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リベンジ 1

 終らない。


 終ワラセナイ。





 まだ、 目的は果たされていない。
















 デスターが神界へと戻ると、 いつもにも増して静まり返っていた。

 元より賑やかな場所では無いにせよ、 不自然さを覚える程だ。

 自身の仕事場にしている場所を抜け、 廊下を進む。

 そうして、 たどり着いたのは図書館だった。

 此処に至るまで何の気配も感じない事に胸騒ぎを憶えて、 彼は怪訝な顔をしたままで扉に手をかけた。

 ぎぃ、 と金具の鳴る音がする。


「リアクト……?」


 開け放たれた扉の向こう。

 カウンターの所定位置には肩を落としたリアクトが居た。

 だが、 彼女だけだ。

 もう一人居るべき筈の人物の姿はおろか……そもそも、 気配がない。


「……シャールは、 どうした」

「……消えちゃった」


 呟く声は枯れていた。 リアクトは泣いていたらしい。

 疲れた様に溜息を吐くと、 カウンターに突っ伏してしまう。 被っていた帽子はころんとカウンターに乗った。

 デスターが傍によってみるが、 顔を上げる気配は無い。


「消えた?」

「魔力取られすぎて、 維持できなくなって」


 くぐもった声で伝えられた言葉に、 デスターは目を伏せる。

 言葉が、 浮かばなかった。


「……どうしたら、 いい?」

「……」

「結界を張ったの。 次は誰がターゲットになるか分からないから、 アジェルと契約してる子皆に。 でも、 アジェルも皆を眠らせたみたい。 誰も動いてない。 何の気配もしない。 最低限世界は機能しているけど、 どうしようもないの。 ……デスター。 どうしよう。 …………どうしよう……」


 漸く顔を上げた彼女は、 ぼろぼろと涙を零した。

 両手で顔を覆うも、 隙間から落ちていく。

 彼はどうする事も出来ずに、 立ち尽くす。

 けれど、 真っ直ぐに見据えて彼女に言った。


「……落ち着けよ」

「落ち着いてられないよ!」

「お前が泣いても、 状況は変わらないだろうが」

「分かってる!」


 ……分かってる。 二度目は、 蚊の鳴くような声で言ってリアクトは俯いた。


「元から、 俺達は見守るしか出来ない。 ……力を貸す事しか出来ないんだ」

「……そう、 だね」


 それから暫し、 沈黙が降りる。

 デスターは非常に居心地が悪そうであったが、 それでもリアクトが泣き止むまでは静かに待っていた。

 次第に涙も収まり、 リアクトは被っている帽子を正して大きな本を引き寄せる。

 世界の記録が刻まれる本だ。


「八つ当たりした。 ごめん。 ……状況を話すね」

「……ああ」

「キラ達がダークエルフやアジェルを助けた後も、 闇は生まれ魔物が溢れている。 まだ終ってない……みたい」

「……そうか」

「どうしてダークエルフを手放したのか分からないけど……アジェルの力を持って、 威力は拡大してる。 次はきっと正面対決でしょう……? キラ達……ちょっと不利かもね」

「……そう言うな。 まあでも四大元素が……眠っているにしても、 そのまま居るって言うのは大きいな。 こちらも力を使えないが、 アイツに取られる心配は無いだろ」

「……うん、 そうかもね」

「しかし……、 やっぱり喧嘩売られた時に消しとくべきだったな……」


 そんな事を呟いてみながら、 溜息を吐いて顔を見合わせた。



















 夢を見た。

 闇に捕らわれる夢。


 本当にこれは……ゆめ?


