リベンジ 3
君にならば託せるだろう。
守りたい物を守れる様に。
戦う術を、 君に託そう。
大切なモノを、 失くさないように頑張ると良い。
「……それで、 提案と言うのは」
ぱちぱちと、 炎が鳴る。
勝負が終って、 再び洞窟。
キールはクレシェに散々怒られた後のイリアスを訝しげに見ながら、 話を切り出した。
ちなみに怒られていた理由と言うのは、 要約すれば簡単で。
すぐ実力行使に移るのはやめなさい、 という事だった。
本人は否定したが、 これではハーティに母親と言われても仕方ないのかも知れない。
それらをキールだけが何事も無かったかの様にさらりと流し、 話を進めた。
「ああ、 そう……それで」
「……」
「人間の力じゃ、 ……と言うか、 物理攻撃だけじゃビィに傷は負わせられないと思う。 実際、 首落としても何回も復活しているし。 君、 見たところ魔力の要素ゼロみたいだからな」
きっぱりと言い放たれて、 キールは気まずそうに目を逸らした。
「……まあ、 そうなんですけど……」
「見た目純血のエルフかと思ったのに……違いますものね」
「ハーフでも無さそうだしな」
まじまじと見詰めるエルフ二人の視線を居心地悪そうに受けながら、 彼は胸に手を当てる。
この世界では、 人間以外の種族は基本的に同じような色を持って生まれる。
エルフ族は金髪で碧眼である者が多いし、 ダークエルフは髪も目も黒である。
人間は環境への適応能力が高い分、 土地のエネルギーに染まりやすく髪はその最たる物。
目は色々な要素を持って変化をする。
キールはたまたま色味的な要素がエルフと同じだっただけ。
耳の長さが違うだけで、 キールとクレシェの外見は然程違いは無い。
だが本人はそれを気にしているらしく、 しかもクレシェまでそれに参戦したとあって、 がっくりと肩を落とした。
「……で、 話はそれたけれど」
「……」
「君のその剣に、 魔力を入れてあげるよ」
「…………魔力、 を?」
はい、 と、 剣を手渡す様に催促され、 困りながらも鞘ごと差し出した。
イリアスはそれを受け取ると、 鞘から剣を抜き出し、 その刃に触れる。
「魔術の要素が無くても、 力を使えるようにしてあげよう」
「……そんな事、 可能なんですか?」
「細工をするのは得意なんだ」
イリアスは苦笑しながら、 キールを見た。
「ただ、 君は物凄く疲れるけどね。 何かを得る為の代償だ。 構わないだろう?」
「……それで、 ビィに対抗できるんですね」
「ああ」
「じゃあ、 ……お願いします」
「了解した」
それじゃあ、 と息を吐き、 彼は作業に入る。
『剣よ、 応えよ』
イリアスが小さく呟くと、 ふわりと風が起こった。
剣が薄い青の光を纏い始める。
「クレシェ。 彼には何が合うかな」
隣に居る彼女に尋ねる声は、 何か楽しげだ。
応えるべくしてクレシェは、 じっとキールを見つめた。
「地と水の力が宜しいかと」
「……では、 見立て通りに」
イリアスが目を閉じる。
抜き身は次第に青く青く輝きだし、 剣の中央を蔦のような文様が走る。
「ああ……大事な事を聞き忘れていた」
「……はい?」
「君は、 何の為に剣を振るう?」
尋ねるイリアスは、 目を閉じたまま。
キールはちらりとアジェルを見、 一瞬優しげに笑った。
「大事な者を守る為に」
「……騎士気質だね」
「騎士ですから」
そんな彼の回答に、 イリアスは小さく笑った。
「……意思、 技量ともに申し分ない。 君なら良いだろう」
興味深々に見つめるキラとハーティが、 感嘆の溜息を吐く。
『誕生の海と、 母なる大地の力を授けん』
輝きを増す剣に、 文字が幾つも浮かんでは消える。
クレシェが、 黙って傍に控えていた。
『汝が主の意思は鍵。 呼応し、 主の力となれ』
強い光が場を満たす。
一瞬で引いた後は、 ただ、 ぼんやりと輝く剣があった。
「エルフさんのスペルは独特なのですね。 唄みたい」
「古い言葉ですけれど、 綺麗でしょう?」
感心したようにハーティが呟くと、 クレシェはにこりと笑った。
「はい、 返すよ」
「……有難う、 ございます」
帰ってきた剣は次第に光を弱めていき、 元に戻る。
伺うようにイリアスを見れば、 それで良いと苦笑した。
「君の意思の強さで、 力を纏うようにしておいたから」
「……というと」
「守りたい者の為に戦う時だけ、 ってこと」
「……ぐ、 具体的には」
