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終焉 2





 女は、 不意に目を覚ました。


 誰も何も居ない部屋の中で、 祈るように手を組む。


「……目指す先が違うから、 戦わなくてはいけないけど……」


 目を閉じ、 ただ静かに呟いた。









「キラちゃんなら、 救えるわ」













 ワタシが生まれた時は、 まだ世界は不安定だった。

 それでも神はやる気に満ちていて、 自分達が夢見る世界の実現の為に試行錯誤していた。

 賢き指導者。 豊かな土壌。

 争いが起こらぬ様に、 平等に、 まるで揺り篭の様に、 箱庭の中を創り上げる。

 管理は精霊と呼ばれる者に任せ、 日々、 神は行く末を見ていた。

 しかし、 不思議なものだね。

 どれだけ整えられても、 ふとした瞬間に綻びが見つかる。


 ‘そんなつもりが無くても’、 本当に些細なきっかけで与えられた平穏は崩れさった。

 生き物達は、 争い、 奪い合い、 不安を抱えて生きていく。

 ワタシは、 そんな時間をずっと眺めていた。

 気が付けば、 ワタシはそういう物を食べて生きるモノになっていた。

 勝手に溢れ、 餌は絶える事が無い。


 けれど、 ワタシはある日、 己がそういうモノになったその意味に気がついた。



 それからは、 夢を見るようになった。

 ワタシがだよ。 笑えるけどね。


 ……神になりたい、 と思ったんだ。


 完璧な世を創造しようと思う。




 ‘もう嫌だ’と神が泣いてしまうから。




 嘆くことがないように。


 悲しむことが、 ないように。











 多少のダメージは与えられるものの、 それだけだったのに。

 突然、 それは変わった。


「……え!?」


 何度斬りつけても笑っていた彼女が、 初めて動揺した。

 右肩から左脇腹にかけて切り裂いた場所が、 初めて怪我として見えた。

 よろよろと後退していく。


「攻撃が、 効く?」

「……くっ」

「悪いけど……形勢逆転、 って感じかな?」

「ふふふ……でも、 これくらいが楽シイじゃないか。 オイデよ、 隊長サン」

「言われなくても」


 見開かれた目は、 それだけで何らかの魔術要素があるようだ。

 防護壁のようなものが、 ずっと僕の剣を受け止めていたが。

 段々と、 その壁も効力を失い始める。

 そして、 同時に。

 仕掛けられていた攻撃も、 今はさして妨害にもなりはしなかった。

 いける。


 今度こそ、 守るべき人を守る為に。


 防護壁が消え、 剣が届く。

 剣が鈍く光った気がした。


「……次で、 決める!」


 にたりと笑うその顔を見る事はもう無かった。

 印を結ばれるよりも早く、 宣言どおり、 一撃で。


「……ぐ、 ああぁぁああ!!!!」


 そのまま人間で言う心臓部分に剣を突き刺し、 彼女は、 砂となって消えた。















「魔力が急に落ちたな」


 くすりと笑うのはデスターだった。

 見下ろす先には、 ビィの頭が転がっている。

 何度斬りつけても再生を果たしていたビィの体が、 徐々に再生しなくなっていった。

 繋がらなかったパーツはそのまま砂になって、 散っていく。


「アジェルの魔力を得たと、 調子に乗っていたじゃないか」

「……」

「喋る気力ももう無い、 か」


 それじゃあ、 と、 振り上げた鎌を再び下ろす。


「もう、 休め。 ……じゃあな」














「……な、 に?!」

「え?」


 タリスマンの光が収まったと思ったら、 ビィがよろよろと後ろに下がった。

 なんだ?


「その、 力、 は」

「……」

「気持ち悪い。 ……気持ち悪い!!」

「っ」


 切っ先を受け止めたは良いが、 そのまま力勝負を挑まれる。

 防戦を続けていた所為か、 少し力が入りづらい。

 剣に術をかけているとは言え、 気の所為か、 魔力も急速になくなっているよう な……?

 気が逸れ油断したところに、 腹に蹴りを入れられた。


「う、 あっ」

「……寄越せ」

「……」

「寄越せ!!」


 吹っ飛ばされたオレの胸倉を掴んで、 片手で持ち上げられる。

 なんでこんな急に……タリスマンに反応示すなんて、 何故?

