終らせる事で始める何か
ああ、 嫌だ嫌だ。
上手くいかない。
ああ、 嫌だ嫌だ。
どうして邪魔をする?
「もう嫌だ」と言っていたじゃないか。
失敗した夢を見て、 思い通りにならない夢を見て、 嫌だなと思ったろう?
どうしてどうしてと繰り返したじゃないか。
だから、 ワタシは思ったんだ。
壊れてしまえば、 解決するんだ、 って。
壊シテしまえば、 もう嘆かナクて済むんだ、 って。
ねえ もう 悪あがきシナイで、 皆 消えてシマいなよ。
「‘生ける物はその姿を留めなさい。 在りのまま、 今のままで存在する事を許しましょう’」
アジェルの本を抱きしめて、 リアクトはぽつりぽつりと言葉を零す。
淡々と、 ただ本を読み進める様に。
「‘変化は無く、 成長も、 劣化もせず。 全ての干渉は受けず、 ただ、 そのままで’」
彼女が目を閉じると、 本はほんのりと光を放つ。
それから、 ガラスの箱に本だけが閉じ込められた……様に見えた。
シャールはその様子を見つめ、 祈るように手を組んだ。
「……終わったよ、 シャール」
「……はい、 有難うございます」
「ちょっとはマシになると良いんだけど」
また元の状態に戻ったアジェルの本をカウンターに置いて、 リアクトは精一杯笑ってみせる。
不安げな顔をしたままのシャールをこれからどう励まそうかと考えた時だった。
ぱたん。
そんな軽い音をさせ、 扉が開かれた。
「……おい」
登場した人物は予想通りだったのに、 機嫌の悪さは二人の予想を超えていた。
「あれ」
「……デスター」
最早表情に変化は無いが、 空気がざわめく程に苛立っている様だ。
どうしたのかと尋ねるまでもなく、 何か悪い報告だと理解できた。
「今し方、 黒幕が来たぞ」
「……はい?」
「だから。 前の戦争と、 今の」
報告内容が、 これまた二人の予想を超えていた。
んん?と、 リアクトが首を傾げる。
彼女の眉間には、 珍しく皺など寄っていた。
「……そんな突拍子も無い事態が起こるの?」
「起こったんだよ」
「……空間に違和感無かったけど」
ね。 と同意を求められ、 シャールがこくりと頷く。
処置中だったとは言え、 呼んでも居ないものが空間に現われたら何かある筈だと二人は言うのだ。
だがその回答に、 デスターはあからさまにむっとした表情。
「じゃあ、 良い」
踵を返すデスターの腕を慌てて掴み、 シャールは困った様に笑う。
「拗ねないで下さい。 報告に来てくれたのでしょう?」
「……。 ……、 拗ねてねぇ」
「はいはい」
くすりと笑ったシャールは、 拗ねたデスターをスルーして椅子を勧めた。
少し気分が良くなったらしいシャールに安心して、 リアクトも漸く、 ふと頬を緩める。
そして、 リアクトはカウンターの向こう。
シャールはデスターの向かいに座り、 丁度三角形になる。
「それで、 その黒幕さんは何しに来たの?」
リアクトが見つめると、 デスターは顔を顰める。
「挨拶だけだと言っていた。 だが、 目的を話していった」
「……目的?」
「この世界を、 俺等や創造主諸共消したいそうだ」
「……な」
「だから、 度々夢に干渉するの?」
「多分な」
ふ、 と息をつくと、 デスターは二人を交互に見た。
「あれは、 大分と危険な存在だ。 ……次はきっと、 ヤバイ」
先程の出来事を思い出し、 それはそれは嫌そうに顔を歪めた。
そんなデスターを見やり、 リアクトは姿勢を正して尋ねる。
「……ねえ、 デスター。 ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだ」
「デスターの眷族って訳じゃないよね?」
何時に無く、 リアクトの目が鋭い。
デスターはそれを見、 冗談で尋ねられている訳で無いと知ると、 睨み付ける。
心外だ、 とご丁寧に書いてあるようだ。
「……リアクト」
「あ、 いや、 気分悪くしたんなら謝るけど」
慌てて訂正するリアクトを呆れたように見ながら、 デスターは頬を掻く。
「あんなヤバイ物創らねえよ。 ……大体、 アレは」
創造主達に近い存在だ、 と、 彼は言った。
「邪魔サレテるみたいだネ」
二人から魔力を得ている筈なのに、 全然足りない。
青の子からの魔力供給が無い様に思う。
ほんのちょっとしか貰ってないのに。
何か干渉されている気配がする。
「……どうして、 みんなワタシの邪魔をするのカナ?」
溜息が出てくるよ。
こんなに頑張っているのに。
……なんて、 自分でも笑えてくる。
謁見の間に歩いていった。
中に閉じ込めたエルフを見上げる。
共犯者が、 存在する唯一の理由。
この子が居なくなったら、 きっと彼も壊れちゃうネ。
「ああ……でもソレ、 楽しいカモ」
殆ど意識が無いのに、 そんな事しても意味ないかな?
