守護者
受け入れた。
力を、 その先の未来を。
せめて、 最後の望みは叶えたいと。
利用されているのは、 分かってる。
でも、 自分達ではもうどうしようも無いと知った。
これなら。 ……この方法なら、 こんな自分達でも役に立てる気がして。
繰り返さない為に、 受け入れた。
力を、 その先の未来を……。
悪魔は、 数日部屋に篭って何かしているらしい。
アルミス襲撃は知っていたが、 それ以降は一切関与していないから……正直な話、 内容は良く分からない。
だが、 俺達の中では既にどうでも良いことだった。
本格的に戦争が始まって世界が荒れるなら、 悪魔はそれで満足だろう。
そしたら、 クレシェの術を解いてもらう。
と、 同時に此処から遠い場所に移動させて貰おうか。
俺はその時居られないから、 危険な場所に置く事になるのは忍びなかった。
城の地下には古い本が詰め込まれた書庫の様な場所がある。
其処から長い廊下を抜けて、 謁見の間へ。 日課の様な物だ。
帰ってきてから一日も欠かした事は無い。
クレシェが居るから、 と言うのが理由だったが、 何か変化があるかも知れないなんて淡い期待も抱いていた。
そして、 もう一つ。 理由があった。
悪魔ビィと契約をしてから、 日に日に心を蝕まれていく様な感覚がしていた。
抵抗する為に、 常に緊張状態であると言っても過言では無い。
城の中の何処でも奴は出てこれるらしく、 ならば、 と開き直って此処にした。
クリスタルの柱の傍らまで来て、 漸く少し肩の力を抜く。
見上げると、 眠るように目を閉じている姿。
生きていると感じ取れるだけで、 話が出来る訳でも何でもないが。
……妙に落ち着いた。
けれど、 そんな想いに浸る時間は無い。
途端に、 ざわざわと、 また何か染み込んでくる。
「……面倒臭い術を使われてるな」
ち、 と舌打ちが出る。 精神が安定しない。
無意識に右の手首を引っ掻いて、 気付いた自分に嫌悪する。
まただ、 また。
服の上からがりがりとしている分には良いが、 そろそろ手首は傷だらけだ。
最初はそうでもなかったが、 右の手首に浮き出た文様は、 手首一週分。
其処から始まり、 上は手の甲に掛かるくらい。
下は、 肘の辺りまで黒く何かの文字が描かれていた。
その部分をさすりながら目を閉じる。
床に座り込み、 クリスタルの柱に背を預けた。
「いつ掛けられたか分からないなんて、 俺も焼きが回ってきてるって事か?」
ドレイン。 魔力吸収の永続魔法。 呪詛の一種でもある。
右腕の文様は最後はきっと、 体全体に広がるだろう。
多分、 『契約をする』ってのは、 これも含まれるんだろう。
この程度で済んでるのは、 まだ序の口だからだ。
生憎、 こういうものの解除魔法は、 相性が悪いのか習得出来なかった。
このクリスタルも呪いで有ることは分かるが、 解除は出来ない。
もう少し勉強していれば良かったと今更ながらに後悔する。
まあ、 どうせ使えやしなかっただろうけどな。
しかし……。
「結局、 代金払わされてるじゃねぇか」
溜息を吐くと共に目を開けると、 一瞬息が白く見えた。
寒さは少し堪えたが、 けれど、 動く気にはなれなかった。
どうやら、 自分も此処には居たいらしい。
「……」
安心する、 と言うのか。
それが、 イリアスが思う事なのか、 俺自身が思う事なのか分からなかった。
あいつと違って俺は相当嫌われていたが、 それでも‘安心する’なんて感じるのは不思議だ。
「まあ、 お前は嫌かも知れないけどな」
くつくつと笑いがこみ上げる。
クレシェは相当な変わり者で、 エルフの癖に俺等を差別せず当たり前の生き物として扱った。
怪我をすれば有無を言わさず治療するし、 無茶をすれば叱り飛ばす。
潔癖症なのか知らないが、 誰かと戦う度、 クレシェは嫌な顔をした。