「……これは、 魔術が使えないと感覚が分からないと思うけど。 多分、 意識すると出来ないだろうし、 君は出来てるから難しく考えなくていいよ」
「……わかりました。 有難う御座います」
戻ってきた剣を抱え、 キールは深く深く頭をさげた。
「きちんとお礼が言えて偉いですね」
にこりと笑い掛けるクレシェに褒められて、 キールが珍しく慌てる。
人間面子の中では一番年上であるにも関わらず、 子供扱いを受けた事に動揺しての結果だ。
そんな様子を若干むっとしたように見たのはイリアスだったが、 周りが察せる程大きな動作ではなかった。
こほんと咳払いをし、 イリアスはキールを見る。
「……同行できずに、 すまないな」
「……いえ。 僕等の戦いにあなた方を巻き込みはしませんし、 こうして協力して頂けただけで十分です」
真顔で言うキールだが、 言われてエルフ二人は苦笑した。
「全く、 君達ときたら」
「時代は変わるものですね、 イリアス様」
「……そうだね。 昔は僕を見たら殺そうとしてくる人間ばかりだったのに。 揃いも揃って、 皆逃げろと……。 ……本当に、 変わるものだ。 たった十年だろう? こんな世なら、 嫌にもならないな」
初めは苦笑だったのが、 今は笑いをこらえながら目に若干涙すら溜めたイリアスが居る。
キラ達が顔を見合わせる中、 イリアスは笑い続け、 クレシェはそんな様子を楽しげに見ていた。
暫くそうした後、 仕切りなおすようにまたこほんと咳払いしてみせた。
「笑ってしまってすまない。 ……キラにも言ったんだ。 やられっぱなしで引き下がれないって。 だけど、 行けないから。 だから、 君に提案した。 ……後、 君等が不在の間、 彼女は僕等が守るよ」
「……ほんとですか?」
「ああ。 これだけ魔力取られて瀕死なのに、 まだ生きている。 強いな、 この子は。 だけど、 根こそぎ奪われてもまだ生きているなら、 また狙われる可能性だってあるから。 落ち着いたとは言え、 動かせる訳でも無いし」
「ええ。 ……私も、 アジェルさんは動かすべきでは無いと思います。 ハーティさんも残っていただけると有難いのですが……如何ですか?」
突然の指名ではあったが、 ハーティはこくりと頷いた。
「私も、 戦闘が起こると足かせにしかなりません。 此処で、 お二人をお待ちしております。 ……アジェル様の事はお任せ下さい」
「分かった。 お願いするよ」
「はい!」
にこりと笑ったキールと、 ぽんと優しく頭を撫でたキラに笑顔を向けてハーティは頷く。
任せてくれと言わんばかりに拳を握ってみせた。
「キール。 皆が居るなら、 オレ達はビィの所へ行こう」
「……あまり休んでないだろう?平気かい?」
「大丈夫……じっとしてても仕方無いし。 行くなら早い方が良い」
元よりそのつもりだったのだろうか。
キラは疲れも見せずに、 しっかりと頷いた。
キールはそんな彼女を見、 自身もまた決意を固める。
「お二人とも、 お気をつけて。 いってらっしゃい」
言いながら、 ハーティはぽん、 と彼等の腕に触れた。
ふわりと風が起きた気がしたが、 気に留めたのはクレシェくらいだった。
「アジェルの事、 お二人にもお願いします」
「お任せください」
「……ああ。 君達は、 奴を討つ事だけに専念すれば良いよ」
「じゃあ」
「あ!待ってください」
立ち上がり、 行きかけた二人をクレシェが止めた。
ゆっくりとした動作で近寄り、 優しげに笑い掛ける。
「イリアス様程実用的ではありませんけど、 私からはお二人に御呪いを」
「御呪い、 ですか?」
首を傾げるキールの額に、 クレシェの指先が触れる。
キラにも同じ様に施し、 触れた手を胸に前で組むと目を閉じた。
『この子供等に、 祝福を』
言葉は力となり、 彼等に刻まれる。
キールはにこりと笑い返し礼を告げ、 キラは、 一瞬きょとんとしていた。
そして、 同時に彼女の服の襟元にあるタリスマンがほんのりと輝いた。
クレシェはタリスマンを見、 そして、 自身を見つめてくるキラを見た。
「……キラさん?」
「はい」
「どうかされました?」
「いや旅に出た時に、 同じ言葉を掛けて貰った事があったからびっくりして。 ……有難う御座います」
「……同じ言葉?」
「はい。 ……エルフの人がよく使う御呪いなんですか?」
尋ねられて、 クレシェは優しげにまた笑った。