記憶を辿る。
前の戦いも割と愉快な物だった。
‘ダークエルフが居る’と囁けば、 やれ討伐だなんだのと世界中が彼を敵だと認識した。
多くの生き物がその存在を排除する為に多勢に無勢でやってくる。
でも誰も、 到達出来やしなかった。
‘彼’は己の身を守っただけ。
それがまた、 長い長い戦いへと発展してしまった。
滑稽だね。 恐怖が生き物を惑わせる。
ただ生きている事を罪だと言うなら、 まず己の在り方を見直すべきだ。
思い出を巡る内、 そういえばと思った。
何年かした時、 流石の‘彼’も消耗しすぎた時があって。
いよいよ、 終わるのかなと思った時があった。
そんな最後の戦いの場に、 人間の女が居た。
目障りだし邪魔するから殺しちゃったけど……魔力の質も量も、 桁違いだった。
正直、 釣られて出ていったと言っても過言では無い。
取り込める要素が無いから、 殺した、 と言う方が正しいかも知れない。
「……君も、 保険のつもりだったんだけどネ」
クリスタルの中の子も、 餌の一つ。
非常食みたいなものだけど、 結果的には、 もっと強い餌を得る為に利用させて貰った。
「ふふ」
しかし、 生き物とはどうしてこうも馬鹿なのかと思う。
あの時、 彼を庇ったりせず逃げていれば、 こんな目に遭う事も無かったのに。
あの人間だって。
彼等を助けようなんて思って邪魔しなければ、 あのタイミングで死なずに済んだかも知れないのに。
「ほんと、 馬鹿だ」
誰かを助けようなんて、 理解し難い心だよ。
本来、 あるべき物だったモノが、 感じられない。
張り詰めた様な、 空気。
閉じ込められた感覚。
無くなっていくのが分かるよりは良いかしら。
……危ういバランスだと、 分かるよりは……良いかしら。
「……寒いねー」
明日にはエルフの森を抜ける。
殆どディフィアと言っても過言では無いこの場所は、 夜は恐ろしく冷え込んだ。
見つけた洞窟……と言うか洞穴は、 隠れるのにも風を凌ぐのにも丁度良い。
そんな場所で野宿と決まり、 ホアルから取り出した雪国用のマントを更に羽織って、 私とハーティは震えていた。
「アジェル様……寒いです」
「……私も、 寒い……」
焚き火の傍に寄ってみるも、 寒くて堪らない。
なのにキールとキラは、 寒そうにするものの私達程ダメージは無いようだった。
羨ましい。
魔術で多少の調節はしているにしろ、 この差は可笑しい。
剣士二人の体の構造はどうなっているんだろうか。
「……何?」
「キラちゃんは……寒くないの?」
「うん。 割と平気」
「………………。 ……キールは?」
「僕も平気だよ」
絶対何処か可笑しいと思う。
じぃっと見つめると、 二人は揃って苦笑した。
そうして、 暖を取ること暫く。
夕食と採った後、 私は皆にお茶を淹れて渡した。
その……手順に関しては色々不安げに見つめられた気がしなくもないけれど。
……ちょっぴり細工して、 渡す。
「有難う御座います」
にこりと笑うハーティが、 カップを受け取った。
キラとキールにも順番に渡す。
「ありがと」
「うん」
「……アジェルは?」
「私は、 今はいい。 流石にお茶まで失敗してないと思うけど……味見してくれる?」
にこりと笑い掛けると、 ハーティは微笑む。
律儀に褒めてくれる辺り、 多分良い子なのだろうと、 今日もまた認識を改めた。
キラとハーティは、 お茶の飲み干すとそのうち眠ってしまう。
「……キールは、 飲まないの?」
「まあ」
「何よー。 私が淹れた物は不味くて飲めないっていうの?」
茶化して言えば、 キールは苦笑した。
「……そういう訳じゃないけど」
「じゃあ、 どうぞ?」
「……ちゃんとした理由があるなら、 良いよ」
「え?」
「何か中に入れたよね」
「……えー? お砂糖のこと?」
「誤魔化しても駄目だよ」
すやすやと眠る二人にお布団代わりのマントを掛けなおして、 彼は言った。
やはり、 鋭い。
「やっぱり一人で挑みたいんじゃないか」
「……そういう訳じゃないよ?」
「じゃあ、 どうしてさ」
「呪詛を掛けられちゃったから、 かな。 ……アイツに復讐したかった私が、 アイツに魔力を奪われる呪詛を掛けられた。 笑えるけど、 なんて御あつらえ向きなのかなって思わない?」
「……」
「まるで、 おいでと言われているみたい」
言う私の顔を、 彼は怒ったように眉根を寄せて見つめていた。
「キールは分からないかも知れないけど、 魔術師にとって魔力が急速に無くなると言うのは心を壊す事と同じ。 このままじゃ、 私は私で居られなくなる。 ……時間が無いのよ」
多少ゆっくりになっているとは言え、 少しずつ文様は身体に拡がっていく。
相応に心は不安定になる。
私がこんな状態で……精霊達は大丈夫なのかな?
「……だからって」
「約束破る形になって、 御免ね?キラとハーティを、 宜しく」
ぱちり、 と、 薪が鳴った。
立ち上がりかけた私の手を、 キールが引いた。
『おやすみ』
だけど、 それだけ。
もう魔術で強制的に眠って貰うと、 風邪を引かないようにマントを掛けてあげた。
あと、 ライア様の手紙を彼の服のポケットに入れる。
気づくかしら。
「守ってくれるって、 嬉しかったよ?有難う、 キール」
眠ってる彼にキスをして、 其処を後にする。
壊れてしまった私を、 誰にも見せたくないの。
こんな力を持って暴走なんてしてしまったら、 きっと。
私が、 殺してしまうから。
そんなの……特に、 貴方には知られたくないから。
ちゃんと終らせて、 貴方のところに帰ってくるから。 待っててね……?