「……」


 右手を引かれ、 体は暗い沼の中へと引きずり込まれる。

 私を絡めとる何かに首を絞められる感覚は、 妙に現実味を帯びていて。

 息が、 出来ない。


「終らせないヨ」


 声が聞こえた。 ……あの悪魔ビィの声。


「青の君……残りの力を貰うネ?」

「……!!」

「イタダキマス」


 言うが早いか、 何かは私に中へと染み込んでいく。

 急速に、 体を、 心を侵食していく。


 小さな虫が身体を食いちぎる様で……痛くて、 怖くて、 不安で…… 。


 崩れていくのが、 分かる。


 悲鳴を挙げたくても、 声が出ない。

 助けを呼びたくても、 言葉は浮かばない。


 私が、 壊れて いく の。
















「……んー……」


 火の番をしていた。

 結界を張る必要も有ったから「せめてこれくらいはやらせて欲しい」と言うキールの申し出を断りオレが先に起きていた。

 右側にはエルフの二人と、 ハーティ。

 左側にはキールとアジェルが眠っている。


「どうしたら良いんだろう」


 揺らぐ炎を見つめながら、 考えていた。

 敵には物理攻撃が効かないらしい。

 黒幕がまだ生きているから、 アジェルの文様は消えない。

 近いうちにまた仕掛けて来そうだから、 見失う事は無い筈。

 問題は、 倒し方だ。


『ワタシを倒せば済むのかい?』


 いつかの夢を思い出す。

 そうだ。 言う通り、 ビィと呼んだ黒幕を倒せば全て終わるなんて思っていない。

 でも、 だからと言って。 今あるものを全部壊して、 新しく作り変えるなんて言うのは賛成出来ない。

 確かにそれならば、 今悪い物は全て無かった事に出来るだろうけれど。

 それじゃ駄目なんじゃないだろうかと、 オレは思う。

 アイツを放っていたら、 世界は危険なんだろうし……それを止める為に力を貰った訳だけど。

 世界と言うか……もっと身近な大切な人が危険な目に遭うのは嫌だった。

 ……それに何より、 倒せないとアジェルは救えない。

 だから、 改めて命を奪う事をしっかりと受け止めようと思った。


 でも此の行動は、 きっと許される物では無いと思う。


「難しいな……」


 どんな理由があるにせよ……、 命を奪ってはいけないと思うからだ。

 戦争なんて規模の大きいものじゃない。

 言ってしまえば、 食事からしてそうなんだ。

 必要以上に得てはいけない。 奪ってはいけない。

 そうやって教えられた。

 生きていくのに必要最小限の命を貰って、 生きている。

 視線をエルフ達にやる。

 母さんの記憶で垣間見た事を、 思い出した。

 利用されて巻き込まれて、 傷ついて。

 それは全て、 ビィが生きる為だと言う。

 でも、 ビィはこの事態を楽しんでいる。

 己の目的の他に、 楽しんで命を奪っているのなら……。


「……そういうのは、 駄目だと思うんだよな」


 じゃあ、 行くしかない。

 そう、 改めて決意する。

 時同じくして、 小さく聞こえた声。


「?」


 視線をやると、 ゆっくりと身体を起こしたのはエルフの女の人だった。

 軽く頭を振ると、 ふわふわした長い金髪が揺れた。


「……私は、 ……此処は?」


 ぼんやりとしながら、 目が開かれる。

 長い睫毛の下に綺麗な碧眼が覗いた。

 眠って居る時からして何かの美術品のようだったけれど。

 両肩を出したデザインの服を着ていて、 左肩には何かの文様が見える。

 動いているのが不思議な程、 紛う方も無く、 綺麗な人だ。

 その宝石みたいな目が、 隣の彼を捉える。


「…………ヴァルト……イリアス様……」


 そっと、 手袋を外して頬に触れる。

 彼の方はまだ目覚める気配は無いが、 息をしている事を確認して彼女はこちらを向いた。


「……あ」

「……」


 どうしたものかと、 気まずいオレは声を掛けられないまま彼女の言葉を待つ。

 彼女は一瞬目を見張るが、 すぐふわりと笑った。

 これがまた、 その……綺麗だなと思って。

 だけれど、 何か懐かしさを感じさせる顔だなとも思った。


「私達を助けてくださった方々ですね?」


 凄く、 優しい声だった。


「間接的にですけど……」

「……そうですか。 あの、 ……私はクレシェ。 彼に成り代わり、 お礼申し上げます。 ……有難う」

「いえ……」


 どうしよう。 ……。 どうしよう!

 物凄く動揺している自分が居る。

 何を話せば良いんだろうか。

 取りあえず、 ハーティを起こさないといけないよな。 約束だし。

 何か話題を、 と焦るオレを彼女が小首を傾げてみていた。


「……どうかしましたか?」

「いえ、 ……間違っていたら申し訳ないんですけど」

「……?」

「貴女、 以前お会いしました?」


 見つめてくるその顔に変化は無い。


「……。 ……え?」


 寧ろ、 驚いたのはオレの方だった。


「違ってますよね……。 貴女人間だし、 あれから随分時も経っている筈ですし」


 そうして、 彼女は御免なさいと笑った。

 もしかして、 前の戦いのことを言ってるのだろうか……。


「ええと。 お名前を聞いても宜しいかしら」

「……あ、 すいません。 まだ名乗って無かった。 オレはキラです。 キラ・エリティア」


エリティア、 と聞いて少しだけ間があったように思った。

けれど、 それも一瞬。 気のせいだったろうか?