返り血に染まったりなんてした日には烈火の如く怒られたりもしたし、 ……けれど、 まあ。
穏やかに笑っているのを見ている、 なんて日も少なからずあった。
百年程だろうか。 長い時間、 俺達と共に旅をしていたのだから、 思い出す事なんて山の様にある。
だが、 そんな……想い出に浸るなんて、 無かった事だ。
今だけだ。
もう直ぐ、 俺は出来なくなる。
「在って無い様な物……、 有効に使えるなら本望だ」
クリスタルのクレシェを見上げた。
綺麗だよな、 と思う。
俺自身の目では、 怒っているか、 不機嫌そうか、 泣きそうな顔か。
そういう感じの顔しか見た事が無かったが、 クリスタルの中では、 眠っているように穏やかな顔だ。
イリアスを通して見た時に近い顔をしている。
「出してやるからな、 必ず」
手を握り締めて、 胸に押し付ける。
「……お前の分も、 イリアスの分も、 俺が全部引き受けてやるよ」
「守る、 者?」
きょとんとしたキラに、 シャールは笑ってみせる。
それから、 すたすたとデスターのところに歩いて行き、 何やら耳打ちをしていた。
「は?」
「……だって、 もう決めてるんでしょう?」
「……お前、 さては」
「宿命、 と、 前に言ったでしょう? ちゃんと出会ったんですから」
「………………仕組んだのか?」
「人聞きが悪いですね」
「………………。 取り合えず、 お前等は消えろ」
「嫌ですよ。 またマスターが心配するじゃないですか」
そんな会話も、 キラには断片的にしか聞こえない。
リアクトは主にデスターを見ながらにやにやしている。
アジェルは多少不服そうではあるが、 一人頷くと、 キラをぎゅーっと抱きしめた。
「アジェル?」
「……御免ね、 キラ」
「?」
「ちゃんと奴には釘刺しといてあげるからね」
「……何を?」
ずっと置いてけぼりを喰らっていたキラだが、 最後まで置いてけぼりを喰らったままだった。
アジェルはキラを開放すると、 リアクトの元に行く。
代わりに、 シャールとデスターがキラの元へ来た。
「彼を、 貴女の守護につけます」
「……守護って言うか、 力を与えるだけだがな」
「ただ、 契約するのに魔力がかなり必要なのですが。 このままではキラさんの身体と心に負担が掛かってしまうと思うので。 契約するのに必要な力は、 僕が補いましょう」
「……契約?」
かくり、 と首を傾げるキラにシャールは笑う。
「まあ、 難しく考えなくて良いですよ。 ピンチの時に、 遠慮なくデスターを盾に使えるって言うだけです」
「…………誰がだ」
「それくらい良いじゃないですか。 女性は守るものでしょう。 どうせ物理的に傷なんて付かないんですから」
笑みは優しいが言い方がきついシャールに負けて黙ったデスターから視線をはずし、 キラを見る。
「では先に僕の魔力をお送りしますね? 何か媒体になるような物は……」
「?」
そして、 シャールはキラの洋服の襟元につけられたブローチを指差した。
「その石を、 お借りできますか?」
「此れを?」
「はい」
言われるままに差し出したブローチは、 旅に出る時にぺルナが手渡したタリスマンだ。
その石を手にしシャールは少し驚いた顔をしたが、 その後すぐにまた優しげに笑った。
「……良い術者に力を授かった石ですね。 素敵な言葉が込められている」
「そうなんだ」
「はい。 これなら、 力を入れても大丈夫です。 ちょっと待ってて下さいね」
石を右の手の平に乗せたまま、 シャールは目を閉じる。
左手は石の上で数回撫でる様な動作をすると、 石はほんの少し橙色に輝いた。
光が収まると、 また元の蒼に戻る。
「有難う御座いました。 お返ししますね」
また元の位置に戻ったタリスマンを確認し、 シャールはまた目を閉じる。
「お手を」
差し出された手に、 キラが触れる。