「……アジェル……、 くそっ」
術から覚醒したのは早かったが、 体が上手く動かず結果、 朝を迎えてしまった。
起き上がれる様になって直ぐ、 キールは悔しそうに顔を顰めた。
「……独りで?」
「………………時間が無いから、 と」
頭を押さえて起き上がったキラは、 隣のハーティを見た。
彼女はぼんやりとしながらも、 状況を理解すると悲しそうに顔を曇らせた。
「……」
キラは、 目を閉じる。
アジェルはどんな思いなのだろうかと想いを馳せた
‘自分’と言うものが蝕まれていく感覚は、 怖いだろう。
苦しかったのかも知れない。
「壊れていくのは、 多分、 怖いし、 辛い」
「……キラ?」
「だから、 でも、 独りで挑むのは良くないよな。 ……皆が居るんだから」
目を開ける。
彼女の視界には、 彼女を見上げるキールの姿。
驚いた様に目を丸くする顔は、 キラは初めて見る。
ハーティは逆に、 目を細めて眩しそうに見ていた。
「アジェルを追いかけよう。 止めなきゃ」
「再会の準備は時間が掛かるカラ、 貴方は邪魔する子の相手を」
命を受け、 ヴァルトは雪の大地を進んでいた。
意識が殆ど無い今は、 彼の身体を借りたビィの人形。
共に居るビィ使い魔は大きな怪鳥で、 彼を先導し飛んで行く。
「……」
使い魔が、 高い声で鳴いた。
雪の中を進みエルフの森との境にある洞窟に近づいた時、 彼は動きを止める。
「……、 ……」
洞窟から出てくる人間達の中に、 赤毛の少女を見つけた。
「……」
先日対峙した人間。
赤毛の、 女。
体が熱くなる感覚に一瞬意識が戻る。
怒りに似た感情が、 こみ上げる。
走り出すのはその直ぐ後。
抜刀した剣を携え、 彼は駆けて行った。
「それ、 どういう事?」
「規格外って事だ。 ……俺達とは次元の違う物。 だからこそ、 夢にあんな干渉の仕方が出来るんだろ」
リアクトが首を傾げる。
デスターとの話は、 終わりが見えてくる気配が無い。
「バク、 みたい」
「バク?」
「夢を食べちゃうって、 生き物。 古い書物にあった」
「……あれは悪夢を食べる代物じゃなかったか?」
「そうだけど」
「……じゃ、 悪夢を食い過ぎて、 染まっちまったんだな。 きっと」
話がそれてきたな、 と、 二人が思っていた頃、 シャールが苦しげに眉根を寄せた。
「……大丈夫か?」
「はい。 ……でも、 ちょっとマスターのところに行ってきますね?」
「気をつけてね?」
「ええ」
そうしてシャールが姿を消した。
「……!」
はっと、 キラが振り返る。
洞窟の入り口付近。 殺気を感じて見た先は、 先日のフードの男。
マズイ、 と、 察して、 彼女は剣を抜く。
洞窟周辺に雪は無いが、 不慣れな場所での戦闘は苦戦を強いられそうだ。
しかも、 向かってくるのは男だけでは無い。
獅子に似た魔物も、 二体向かうのが見えた。
「っ」
声を出す暇すらなく、 剣が向かってくる。
受け止め、 金属のぶつかる音がする頃。
「キラ!」
「……大丈夫。 キールは、 ハーティを守ってやって!」
叫ぶように伝えると、 彼女は男だけを見る。
「……誰だ」
「……」
尋ねてみても、 返答は無い。
男から滲む殺気に僅かに負けそうになりつつ、 剣をあわせた。
「お前か? 仕掛けたのは」
「……は?」
男は、 酷く悲しそうにそう言った。
「あいつを、 捕らえたのは、 お前か?」
「何……?」
「それならば、 許さない……」
言うが早いか、 力比べをやめ切り込んでくる。
その速さは前回の非では無く、 また、 何か術が掛かっているらしい剣は触れても居ないのに彼女を傷つけた。
頬や腕から流れる血をぬぐいもせず、 キラは真っ直ぐ男を見ていた。
「オレがお前に何をしたって?」
悠長に話が出来る状況では無かったが、 緊張状態は続いた。
「……冗談も大概にしろよ」
暫く攻防戦を続けるうちに、 相手のフードが取れその顔があらわになった。
「……」
顔を逸らす男は、 黒髪と黒い瞳。 そして、 長い耳。
ダークエルフと呼ばれる種族だった。
彼はじっとキラを見たかと思うと、 また切りかかってくる。
だが、 今度はキールがその刃を受け止めた。
「……お仲間は居ないですよ。 二体一で戦いますか?」
ぎりぎりと音がする。
彼は一瞬考えるそぶりをし、 距離を取った。
だが、 終わりは突然だった。
彼がいきなり闇に包まれたかと思うと、 姿が掻き消えてしまう。
「……なんだったんだ、 今のは」
クリスタルの中から見る世界。
意識が大分と返って来て、 状況が少しずつわかる。
もう直ぐ出られそうな気がした。
ヴァルトが仕掛けた印から流れる魔力。
私はそれを媒体に、 術を解こうとしていた。