 襟元に付けていたタリスマンを引きちぎろうとした、 その時。


「キラ!」


 現われたキールが、 後ろからビィに斬り付けた。

 それはダメージとなり、 掴んでいた手が離される。

 だけど、 オレは床に落ちる事はなく、 デスターに受け止められた。


「……は、 っ」

「……捕まってんじゃねぇよ。 しかも、 大分力持って行かれやがって」

「ごめん」


 よろよろと立ち上がると、 ちょっとの間だけデスターが支えてくれる。

 今はキールとビィが対決中だ。

 けど、 なんでかな。

 さっき対峙していた時の考えが、 オレの中に満ちていく。


「……デスター」

「あ?」

「ビィが、 泣いてる様に見えるんだ」

「はあ?」

「……悪い感情ばかり、 食べすぎなんだよ。 染まっちゃったんだ、 多分」

「お前な。 この期に及んで、 なんでそんな」

「だって、 思っちゃったんだ。 しょうがない。 力、 貸してくれるよね?」

「……分かったよ」

「ありがと」


 心底呆れた顔に苦笑する。

 す、 と、 デスターの姿が消えて、 オレと同化した。

 足りなくなってた力が、 満ちていく。

 大きな力を受けて、 心がふわりと浮くような感覚に後押しされる。


「……ビィ!終らせてやるよ。 お前の嘆きを」

「……君達にワタシが倒せるカイ?」


 挑発するようなビィの笑み。

 最初ほど余裕がなさそうではあるが、 しかし。

 楽しげであるように見えた。

 距離を開け、 キールは剣を構え直す。

 オレも、 再び剣を構えた。

 二体一での攻防戦。

 戦いながら、 思った。


 こんな方法しか思いつかなかったけど。

 どうか、 これで悲しみが終わりますように。


 大きく距離をあけ、 言葉を紡ぐ。


「‘終わりと始まりの番人の力を今、 此処に’」


 目一杯の魔力を篭めて。

 ばちばちと、 閃光が走る。


「‘滅びと安息を司る者の力を持って、 絶対なる静寂を約束する’」


 共鳴して、 キールの剣も輝きだした。


「‘彼の者の嘆きに、 終わりを。 彼の者の生に、 永久の安息を’」

「おいで。 ……神の創造物達」


 駆け出すのは同時。

 そして、 互いの剣がビィを切り裂くのも同時だった。

 倒れていくビィの顔が微笑んでいるように見えたのは、 オレだけかも知れない。













「時が、 動いた」


 リアクトが、 目の前に出現した本を開く。

 真っ白な頁には、 ENDの文字が。


「……終わ、 り」


 光を放ち、 本が閉じられる。

 表紙には、 タイトルが刻まれた。


「ワールドクライシス……?」


 新たな本が開かれ、 リアクトは目を閉じた。

 生まれたばかりの本は、 新たな時代を彼女に見せる。

 戦火に包まれ灰と化した町に、 終わりを告げる様に花弁が降る。

 黒の靄に覆われていた時にあった人々の心の、 悲しみや苦しみ、 憎しみが靄と一緒に溶けていくようだ。

 花弁に触れ目に見えて消滅していく魔物達に人々は歓喜の声を挙げ、 生きている事を神に感謝した。


「……全部終わったの?」

「……みたい、 ですね」


 は、 と、 目を開け顔を上げた。

 彼女の前には、 金髪の少年が困ったように笑って立っていた。


「シャール!!」


 新旧の本をそのままカウンターに放置して、 シャールを抱きしめに行く。


「僕だけじゃなくて」


 ほら、 と、 扉の方を指すと、 創造主たちの姿。

 ふわり、 と、 着地して、 彼等は笑う。


「変えて、 くれたんだね」

「有難う。 ……子供達」


















「ん……」

「アジェル……様」


 ぼんやりと目を開ける。

 長い長い悪夢を見ていた気分。

 体が酷く重たい。

 軋んで悲鳴さえ挙げているのを感じながら起きると、 ハーティがぼろぼろ涙を零しながら抱きついてくる。


「……ハーティ、 ……様?」

「良かった……アジェル様ぁあああ!!!」

「え、 ……あ、 えと」


 どうなったんだろうか。

 記憶があやふや過ぎてどうしようもないんだけど。

 ぽんぽんと頭を撫でていたら、 よろよろとこちらに向かってくる人の姿。


「……あら」

「……おや」

「あ」


 エルフ二人の姿。

 あの、 クリスタルに居た人と、 ヴァルト?