「キラさん。 有難うございます。 あちらの方々は?」

「えと……隣に寝てるのがハーティ。 向こうの男の人がキールで、 その隣がアジェル」


 言った名前を復唱して、 彼女は一度頷く。


「分かりました」

「……覚えたんですか?」

「ええ」

「……凄いですね」

「褒めて下さって有難うございます」


 緊張しているのもあって、 よく分からない事を言ってしまった。

 そんなこんなで会話をしていたら、 ハーティが目を覚ます。


「ハーティ。 エルフさん、 起きたよ?」

「……はい?」


 眠そうに目を擦るハーティに、 クレシェが笑い掛ける。

 ハーティはあわあわと慌てて、 それから目に涙を溜めた。

 そんな様子に、 クレシェはあらあらと苦笑する。


「ハーティさん。 貴女は、 私の声を聞いてくださった方ね?」

「……声?」


 何の話だろう。

 というか、 初対面じゃないのか?

 首を傾げるオレをよそに、 彼女等は話を進める。


「……でも、 わたくしは……間に合わなかったのでは」

「まだ、 起きていないので分かりませんが。 取りあえずは息をしておられます。 それだけで満足です。 瀕死だった彼の回復も貴女がしてくださったのでしょう? 有難う」


 優しく笑う彼女に、 ハーティはぽろぽろと涙を零した。

 話はさっぱり分からないが、 当事者達がそれで良いならそっとしておこう。

 そうこうしているうちに、 いつの間にかキールも目を覚ましたようだ。

 寝起き直ぐにそんな光景を見ても、 動じないのは凄いと思う。

 多分、 至った結論はオレと同じなんだろう。

 クレシェと目が合うと、 キールと彼女はお互い苦笑して会釈をしていた。


「……二人は、 まだ起きないな」


 けど、 彼とアジェルはまだ目覚めない。

 クレシェがオレ達の視線を追って二人を見、 そのままじっとアジェルを見つめた。

 少し険しい顔つきに変わる。


「彼女はもしかして……悪魔の呪詛を、 受けたんですか?」

「……はい」

「…………じゃあ、 アレはまだ生きているのですね」

「そのようです」

「……術は受けてから、 どのくらいですか? 進行度は?」


 アジェルの近くにクレシェが寄っていく。

 手を取り甲に文様が浮かんでいるのを確認すると、 見える範囲での進行状況の確認を続けた。


「……かなり進んでいるようですね。 意識は? アジェルさん。 ……アジェルさん」

 

 ぺちぺちと軽く頬を叩いて見るが反応が無い。


「……呼吸が弱い」


 握ったままの手で脈を測ると、 眉根を寄せた。


「ハーティさん。 最高位の回復魔法は使えますか?」

「使えますけれど……そんなに状況は酷いのですか……」


 二人の後ろで、 キールも難しい顔をしていた。

 さっきまでの和やかな雰囲気は何処へ行ったのか、 今は緊迫した状況に戻る。

 昨晩此処に戻った時までは平気だった筈だ。

 呼吸も正常だったし、 意識も有った。 どうして突然……?