時間的猶予が果たしてあるかは別として。
小さな亀裂が、 行く筋も入る。
早く出なくては。
終ってしまう、 全て。
彼等を助けたい。
助けたい。
もう直ぐ終わりがやってくる。
どうなるのか。
どうするのか。
これから来る‘終わり’は、 一体どんな物なのか……。
雪がしんしんと降る中で、 三人は歩みを進めていた。
先頭にはキラが立ち、 ハーティ、 キールと続く。
雪深い大地は時折風が強く吹きつけ、 更に動きを遅らせた。
半日も歩いた頃だろうか。
休憩を取る運びとなり、 大きな木の傍で彼女等は動きを止めた。
「……アジェル様……」
ハーティが、 ぽつりと言った。
しょんぼりと肩を落として、 じっと地面を見つめている。
そんな彼女を慰める様に頭を撫でながら、 キラは不意に手紙を思い出す。
暫く見なかった、 ライアが遺したと言うアレだ。
「母さんの手紙……、 ……アレはアジェルが持ったまま?」
「手紙?」
キールに尋ねると、 彼はポケットからキラの望む物を出してくれた。
「昨日、 多分アジェルが入れたんだ」と言葉を添えられる。
「何が書いてあるんだい?」
「……此れから行くべきところが、 浮かぶんだって」
かさりと開くと、 其処には「ディフィア」の文字。
だが、 その文字は直ぐに消え、 「古城」と改めて浮かび上がる。
そして、 ぽっ、 と言う音と共に手紙は燃えてしまった。
「……ああ、 もう直ぐ終るんだ」
燃えてしまって平気なのかと伺う様にキールが見やったが、 キラは物怖じせずに呟いた。
紙の破片が、 風に吹かれて飛んでいく。
そんな様子を、 見詰めていた。
雪道を必死に歩いていた。
早く、 たどり着かなくてはいけない。
キラ達に追いつかれては意味が無い。
気持ちは急いてしまうが、 なかなか進めずにいた。
それでも、 ディフィアの城を視界に捉えられる距離にまで来た頃、 シャールが現われた。
「こんにちは、 マスター」
いつもよりも覇気が無いと言うか。
浮かべる笑みが弱々しい。
「……影響、 やっぱり出てる?」
「多分」
一番最初に契約した所為か、 シャールと私は他の子達よりより深く繋がっているらしい。
具合が悪そうに見えるけど……もしかして、 私を通して力を取られているのだろうか。
ドレインを掛けられたと聞いた時に、 真っ先に思わなければならなかった筈なのに。
「御免……気が回らなかった」
「いえ。 ……あの」
「何?」
「勝手ながら、 リアクトに結界を張って貰いました」
「……そうなの?」
「はい。 ……でも、 完全に止められなくて、 今ももう崩れそうなのですが」
「……そっか、 有難う」
じゃあ、 急いだほうが良いのね。 やはり。
休んでいる場合では無い様だ。
己を奮い立たせ、 行く決心を再度固める。
そんな私を、 シャールは不安げに見詰めていた。
「……マスター」
「ん?」
「一人で行くのはいけない。 ……危険、 です」
「……心配してくれるの?」
「勿論ですよ」
「大丈夫。 皆にも、 協力して貰うから」
「……ですが、 ……その状態で」
魔力を奪われて不安定な状態で精霊を何人も召喚したりしたら、 良くない事が起きるなんて分かっていた。
だけど時間が無いなら、 私に出来る全力の技で対峙しなければならない。
どの道、 人の身に余る程の魔力を持って心など壊した日には、 私は単なる魔導兵器に成り下がるだけなのだから。
「……ライアみたいに、 なって欲しく無いんです。 お願いです、 マスター」
「……」
「もう少しだけ。 せめて、 キラさん達と共、 に」
必死にお願いしてくるシャールが、 掻き消えた。
「え」
その先に見たのは、 にやりと笑う顔。
「……一人で、 餌になりに来てくれたんだネ。 偉いなァ」
例の黒幕だった。
あっと言う間に拘束され、 アジェルはビィに捕らえられていた。
人型の時は細身に見えるのに、 彼女を難なく抱え上げ、 今まさに城の中へと運んでいる最中だ。
大人しく出来る性分では無いために、 そんな状態でもじたばたと可能な限り暴れていた。
「離しなさいよ!!」
「……煩いなア」
「もっとおしとやかなモノだろう? 人間の女の子って」
「何処の世界の誰の話よ」
「……時代は変わるんだネ」
ふー、 と、 息を吐くと床に放り投げ、 心底面倒臭そうにビィはアジェルを見た。
どうしようかと呟いて取り合えず右手を掴むと、 首を傾げる。
「ドレインがあんまり進行してない」
「……やっぱり、 アンタなのね」
「うん。 で、 何かシタ?」
「そりゃこっちの台詞よ」
投げられた恨みも込めてきっと睨みつけるアジェルは無視して、 彼は掴んだ右手に爪を立てる。
「っ!」
「‘根を張り、 枝を伸ばせ。 侵食せよ’」
「痛っ……!!」