 ちょっと違う気もするけど。

 ……無事に起きれたのね。


「起きたんだね」

「助かったようで、 何よりです」


 傷だらけの彼と、 支えながら笑う彼女と。

 わんわん泣いているハーティに囲まれて、 私はただ首を傾げるばかりだ。


「取りあえず、 ……終った?」


 説明は、 ゆっくり聞こうかな。

 痛む頭を押さえて周りを見てみると、 キールとキラの姿が無い。

 けれど、 きっと……心配する結末では無いだろう。

 彼等が帰ってくるのを、 待つ事にしようと思う。
























 倒れたビィの傍らに座り込み、 キラは悲しげに顔を曇らせた。

 少しずつ砂になっていくビィは、 そんなキラを見上げて苦笑した。


「なんでお嬢ちゃんが、 そんな顔をするノ?」

「……わからないけど。 ……悲しかったのかなと思って」

「ワタシが、 ですか?」

「うん」


 はは、 と、 力なくビィは笑って、 目を閉じる。


「馬鹿ですね、 本当に、 生き物は」

「……」


 けれど、 ぽつぽつと降ってくる涙に、 また目を開けた。


「ワタシは、 貴女が大事にしているモノを沢山傷つけた。 殺しもシタ。 そのワタシの為に、 君は涙すると?」

「やった事は、 許せないけど。 復讐したら終らないし」

「……」

「……きっと、 お前泣かなかったろうから」

「……。 ……」


 ビィは目を丸くして、 何か言い掛ける。

 けれど、 それは音にはならず、 暫し沈黙がやってくる。

 彼等の後ろでは、 再び姿を現したデスターとキールが困惑したようにしつつも様子を見ていた。


「普通、 喜ぶでショウ。 青の君も、 これで助かるのだカラ。 その為に戦ったんでしょう……?」

「そうなんだけど。 ……うん、 そうだな。 変なの」

「ほんと、 変ですヨ。 ……でも」


 首の下までが、 砂になって散っていく。

 ビィは最期に、 またにんまりと口角を上げて笑うと。


 ありがとう。 と、 呟いた。












「わぁ……」


 洞窟の外。

 久しぶりに自分の足で立つアジェルは、 ぐっと伸びをする。

 気持ちの良い風が吹いていく。

 彼女の後を追って、 ハーティが走ってくる。

 並んで立つのは、 洞窟を離れて少しした位置。

 入口には、 エルフ二人が壁に寄りかかって座っていた。


「……あ!」


 遠くに人影を見つけ、 アジェルはまた駆け出す。

 向こうも、 気づいて駆けてくるようだ。


「キール!」


 勢い良く走り込んできた彼女を抱きとめて、 キールは感動に打ち震える。

 アジェルは、 そんな彼の背をぽんぽんと叩きながら、 労っていた。

 その状態のまま、 キラとデスターに声を掛ける。


「キラちゃん、 デスターも、 お疲れ様」

「もういいのか? アジェル」

「ええ。 まだちょっと調子悪いけど。 ハーティ様とクレシェさんのお陰で」

「……しぶといな」

「煩いよ、 デスター」


 はは、 と皆で笑いあう。

 見上げる空は、 晴天。 抜けるような青空が広がっている。


「終ったんだな」


 ぽつりとキラが呟けば、 そうだな、 とデスターが返した。

















 ユーダ国の巫女が、 神託を受けた。

 南で、 また戦いが始まると。

 そして南の果ての大地から、 戦いが終った。

 世界には魔が溢れ、 また同時に、 生ける者達の間では不信感や不安が募っていった。

 国々は門を閉ざし、 滅ぼされた国の姿を自国に置き換え、 自身の防衛に努めた。


 世界の人々は、 誰も此度の戦いが起きた理由を知らない。

 世界を見守ってきたモノが、 生けるものに可能性を見出せなくなり起こしたなんて。


 世界の人々は、 誰も此度の戦いが終った理由を知らない。

 最愛の肉親を奪われ、 仲間すら瀕死に陥った状況下でも、 元凶であるものを許した存在があったなんて。


 世界を覆っていた暗雲は晴れ、 魔物は消えた。

 降りしきっていた雨の代わりに、 世界には色とりどりの花びらが降る。

 終った事を祝福でもされているかのように幻想的なその光景は、 後の世にまで語り継がれる事となる。

 そうして、 初めて皆は知る。 戦いが終ったことを。

















 物語は一つ、 終わりを迎えた。


 そしてまた、 新たな始まりの時を迎える。


 次に紡がれる物語は、 一体どんな終わりに向かって始まるのか。

 それは、 まだ誰の知るところでもない。

 けれど願わくば。

 かつて誰かが願ったように、 幸せな物語になるようにと祈るばかりである。



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