交差する道の先
印はつけた。
次は、 キミだよ。
…… キミも、 とても 美味しそう。
君が弱っていくのを感じていた。
僕の半身。 もう一人の僕。
戦場に佇み剣を振るうのは、 もう、 僕でも君でも無い誰か。
意識を奪われ、 僕等の身体はもう人形同然に扱われている。
君が、 僕の心を守ってくれたんだね。
傷ついて、 ぼろぼろになって、 自分の存在すら保てなくなって……。
そんなになってまで、 僕と、 彼女を守ってくれたんだね。
……でも、 まだ僕も僕の意思では動けないみたいだ。
心が弱く疲れてしまった僕は、 壊れかかっていた。
それを、 良く思わなかった君は僕を眠らせた。
だけど、 崩れ落ちていく君が作った結界は、 もうすぐ僕と世界を繋ぐ。
ヴァルト。
君は僕を助けてくれたのに、 僕は、 君を助けられずに御免ね……。
―運次第―
ちゃんと聞こえていたよ。
多分、 放って居てもアレは約束等きっと守らないだろう。
僕が起きるか。
君が回復するか。
どちらが先になるか分からないけど。
彼女を助ける事。
……そして、 アレに一矢報いる事。
必ずや、 果たしてやろうじゃないか。
ビィ。 ……覚悟して貰うよ?
ほんの少しだけ切り裂かれた服の端を見、 デスターは動きを止めた。
「……まあ、 良いだろ」
「………………」
「何か言いたそうだな」
使っていた刀を仕舞って、 デスターは言った。
見下ろす先には、 ぐったりとして床にうつ伏せに寝そべるキラが居る。
そんな状態で、 デスターをじろりと睨みつけていた。
「……」
「……なんだよ」
「まだちゃんと勝ってない!」
「あれだけ動けりゃ十分だ」
事実、 手合わせと言うには少々長すぎる時間が経過していた。
相手が彼に替わってから、 体感時間でざっと四時間程だろうか。
デスターは生き物では無い為に、 そもそも体力を消耗するなんて事はほぼ無い。
だが、 それに付いていったキラの体力はもう限界を既に超えていた。
全神経を研ぎ澄まし終始集中した状態で、 全力で挑んだのだから仕方ない。
今はぜえはあと、 苦しげに息をしていた。
「……む」
「それに、 アジェルのところに早く戻りたいんだろ?」
「…………」
「全部終ったら、 また相手してやるから」
しゃがみこんでくるデスターの前で、 彼女はごろりと上向きになる。
愛剣は隣に放りだして、 顔にぐっと両手を当てた。
「……ああ、 もう!」
「……?」
「悔しい! ……絶対だからな! 絶対、 もう一回勝負しろよ!」
「わかったから」
呆れて見つめるデスターを無視して、 彼女は暫くふてくされていた。
「……ふふ」
ビィは、 変わらずディフィアの城で時を過ごしていた。
かつての戦争の時も彼はこの大地を拠点にしていた。
世界から見捨てられた極寒の土地。
其処が彼には心地良かったからだ。
宛がわれ使っていた部屋の魔法陣の上で、 座禅を組み、 笑っていた。
ふわふわと漂う光が、 ビィの身体に吸い込まれていく。
「……黒の子ダケじゃ、 魔力が足りナカッタんだけど。 良い餌が出来タ」
嬉しそうに笑いながら、 空に新たに陣を描く。
それは、 ヴァルトにも使っていた魔力吸収の呪詛。
対象者の血さえ彼が取り込めば、 使用する事が出来た。
彼だけが使える、 彼が消滅しない限り永遠に続く呪い。
組み終わった陣はそのまま消え、 代わりに、 ビィの体がまた僅かに光る。
「コレで、 良いや」
に、 と笑う。
細い目を開くと、 きらりと光ったような気がした。
「……青の君。 キミはどれだけ持つのカナ?」
ふわり、 と、 手を空で躍らせる。
黒い靄がその手を辿り、 小さな塊になっていった。
「……いってらっしゃい」
にこりと笑う彼の視線の先で、 靄は消えた。
そして、 彼も座禅を崩し立ち上がる。
「……ワタシも、 ちょっと行って来ようかな」
黒い靄を見た。
それは、 集まって形を作り出す。
何と言って良いのか難しいが‘それ’は見た事があった気がする。
リアクトが見せた、 母さんの記憶にあったアレに似ている。
次第に、 ‘それ’の足元には血が溜まる。
「……」
ぼんやりと見つめていると、 段々と‘それ’は形を変える。
漆黒色の鎧。
灰色の長い髪の男。
右側には包帯が巻きついていて分からないけど、 左目は閉じていた。
手袋をしている手には剣が握られている。
だらりと力無く下ろした剣からは血が滴り、 手袋も……いや、 鎧自体も血で染まっていた。
「……あ」
オレを見た気がした。
血がぬらりと光る剣を、 オレに向ける。
それから、 男は足元の靄を払うように剣で凪いだ。
現れたのは、 見知った青い髪の……。
「アジェ、 ル……?」
うつ伏せに倒れていて、 表情は伺いしれない。