「魔術は、 彼女にも負担を掛けてしまうでしょうから。 ‘生きたい’と言う気持ちがあれば、 魔法による奇跡は起こるでしょうし」


 魔術は、 何かと引き換えにして起こす物。

 これは素養はあれど、 使える事が多い。

 学べば何とでもなるし、 研究もされるくらいだ。

 けれど、 魔法は違う。

 魔術とは比べ物にならない程の力を持つのに、 引き換えにするのは物質では無かった。

 術者の魔力と、 回復魔法ならば対象者の生きると言う意思により作用する。

 ……ただ、 本物の術者はあまり居ない。

 やはりハーティの肩書きは伊達では無いらしい。

 巫女と呼ばれるのは、 これもあっての事なんだろうと実感した。


「……わかりました。 やってみましょう」


 そう、 ハーティが決意を顕にした時。

 ‘彼’はやってきた。
















「リアクト」

「……何」


 疲れてふてくされているリアクトに声を掛ける。


「色々考えたんだけど」

「……うん」

「向こうに行って来る」

「呼ばれても無いのに行っても、 デスターだって何も出来ないじゃない」

「まあな」

「何しに行くのよ」

「あいつ等、 激励に?」

「……、 ……キャラじゃないよ」

「わかってる」


 苦笑した俺に、 リアクトは泣きはらした目で俺を見た。


「……でも、 行くの?」

「ああ」

「どうして?」

「売られた喧嘩は、 買わないとな。 仲間やられて黙ってられるか」

「……だけど、 ……だから、 行ったところで」

「それに。 大丈夫だと思ってる」

「……え?」

「俺のマスターは、 俺を呼ぶから」

「何その自信」

「……助けてやりたいんだ。 個人的理由で。 だから、 願望込みの自信」

「あ、 そ……」


 そうして苦笑するリアクト。


「……こっちは頼んだぞ」

「了解。 もう、 怖いものなんて無いんだから。 ……デスターもしっかりやってきてね?」

「了解した。 まあ、 気楽に待ってろよ」












 君が消えて、 僕は半身を失った。

 掛けられていた術が少しずつ解けて、 僕は間もなく外へと出るだろう。

 長い眠りが終わり、 外への扉が開く。

 だけど、 意識が覚醒するにあたり、 君が欠けた跡を思い知る。

 心の半分が、 言うなれば奈落。


 深い、 深い、 闇。


 寂しくて、 悲しくて、 堪らない。


 ずっと一緒だった。

 ずっと、 ……守られていた。


 外に居ることを放棄し、 ……君がずっと外に居る要因を作ったのは僕自身。

 寂しいだなんていう資格は無いか……。


 もう、 心配かけるような真似はしないよ。


 有難う、 ヴァルト。



 本当に       有難う……。















「……終らせないヨ」


 笑い声が、 聞こえた。

 闇色の霧が、 洞窟の入り口で集まって形を作る。

 濃灰色の長い髪。 頭と顔の右側を覆う包帯。

 漆黒色の鎧を纏った姿を構築すれば、 彼は、 いつも通りにやりと笑ってみせる。


「改メテ、 挨拶を」


 芝居がかった動作で、 けれども優雅に頭を垂れた。


「お初にお目に掛カル子も居るカナ? ワタシは、 悪魔ビィ。 ……世界ヲ新たに創造するモノ」

「……貴様……何の用だ」


 キールが剣を構え、 皆の前に出る。

 その背中越しに、 キラは悲しそうにビィを見た。

 ハーティはアジェルを。

 クレシェは青ざめ震えながらではあるが、 ダークエルフを庇うようにその様子を見ている。


「……創造を始める前にハ、 お掃除が必要でネ。 ソノ為の、 力を貰いに来まシタ」

「させるか!」

「……隊長サン。 今は君の相手はしていられないンダ」


 ごめんね、 とビィは笑ってみせた。

 見るや否や、 走り出すキール。 キラもそれに続いた。

 高さの余り無い洞窟内では、 二人の剣は共に長く振り回すには適さない。

 的確に攻めいる事が重要視されるだろう。

 間合いを詰め踏み込むと同時に斬り付けた。

 左右に分かれると、 彼は上段から。 彼女は下段からそれぞれ攻撃を仕掛ける。

 だが防護壁でもある様に、 剣はビィに触れる事無く止まってしまった。

 そのまま二人を両脇の壁に吹っ飛ばすと、 にぃ、 と口角を上げる。

 酷い音を洞窟内に響かせながら背中を強打した二人は、 直ぐには動けないようであった。


「おや、 ……共犯者けいやくしゃ……生きてるノ?」


 楽しそうに笑うビィは、 クレシェの前にゆっくりと歩み出る。

 対峙する彼女は僅かに震えている。


「君の為に死ヌと言ったノニ? ハッピーエンド?」

「…………っ」

「……しぶとい、 ネ。 屑が。 役ニも立たなかったのに」


 ビィはいつの間にか手にした湾曲剣をクレシェに向けた。

 彼女は、 勇ましくもダークエルフの愛剣を持ち切っ先を向ける。

 かたかたと剣が鳴る。

 だが、 彼女は引こうとはしなかった。


「……彼を愚弄するな!!!!」

「昔と良い、 今と良イ、 君、 馬鹿じゃないノ? 今度は、 殺すヨ」

「……っ!」


 刃が彼女を傷つけようと迫る。

