リベンジ 4
答えはまだ出せないけど。
だけど、 戦うと決めたんだ。
大切にしているモノを失いたくないから。
入口に居た魔物を押し切りそのまま外へ出ると、 雪原の中に黒い靄が発生していた。
しゅうしゅうと音をさせて吹き出す様は、 間欠泉に近い。
吐き出された靄は形を成して動き出す。
鳥らしい物も居れば、 獅子の様な物も居る。
かと思えば、 武器を携えているような人型の物も生まれていた。
だが、 時間が経てば経つほどに数は増える一方だ。
観察を辞めて、 イリアスは駆け出した。
きぃん。
獅子の爪と剣がぶつかり、 高い音がする。
爪で引き裂かんと迫り来る獅子を相手に、 一歩踏み込む。
ざん、 と音がして、 獅子が切り裂かれた。
その身体は雪の大地に沈む事無く、 霧散する。
向かってくる物、 手近な物を片っ端から切り裂いていく。
確実に、 的確に仕留めていった。
けれども何体倒しても、 まだまだうようよと湧いて来る。
イリアスはうんざりしながらも、 だが、 洞窟からある程度の距離を保ったまま動きはしなかった。
「しかし、 減らないな……」
苦笑しつつ、 手早く印を結ぶ。
風が巻き起こった。
「‘地獄の業火よ、 此処に来れ。 我が敵を焼き付くし、 塵へと返せ’」
炎が彼の眼前を埋め尽くす。
雪原が、 一瞬にして火の海へと変わる。
熱い風が吹き付け、 ほんの僅かな間だけ視線を外した。
それと、 右側を殴られたのは同時だった。
「っ……!」
酷い衝撃だったが、 倒れ込むこと無く踏み止まる。
返す刀で反射的に攻撃を仕掛けると、 其処に居た何かは切り裂かれ形を失った。
熱く、 がんがんとする頭部に手を触れると、 ぬるりとした感触。
手にべとりと付いた血を見て、 舌打ちをした。
「……やっぱり不便だな」
それでも剣を構えなおす。
やはり敵は減ったようには見えない。
うようよと迫り来る群れをどう攻略すべきか考えたのも束の間。
「……また、 怪我をして」
「……?」
聞こえてきた声に、 彼が振り返る。
視線の先には、 印を組むクレシェの姿。
「‘神の剣。 聖なる光の刃。 誉れ高き武人の武具達よ。 我等に害なす者を滅せよ’」
「……うわ」
スペルが終ると同時に、 天空から輝く武具の群れが降ってくる。
無数のそれらは容赦なく魔物達を突き刺し、 一瞬にして塵にしてしまった。
減らないように見えた群れに、 ぽっかりと穴が開いた。
突風に吹き付けられながら、 イリアスは呆気に取られて彼女を見た。
「……クレシェ。 ハーティと一緒に、 あの子を任せただろう」
「ハーティさんの方には結界を張って参りましたから大丈夫です」
「しかし」
「私の結界は、 例えビィにだって破れやしませんからご心配なく」
「いや、 そうじゃなくて」
「それより、 また怪我をして! ……大丈夫ですか?」
駆け寄る彼女は、 問答無用で回復魔法を施した。
すぐさま傷はふさがり、 血の跡だけが残っていた。
呆気に取られながら処置を受けていたイリアスだが。
クレシェのペースになっているな、 と、 彼が一人笑って、 また剣を握り締めた。
「クレシェ。 何で来た」
「……貴方を一人にしてしまうのが嫌だったからです。 貴方ばかりに負担を掛ける訳には参りませんし。 ヴァルトがもう居ないなら、 隣を守るのは私でしょ?」
「……」
「さっさと終らせて、 ハーティさん達のところに戻りましょうね。 その目も治療しませんと」
「…………知ってたのか?」
「当たり前です。 百年も共に過ごした私に隠せるとでも御思いですか」
きっぱりと。 そして不機嫌そうに言ってのけるクレシェにまた、 イリアスはやれやれと息を吐く。
けれど、 その顔は何処か楽しそうなものだ。
「……そうだね。 じゃあ、 サポート頼むよ」
「お任せください」
そう言葉を交わした後、 ふと、 彼は空を見上げた。
どんよりと重い空は、 雨が降り出しそうだった。
二人が、 洞窟前で攻防戦を繰り広げていた頃。
丁度、 キラ達も戦闘が始まろうとしていた。
空が暗雲で覆いつくされ、 雨が降り始める。
天はごろごろと鳴り、 今にも雷が落ちてきそうだ。
そんな中。
三人は、 呆然と眼前を見詰めていた。
「……」
「……」