シャールの手は少年のそれで、 小さく華奢であった。
見た目の年齢が対して変わらない、 しかも女であるキラの手と大差ない。
その手の合わさった所から光が溢れて、 一瞬、 視界を奪った。
「わっ」
溢れる光はそのまま、 キラの身体に吸い込まれていくようだった。
少しの間、 それが続く。
部屋を満たさんばかりだった光が全て無くなると、 頬を紅潮させてキラが瞬きをしていた。
「タリスマンを媒体にしたので、 身体に影響は無いと思いますけど」
「わ……あ、 有難う御座います」
「いえ。 ……デスター。 交代します」
ぎこちなく敬語になるキラに苦笑しながら、 シャールは面倒臭そうにしているデスターの背をぽんと叩いた。
キラはと言えば、 意味無く手を握ったり開いたりしながら、 何かせわしなく動いている。
「どうしたの、 キラ」
「なんだか、 ……こう、 ぽかぽかしてて、 テンションが高いと言うか」
キラの回答に、 リアクトが補足する。
「媒体があったにせよ、 魔力を一度に沢山貰ったからだと思うよ」
「ほんとに魔力型の人間って、 魔力に心が左右されるよね」
しみじみそう言うアジェルだが、 キラがなんだか楽しそうなので笑みを零した。
本人がテンションが高いと言う様に、 本当に気分が高揚している様だからだ。
一緒に旅をしてまだ期間が短いからと言えばそれまでだが、 キラは感情の起伏があまり無いので珍しい。
「……もう良いか?」
黙って出番を待っていたデスターが、 怪訝な顔で尋ねる。
「あ、 うん。 大丈夫」
「……」
浮かない表情をしているデスターに気づき、 キラはじっと見つめる。
「何だ」
「契約?面倒だったら別に」
「そうじゃない」
「……うん?」
「契約終わった後の、 あいつらのリアクションを考えると憂鬱なだけだ」
「??」
「……主にアジェルな。 ……取り合えず、 お前は関係ないから心配するな」
「……ああ」
「じゃあ」
デスターの右手が握った状態で差し出される。
キラの目の前でゆっくり開かれると、 黒の石が現れた。
「これは?」
「核」
「?」
「……なんというか。 生き物で言う心臓の様な。 ……俺の存在を保つ為に必要な物を、 具現化した物だ」
言いながら、 彼は石を持った手の指先でそっとキラの額に触れる。
さらり、 さらり。
指の隙間から、 黒の粉が落ちる。
受け止めようと手を出すキラに触れる事無く、 それは消えた。
「良いのか?」
「問題ない。 お前の中には、 既にある」
言いながらデスターが目を閉じる。
契約の仕方は、 精霊によってそれぞれ違う。
仕方自体は本人が決めれる訳ではなく、 生み出された時に創造主が決めるのだ。
共通しているのは、 核である石が必要なことだけ。
シャールの時は契約のスペルが必要なだけだったなあと思いながら、 アジェルはぼんやり眺めていた。
「手、 出せ」
言うとおりに右手を差し出す。
その間にデスターは、 肩膝を床につけて彼女を見上げた。
「はい」
差し出された手を無言のままくるりと返し、 甲に軽く口付ける。
まさに、 騎士が忠誠を誓うそれだ。
グローブをしているとは言え、 そんな体験が無いキラは、 かあっと顔を赤くした。
アジェルは見慣れこそしてはいるが、 ぴしりと固まる。
リアクトだけが、 そんな皆のリアクションを楽しそうに見ていた。
「キラ・エリティア。 お前を、 我が契約者として認める」
手を見つめるデスターの声が、 そうを告げる。
恐ろしく面倒臭そうな口調の割に、 声そのものは何かを決意する響きを感じる。
それで終わりだと言う様に、 手を離しデスターは立ち上がった。
契約が成立すると、 キラの意識はふわりと浮くような錯覚に捕らわれる。
同時にキラの耳には高い音が響き、 頭が揺さぶられる様な感覚に襲われた。
ぴぃいいいいいいいん!