血が一筋落ちた。
床に、 赤い色の魔法陣が浮かぶ。
その中心で、 アジェルは思うように身体を動かす事も出来ず床に這い蹲る。
「く……」
苦しげに唸るがそれだけで、 右腕を押さえながらそれに耐えるしか術が無かった。
まるで砂の城が波に削り取られていくように、 己が消えていく。
耐えなければ、 全てが無くなりそうな恐怖に耐えた。
「……アレ、 君……」
ビィがにたりと、 嬉しそうに笑った。
「神様の柱に繋がってるんだネ?」
そうかそうかと、 笑う声が、 アジェルの頭にわんわんと響いていた。
「……マス、 ター?」
膝から崩れ落ちるシャールが、 寒さに震えるように身体を自身で抱きしめる。
ぼろぼろと涙すら零す彼は、 強制的に戻された仕事場で一人、 彼女を想う。
胸に広がる闇色の靄が、 頭を侵食していく。
「……」
力が奪われていく。
アジェルを通して、 彼の力がみるみる内に無くなっていく。
他の皆は大丈夫なのか。
マスターは、 どうなっているのか。
ぼんやりする頭で考え、 そして、 彼もまた、 倒れて意識を無くした。
なんとか自己を崩壊させる事は無く、 耐えきった。
変わりに私は意識を失っていたらしい。
あまりの寒さに目が覚め、 酷い頭痛と疲労感に苛まれていた。
部屋は薄暗く、 灯りはテーブルにある燭台の炎くらいだろうか。
ふと、 うめき声が聞こえた。
視線を上げると、 椅子には男が一人座っている。
僅かな灯りでも分かる。 彼が羽織るマントには見覚えがあった。
先日、 キラと私に切りかかってきたのと同一人物だろう。
その彼が固く目を閉じたまま、 苦しげに顔を顰めていた。
揺らめく炎が照らす彼の髪は漆黒色。
覗く白い耳は、 エルフの其れ。
いつかの記憶で見た、 ダークエルフの彼だった。
「……」
けれども、 彼は傷だらけらしい。
右頬には首筋から伸びる、 私と同じ文様が見えた。
「……っ」
彼もまた同じ。
餌としてこの場に居る様だ。
状態から見て、 私よりももっと前から呪に侵されている事だろう。
ならば、 もう意識も無いのか。
自分もこんな状況だけれど……助けてあげたい、 と、 思った。
「シャール!!!」
勢い良く扉が開かれる。
リアクトが走り込んだ先は、 シャールの居る部屋だった。
彼の仕事場は今は真っ暗で、 中心に彼が倒れていた。
「リアク、 ト……?」
ぼんやりと彼が見上げると、 リアクトは泣きそうな顔をして彼を抱き起こす。
彼等の主と同じように、 呼吸に合わせて薄くなったり濃くなったりを繰り返す。
魔力が奪われすぎた結果、 存在を維持できなくなった為だ。
「……マスターが、 マズイ、 危険です」
「……なんで」
「捕まってしまった、 みたいで……」
目を閉じ、 深く呼吸すると、 またリアクトを見つめる。
「他のみんなに、 結界を」
「え?」
「壊す事が目的ならば、 僕等をどうにかすれば話は早いでしょう?」
「……」
「だから。 僕だけに止めますから、 結界を」
呟く彼の声が、 小さくなる。
リアクトは、 そんな彼を見つめながら強く抱きしめる。
「……御免ね。 終ったらちゃんと回復するからね」
「はい……待ってます」
にこりと笑って、 彼は姿を消した。
「デスター」
夜の月明かりの中。 凍えるその大地で、 キラは彼を呼んだ。
夕刻まで吹き付けていた冷たい風と雪は今は止み、 今は静かなものだ。
似つかわしくないほど綺麗な月を見上げながら、 彼女は、 震える手を握り締めた。
「オレは、 ちゃんと戦えるかな」
「……」
「決めた事、 ちゃんと出来るかな」
「……怖いのか?」
「ちょっと」
「でも行くんだろう?」
「うん」
「じゃ、 大丈夫だろ」
「勝てるかな」
「さあな」
「でも、 負けたくない」
「……お前さ」
「何」
「前向きなのか、 後ろ向きなのかはっきりしろよ」
苦笑したデスターに、 彼女も笑った。
「多分前向き。 ……ちょっと聞いて欲しかっただけだから」
これから対峙するであろう敵は強いと感じていた。
先日見たエルフもそうだが、 ……黒の意思と呼ばれるアレ。
ライアの記憶と、 自身の夢で一瞬垣間見ただけだが、 言い様の無い怖さが滲んでいた。
「アジェル、 大丈夫だよな」
「少なくとも生きてる」
ぽん、 と、 頭を撫でられてキラは頷く。
「……うん」
そんな彼女の様子を見、 デスターは目を伏せた。
きっと、 彼女だけでは無理だろうと。
対峙したからこそ分かる。
ならば、 自分はどう動くべきなのか。
そう、 考えた。
助けるから。
待っていて。
それは、 切なる一つの願い。
助けたい。
だから、 待って。
手遅れになんてさせないから。
復讐のループは、 此処で断ち切ろう……?
