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約束


 あぁ、 神様が居るのなら見守ってください。


 あの子供らに祝福を。


 

 無事に帰ってきますように。


 また、 顔が見れる日が来ますように。




 どうか、 行く先に 悲しみが待っていませんように…………。




















「ちょっ、 ペルナ!良いから、 もう良いからっ!!」


 赤毛の少女を抱きしめるエルフの女を見つめて青年は微笑み、 迎えに来た彼女は見守るに徹していた。


 少女曰く。


 その日のハグはかつてない程に、 長い、 強烈なものだったそうだ。

















「……すごかったねぇ」


 つい先程の別れる様子を思い出しながら、 アジェルが言った。

 それに応える様に、 げんなりした顔でキラは溜息を吐く。


「ペルナは……愛情表現過多だから」

「ね。 お兄さんも途中から参加してたし。 でも、 それだけキラさんが愛されてる証拠だね」

「…………愛情も大きすぎると疲れます」


 毎日そうなのだと彼女は言うが。

 その彼女が其処まで言うのだから、 村を出る時のあれは本当にかつてない程だったのだろう。


「……まぁ、 ほら。 暫く顔が見れないと思うと寂しいんだよ」

「………………」


 はぁ、 とまた溜息が出る。

 何故だろうかとアジェルは考えてみたが、 多分、 他人である自分が居る事で恥ずかしさもあるのだろう。

 そんな事をちらりと考えて、 アジェルは一人納得をした。


「ところで」

「なぁに?」

「これから、 何処に行くんですか?」

「……え? ああ、 これから……」


 かしゃり。

 歩みを止める時に、 キラの剣が音を発てた。

 のどかな道の往来で、 動きを止めたまま見つめあう二人。

 ゆっくりとした動作で笑みを崩すと、 アジェルはポケットをぱんぱんと叩いた。


「……あれっ、 あれ?!」


 ポケットに手を突っ込み捜索した後は、 マントをばさばさとする。

 それが終わると、 ブーツを片方ずつ脱いで逆さまにし、 何かを探していた。


「……あの」

「ちょっと待ってね!」


 制されてただただ、 キラは見守っていた。

 アジェルは慌てた様子であちこち探るが目当ての物は出て来ないらしい。

 小首を傾げながら続けること数分。

 思い出したと言わんばかりで、 てへ、 と笑ってみせた。


「……こっちだった」


 苦笑いを浮かべたままで、 ぱちんと指を鳴らした。

 ぱっと光が集まり霧散すると、 彼女の手には一通の手紙。

 古い封筒に入ったそれを丁寧に取り出して見せる。


「……ごめんごめん、 お時間取らせました」

「……アジェルさん、 それ」

「あぁ、 ホアルに直してたの忘れてて」

「ほある?」

「あれ、 知らない?〝ホアル〟って言うのは、 魔術で作られた空間の事。 持ち運べる物置、 みたいな感じ?」

「へー」


 表情の変化は今ひとつ無いが、 キラは感心したようにアジェルの説明を聞いていた。

 補足になるが、 この世界に置いて魔術の心得がある者は基本的には皆ホアルを習得し、 旅に出る時などはその空間にかさばる物を仕舞う。

 術者によってその利用方法や出し入れの仕方が違うのが特徴で、 魔力値によっても保管できる用量も違う。

 他者が干渉できない空間ではあるが、 基本的には無機物しか保管できない。


「ところで、 私の事はアジェルでいいよ。 敬語も丁寧語もやめましょ」

「……いや、 でも」

「じゃ、 私もキラって呼ぶから。 それでお相子ね」

「あ……はい」


 流れ行くまま、 アジェルのペースに乗せられるキラは、 再び彼女の手の中の手紙を見つめる。

 気付いてアジェルは軽く笑う。


「……これにはね、 これからが書いてあるんだよ?」


 道から外れたところで座るように促しながら、 自分も沿道脇に腰を下ろす。

 そっと手紙を広げると、 ぼんやりと字が浮かんできた。

 紙の右上には小さく紋様が描かれていて、 永続的にかけられた魔術だという証明だ。


「アルミス」

「……あれ。 アルミスになってる」

「最初は違ったんですか?」


 敬語は無しだと言ったばかりなのに、 と笑いながら、 アジェルは言った。


「んー……そうね、 最初はディフィアって書いてあったんだけど」

「ディフィアって、 南の?」

「そう。 ……キラは、 今まで何処か遠くに行ったことある?」

「アルミスの城下町くらいが一番遠く」

「そかそか。 じゃあ、 ディフィアまで行ったら大冒険だね」

「だ、 ……大冒険?」


 違和感を憶えた様に復唱したキラから視線を外して、 アジェルは手紙を撫でていた。

 彼女らが居る大陸は小さく、 国々がひしめき合っていると言っても良い。

 だが、 そんな土地でも北から南にかけての気候の差は激しかった。

 ディフィアとは、 そんな大陸の南の果てにある極寒の地だ。