「……言ったとおりだったな」
城門を抜けて直ぐ遭遇した光景に、 二人は絶句し、 デスターはあから様に嫌な顔をした。
視界を埋め尽くす程に沢山の魔物の群れは、 それだけでやる気を削ぐ存在となったからだ。
けれど、 進まなければビィには会えない。
「……立ってても仕方ないし」
「行こうか」
二人が、 剣を抜く。
それが合図となり、 魔物達は侵入者を認識し、 襲い掛かってきた。
デスターはちらりと空を見、 溜息を吐く。
「嫌な天気だな」
出現させた大鎌を手に、 二人の背を見た。
「デスター!」
「わかってるよ」
雷鳴が轟く。
急速に気温が下がり始め、 人々は寒さに震えた。
北の果てのアルミスとて例外では無い。
数十年振らなかった雪が観測され、 異常気象に見舞われた。
魔物達の悪戯な殺戮でダメージを受けていた所にこの気候。
人々は、 すっかりと気力を失いかけていた。
「……ねえ、 エイル君。 キラちゃん達は大丈夫かな」
イルを出て、 ティルア城に来ていたぺルナが呟いた。
アルミス国では、 城下町全体を避難所とし、 近隣の村々から人を集めていた。
同時に自警団を形成し、 一番隊と共に街の警備に当たっていたのはキラの兄エイルだった。
本人の志願と、 剣術の腕前を買われた事もあったが、 何よりライアの息子である。
女王直々の命を受けて、 任務に着いていた。
ペルナは元々城で働いていた事があり、 彼女もまた魔術師としてアルミスを守る役目を任されている。
厳戒態勢な日々の中、 久しぶりに顔を会わせた。
「大丈夫だよ」
エイルは力強く言い、 笑い掛ける。
ぺルナは、 以前の戦いを思い出していた。
暫く悪天候が続き、 最後は大雨が降った時。
大好きな親友が戦場へ赴き、 自分は待つしか無い状況。
そして、 伝えられたのは、 戦いの終焉と親友の死。
「……有難う」
舞台は同じ。
役者を次の世代に変えて、 同じ演目が上演されようとしている。
次の結末は、 どうなるのか。
また同じなのか。 違うのか。
ぺルナは不安で仕方が無い、 と言った様に隣のエイルを見上げた。
「……不安?」
「うん」
「ぺルナ……信じ続けようよ。 皆が無事だって」
「……うん」
「エイルさん!」
そんな二人に、 兵士が一人駆け寄る。
「どうしたんですか?」
「……大変です! 街に魔物が」
「わかりました。 直ぐ行きます」
走り去る兵士を見、 それからエイルはぺルナに笑い掛ける。
「じゃ、 僕も行って来るね」
「気を付けてね。 怪我して帰ってきたら承知しないんだから」
「わかってるよ」
「……いってらっしゃい」
「いってきます」
へらり、 と笑うエイルを見送り、 ぺルナは再び窓を見た。
降りしきる雨と、 鳴り響く雷鳴の向こうを見つめ、 そうして彼女は手を組む。
皆が無事であるようにと、 祈りを捧げるように。
「一度目は、 譲ったケド。 今度ハ、 本気でいくヨ?」
に、 と、 笑うのはビィだった。
「力試しと行こうジャないカ」
空を凪ぐように腕を動かせば、 其処からまた黒い靄が生まれ、 形を得る。
蠢くそれらは姿を消し、 キラ達の元へと向かった。
「戦おうヨ。 約束ダッタものね?」
楽しげに、 声を響かせ彼は言う。
「無力さニ嘆く事が無い様に。 世界に絶望スル事が無い様に。 ワタシが、 全て消してあげル。 ……殺してあげる。 壊してアゲル。 嘆いてばかりのコンナ世界など、 要らないんだ」
「……アジェル様?」
冷たいアジェルの手をずっと握って術を掛けていたハーティは、 不意にアジェルを見つめた。
血の気の失せた顔は、 白く。
長い睫の影が落ちて、 儚く弱く、 消え入りそうな印象を強くした。
「……力、 が」
手を握る、 ハーティの手が震える。
呪詛の文様が、 彼女の体を覆いつくした瞬間を目にした。
それは同時に、 アジェルの魔力が尽きたことを示す。
普通の人間ならば、 魔術が尽きたくらいでは死にはしない。
そうやって希望を得たかったが、 アジェルは違うと巫女は痛感していた。
魔力の強すぎる物は、 心と……ひいては命と密接に繋がっている。
心が壊れてしまうと、 体は生きる事を否定する。
命を放棄してしまう。
「…………諦めちゃ駄目」