それは彼女だけに大音量で聞こえていたらしく、 堪らず体勢を崩す。
「いっ」
突然がくりと膝から崩れるキラの身体を、 慌ててデスターが支えた。
耳を押さえつつも見上げるキラの目にはまた涙が溜まっている。
そのままずるずると床に座り込んだ。
「……大丈夫か?」
「……」
「……おい」
「…………大丈夫。 びっくりしただけだから」
「シャールから魔力貰って直ぐだからな。 大丈夫だとは思うが……何処か異常は無いか?」
俯くキラの頭をぽんぽん撫でるデスターだったが、 はっと気が付き、 視線を上げた。
「……デスター?」
いつ移動したのか、 アジェルがふるふると震えてデスターの目の前に仁王立ちしていた。
アジェルも若干涙目だが、 手には愛用のナイフが握られている。
「事と次第によっちゃあ、 どうなるか分かってる?って、 言ったわよね?」
「……ちょ、 まて」
「何よ。 あんた、 これ以上キラちゃんに変なことしたら、 消滅させるわよ」
「言うと思ってたよ……。 だから、 消えろって言ったのに」
助けを求める様にシャールを見たが、 彼はくすくす笑っている。
リアクトも相変わらずにやにや笑っていた。
「……マスター、 消滅は勘弁してあげてください。 僕等の契約の仕方はそれぞれに決められているので」
「下心ないとは限らないでしょ。 ……やっぱり、 一回……殺っとく?」
アジェルの目がきらりと鋭く光った……気がした。
「……面倒臭い奴だな」
疲れたように見上げたデスターだったが、 アジェルのマントをキラが引っ張る。
「アジェル、 大丈夫だから。 落ち着いて」
「ほんとに? ……何かあったら、 言うのよ?すぐ成敗してあげるから」
「お前……いい加減にしないと、 そろそろ俺も怒るぞ」
苛々し始めたデスターだが、 悠長に出来たのもそろそろ此処までらしい。
「皆、 ちょっと」
リアクトがまた、 本を開く。
彼女の後ろには、 既に大量の本の山が形成されていた。
「……なんだ? 何か起こっているのか?」
「ええ。 ……神託とは少し違うようですが、 戦いが、 ね」
デスターの問いに、 シャールが返した。
「ユーダが、 ほぼ壊滅したわ」
「え……?」
「正確にはザラトが、 だけど。 ……生存者は比較的多いけれど、 街がもうない」
淡々と告げる。
自分の感覚ではさっきまで居た場所が、 壊滅したのだ。
アジェルは驚いて目を丸くした。
本から何かを受け取る時、 リアクトはいつもとは打って変わって、 表情が無くなる。
目を閉じ、 ただ、 起こった事を告げていた。
「巫女は、 生きているの?」
聞いたアジェル自身が、 困惑していた。
彼女は、 あまりあの巫女が好きでは無い。
だが、 気になったのだ。
「生きている。 ……アジェルの幼馴染が助けているわ」
「……ユーダに居るの?なんで?」
「……キールであってるわよね? 単独で南へ向かっている。 今は、 ……スティアル辺りに居るわ」
スティアルと言うのは、 ユーダ国を南に抜けて最初にある街。
港もある大きな街だ。
「アルミスが襲われたって言ったわよね?あれの、 原因追求の為に、 南に」
「……そう」
アジェルは、 唇を噛んだ。
魔力の継承と、 精霊との契約。
これからキラは、 力を安定させる為に暫くこちらに居なくはいけないだろう。
だが、 事態は進んでいる。
「こっちと向こうは、 時間の流れが違うの?」
「そうね。 こっちの方が、 少し早いかも知れないわ」
「……」
どうしようか、 決め兼ねている様だった。
一度、 キラを見る。
疲れてくたりとしたまま座り込んでいる。
今は、 会話に参加させるのも辛いだろう。
向こうでは、 キールが南へを向かっていると言う。
それも、 単独で。
暫く状況を聞いていたが、 どうも、 魔術がメインの戦いになりそうではないか。
彼には魔術の要素が無く、 防衛の手段は無かった。
自分が行くべきか、 けれど、 キラを残していくのは忍びない。
けれども、 アジェルは選んだ。
「……キラ」
「?」
「私、 向こうに行くわ」
「アジェル……」
