』


 言いながら、 彼女はキラを見る。


『おねがい……、 けして』


 表情は変わらないが、 目からは一粒涙がこぼれた。

















 暫くキラは、 還りたいと言う彼女をどうしようかと見つめていた。

 そんな時。

 かしゃり、 と、 剣が鳴る。


「……誰だ?」


 男の声だ。

 男が剣を構え、 こちらに近づいてくる。


「…………お前……また、 逃げ出したのか!」

『っ……』


 男の怒声に彼女が怯えた様子で、 キラの後ろに隠れる。

 陣の光が弱くなった。


「……貴様誰だ?」

「人に聞くなら、 お前が先に名乗れ」


 彼女を庇うように前に出るキラに、 男は細身の剣を向ける。

 魔術師らしく、 線の細い四十程の男だった。

 男はキラをまじまじと見ると、 嫌悪感を顕にする。


「お前。 ……エリティアに似ているな」

「……」

「関係者か?」

「……さぁな」

「折角ディーティが出て行ったと言うのに……あの女の息がかかった奴は一体何人いるんだ。 忌々しい」

「忌々しい?」

「エリティアは、 善人の皮を被った悪魔だ。 ……何故わからんのだ。 あいつは異常だ。 ……化け物だ!!」


 男は吐き捨てるように言うと、 キラを睨みつける。

 ライアと重ねて見ているのか、 殺気と憎悪が入り交じる視線がキラに刺さった。

それはキラの後ろで怯えている彼女にも向けられる。


「其処をどけ。 後ろのものに用がある」

『……おねがい……行きたくない……、 還りたい』


 震えて小さく懇願する彼女をちらりと見、 キラは男に視線を戻した。


「……悪いけど、 渡せないな」

「……なんだと?」


 それでは。

 そう言って、 男は向けていた剣を振り上げた。


「死ね、 女!!」


 突き出された剣が繰り出されると、 きぃんっと、 キラの剣とぶつかって高い音がした。


『……!!』

「……甘いな」


 己の刃で再び相手の剣を受けると、 そのまま払う。

 力ずくで剣を振るう男の動きは、 剣を心得るキラには無駄な動きでしかない。

 年若いと言っても、 運動能力で大きな差もあるようだ。

 流れを読みかわすのは容易いことで、 あっと言う間に男は追い詰められる。

 鳩尾に入った蹴りによって、 そのまま男は意識を昏倒させた。


『おわった……?』

「終わったよ。 ……おいで?」


 壁からじっと見ていた彼女が、 呼ばれてキラの後ろにつく。

 丁度、 そんな時だった。


「キラ!」


 走りこんできたアジェルが、 男を発見した。


「……テルク」


 足元に転がる男をそう呼び、 様子を伺う。

 けれども、 意識が無いと分かると横をすり抜けキラの前に走った。


「大丈夫だった!?」

「……うん」

『また、 ……強い人』

「……この子は?」

「……多分、 噂の幽霊」

「てことは……貴女……」

『貴女でもいい。 ……わたしを還して』


 そう、 アジェルに向かって彼女は言った。















 近衛隊が到着し、 テルクを拘束する。

 そのまま捜査をしている隊員達をよそに、 キールが彼女等を見つけた。


「……大丈夫だったかい?」

「……うん」


 アジェルの時と同じ様にこくりと頷き、 キラが後ろに張り付く彼女を見る。

 足元にある陣が弱く弱く光っていた。


「……もう、 陣の効力が切れるわ」

『きれたら……あぶない。 はやく、 ……はやく』


 キラにお願いする彼女の姿が揺らめく。

 透明になったり、 元に戻ったり。

 陣の光と同じ用に、 動く。


「わかった」


 彼女を背中に背負ったまましゃがみ込むと、 キラは陣に手をかざす。


「全てのものに、 等しき時を与える。 全てのものに、 等しき終わりを告げる」


 ぱっと、 陣が光る。

 床に描かれていた陣が浮いて、 崩壊した。

 それを受けて、 キラの背中に居た彼女の姿がどんどん透けていく。


『……ありがとう……、 ……ようやく、 還れる』


 言葉だけを残して、 彼女が消える。

 彼女は微笑んでいた。

 ありがとうと言って、 キラに笑う。