リアクトは、 シャールが消えてしまった後直ぐに結界を張る作業に取り掛かった。
アジェルを媒体にして、 魔力を奪われないように。
シャールが消えてしまったと言う事は、 次に移行するまでそんなに時間が無いはず。
誰になるか分からなかったが、 取り合えず四大元素全員を眠らせた。
「……」
全員に了承は取っては居ない。
多分、 後で物凄く怒られるだろう。
でも緊急事態だ。
シャールとの約束を果たす為、 リアクトは涙を堪えながら作業を続けた。
痛みで、 意識が覚醒した。
目を抉られる様な痛みに襲われる。
そして、 それに負けず劣らず不快なのは平衡感覚が無い事だった。
床に転がっていた筈なのだが、 今、 自分がどういう状態で居るのか分からない。
気分が悪くて目を明ける。
「……」
すると、 目があったのはビィの生首だった。
私は床に俯せで眠っていて、 その私と同じ高さに首がある。
「……なっ!!!」
「びっくりした?」
首はにぃと笑うと、 それは姿を消す。
幻影だったと分かってほっとした。
だけど、 それも束の間。
傍らに立ち、 冷たい目で笑う男と目が合う。
「魔力、 減っちゃったね」
「……」
結界を張る、 と、 言っていたがアレの事だろうか。
私から精霊達の力が奪われるというのは、 世界のバランスが壊れるという問題にまで発展する。
契約を断ち切ってしまおうか考えていたし、 先にして貰えたなら有難い。
最善の処置だと思った。
きっと、 気分が悪いのはそのせいだろう。
「何で?」
だけど、 しゃがみこんで見てくるソレの目が、 怖い。
ぞっとする。
「……知らない」
「そう」
長い爪が、 目の前に突き出される。
「勘違いシテいたら、 改めてネ?」
「……」
「魔力が無いナラ、 即座に殺すヨ?」
にたり、 と笑って、 爪が頬を掠めた。
脅しだと言う様に。
「……それとも、 死に掛けないと分からないカナ?」
「いっ……!」
「出し惜しみなんて、 してないよネ?君はモット、 力の強い子の筈だ」
ああ、 もう。 こういうサディストなヤツ嫌いだわ。
抵抗出来ないばかりか身を守る事さえ出来ない私は、 一方的に傷を負わされ、 身体を蹴られて踏みつけられて。
ほんと……最低。
口の中も切れたらしく、 鉄の味がした。
体中が痛い。
ビィは気が済んだらしく消えてしまっている。
妙に疲れを感じて、 目を閉じる。
そして、 魔力が随分と減ってしまったのだと感じた。
「……、 ……ごめん、 シャ、 ル」
ぽっかりと穴が開いた錯覚に捕らわれる。
私の持つ力の大半は、 シャールに影響されたものが多い。
だから、 最初に影響が出たのもシャールだったんだろう。
知らず、 唇を噛んだ。
また、 じんわりと鉄の味が広がる。
「こんど、 ちゃんと謝る、 から」
もう手遅れかな……。
でも、 やっぱりやらないと。
「アース、 ウインド、 フェイ、 ウォル」
呟きながら、 手をきつく握る。
ぼんやりする視界の中、 ゆっくりと名を呼んだ。
召喚する訳ではなかったので、 スペルは省いて。
「‘世界を司る者達に、 暫しの眠りを、 与える’」
抜け落ちていく力の量が多すぎて、 次第に心のバランスが取れなくなる中、 必死に言葉にする。
ずきずきと目が、 心が、 悲鳴を上げる。
軋んで崩れていくような錯覚に陥りながら、 けれど、 不思議とまだ‘私’を保っていられた。
今まで皆が居てくれて良かった。
まだ、 復讐は果たして無いけど。
このまま、 皆の力を奪われるなんて嫌だもの。
捕まっちゃったからなんだけど、 奴には必ずリベンジしてやるんだから。
それまで、 ね。
「ごめんね……」
アジェルが去って、 一日半。
漸く、 城に着く事が出来た。
古ぼけた外観に、 口かけた城門。
「……最終確認だけど」
「うん」
「大丈夫かい?」
城の前、 城門のあたりでキールが言った。
主にハーティに向けて言った印象を受ける。
それは勿論、 此処から先が一番危険だからだ。
「勿論です……付いて行くと決めたのですから」
「……無理しないようにな」
キラがハーティの頭を撫でると、 少女はこくりと頷いた。
不安そうな面持ちではあるが、 目には強い意思が感じられる。
「キラもだよ?無理しないように」
「大丈夫」
「今回は、 アジェルの救出を最優先とする。 これも良いかい?」
「了解。 体勢立て直してからの方が良いしな」
「じゃあ、 行こうか」
歩き出すキールについて進む。
敷地内は風も無く、 敵の本拠地と言うのに魔物の姿も無い。
不気味な程静かだ。
呆気に取られながら進むと、 大きな扉の向こうにはホールがあって。
その奥へと繋がる場所から、 閃光と共に大きな音がした。
「なんだ?」
「……行こう!」
駆け出していくキールに着いていく。
その向こうには、 ……なんとも悲しい光景があった。
「青の君。 茶番劇を、 見せてアゲヨウか?きっと楽シイ」
「な、 ……に?」
体が痛くて堪らないのに、 意思とは裏腹に私はビィについて城を進んでいく。
部屋を抜けて、 広い場所へ。
謁見の間と言うやつだろう。
その中心には、 クリスタルの柱。
そこから少しだけ離れた場所で、 私は床にぺたりと座り込む。
見つめる先。 クリスタルの中には眠っている様なエルフの女性が閉じ込められていた。
穏やかな顔で、 まるで彫刻か何かの様。
……この人も記憶で見た、 ダークエルフの従者の人だった。
「ヴァルト殿」
呼ばれて来たのは、 先程見たダークエルフだった。