「……ええ。 そんなようなものです。 ……お引止めして御免なさいね?いってらっしゃい。 御武運を」
「サア、 おいでよ。 皆で遊ボウ」
謁見の間の玉座に座り、 ビィは言った。
何処からひっぱり出して来たのか、 王冠を頭に乗せて遊んでいる。
「リベンジに燃える、 その心。 良いネ」
にたりと笑って見せる。
暗い城内で、 彼の目が光った気がした。
「自分で動けないカラって、 彼に復讐させようなんて浅まシイ。 みぃんな、 復讐の為に戦ってるんじゃないか。 ああ、 でも良いヨ。 そういう黒い感情、 大好きダヨ」
あはは、 と、 楽しそうに笑い転げる。
一頻り笑うと、 ふと、 思い出したように玉座から離れた。
被っていた王冠も放り投げ、 マントを翻して部屋を去った。
「長も、 コッチに来るみたいだし。 お出迎えをしなケレば」
場所は変わって、 古城前。
多少の休憩を挟みながらではあるが、 強行軍で此処までやってきた。
吹きすさぶ風の冷たさに、 既に身体は麻痺している。
けれど、 これから踏み込むと言う気持ちの高ぶりのお陰か、 心臓は煩く鳴り響く。
「‘デスター’」
そんな中。 キラは、 手を胸の前に出して彼を呼んだ。
ぽっと、 雪原に光が生まれる。
その光はすぐさま人型を形成し、 物凄く不機嫌そうな顔をしたデスターを登場させた。
「……酷い顔」
「……煩い。 遅いんだよ。 呼ぶのが」
「そんな風に言われても。 ……な?キール」
「そうだよデスター。 こっちも色々あったんだよ」
まあまあと仲介に入るキールに、 デスターはやはり不機嫌そうに明後日の方を見る。
キラの認識では二人が顔を合わせるのは二回目。
前回はアジェル達を運んだ時だったと記憶している。
にも関わらず、 少々疑問が残る様子でキラが首を傾げた。
「……知り合い?」
「知り合いっつーか」
「顔見知りくらいだね」
交互に回答されて、 キラは益々もって首を傾げた。
「……契約なしでそんなしょっちゅう出てこれるのか?」
「……シャール経由で話をしてる時に、 俺とそれがそれぞれ近くに居ただけだ」
「ふぅん?」
「それって酷いな」
「いいだろ。 別に」
どんな状況だったのかピンと来ない様子のキラだが、 詳しく説明をする気は二人とも無いようだった。
そのまま流してしまうと、 デスターは面倒臭そうに頭を掻いた。
「で。 漸く行くのか」
「うん」
「城に、 リベンジしにね」
「……リベンジとはよく言ったな。 お前じゃ……。 ……お?」
眉根を寄せて何か良いかけたデスターだが、 キールの腰に吊ってある剣を見、 にっと笑った。
「対抗策をもらったんだな」
「分かるのかい?」
「当たり前だ。 ……あのダークエルフか?」
「正解」
「……ふぅん。 ……なんだ、 随分仲良くなったんだな」
なにやら上機嫌でうんうんと頷くデスターをよそに、 二人は揃って眼前を見据える。
古城には黒い霧が立ち込め、 より一層不気味さを増していた。
最初に来た時はよく見なんてしなかったが、 ちゃんと見るとおどろおどろしい。
「……それで? これからどうするんだよ」
に、 っと笑ったままデスターが尋ねる。
来いと言われ赴いた以上、 策など不要。
最初もそうだったが、 正面突破あるのみと二人はデスターに笑い掛ける。
「面倒な事は最初からしないつもりさ」
「正面から乗り込む」
「……成る程。 話の早いこって」
ちらりと城を見、 デスターは溜息を吐いた。
「一応、 忠告じゃねえけど」
「……何?」
「アジェルの魔力を取り込んで、 アレはまた力を増している。 生み出された魔物がうようよしてるから、 覚悟決めていけよ」
「……うん」
こくりと頷くキラの隣で、 キールはぐっと目を閉じた。
「デスター」
「なんだ」
「ビィは倒せるかな」
「いけるだろ。 攻撃する最低条件は揃えて貰ってんだから。 出来なかったら、 お前等の技量不足だ」
彼は二人を交互に見、 それからくつくつと笑う。
キラがむっとしてデスターを見れば、 彼はひらひらと手を振って苦笑に変えた。
「お前等。 なんか、 沢山守護付けて貰ってるしな」
「……クレシェ殿が、 御呪いと言っていたけど。 それかな」
「や。 それもあるけど。 違う力も貰ってる。 それだけやりゃ、 問題ないだろ」
楽しげに笑うデスターの意図が分からず、 はやり二人は顔を見合わせた。
「あ。 後な」
「……なんだよ」
「アレは、 本体が別にあるみたいだ」