「キラは此処で調子を整えて、 それから追ってきて。 必ず、 また会いましょう」
床に膝を付き、 キラを再び抱きしめる。
よしよしと頭を撫でながら、 近くのデスターを見上げる。
「……、 デスター」
「なんだ」
「キラを頼んだわよ。 きちんと力を扱える様にしてあげて」
「……ああ」
別れを惜しむように抱き締めていたが、 気が済むと、 アジェルは開放してからにこりと笑いかけた。
「それじゃ。 また、 後で。 シャール。 私をキールの所に送ってくれる?」
「わかりました」
アジェルの姿が消えるのを、 キラはぼんやりと見ていた。
気のせいか、 背中が霞んで見えたのだ。
「……アジェル、 …………大丈夫かな」
「心配するなら、 早く復活してやれ」
「……うん」
「……アジェルが、 ザラトに……?」
スティアルの街では、 ザラト壊滅の噂で持ちきりだった。
ハーティを救出した後、 生き残った街の人々が安全な場所にと言うので連れて来たまでは良かったが。
自警団はソレ何処では無い様子。
次は我が身と、 国がざわついている始末だ。
これでは、 巫女を預けたところで仕方ないかも知れない。
事実、 相手にもして貰えない状況が続いていた。
どうした物かと考えていたキールだったが、 兎に角、 ハーティを休ませなければいけない。
そうして、 宿を用意し、 今に至る。
ユーダで調達した馬を預け宿の食堂で食事を採らせていた時に、 彼女から意外な人物の名を聞いたのだ。
「……何故、 それを?」
「アジェル様が、 教会にお見えになられて」
「元気でしたか?」
「ええ。 お元気そうでした。 ……あの……」
「はい」
「騎士様は……」
「キールで良いですよ?」
「では、 キール様は……ザラトがあの様な状態になって、 アジェル様のご心配はされないのですか?」
自分は心配でならない、 と言う雰囲気で、 ハーティが呟く。
だが、 キールはにこりと笑い掛け否定した。
「アジェルなら大丈夫ですよ」
「……何か、 確証でも?」
「僕の勘です。 ……でも大丈夫」
自信ありげに言い切るキールに、 ハーティは泣き出しそうな顔で俯く。
「……私は、 心配です……。 沢山の方が傷つき、 育った街は無くなり。 皆さんは、 今どうしているかしら……。 中心部が落された事で、 ユーダは機能しなくなりました。 あんな怖い体験をしたのは初めてですし……、 私は……街の為に何も出来ませんでした。 直前にお会いしていたアジェル様の安否も気になりますし……、 私、 これからどうしたら……」
零される言葉は、 震えた音で落ちていく。
テーブルの向かいで、 キールは優しく笑い掛けた。
「巫女殿。 今日はゆっくり休まれると良い」
「……」
「アジェルの事なら、 気にしなくて良いと思います。 そのうち、 ひょっこり現れるでしょう。 それよりも、 ご自身の事を気にしてください。 街の方は、 貴女が無事だった事を心から喜ばれていました。 なのに、 その貴女が倒れでもしたら、 それこそ街の人は悲しむでしょう」
「……はい」
ハーティの思いつめた表情を見ながら、 どうすべきかとキールは悩んでいた。
少しずつ、 少しずつ。
ああ、 でも もう直ぐだ。
ワタシは嬉しいよ。
満たされていく感覚は、 久しぶりだ。
壊れてしまえ。
壊して、 しまえ。
こつこつ。
靴音が近づいてくる。
扉が開く。 その向こうには、 ダークエルフの共犯者。
「こんにちは、 ヴァルト様。 計画は順調ですよ」
に、 と笑ってみせる。
床に描いた魔法陣が、 鈍く光る。
魔力が通う証拠だ。
ワタシは其処に座って、 各地に仕掛けた魔物を操ったりする。
が、 今日はお休み。
先日アルミスで負った傷は、 思ったより深いみたいだ。
あの人間の力が強かったのか、 それともこの身体にガタが来てるのか。
そして連日の活動。
魔力が弱まってる事に違いはないんだろうね。
そんな状態でも、 活動を続けているワタシが偉いと思う。
「お前……」
だけども、 共犯者の顔は浮かない顔。
ワタシの日々の活動が目に見えてわからないからかな?
