表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールドクライシス  作者: かたせ真
エルフ組のお話
30/62

悪夢の日々に一筋の光

ダークエルフは表と裏の人格がある。

裏である"彼"の生まれた経歴の話。

 そうして、 悪夢は始まった。





 少年は、 混沌と言うべき深い闇の中で目を覚ました。

 少年は生まれた時から〝少年〟であり、 自身では無い誰かの体にその意識を宿らせていた。

 と言っても、 心霊云々の類では無い。

 彼は、 所謂多重人格のうちの一つ。

 主となる者から別れた一人であった。


「……」


 少年が初めて見た景色は、 己を取り囲む数人の大人と冷たい鉄で出来たよくわらかない器具達。

 どうやら自分は、 手足を拘束された状態で椅子に腰掛けているらしい。

 そんな風に妙に落ち着いた様子で自身の置かれた状況を観察する。

 視線を落とすと、 足元に這いずりまわる色とりどりの管の束が見えた。


「俺は……、 誰だ?」


 少年が言葉を発した事に、 周りの大人達は大変満足げに頷き、 彼の拘束を解き始める。

 そして、 彼にひと振りの剣を手渡した。

 彼が手にするには幾分大きなその剣は、 それでも不思議と手になじむ様だ。

 感触を確かめていた彼に、 大人達は口々に言う。


「今日から、 君は主を守る盾になる」

「大人として認められたから君は生まれた」

「さあ、 旅立ちなさい。 そして、 少しでも長く生きるんだ」


 彼を取り囲む大人達は、 悲しそうに、 誇らしげに、 そう告げる。

 剣を握りしめた少年の手を取り、 取り囲んでいた大人の一人が言った。

 それは黒の髪を長く伸ばした、 大人達の中で唯一の女性だった。

 ふわふわとした髪から長く白い耳が覗いていた。

 彼女は、 目に涙を溜めて困惑する少年を見詰めている。


「貴方はヴァルト。 ……どうか、 イリアスを守ってくださいね」


 彼女は涙を流しながら、 微笑んだ。

 胸がちくりと痛むなと感じながら、 彼は頷いた。

 彼女はそんな彼を一度だけ抱きしめた。


 それから数日の後に、 彼は大人達から離れ独り旅に出る。

 だけれども、 希望に満ちあふれたそんな旅立ちでは無かった。


「……行きなさい。 どうか、 貴方だけでも生きて」


 生まれたばかりの彼を抱きしめてくれたあの女性が、 そうして送り出した。

 血を流し、 幾重もの刃で傷つけられながら、 それでも彼には優しく微笑んで背中を押した。

 世界の理などまだ何も知らない少年だったが、 女性の言葉に従い走り出した。

 彼女の願いは叶えなくてはならない。

 そう、 自身も彼の守るべき主も強く思ったからである。


 走り続けて暫くした後、 一度だけ振り返った。

 其処には燃え盛る炎が見えた。

 自分が先程までいた場所は、 本当に小さな集落だったが。

 もう、 無いのだと知った。








 そうして、 彼の逃亡の日々は始まった。








 夜道を疾走する獣の様に、 フードを目深に被った少年は走っていた。

 息を切らせて、 それでも意識は周りに集中する。

 見た目、 年の頃なら十五程度になっただろうか。

 旅に出てからかなりの時間が経過したのに、 まだ彼は〝少年〟であった。

 漆黒色の目を暗い森の中で光らせる様に周りを見渡し、 追っ手を振り切った事を確認すると、 そこで初めて足を止めた。

 茂みに身を隠し、 ずるずるとヘタリ込むように座る。

 立てた片方の膝に頭をあずけ、 苦しげにしながら息を整える。

 彼は、 自分が殺されそうになるにも関わらず、 極力逃げる事に専念していた。

 どんな理不尽な理由だろうが、 それでも、 命を奪うことはしたくなかった。

 長い間、 彼自身にも〝イリアス〟にも、 共通する意識だった。


「……なんで、 俺等ばっかり」


 けれど、 彼等の精神は摩耗してしまっていた。

 小さな小さな声で呟き、 少年は悔しそうに涙を流す。

 彼も〝イリアス〟も疲れていた。


 少年は逃げ続ける日々のうちに、 少しずつ知る事になる。

 主から与えられる知識でもあったのだが、 まず自分は〝ダークエルフ〟と呼ばれる種族である事。

 それは他の種族からよくは思われてはおらず、 理由なく討たれる存在であること。

 少年が何故生まれたその理由は、 主である〝イリアス〟を守る事。 などなど。


 知識が増えるにつれ、 木霊するのはいつかの言葉。


『少しでも長く生きて』


 手を握り締め、 少年は思う。

 これからの事。

 どうすれば、 彼女の願いを叶えられるのか。

 どうすれば、 自分達は生きていられるのか。


 そして、 決意する。


「……殺されるしか無いなんて、 真っ平だからな」