 生命の息吹を感じない土地は、 どの種族も敬遠し近寄らない。

 魔物や獣の巣窟と化し、 生活など到底送れないだろう。

 ただ、 魔力値が高く古代の文明も其処には集まっていると伝え聞く。

 そんな言い伝えを信じて、 ハンター達がチャレンジするスポットの一つとしては名高い場所であった。


「……そうだよ。 大冒険」


 苦笑したアジェルの顔に、 影が差す。


「……」


 それを見はしたが、 深入りは良くないとキラは思い、 触れないでおいた。


「さ、 次の目的地も決まったから行こっか」

「……え、 早っ」

「なに?」

「いや、 …………なんでもない」


 一緒に歩みながら、 キラはぼんやりと空を見た。

 村にいた時に彼女が見ていた風景はいつも変わりなく、 それでも綺麗だった。

 けれど、 それは変化の無い物に見えていた。

 始まって間もない旅は、 彼女にとって、 それはそれは新鮮に映っていた。












 その日の夜は野宿だった。

 焚き火を中心にした一定の距離に結界用の護符を起き、 術を掛ける。

 文字通り底なしに物が出てくるアジェルのホアルに感心しながら、 その日は携帯用食料を二人で食べた。

 一息ついた頃には天高く月が昇って、 もうそろそろ深夜だと告げている。


「アジェル」


 そんな中、 就寝準備をしていたアジェルにキラが言った。


「なぁに?」


 呼ばれて火の近くに戻ってきたアジェルをじっと見ながら、 キラは続ける。


「……母さんとの約束って?」


 見つめる目は真剣だったが、 アジェルはふわりと笑って傍に寄る。

 遠慮なくキラの隣に座ると、 かさりと、 再び手紙を出す。

 昼間に出していた、 次の目的地を浮かび上がらせる例の手紙だ。


「私ね。 ライア様が亡くなった時に傍に居たの」

「…………」

「その時にね、 お願いをされたの」

「……お願い?」


 手紙を見つめるアジェルの横顔が、 真剣そのもので。

 ごくり、 と、 喉が鳴った。


「十年後にキラに会いに行く事。 そして、 ある場所に貴女を連れて行くこと」

「……それは……」


 キラは、 ライアが亡くなった様子は全く知らない。

 当時六歳だった彼女にはあまりに辛い事実だろうと言う大人の配慮だったからだ。

 兄のエイルには知らされていたが、 それでも詳細を知るのはその場にいたアジェルと、 数名の兵士だけだった。


「ある場所とは、 ディフィアの事」

「……」

「そのお願いを叶えるのは、 私とライア様の約束」

「…………母さんは、 オレに何をさせようとしてるんだろう」

「分からないけど。 とにかく、 私は貴女を其処に連れて行かなくちゃいけない」

「……約束だから?」

「そうよ? ……そんな理由で旅に出たのは、 嫌?」


 旅に出る事も、 ディフィアに行く事も。

 何処にもキラの意思は反映されては居ない。

 全ては十年前に決められた事。 アジェルとライアの約束だ。

 そうとわかって、 小さくキラが唸る。

 そんな様子をアジェルは、 不安げに見つめていた。


 ぱちぱち。 焚き火の音だけがしていた。


「……嫌じゃないよ」

「……ほんと?」

「うん。 ……ただ、 正直、 微妙ではあるけど」

「まぁ……そうだよね」

「でも、 母さんが……しかも、 死ぬ間際に言うくらいなんだから。 必ず意味がある筈だし」


 言葉を選んでいるように。

 ゆっくりと続いていく言葉を、 アジェルは聞いていた。

 急かさず、 ただただ、 彼女のペースに任せて。


「……」

「確かめる位、 しても良いと思う」


 そう言って、 うん、 と頷く。

 自分に言い聞かせるように呟いた言葉を聞くと、 キラの頭をアジェルがぽんぽんと撫でた。


「偉いね」

「……子供扱い?」

「そう言うんじゃないけど。 そっかぁ……」


 にこにこ笑うアジェルを相手に徐々に顔を赤くしながら、 抱えた膝に突っ伏す。


「照れてる?」

「……違う」

「そかそか」


 素直じゃないなぁと笑いながら、 アジェルは撫でるのをやめる。

 そして、 思い出した様に言った。


「キラ」

「……何」

「多分ね。 これから、 貴女は沢山のことを学ぶと思うの」

「……?」

「本当にいろんな事を学び、 いろんな事を知ると思う。 でも、 約束して欲しいの」

「……約束?」

「うん。 ……負けない事。 進んでいく事」


 いやに真面目に言うアジェルに気圧されながら、 キラは見つめる。


「……それは、 どういう……」

「何というか……そのうち、 教えるけど。 貴女の"本"には、 そういう物が書かれていくらしいから」

「……本?」

「とにかく、 約束して欲しいの!」


 上手く説明出来ないと付け加えて、 情けない顔でキラを見るアジェルに。

 キラは、 少し考えてから、 頷いたのだった。


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