涙を溜めた目で、 けれども、 唇をかみ締めきゅっと真一文字に結ぶ。
ふるふると頭を振ると、 ハーティは再び術の詠唱を始めた。
倒し、 霧へと返した闇が、 あたりを埋め尽くしていた。
一体どれくらい剣を振るっていたのだろうか。
長い長い時間だとさえ錯覚する様な、 そんな戦闘を一先ず終えて、 彼等は城の中へと進んでいた。
謁見の間に続く、 大きな扉が開かれる。
炎の灯されたランプが並び、 明るいその広間の先。
崩れたクリスタルの柱、 朽ちた赤い絨毯が続く向こうに、 王座に座るビィの姿があった。
「……イラッシャイ、 お客人」
「……ビィ!」
キールが叫ぶ。
彼はあれだけ長い間戦闘を繰り広げたにも関わらず、 小さな傷を幾つか負った位だった。
キラも怪我らしい怪我は無く、 デスターに至っては怪我すらしていない。
それは生み出された魔物達が殺す事を目的とせず、 邪魔をする事を目的としていたせいかも知れない。
あわよくば、 と思っていたビィは明らかに残念そうな顔で肩を竦めた。
「長も、 君も、 隊長サンも。 ヨウコソ、 この城へ。 案外無傷でがっかりダヨ」
「……余裕だな、 相変わらず」
デスターが笑う。
被っていた王冠を捨てて、 ビィはゆっくりと彼等に向かってくる。
「お褒めに預り光栄デスよ。 ……サア、 勝負をしてあげよう。 約束ダッタから」
「……有難いよ。 その為に来たのだから」
睨むキールの目に、 殺気が篭る。
「良い顔だね。 そういうのは好きだヨ」
「ふざけるな」
「はは……まあ焦ラズに。 少し話をしまショウ」
にたり。
口角を上げ笑うビィが、 動き出す。
ゆっくり、 ゆっくり階段を下りてくる。
「人間達。 君等は何ゆえに、 ワタシに戦いを挑むんダイ? 大切なモノを奪われた、 その復讐? マサカ、 世界の為とかいう正義感? ワタシを殺せば終るのか。 ワタシだけのせいなのか。 永遠に続く殺戮のループ、 考えたことアルかな」
「……」
「長よ。 貴方を創った神はどうして、 コンナ世界に希望を持つのか。 いつか幸せに、 なんて、 コンナ世界でなるワケ無いのに。 一掃しようと思った事はナイ? 消シテしまいたくなった事はナイ? 滅びを司る貴方は、 それが出来る筈ナノニ。 どうして今までしなかった? どうして、 しようとしないんだい? どうして、 貴方もワタシを無くそうとする?」
ビィは、 にたりと笑ったままに、 そう告げる。
誰のなんの回答も求めていないようで、 言うだけ言ってしまうと彼は大きく手を広げた。
芝居がかったその動きは、 まるで開演を宣言するストーリーテラー。
そして、 現れるのは赤い魔方陣。
戦いの火蓋は、 今、 斬って落とされた。
夢の終わりが近づいている。
私-僕-が
見た夢の終わりが近づいている。
怖い夢。
悲しい夢。
幸せな夢を見たくて、 創ろうとして、 失敗して。
結果、 創った世界から失うモノが沢山で、 それが嫌だと泣いていた。
……ねえ、 でも、 私は思うの。
……そうだね、 僕も思うんだ。
私-僕-達の見た夢は
いや、 違う
私-僕-達の存在は、 必要かな?
創造物達が、 夢を変えようと、 世界を変えようと頑張っている。
事実、 変わり掛けている。
変わる事がないと思っていた、 価値観が変わった。
相容れない存在だった筈のものが、 協力をする。
変わっていけるんだね。
もう、 私-僕-達は見ているだけで良いのかも知れない。
この時代。 この本も、 悲しい物語だったけれど。
私-僕-達は、 可能性を見つけたよ。 可能性に、 気づく事が出来た。
ねえ。 黒の子供も救ってあげて。
嫌われ続けるのは、 可哀想だ。
アレはきっと、 私-僕-達のもう一つの姿。
夢に生きる者が、 苦しむ事が可哀想で。
戦いが怖くて、 悲しくて。
嘆いてばかり居た、 私-僕-達が作り上げた、 もう一つの姿。
ライアは、 世界を愛せる人だったから、 救えると思ったけど。
黒の子供の存在は、 彼女を許さなかった。 殺してしまった。
御免ね、 ライア。 ……御免ね。
君の子供は、 大丈夫だろうか……。
彼女は、 黒の子供と戦う意思を示した様だよ。
戦いの先には、 何があるかな。
それで、 あの子供は救われるかい?




