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ワールドクライシス  作者: かたせ真
エルフ組のお話
35/62

ペルナ・フォルトの独白

 

 土砂降りの雨の後は、 大切な人が居なくなってしまってた。










 酷い雨の日から、 姉が帰って来ない。

 診療所に居るのだろうし、 それはよくある事だったんだけど。

 今回は違った。

 姉の代わりに家の扉を叩いたのは、 里の警備をしている人だった。


「お前の姉は、 我が一族を裏切ったのだ」


 その言葉を持って、 姉が居なくなった事を知った。

 それから、 暫く。 私も後を追うように里を飛び出した。

 族長達の話によれば、 姉はダークエルフを助けた罪で追放されたそうだ。

 助けた事を罪だと言うのがなんともらしいと言うか。

 純粋なエルフのみを認め、 他を認めないその姿勢。

 でも、 先生の教えを守って分け隔てなく救いの手を差しのべる姉も〝らしい〟と言えばらしい。


「……」


 姉はどうやら居なくなる日に、 私に手紙を書いていた様で。

 手元に残った紙切れを、 里を出る日にもう一度見た。

 族長達は、 やれダークエルフに洗脳されたんだとかなんとか言われたのだけれど。

 姉の字で〝私が自分で決めた道です。 どうか、 心配しないでね。 貴女は元気で。 いつでもペルナの幸せを願っています〟と書いてある。

 短い言葉だが、 これで十分。

 あの人は、 本当に自分の意志でそうしたに違いない。


 あれから、 凡そ百年と言う膨大な時間が流れた。

 それだけの時間が有れば、 私も色々と考える事も出来たわけで。

 生きていれば。 元気にしていれば良いと願いながら、 一つ、 引っかかりを……と言うか、 興味を覚えていた。


 そう、 それはダークエルフと言う存在だ。

 世界はかの種族を嫌い、 討伐だなんだと大きな戦いを起こす。

 討たれ、 追われ、 数を減らし。 これでもかと虐められている種。

 何を隠そう私も、 里に居た頃は族長に怖いものだとして教えられていた。

 教えられた以上、 なんの疑いもなく〝そういうもの〟だと思っていた節もある。

 でも、 姉が居なくなった日からその認識は変わった。 御伽噺の住人が、 いきなり身近に感じる様になったのだ。

 姉は何故、 助けようと思ったのか。 見捨てず自分の平穏と引き換えにしたのか。

 まあ……姉はそう言う性格であり、 傷ついた者であったから助けようと思ったのだろうと推測される。

 でもダークエルフだと知っていた筈だ。 少なくとも、 何処かのタイミングで気付いた筈。

 にも関わらず、 族長達に渡す事無く自らが里を去ると言う選択をした。

 外の世界になんて出た事が無かった人が、 それをするだけの何かがあったのだとしたら、 それは何なのだろう?