 震えて目を閉じるクレシェ。

 動けず見ていたハーティが、 思わず視線を逸らした。

 と、 その時。 はじかれるかと思われた剣が、 ビィの刃を受け止める。


「…………無茶はするな……」

「……イリアス様……」

「アレ。 ……起きちゃっタ」


 クレシェの後ろから剣を奪い、 彼女を守る様にしてビィと対峙するのはダークエルフの彼だった。


「……何か、 違うネ。 誰ダイ、 君は。 共犯者けいやくしゃは?」

「ヴァルトは、 ……消えたよ」


 押し切られて、 ビィは後ろへと下がる。

 これを好機だと、 彼は距離を詰めた。


「……アイツをどうにかすれば良い?」

「はい。 他の方は皆、 私共の命の恩人です……」

「了解」


 皆が彼等を囲うようにしていた。

 ビィの前にはイリアス。

 彼等の近くに、 クレシェ、 ハーティ。 目覚めては居ないがアジェルも居る。

 少し距離と取って、 キラ、 キールもよろよろと立ち上がった。

 そんな状況下に、 ビィはまた小さく笑う。


「数の暴力ダ。 卑怯だネぇ」

「お前に卑怯呼ばわりされるとは心外だ」

「……ワタシ的には君が生きテル方が問題だヨ。 契約違反だ。 命を捧げると言ったノニ」

「それはヴァルトだろう?」

「屁理屈」

「生憎と、 二人で一人前だったからね。 ……融通が利くだけさ」


 攻めるイリアスに、 ビィはにたりと笑ってみせる。


「それは、 ……気付かなカッタ。 ずるいナ。 だから、 ‘エルフ’と名の付く癖に魔力が少なかったのカイ」

「……僕とて、 好きで眠ってた訳じゃないんだけどね」


 彼等の戦いを、 周囲は呆然と見ていた。

 否。 スピードが速すぎた、 と言うのがあるかも知れない。

 剣のぶつかる音がする。

 暫し攻防が続き、 だが、 一度だけビィの攻撃がイリアスに入った。

 右側から殴られたのだ。

 けれども、 それで動きを止めたビィを彼は即座に切り捨てた。

 胴を真横に切捨てられ真っ二つになったビィの身体は、 霧となり消えていった。


「これで……終わりだ」


 剣を仕舞い、 そのままイリアスはがくりと膝を地面に付けた。

 慌ててクレシェは、 彼を支えるように寄り添った。


「イリアス様……」

「久しぶりに外に出て直ぐは駄目だね……疲れた」


 座り込んで目を閉じた彼を抱きしめながら、 クレシェはふるふると震えていた。


「……心配ばかりかけて、 貴方は!!!!」

「それはこっちの台詞……」

「黙りなさい!それと、 ヴァルトが消えたってどういう事ですか!」

「……黙りなさいって言われても……」


 抱きついたままどうやら泣いているらしいクレシェの頭を撫でてやりながら、 どう説明した物かと困り顔。

 どうすべきかと周囲を見たイリアスは、 キラ達と目があうと益々困ったように眉根を寄せた。

 だが、 困っていたのはキラ達も同様で、 どう声を掛けた物かと気まずい沈黙が流れる。


「……」

「……」


 暫しの沈黙を打ち破ったのは、 ざわりとした気配。

 ひやりとした空気が、 足元に漂う。


「何だ?」


 キラが足元を見ると、 黒い靄が見えた。


「……!」

「これは」


 誰かが呟く。

 キールが、 思い出したようにアジェルを見た。

 釣られて全員の視線がアジェルに集まる。

 そんな中、 声が聞こえてくる。

 洞窟に反響するのは、 確かにビィの声だった。


「酷いなぁ……切り捨てるなんてサ。 共犯者けいやくしゃは首を落すし……君達嫌いだ」

「……」

「さ。 青の君。 今こそ、 君の持つ力を、 ワタシに全て捧げておくレ?」


 発生元はわからない。

 けれども、 応えるようにアジェルがゆっくりと身体を起こした。

 虚ろな目は何を映している訳でも無いようで、 ただ呆然と前を見詰める。


「アジェル様……いけませんっ!」


 足元の靄が集まり、 再び、 鎧姿のビィを作っていく。

 彼の元へふらふらと歩いていくアジェルにハーティは後ろから抱きつき阻止を試みる。

 けれども、 振り解かれて地面に倒れ込むと、 代わりにビィがアジェルの手を引いた。


「大分、 弱っているネ……」

「……、 ……アジェル!」


 近づこうとした他の皆は、 靄に足を取られ動けずに見守るしかない中。

 ビィは、 アジェルをその腕に収めやがて闇色の靄に包んでしまう。


「ワタシの餌となってくれて、 アリガトウ」


 満面の笑みでビィが言ったと同時に、 どさ、 と、 音がした。

 アジェルは彼の足元へと捨て置かれ、 ビィはくすりと笑った。


「……これで、 少しはマシになる」

「……貴様!!!!」

「隊長サン。 言っておくけど、 君じゃワタシには傷一つ負わせられないヨ?」

「……っ」

「まあ、 デモ。 戦いたいなら、 城へオイデ。 約束だったし……美味しい餌をくれたお礼に、 一度なら君達と戦ってあげるカラ」


 高らかに笑う声が、 場に響いて。

 彼が消えた後、 怒りに打ち震えるキールが剣を投げ捨てその場を去った。






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