さらりと言ってのけたデスターに、 二人はかくりと首を傾げた。
「そういえば……前に、 次は実体で相手をしよう、 といわれたけど」
「……え?」
キールがぽんと手を打つと、 キラはますます難しい顔をした。
「首落としても死なないし。 まあ、 次元が違う生き物なんだけどな。 猫みたいな、 ……人間型じゃないのが多分、 本体だと思ってんだけど」
「でも、 アルミスの時にその姿で、 さっきの台詞を言われてるよ?」
「使い魔か何かだったんじゃねぇかな。 だから、 実体、 なんて言い方したんだろ」
「……という事は、 アレを倒せばいいんだね?」
「多分」
男二人でさくさく話が進むのを、 キラは挙手して止めた。
「……なんだよ」
「話がさっぱり見えないんだけど」
「だから。 ビィは本体を攻撃しないと意味が無いって言ってんだ」
「……ふぅん」
「なんだその生返事」
「……や、 だって」
「兎に角。 行けば全部わかるだろ」
キラとキールが立ち去って暫く、 アジェルに回復魔法を施しながら時間は過ぎていく。
イリアスは何かあった時の為に、 仮眠を取ると言って眠ってしまった。
眠ると言っても横になる訳では無く、 壁に寄りかかった状態で器用に眠っている。
そんな彼の傍に座りながら、 クレシェはハーティに尋ねてみる。
「……何か、 お二人に術を掛けたでしょう?」
尋ねる声は、 楽しげだ。
わくわくしている、 と言うのが正しいかも知れない。
聞かれてハーティは、 驚いたように目を丸くした。
「お気付きですか? ……絶対ばれないと思ったのに」
「たまたまです。 それで、 あれはどういう?」
「増長の意味合いを持つスペルを」
「詠唱無しで出来るんですね」
凄い、 と、 きらきらした目で見れば、 ハーティは照れて笑った。
けれど、 そんな和やかな時間は直ぐに壊れてしまう。
「……」
ざわりとした気配を感じ、 彼女等は揃って入口を見た。
ざわり。 ざわり。
少しずつ、 黒い靄が集まっていく。
丁度、 ビィが現われた時のように。
「……イリアスさんを……」
「……はい」
クレシェに起こされイリアスが目覚めると、 入口の方は黒く蠢めく何かに埋め尽くされようとしていた。
起き抜けではあるが、 睡眠が浅かった所為か彼はすぐさま剣を携え蠢く何かの元へと向かう。
「僕一人では、 ちょっと骨が折れるかもね」
苦笑しながら、 それでも余裕な表情ではある。
「二人は、 その子を頼むよ」
「……イリアス様、 お一人では」
「大丈夫だ。 心配要らない」
駆け出してくる魔物に向かっていく、 イリアスの背を見つめていた。
洞窟から出てしまったのか、 彼は視界から消えてしまう。
はっと気づくと、 クレシェは回復魔法とは違う印を二つ大地に結んだ。
「ハーティさん。 アジェルさんの回復は、 貴女がメインでお願いしますね?」
「え?」
「私は、 皆様のサポートを受け持ちますから」
にこりと笑い、 クレシェは術を完成させる。
大地に刻んだ術は、 彼女等を守る障壁となるもの。
そして、 ハーティの術の強化を図るものだ。
「貴方達は、 私共がお守り致します」
「……クレシェさん?」
「人間って、 不思議ですね」
「?」
「つい先日まで、 好きじゃなかったんですけど。 今はとても愛しく思う」
「……」
「起きてから、 そんなに時間は経っていないはずなのに。 おかしいですね」
ぽん、 と、 印の上に手をつくと、 そのまま印は光りだす。
発動させた術は、 特殊な防護壁となりハーティとクレシェの間に出現した。
「イリアス様と私を助けてくれて有難う御座いました」
「……!」
「ちょっと心配なので、 私も行って来ますね?」
「でも……そんな」
「大丈夫。 危険な真似はしませんし、 アジェルさんも、 少し安定したとは言え心配ですもの。 あちらで全部終らせますが……ハーティさんには刺激が強い光景でしょうから、 目隠し、 ですわ?」
ぱちり、 と可愛らしくウインクして見せたクレシェに、 ハーティは何も言えなくなってしまった。
くすりと笑い、 クレシェはその場を後にする。
それを最後に、 視界は完全に閉ざされてしまった。
残されたハーティは不安に思いながらも、 彼等を信じて待つ事にすると決めた。
「……アジェル様」
アジェルの手を握り締め、 ハーティは目を瞑る。
「私も頑張ります。 ……必ずお助けしますから」