 それは、 この手を血に染めて生きる決意だった。









 ああ、 悪夢の様な日々だ。


 死を望まれ、 追い回される。

 そんな日々を、 気の遠くなるような時間過ごした。

 生を呪った。

 けれど、 自ら終えるなど出来なかった。

 今でこそ憎悪と殺意しか向けれないが、 こんな自分に笑いかけた人が〝生きて欲しい〟と、 願ったから。


 生きて居たい。

 無様かも知れない。

 けれど、 必死だった。


 無条件で殺されたりしたくなかった。


 自分や、 自分たちの種が意味の無い存在だと言う証明になるようで。

 駆られる存在だと思い知る様で、 嫌だった。


 たった独りでも、 生きてやる。

 それが生まれた意味であり、 あの人達の……自分達の願いだから。














「……!」


 ぱちり、 と、 薪が鳴る音で起きた。

 彼は普段から横になって眠る事が無かった。

 が、 しかし。

 横になるだけでなく、 ご丁寧にマントまで掛けられて眠っていた。

 飛び起きた彼は、 傍らに置いた剣を手にし、 そして。


「……あ」


 きょとんとした顔で彼を見つめる女性を見た。

 彼女は本を手にして、 焚火を挟んだ向かい側で本を読んでいた。

 彼等は暗い夜の森の中の一角でそうしていたが、 狭い範囲を取り囲む様に結界が張られていた。


「起きました?」

「……ああ」


 彼女はそれはそれは綺麗に微笑んでいた。

 彼は隙だらけだった自身を反省しながら、 眼前の女性から視線をそらす。


「……どれくらい眠っていた」

「数分です。 もう少し眠っていても良かったのに」


 そうして彼女は、 また本に視線を落とす。


「そういう訳にもいかないだろ」

「結界の精度を疑っているのですか? 貴方が張るより精度は高いですよ?」

「……お前」

「貴方もイリアス様もこういう術は苦手でしょう?」


 彼女はそれきり、 口を閉ざす。

 彼はそんな彼女を一瞥し、 座ったまま目を閉じた。

 剣を抱き抱え、 体を支える。


「……眠るなら横になれば良いのに」

「……煩い」

「はいはい。 無理はしないで下さいね。 イリアス様の体でもあるのですから」

「分かっている」


 そう言うと、 また少しばかり休むことに決めたらしい。

 彼は小さく息をつく。

 だが、 ちらりと彼女を見ると、 呟くように尋ねた。


「クレシェ」


 聞こえなければ。

 返答が無ければそれでもいい、 と言った音量だ。


「……なんですか」


 だが、 律儀に返ってきた言葉に彼は苦笑する。


「お前、 ほんと変わってるよな」

「……またそんな風に言われるのは心外です」

「普通、 俺等みたいなのは嫌がるだろ。 死んで欲しいとか思わないのか?」


 ぽつり、 と零れた言葉に、 彼女は呆れた様に返した。


「そう思うなら、 出会った時に見捨ててます」

「……」

「嫌じゃないから居るんでしょう? なんですか今更。 今度同じ事言ったら抹殺しますからね」

「……そうか。 そりゃ悪かったな」


 ふ、 と溜息を吐いたと思うと、 彼は再び眠り始めた。

 それを見届けた彼女は、 放置されたままのマントを再び掛けに寄ると定位置に戻って本を開く。


「意地っ張り」


 器用にその体制で眠る彼を見ながら、 彼女は溜息を吐く。


「……どれだけの者が貴方達の死を望んだとしても、 私もそうだなんて失礼な話」


 彼女は怒ったように呟いて、 唇と尖らせる。


「貴方のそういうデリカシーの無いことろが気に入らないのです」


 しかし、 彼女はそう言いながら少しだけ、 笑った。

 気に入らないが、 嫌いではない。

 勿論、 彼の主であるイリアスも彼女には放っておけない存在だ。

 生きていて欲しいと願うのは彼女も同じ。


「どうか、 今しばらく私が彼らの生を見守る事が許されます様に」


 眠る彼を見つめ、 彼女は祈りを捧げるように目を閉じた。










 死を望まれて生きている。


 けれど、 自分達は生きたいと願っている。

 生まれたからには生きて居たい、 生き物として当たり前の感情。

 それが悪いと世界は言うけれど、 生きていて良いと言ってくれる人だって居る。


 そう願ってくれる人も居る。


 だから、 悪夢の様な日々でも過ごしていける。

 いうなれば、 その願いは一筋の光。

 その光があるから、 まだ生への執着を捨てないでいられる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
閲覧有り難うございました。
ランキングに参加しております。宜しければ一押しお願い致します。

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