ファーストコンタクト
ぼんやりとした光だった。
薄暗い場所で、 ただ、 その光に手を伸ばす。
暖かで、 ……まるで、 日の光のようで。
心地良い。
『……う、 ………………い……だ』
そんな世界で聞こえた声は、 途切れ途切れ。
ノイズとも取れる音に耳を澄ますと、 その音は、 オレに言う。
わんわんと響いてくるような音は、 複数聞こえる。
何処から聞こえてくるか分からないそれは、 けれども徐々に、 ノイズが取れていく。
言っている事が少しずつ聞こえてくる。
『もう、 ……いやだ』
何が嫌なのか理解をすることもなく、 悲しそうに響いた音だけを記憶して。
ただ、 目を閉じて薄れる意識に身を任せた。
この朝も、 目覚ましと言うには大きすぎる爆発音で目が覚めた。
「おっはよ、 キラ」
「……」
横になった状態で、 視線を入り口へ送る。
半壊した自室の扉が空しくきぃきぃと鳴いている。
暫く続いた後。 力尽きた蝶番ごと、 床に落ちて倒れた。
それを確認してから、 目の前で満面の笑みを浮かべるエルフを見つめる。
「……ペルナ…………またか?」
「エイル君には許可取ったわよ?」
「扉を壊す許可?」
「キラを起こしに行く許可」
「……じゃあなんで扉が壊れるんだよ」
「閉まってたからよ?」
理不尽な理由だと、 オレは思う。
でも彼女はさも当然のことの様に言いのける。
そうして、 毎朝恒例おはようのハグをされていた。
彼女は、 ペルナ。
元王立魔術学校の教員だったと聞いているが、 当時城に遣えていた母さんと意気投合。
経緯は詳しく知らないけれど、 母さんの実家であるこの家と村を気に入ったようで。
十年ほど前にこちらに移った時から、 まだ小さかったオレ達を育ててくれながらお隣さんとして暮らしている。
(本人曰く)エルフ族特有の端正な顔立ちに、 金色の長い髪。 白い肌と長い耳という外見を持ちながら。
エルフ族ではあまり居ないらしい、 機械、 と言う魔術を使わない器具について研究に勤しむ一面を併せ持つ。
魔術を重んじる種族だと言う様に聞いた気もするけれど、 多分、 発明までしてしまうペルナは少し変わっているのかも知れない。
……と、 話はそれたけど。 母さん亡き今は、 兄さんと一緒に親代わりになってくれていたりする。
次の春だったかに、 結婚するだかと言う話も出ているくらいの親密度だ。
「今日も素敵な朝になったわね~」
いつもならハグが終わるとさっさとこの場を去る彼女が、 今日は違う。
何やら大荷物を廊下から引きずり出して、 目の前に広げた。
「これ、 何」
「キラちゃんに、 私とエイル君からプレゼント」
「……今日何かあったっけ」
「今日は特別な日なのよ」
言いながら、 てきぱきと中身を広げていく。
マント、 簡易の肩用防具、 魔布製の上着。
後はお手製タリスマン各種。
物語でよくある……どう見ても、 旅に出る装いのセットに見えた。
意味がわからず見つめると、 ペルナはにこりと笑う。
「今日はね、 貴女が旅に出る日なの。 さ、 着替えて着替えて」
「……着替えてって……なんで旅に?」
「ライアちゃんがね、 キラちゃんが十六になる年の今日に旅に出るようにって」
記念日の類は全て外れた何でも無い日。
何故今日なのか、 見当もつかない。
「……母さんが?」
「そうよ? 貴女の為に、 心強~い相棒が迎えにきてくれるから」
「……相棒……?」
「ライアちゃんの愛弟子」
「弟子って……オレはそんなの」
「知らないよね。 うん。 私もお城出てから会ってない。 手紙のやりとりはしてるけど」
「……ペルナも知り合いなのか?」
「うん。 名前は……」
風が吹き抜けていった。
スカートの裾が、 膝の上で微かに揺れてくすぐったい。
『イル』と書かれた看板を抜けて、 村に踏み込む。
ブーツが踏みしめた感触は別に今までの街道と変わらないけれど、 私の胸は急にどきどきとし始めた。
「此処が、 ライア様の……」
のどかな風景を見回しながら、 進んでいく。
入口から最初に見えたのは、 商店の様な建物。
扉は閉まっているけれど、 薬屋さんの様な場所や宿屋。
併設された小さな食堂。
もう少し進めば教会もあるらしい。
至って普通の村だけれど、 最愛の師の故郷とあってかどうも緊張している。
そんな楽しみ半分。 緊張半分な私の耳に届いたのは、 爆発音だった。
「……!!」
酷い音だ。 魔術が暴発でもしたのだろうか?