駆け寄りたいのに、 体が動かなかった。
『……キミは、 どう思う』
「……」
『ワタシを殺せば済むのかい?』
「……なに」
『憎しみ。 悲しみ。 怒り。 恨み。 苦しみ。 妬み。 そんなモノがいつでも溢レテいるのに』
「…………」
『……ワタシだけの所為なのカイ?』
「……」
『何時だって、 勝手に殺しアッテいるじゃないか』
「……」
『この子だって、 ソウだ。 憎しみに溢れて……』
ふ、 と、 男は笑う。
『ワタシは全てを終らせて、 新しい世界を創りたい』
「……世界を創る……?」
『出来の悪い物達……神さえも皆消して。 完璧なモノを新しく作るんダ。 ……素敵だろう?』
あはは、 と高らかに笑う男の姿が掻き消えた。
暗い場所に残されて。
ぼろぼろになって倒れるアジェルの傍にしゃがみこむ。
そっとその身体を抱き起こしながら、 目を閉じた。
冷たい。 ……呼吸しているのかも分からない。
涙が出てきた。
「そんなの……何度繰り返しても、 結果はきっと同じだよ。 失敗を繰り返して、 いろんな事を経験して、 それから少しずつ良くなるんだ。 誰かが悪い事にして、 出来が悪いと切り捨ててたら、 変わらないのに……」
「……デスター」
「んだよ」
「キラさんは、 もう大丈夫ですか?」
疲れたキラを部屋に運んで、 彼は自身の仕事場へと移動していた。
溜まりに溜まった魂達の嘆きは、 過去最高では無いかと言う程に部屋に反響している。
それらを順に収め、 眠りに付かせる。 と言った動作を終えひと段落した頃だ。
扉を開くと、 其処には不安げに顔を曇らせたシャールが立っていた。
「……ああ。 目が覚め次第向こうに返す」
「…………そうですか」
「なんだ。 ……どうかしたのか?」
デスターが疑問に思う程、 妙だった。
弱々しくさえ見えるその様子は、 初めて見るものだ。
「不穏な動きが見えました」
「……あ?」
「……マスターの元に、 不穏な動きが見えたのです」
「……それは」
泣きそうに顔を歪めて、 シャールは俯いた。
「力が、 奪われていくんです……」
「…………アジェルの力が、 か?」
「はい。 例の黒幕と接触があったようで、 その時何かあったみたいなんです」
「……何故分かる?」
「僕とマスターは、 最初に契約したせいか強く繋がっている。 だから、 でしょうか」
声は小さく、 弱く。
震える拳を握り締める様子は、 まるで何かに怯える子供だ。
……そう。 彼は怯えている。
少なくとも、 デスターにはそう見えた。
「……凄い速度で無くなっていくんです……。 このままでは、 マスターが……」
青ざめていく少年の頭を、 出来るだけ優しく撫ぜた。
安心させられる様な言葉は何も持っては居ない。
これが精一杯だった。
「しっかりしろよ。 ……お前が錯乱してどうする」
「でも!」
「……大丈夫だろ。 アイツがこれくらいで参るかよ。 向こうには行けないのか?」
「……はい。 上手く繋げなくて、 今はどうにも……」
「そうか……。 それなら、 リアクトに結界張って貰え。 時間ごと止めてしまえば、 なんとかなるだろ」
リアクトは記憶と共に時間を管理する者。
彼女ならば、 ‘奪われている’と言う事実を止められる。
時間の流れを強制的に止めてしまうのだから、 現象が止まるのでは無いかと言う提案だ。
あまりいい手段とは言えないが、 シャールは小さな子供のようにこくりと頷き、 リアクトの元へと向かった。
ビィに遭遇した後、 暫くしてエルフ領に入った。
今は森の中を只管に進んでいる。
昨晩もまた野宿をし、 日が昇る前の早い時間に目が覚めた。
なんだか、 気怠い。
旅に支障は無いくらいだと思っているし、 疲れが出たのかななんて思っていた。
けれど、 多分。 先日、 ビィと対峙した日からだ。
あの日から、 調子が悪い。
今日も、 まだ霧が掛かる中、 目が痛い気がして私は起きた。
周りを見ると、 まだ二人とも眠っている。
眠る前に施した結界がきちんと効いているので、 一人で離れる事にした。
起こさない様に近くの湖へ向かい、 冷たい水で顔を洗う。
湖の水は綺麗過ぎて、 反射した自身の顔がよく分かった。
そして、 気が付いてしまった。
「……色が」
右目だけが、 変化している。
私の目の色は、 本来、 紫色だった。
魔力が高まるに連れて、 今の様に黒くなったのだけど。
それが、 元に戻りかけていた。
「……っ」
ずきり、 と、 痛んだ気がして右目を押さえる。
「何……これ」
痛い。 目から脳まで揺さぶられる様な痛みが一度だけ襲った。
けれど、 その痛みすら負けない程、 気になる物を見つける。