虚ろな目は、 ぼんやりとクリスタルを見る。
「さあ、 ドウゾ?」
クリスタルの前で、 ビィは言った。
剣を携えたヴァルトが、 クリスタルの前に歩みを進める。
「彼はネ? 戦争トカには全然興味なかったんダ。 寧ろ、 ひっそりと生きて居タイくらい。 デモ、 世界中から理由も無く嫌われて、 最終的に此処に流れ着イタ。 彼を嫌いナ世の中は、 生きているダケデモ駄目だと言った。 そして世界は恐怖し、 立ち上がる。 彼を殺セと、 群れを成した」
饒舌に語る声は、 彼の事。
前の戦いの話を始めていた。
ライア様が嘆いていた事がある。
‘生きているだけで討たれるだなんて、 間違っている’と。
そんな話を、 聞いた事があった。
「だけど、 またワタシがお腹が空いてはいけないカラ」
「……お腹が、 空く?」
なんの話だろうと思ったら、 口にしていたようで。
ビィは、 くすりと笑って私を見た。
「ワタシは、 魔力の他に生き物のマイナス感情を食ベテいるんだ。 おまけに大食漢デネ」
くすくすと楽しげに笑いながら、 話は続く。
「前の戦いは、 良い食事の機会ダッタ。 多少力を蓄えられたし」
「……貴方が、 起こしたの?」
「そうと言えばソウ。 違うと言えば違ウ。 ワタシはただ囁いたダケ。 生き物の歴史は戦いの歴史。 そうでショウ?」
同意を求められても、 そうだとは言えなかった。
事実、 そうであるとは思う。
争いを繰り返し、 生き物は時を紡いでいく。
けれど……それならば。
悪魔を育んだのは、 私達と言う事じゃない……。
「彼は本当に良い子ダ。 存在するダケで、 周囲は恐怖する。 しかも本人も、 良い餌にナルしね。 大切な彼女を閉じ込めてオケば、 勝手に絶望して、 逆恨みもしてイタ様だし。 あとはワタシと契約して貰う様に仕向ケタ。 ……今から始まるのは、 ソノ結末」
「……結末……?」
「彼はタダ、 彼女を解放したいが為にワタシと契約し、 命すら捧げて餌にナッタ。 でも、 彼の魔力もそろそろ尽き掛けなんだよネ」
「……」
「ドウセ死んじゃう訳だから、 終らせてあげヨウと思ッテ。 一人でジャ可哀想だから。 彼に愛しの彼女を殺させてアゲるんだ。 ……それで、 意識を彼に返してアゲたら、 どうなるカナ、 って」
にこにこと笑いながら、 私に説明してくれる。
「観客が丁度欲しかったんだよネ。 有難う、 青の君。 来てクレテ」
「……っ」
「さあ、 共犯者。 貴方の剣で、 彼女を出してアゲましょう」
言われるままに彼は剣を構える。
様子を楽しそうに見ながら、 ビィはヴァルトの肩を叩いた。
「……」
犠牲になってまで助けたいと願った人を、 自らの手で殺す……?
ライア様の記憶で見た光景、 言葉を思い出す。
静かに暮らしたいだけと願っていた。
彼女と一緒に。
「……、 ……っ」
涙が出た。
悲しくて。 動けない事が悔しくて。
ビィが楽しむ為だけに用意した、 この舞台は……悪趣味過ぎる。
「……」
クリスタルには、 亀裂が既に行く筋も入っていた。
その中心には、 小さな印が描かれている。
彼は迷わず、 其処に剣を突き立てる。
「ふふ」
楽しげに笑うビィの声。
眩しい程の閃光、 そして、 クリスタルが砕ける大きな音。
亀裂は大きなものとなり、 砕け散る。
「さあ、 共犯者。 ドウゾ?」
「……、 ……」
中の彼女が、 散ったクリスタルの中で倒れていた。
その彼女を見つめていた彼は、 ふ、 と笑って振り返る。
そして。
「……は、 ?」
ごとり、 と音がして、 ビィの首が落ちる。
「…………ざまあ、 みろ……」
手にした剣をビィに向けたのだ。
そのまま、 ビィの首を落とした。
「……取り合えず、 ……賭けには勝った、 な」
呟いた声が聞こえた。
剣を支えにしながらも、 崩れるよう膝を付く。
首筋や頬に見える文様は、 両手の甲にも見える。
多分、 全身をドレインの呪に侵食されたみたいだ。
ゆっくり閉じていく目にも文様が侵食し、 ぽたぽたと涙の代わりに右だけ血が流れていく。
ばたり、 と彼が倒れたのは彼女の傍。
「……」
私はただ、 涙するしかなかった。
「アジェル……無事か?」
一連の流れを見ていたキラ達だが、 ヴァルトが倒れてしまった頃。
思い出した様に、 アジェルに駆け寄った。
床に座り込んで涙を流していた彼女はキールに預け、 ハーティが倒れ込むエルフ達の傍に寄る。
キラは周りに何も無いことを確認してから、 ハーティの傍に寄った。
クリスタルの破片が散らばるだけで、 彼等以外、 何も居ない。
「……貴女が、 私を呼んだのですね……」
答えが返ってくる筈もないが、 ハーティは手をそれぞれ彼等と繋ぎ目を閉じた。
いつかに見た神託に似た夢。
それがまた、 繰り返される。
「……間に合わなかった」
ぽろりと涙を零すハーティに、 キラは冷静に言った。
「……まだ生きてる」
「……え?」
「二人とも、 息をしてる」
「じゃあ!」
「助けられるよ」
そうして、 キールの方を見る。
彼は泣き止まないアジェルをあやすようにしながら、 生きている事にほっとしている様だった。
「キール。 アジェルは?」
「怪我が酷いみたいだ」
「歩けるかな」
「……どうだい?」
尋ねてみるが、 アジェルは気まずそうに顔を曇らせた。
怪我と魔力を奪われる疲れで、 本来なら起きているのもやっとなくらいだ。
「アジェル……?」
「……ごめん、 無理」
視線を逸らせる彼女を見るキールの視線が突き刺さる様だ。