驚いた鳥たちが群れを成して飛んでいく様子が見える。
音の割に煙も何も出てないので、 音だけのようだったけれど。
「……何、 今の……」
音源はどこかと探そうとした矢先、 同じくびっくりした様子で出てきた村のおばさん同士の会話を耳にした。
「あら……またエリティアさんとこのペルナちゃんかね」
「こんなに大きな音は久し振りだから、 ちょっとびっくりしちゃったわ」
……え?
思わず振り返ってしまう。
ちょっとびっくりする程度らしいあの爆音の元は、 エリティア家かららしい。
エリティア家というのはライア様の実家で、 イル村の村長の家柄だ。
「…………ていうか、 ペルナ……相変わらず?」
エルフなので外見は大して変わっていないはずなのだけど。
発明はエスカレートしている……のかも知れない。
「……兎に角。 向こうに行けばいいのね」
音のした方に向かって、 歩くことにする。
ペルナに会うのも久し振りだから楽しみだし、 ライア様のお墓にお参りにも行きたいし。
そして、 ライア様のお子さん達に会うのが何より楽しみだった。
気付いた頃には、 笑みが溢れる。
さっきの緊張は何処へやら。
私は今、 わくわくしている。
「アジェル・ディーティ?」
「うん。 すーごく良い子だから、 人見知りなキラちゃんでも絶対仲良くなれるよ」
「……誰が人見知り」
「キラちゃん」
にっこりと笑いながら、 ペルナはキラの着替えの手伝いをしていた。
魔布製の上着は深い緑色で、 やや厚みがあるが柔らかな物だった。
どうやらペルナの好きな色らしい。
「似合う似合う。 取って置きので作ったから、 丈夫だよ~」
「……魔布ってイマイチよく分からないんだけど」
「装備してる人の魔力値で硬度が変わるの。 キラちゃんなら其処らの鋼より硬くする事が出来るんじゃないかな」
「……へぇ、 便利なんだな」
「でしょ? 世の魔術師は物理攻撃に弱いからね。 こう言うのは標準装備なの」
一頻り着せて、 不備が無いか確認をする。
肩につけるなめし革で造られた防具と同じ色の薄茶のマントを取り付けて「よし、 似合う」と頷いた。
そうして、 懐から五センチ程の大きさの濁った様な青い石が付いたブローチを取り出した。
「それは?」
「これは、 私が昔作ったお守り。 タリスマンよ?」
言いながら自らの手の平に乗せると、 キラの目の前にずいっと出す。
「何」
「手。 出して?」
ぽんとキラの手がタリスマンを挟んで上に乗ると、 ペルナはそっと顔を近づけた。
『この子供に、 祝福を』
話す言葉とは違う響きで、 キラの耳には届いていた。
なんと言ったのか、 彼女には分かっていない。
エルフ族特有のこの言葉は、 魔力を秘めた音を使う時だけの、 特別な声だった。
根本的なところで、 魔力の使い方が人間とは違うのだと知らしめられた様だ。
「はい、 完了~」
「……ありがと」
「この石はね、 ライアちゃんが作るのを手伝ってくれたものなんだよー?」
聞きながら、 キラはじっとブローチを見詰めていた。
深い青の不透明だった石が、 段々と透明度を増してくる。
「……ペルナ」
「なぁに?」
「何を入れたんだ?」
タリスマンには、 特定の言葉を入れることが多い。
販売物ならば、 入るスペルや作った物の能力で値段はピンきりだ。
「守」(ガード)や「力」(パワー)と言った物が一般的で、 入れるスペルによっては投げつけて使用する者も居る。
「秘密ー」
「……なんで」
「でも、 悪いことじゃないよ。 おまじないだと思ってくれれば良いから」
「…………あ、 そ」
「興味なくすの早いぞー!」