 私もまた外の世界に出てから、 資料を集め調べていった。

 五十年程だろうか。

 資料集めが難航し始めた頃、 アルミスと言う大陸北部の魔術国家に籍を置く様になった。

 ひっそりと姉の行方を探しながら、 次第にダークエルフへの興味を日常の中に置き去りにしてしまっていた頃である。


 突然、 その興味がまたムクムクと湧き上がる日が訪れた。


 私は、 アルミスである人の子に出会った。

 赤い髪をした女の子。 初めて会った時、 彼女は十六歳。 ………本当に子供だった。

 彼女はライアと言って、 幼い笑い方と滲み出る膨大な魔力が不釣合いな人間だった。

 アンバランスな存在の仕方に興味が湧いて、 気が付けば友人に……親友と呼ぶに相応しい間柄になっていた。

 そんな彼女は、 その細い肩に世界を背負い命を掛けて平和を齎そうと奮起していた。

 在り方は、 まるで古い古い書物の中にある実在したか分かりもしない聖女の様だった。

 その、 ライアの最期の戦いにも関わっていたのも〝ダークエルフ〟。

 実際に関わっているのかは定かでは無かったけど、 少なくともそう伝え聞いては居る。

 私の大切な人が居なくなる時には、 必ず登場するキーワード。

 でも大切な人達は皆して〝助けたい〟と願っていた。

 では、 ダークエルフとは何なのか。 再び、 興味が湧いた。

 ライアは言った。 「大きな力があるだけで、 討たれる対象になるのは間違っている」と。

 姉もそうだろう。 特別視などせず、 当たり前に助けたはずだ。

 本当に、 世界中で追い掛け回し排除を望むようなものなのか。

 〝大きな力を有している。 それはいつか災いになるだろう。 だから、 根絶やしに〟

 当然の様に浸透しているその認識は、 正解なのか。

 冷静に考えてみれば、 恐ろしい考え方だと思う。

 悪政を敷く王を倒すべく、 反乱を。 と言うのとは訳が違う。

 個々の人格を無視して種族そのものを否定する考え方。

 それが世界に浸透しているなんて、 寒気がした。

 でも、 だから興味があった。


 ダークエルフとして生まれ落ちた人は、 どのような人なのかと。









 興味を抱き続けていたら、 目の当たりにする機会が巡ってきた。


 聞けば、 どうやら私の姉とずっと一緒に居たらしい。 それも百年の間。 片時も離れずに。

 羨ましいと心の隅で思いながら、 気持ちを落ち着けてよくよく見る。

 伝え聞く通り、 私達と同じ長い耳に、 けれども黒髪と黒い瞳を持っている。

 だけれど、 それだけ。

 少しの間だけ、 一緒に暮らして。 その少しの間で、 私は知った。

 ほんのちょっと臆病で、 誰よりも平穏に焦がれる普通の人なのだと。

 怖いモノなんかでは無くて、 世界に生きる、 私達と全く変わらない生命なのだと。

 当たり前の事を、 改めて知った。


 もう一つ知った事がある。

 本人達が互いに感じているのかはわからないが、 傍目から見て、 姉を大切にしてくれていた。

 自分でも単純だと思うのだけど、 それだけで……もう好感度は上がってしまった。

 自分の目で見て、 良いと思ったのだから。

 それに何より、 我が姉が心底好いてる様なのだから応援しない妹が居るだろうか。

 後は、 見事成就して貰って子供でも何でも作ってくれれば私は嬉しい。


「イリアスさんが良い人で良かった」


 ある日そう伝えると、 姉は穏やかに笑ってくれた。


「あら……どうしたの? 急に」

「私ね、 ダークエルフって興味があったの。 姉さんもライアちゃんも取っていってしまったけど、 でも皆して救いたいと願った種族ヒト。 世界中が追いかけ回すのに、 私の周りはそんな人ばかり。 だから興味があった」

「…………」

「でも、 ちゃんと自分の目で見て良い人だなって思ったから。 この人なら、 姉さんを任せられるなって」

「……なんで其処にたどり着くの?」

「え? だって、 そうでしょう。 あ、 子供が出来たら死ぬ程可愛がるから早く見せてね」

「……私達より、 貴女達が先でしょうに」


 照れてしまったのか、 姉はぷいっとそっぽを向く。

 そんな様子が可笑しくて、 つい、 笑ってしまった。


「姉さん。 私ね、 姉さんにまた会えた事とっても嬉しいの。 だから、 どうか幸せになってください」

「ペルナ……」

「離れていた百年の間、 いろんな噂も聞いたしダークエルフに対して何が行われていたか……少しなら知ってるよ。 でも、 だからこそ。 幸せになって欲しいって、 思ってる。 これは……」


 頭の奥で、 記憶が蘇る。


「これは、 私の親友の願いでもあるから」


 泣いてしまいそうだった。

 でも、 それじゃあきっと姉は心を痛めるだろう。

 そういう意味で言ってる訳じゃないから、 努めて笑顔をキープした。


「有難う、 ペルナ。 ……長い時を経ても、 貴女は変わらないわね。 ずっといい子のまま」

「そんな事ないわ。 でも、 ……そうね。 姉さんにだけならいい子で居るのも悪くないかも知れないわ」


 穏やかなる時を噛み締めて、 小さな頃の様に笑いあった。

 姉との時間を終えて、 一人帰路に着く。

 夕暮れの中、 けれども家を通り過ぎ外れの墓地へと足を伸ばした。

 並ぶ墓石を抜けて、 外れにある親友の眠る場所へ。

 ライア・エリティアの墓標を見つけて、 膝を折った。


「ライアちゃん」


 呼び掛けても声が返る事など無いが、 それでも笑って言った。


「有難う……姉さん達を助けようとしてくれて」


 有難う。 消え入りそうな声で、 再び呟き目を閉じた。

 風が凪いでいく。 そよそよと抜けていく中、 心中で親友を思う。


 己よりも世界の為に駆け抜けた少女。

 彼女は、 想いを託した子供達が成し遂げた成果を見てどう思うのか。

 そして、 齎された今を見て、 どんな表情を浮かべるのか。

 きっと微笑むだろう。

 出来る事なら自分が成し遂げたかったのに、 と悔しがるかも知れない。

 それとも、 切なげに笑うだろうか。

 再び芽を出し始めた興味をそっと仕舞い込んで、 目を開けた。


「……また来るね」


 立ち上がり、 歩み始める。

 風は吹き抜けていく。

 木々を揺らし、 ほんの少しだけ葉を鳴らす。


 ―― 良かったね ――


 音の中そんな親友のほっとしたような声を聞いた気がしたが、 振り返らずに歩いていった。



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