無茶するからだと言いたげの彼だが、 無言で軽々とアジェルを抱きかかえた。
抱えられた方は恥ずかしがって心底嫌がってはみたが、 抵抗する元気は最早無いらしい。
一先ず無事であった事を確認しキラも胸をなでおろすと、 それじゃあとデスターを呼んだ。
「……」
「宜しく」
「……まて」
「なんだよ」
「何の用かと思ったら、 荷物運びだと?」
「オレ達じゃ抱えられないからお願いしてるだけだよ。 嫌?」
ハーティでは女性一人担ぐのも無理だろう。
キラはさっさと女を背負い、 ハーティに先に行ってもらう。
デスターは心底面倒臭そうにしたが、 結果的にはヴァルトを担いで彼女等に着いていった。
城から離れて、 場所はまた洞窟へと移っていた。
デスターが送ってくれたお陰で、 さして苦労はしなかった。
担ぐのが面倒だったらしく、 一瞬で全員を送ってくれたからだ。
最初からそうしてくれれば良かったのに。 なんて事は、 心うちに留めておいた。
傷だらけなアジェル、 ダークエルフは洞窟に寝かせて現在治療中。
意識不明な彼にはハーティが、 アジェルにはオレが付いて術を施した。
だが、 まだ問題があった。
「……消えないね、 それ」
キールが指摘するように、 アジェルの体から文様は消えていなかった。
アジェルは、 彼から隠すように体を背けるがそれでも隠れる物で無かった。
ちらりとダークエルフの方に目をやる。
そう言えば、 向こうの体からは文様は消えていた。
「……何が違うんだろう?」
ふとした疑問に答えたのはアジェルだった。
「……解放するまでが、 契約だったからじゃないかしら」
「え?」
「彼女をクリスタルから助ける。 それが、 ビィとヴァルトが交わした契約みたい」
ひっかかるところが多少あったが、 そういうものかと納得した。
というか、 あのダークエルフはヴァルトと言うらしい。
アジェルが捕まっている間に何があったのかは分からないけど、 多少のやり取りはあったんだろうな。
考えながら、 ハーティを見る。
丁度、 術も一段落ついたようだ。
「……ハーティ。 そっちは平気か?」
「はい。 体の傷は治りました。 あとは回復を待つのみですわ」
「女の人の方は?」
「見たところ外傷は無いみたいですし……この方も目が覚めるのを待つばかりかと」
二人を一緒に寝かせて、 ハーティがこちらに戻ってくる。
酷く憔悴しきった顔をしていて、 ハーティにも休息が必要だと思った。
「お疲れ様です。 ハーティ殿は少し休まれた方が良いのでは?」
それはキールも同様だったようで、 彼女に火の傍を勧めた。
「……でも……」
「二人の意識が戻ったら、 教えるから。 高度な術使って疲れただろ?」
「…………じゃあ、 お願いします」
心配そうにエルフ二人を見ていたが、 キールとオレから言われて仕方なしに息をついた。
もぞもぞとマントを取り出すと、 包まってころんと横になる。
シーツにくるまる子供のようだったが、 横になると直ぐ様眠ってしまったようだ。
「アジェルも、 休んだほうが良いよ」
「……うん」
アジェルの方はと言えば、 傷は癒えたが呪詛の効果か顔色が悪く休息は必要だった。
目の色が両方紫に戻っていただけでなく、 ぐったりとしていて。
目を閉じると、 そのまま丸くなって眠る。
「……二人とも。 ごめんね。 有難う」
微睡みの中でアジェルが呟く。
寝息をたてる頃、 キールが布団代わりのマントに包んでやると安心したように少しだけ顔を綻ばせたのが見えた。
「……キラ」
「んー?」
「まだ、 終ってないって事だよね」
「……そうだな。 首、 落とされてたみたいに見えてたけど」
「…………物理攻撃は効かないのかな」
「さあ。 ……どうなんだろ?」
難しい顔をして、 キールが唸る。
「物理攻撃が効かないなら、 僕は足手まといになるな……。 どうしようか」
「……ま、 今は考えなくても良いと思うよ。 今回はアジェルの救出が第一だったし」
「そうだね。 目的は、 ひとまず達成されたね」
「終らせないヨ?」
ははは、 と、 高らかに笑う声が聞こえた。
散ったクリスタルの中から、 ビィはゆらりと立ち上がる。
キラ達が来た時には姿は見えなかったが、 どうやら体が消えていたらしい。
「……ほんっとに、 楽シイね」
デスターの時もヴァルトの時も首を落とされたが、 彼にはダメージにならないらしい。
今はまた体とくっついた頭に楽しそうに笑う顔を貼り付けていた。
「……黒の眷族は長といい、 皆行動が手荒で面白い!」
笑い転げて涙すら流したビィは、 一頻り笑うと仕切り直すように息を吸った。
「最高デスね。 ……ワタシの呪を受けても反撃してクルなんて」
にたりと口角を上げ笑うが、 それも直ぐやめた。
「でも。 彼はモウ居ない。 約束は絶対ですものネェ?」
元に戻す代価として、 自らの命を差し出したダークエルフ。
経過はどうあれ、 結果的には彼女をクリスタルから解放した。
もうヴァルトからの魔力供給も無いことを踏まえても、 彼はもう命尽きているだろう。
「良い玩具ダッタのに。 可哀想」
そんな自分の台詞にまた笑った。
「ワタシが施した術を解くために、 ワタシと契約して、 結果的に死んじゃって。 利用されてるって知ってたのカナ?ほんと、 馬鹿な種族だネ」
楽しい楽しいと、 笑い続ける。
「……さて、 でもやられたお返しはシテあげないと。 青の君の方は、 まだ生きてる。 ……魔力、 頂きますネ」
空に描いた魔法陣が、 輝き始める。
そして同時に、 闇が世界へと拡がった。