押さえた右手の手首にも、 文様が浮かんでいた。
本で見た事がある様な文様だ。
けど、 思い出せない。
なんらかの永続魔法だったとは思うけど。
「……あの、 時?」
何か掛かる様な機会は、 あの戦闘でしかない。
とするなら、 アレに何か掛けられたんだろう。
目の色が変わっていると言う事は、 魔力に関係するのかな。
そう言えば、 ……印を付けた、 と言っていたような。
「……アジェル!」
ぼんやりしていたら、 私を呼ぶ声。
「えっ……!?」
突然の光景に、 私は驚いて動くことが出来なかった。
シャールとの話の後、 デスターはまずキラのところに向かった。
扉を開いた時には、 彼女はベッドの上で起き上がって伸びをしていた。
「起きたか」
「……うん」
「じゃ、 向こうに行くんだな」
数度瞬きをすると、 彼女は何か振り払う様に頭を軽く振った。
「もう戻らないと、 ……凄く嫌な感じがしてるから」
「わかるのか?」
「……?」
じ、 とキラがデスターを見る。
失言だったと気がつくも後の祭。
見透かされる様で、 彼は直ぐに顔を逸らしたが……遅かった。
「何か、 あったのか?」
「黒幕とアジェルが接触したらしいが……正確な事は俺は知らない」
「……。 ……そっか」
「すまないな」
「いや、 良いよ。 デスター。 訓練付き合ってくれて有難う」
「ああ」
防具やマントを装着し、 剣を持つ彼女を見ながら、 デスターは本当に小さく息を吐く。
かしゃん。
そんな音がして準備が終ったのを確認すると、 彼は言った。
「俺を召喚する時は、 呼べば良い。 特にスペルは必要ない」
「了解」
「……気をつけろよ」
「ありがと」
目を細めて笑う彼女の前で、 彼は印を組む。
「アジェルの近くに送るからな」
「うん」
「……、 ……じゃあ、 また」
彼女を送ってしまうと、 また、 彼は息を吐く。
言いたい事はもっとあった筈だ。
けれど、 何も言えず送るに留まってしまった。
『お願いね』と言った、 ライアの台詞が頭に響く。
「あー、 くそ。 次はリアクトか。 シャールは上手く説明できたのか?」
思考を振り払う様に頭を振り、 気を取り直して部屋を出た時。
彼は、 意外なものを目にし、 我が目を一瞬疑った。
「……アジェル!」
「えっ……!?」
「危ない!!」
「……キラっ?!」
弾丸の様な速さで向かってくる何かから、 アジェルを庇う様にして一緒に切り捨てられたのはキラだった。
湖の畔にある大きな木の幹に打ち付けられ、 ずるりと落ちた。
「ちっ」
男の声で、 舌打ちが聞こえる。
アジェルが見つめた先にはフードを被った何者かが、 剣を携え向かってくる姿。
飛ばされた彼女等にゆっくりとだが向かってくる男に、 動揺していたアジェルでは反撃がかなわなかった。
何より、 上にキラが乗っていたのだから動きようも無い。
「キラ! 大丈夫?!」
咳き込みながらもなんとか立ち上がる。
アジェルを庇う様に立ったまま、 剣を抜き真っ直ぐに男を見詰めた。
「……帰った途端に荒事なんて、 困るな」
視線は敵に据えたまま、 無表情にキラは言った。
起き上がった彼女を見、 男は駆け出してくる。
早い。 そう彼女が思った時には既に剣が振りかざされて居た。
そのまま数度剣がぶつかる音がする。
一度、 二度、 三度。
どれも早く重い一撃だが、 相手の男は流れる様な動きで攻めいる。
キラは防戦を続けながら、 反撃のチャンスを伺っていた。
また、 剣が合わさりギリギリと押し切られそうになる。
男の方が優勢で、 刃は彼女の目の前に迫った。
だがそれを続ける訳にも行かず、 キラは一際力を込めて振り払う。
「いい加減に、 しろ!」
「……っ」
漸く距離を取った時、 物音を聞きつけキールと少し遅れてハーティが来た。
「……アジェル、 ……キラ!!」
二人を確認した男は即座に撤退、 キラはそれを見送った。
完全に姿が見えなくなったのを確認すると、 剣を鞘へと仕舞いアジェルに向き直る。
「……アジェル。 大丈夫だったか?」
「……」
「アジェル?」
呆然としたままのアジェルの前に行き、 手を振る。
はっ、 と気づいたアジェルは、 そのまま泣きそうな勢いでキラを抱きしめた。
「キラ!!!!!」
「わっ!」
「私より、 キラは大丈夫なの?!」
「マント、 魔布で出来てるし。 あれくらいなら大丈夫」
ぽんぽんと背を撫でると、 アジェルは漸く手を放す。
唖然としてみていたハーティが、 二人の傍にちょこんと座る。
「あの……」
「あ」
「……えと……」
どうした物かと気まずい空気になった三人を見ながら、 キールが苦笑する。
「取り合えず、 自己紹介してみたら?」
そんな提案から、 朝が始まった。