 キラは彼女が消えていくさまを、 最後まで見落とすまいとするように只管に見詰めていた。















 三日目。

 共犯者だったテルクを連行し、 此度の噂の報告をする為にキールは城に戻り。

 てんやわんやしている城には居辛いと、 キラとアジェルは再び宿に戻っていた。

 そのまま休んで、 夕方を迎える。

 そんな彼女等の部屋に、 今回の件の報告の為キールが訪ねていた。

 並んだベッドにはキラとアジェルがそれぞれ座り、 備え付けの椅子にはキールが腰掛けた。


「彼女は、 唯一の完成も目前に控えていたらしい。 けれど最近になってよく逃げ出すようになり、 幽霊騒ぎが起きたらしい」

「……へー。 ドルクトの忘れ形見、 みたいな感じ?」

「いや、 彼女の製造はテルクが単独でやったらしい。 もう少し調べるけど、 生物兵器についてはこれで終わるだろう」

「そう。 ……研究機関はどうなったの?」

「陛下のご命令で、 全て排除したよ」

「それは良かったわね」


 苦笑しながら報告をしているキールだが。

 実際は、 酷い有様だった。

 彼女が言った「ばらばら」と言うのはあながち間違いでもなく。

 元は肉を持った動物や人間である。

 ある部屋は解剖専門の部屋として、 一面が赤く染まる程の異常さだったそうだ。


「兵器として完成する前に食い止められたのは大きい。 ……協力を感謝するよ」

「……いえ……、 オレはなにも」


 キラが膝を抱えてぽつりと呟く。

 彼女にとっては後味のいいものでは無かったと言うことだ。


「ねぇ。 ライア様に関連付けてっていう、 あれ。 実際のところどうだったの」

「あぁ……。 彼女は元々ああ言う容姿で造られたみたいなんだけど、 幽霊騒ぎが出たからテルクが操作したそうだ」

「魔術師が幽霊で尻込みする訳ないのに。 人よけなら頭悪いと思う」

「……単純に貶めたかったんだと思うけどな」

「なら余計に頭悪いと思う。 魔術塔で赤毛の幽霊。 ……確かめに行くでしょ」

「……君はね」


 実際そうだったので、 キールは苦笑して答える。

 二人の会話を聞きながら、 キラは曇ったままの表情で訪ねた。


「あの、 さ。 母さんは、 ……城ではどういう人だった?」


 キラの記憶の中のライアは、 優しくて、 暖かで、 人一倍愛情を傾ける人だった。

 けれども、 昨夜キラと対峙したあの男は違った。


「……あいつは、 母さんを異常だと言った」

「……」

「どうして?」


 ぽつりと元気なく呟いたキラの隣にアジェルが座る。

 そっと抱きしめて、 アジェルは言った。


「……キラ」

「……」

「人はね、 自分の計り知れない物を見た時に恐怖して、 拒絶すると思うの」

「……残念だけどね。 でも、 それは違うモノを受け入れられないから怖がってしまうんだ」

「私達も相当特殊だしね」

「そうだね」


 アジェルとキールが苦笑しあう。

 彼女等はライアの弟子であったと同時に、 お互いが、 ある意味での特殊な才能をもっている。

 それ故に、 一部の者からは異常者だと陰口を叩かれたりする時もある。


「だけど、 認める人だって居るわ? だからこそ、 ライア様の名前は今でも偉大」

「……アジェルと……キールは、 母さんは」

「僕等はお師様を尊敬しているし、 大好きだよ。 ね、 アジェル」

「勿論」

「……そっか」

「ま、 良くないことを考える奴も居るけど。 そんな人一部だしね」

「キラが知っているお師様の方が本物だと信じたらいいと思う。 僕等が知らない一面だって知ってるだろうし」


 にこり、 と優しげに笑ってキールがいい。

 キラの隣ではアジェルがぎゅーっと抱きしめている。


 世の中には、 沢山の生き物が居る。

 種族や生活環境が違えば、 考え方や感じ方も当然違う。

 誰かが悪いと言った人だって、 良いと言う人は居て。

 そういう評価というのは、 とても小さい事なのだと彼女等は言っていた。


 何より。 自分が誇る母を、 そうやって言ってくれる二人の言葉が嬉しくて。


「…………ありがとう」


 そう、 小さく呟いた。



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