「…………別に」
言いながら、 グローブを嵌めて準備を終えた。
最後に、 愛用している両手剣の鞘にベルトを通して完了、 となるらしい。
「じゃ、 エイル君にも挨拶しとこうね」
アジェルはきょろきょろとしながら、 歩みを進めていた。
ポニーテールにした蒼の長い髪を緑色のリボンで纏めている。
彼女が歩く度、 リボンが揺れた。
纏ったマントは二藍色をして、 こちらも短いスカートと共に揺れている。
小さな村だ。 少し歩いた後、 彼女は目的地にたどり着く。
村の一番奥の立派な門構えの家。
此処がエリティア家だろう。
深呼吸して扉をノックすると、 男の人の声がした。
「はい」
「こんにちは。 あの……アジェル・ディーティと申します」
「ディーティさん?」
「えぇ。 失礼ですが、 エリティア様のお宅で宜しいでしょうか?」
「そうですが……、 あの、 キラのお友達ですか?」
「……友達ではなくて……。 あの……ペルナが此処に居ると伺って」
「あぁ、 ペルナのお友達ですか」
「……、 ええ」
「今、 二階に居るので。 良かったら、 どうぞ中でお待ち下さい」
赤毛の青年が笑う顔を、 何処か懐かしそうにアジェルは見ていた。
男性にしては少し長い髪も相まって、 彼女は其処に師の面影を見ているからだ。
客間に通され椅子に掛けると、 青年はお茶を煎れて持ってきた。
「有難うございます」
「もう降りてきますから」
「はい」
そんな会話の後、 すぐ。
アジェルがカップに口を付ける前に、 彼女が来た。
「アジェルちゃん!」
凄い勢いで扉を開いて部屋に入るのは、 全然変わってないペルナだった。
城で仕事をしていた時は、 まだおとなしかったと記憶していたけれど。
記憶の彼女とやや違う事に戸惑いつつも、 懐かしい暖かさに顔が綻ぶ。
「久し振り」
「うん、 久し振り!おっきくなったね~」
「最後にあった時は、 子供だったもの」
「私からしたら、 今も子供だよ~」
言いながら、 よしよしと頭を撫でられる。
……あぁ、 うん。 そうだ。
これは昔と変わってない。
「……あ!そう!紹介しなくちゃ」
言ってペルナは振り返る。
追って視線を投げ掛けると、 其処に居たのは女の子だった。
「……あ」
雰囲気は勿論違うけど。
お兄さんよりも更にライア様と似ている女の子が立っていた。
ペルナの手紙では十六になる、 とあった気がするけど。
もう少し年上に見える、 しっかりしたお嬢さんに思えた。
短い髪は、 燃えるような赤い色。
けれども、 目は綺麗な瑠璃色で…ますます師を思い出す。
「アジェルちゃんだよ?」
「あの……キラ・エリティアです」
じっと見ていた私があまりに不審だったかも知れない。
女の子にしては少し低い感じの声でそう自己紹介すると、 きっちりとした動作で頭を下げる。
一瞬迷ったけれど、 此処は私もちゃんとしとこうと思い席を立った。
最初が肝心だものね。
「こんにちは、キラさん。 アルミス国外交官アジェル・ディーティと申します。 本日は、 我が師ライア・エリティア様とのお約束を果たしに参りました」
右手を胸に、 頭を下げる。
簡易のものではあるけれど、 お仕事用のきちんとした挨拶だ。
「……あれ、 アジェルちゃん外交官なんだ」
「…………言ってなかったっけ?」
聞こえてくる声に思わず返してしまうと、 小さく笑う。
今日はお仕事じゃない。
「キラさん。 貴女に会えて光栄です」
差し出した手。
「……ありがとうございます」
そう、 ぎこちなく言って、 手を握り返してくれる。
最初としては悪くはないと思う。
いい関係が、 築いていけそうだ。