「なんですか?」
「……、 ……いや、 なんでもない。 作業は頼んだぞ」
そうして、 共犯者は去っていく。
扉の向こうに消える際、 右手首を押さえていたような気がする。
気づかれたかな。
「ふむ」
契約した時に、 血を貰った。
形式的なものだけれど、 あれを媒体に、 ワタシは彼に術を掛けた。
彼から魔力を貰う術。
初期段階は体の一部に文様が出るんだよね。
彼の場合は手首だったらしい。
もしかすると、 もう手首だけじゃないのかも知れないね。
腐ってもエルフ族だし魔力はある方だと思ったけど、 案外と初期段階に達するのが早かったな。
「……て、 ワタシが怪我したからか」
回復に力を使っただけだと行き当たり、 少し笑った。
ごめんね、 ダークエルフ君。
でもまあ、 所詮君も餌なわけだし、 別にいいよね?
「さあ、 次はどうしよう……?」
わくわくするよ。
満たされていく感覚が、 心地良い。
もっと欲しい。
もっと、 もっと……。
「マシになったか?」
「うん……大丈夫」
あれから場所はデスターの部屋に移動していた。
図書館に本が溢れてきたのが原因だ。
つまりそれは、 それだけの生き物の時が終わりを迎えたという事。
世界は確実に被害を受けている、 という事に他ならない。
そんな訳で、 リアクトは仕事に追われていた。
シャールは、 エルフの森の魔物を沈静するのに当たっていたウインド・フェイの両者からの報告を受けている。
思いの他深刻な状況であったが為に、 そんな場所に具合の悪いキラは置いて置けないと、 デスターに暫く様子を見るように移動させた次第だ。
そう言う経緯があって移動した場所だが、 一応『部屋』というだけありベッドに机と椅子、 本棚があった。
けれど使われた形跡は一切無い。
基本的に、 彼らに不必要だからだ。
その生活観ゼロのベッドに寝かされて、 キラはぐったりしていた。
「大丈夫には全く見えないんだが」
「……御免。 ほんとはまだ無理」
見下ろしてくるデスターの呆れ顔に、 キラは苦笑して返した。
「……まあ、 受け入れたのは凄いけどな」
言ってデスターはベッド脇に椅子を置くと、 足を組んで座った。
「?」
「アジェルは、 受け入れる為に魔力を高めて俺等と契約したんだが。 お前は前準備を何もしてなかっただろ。 若干精神も不安定な時に作業してるし。 素質があるから選ばれたとは言え、 俺とシャールの力を受け入れるのはちょっと骨が折れると思う」
「……そっか、 アジェルはやっぱ凄いんだな」
流石、 と続いたキラの台詞に、 デスターは溜息を吐いて視線をはずす。
「……お前な」
「なんだよ」
「自分は弱いと言って力を求めるのも結構なことだが。 お前は、 契約をする前も十分力が強かったんだ」
「え?」
「アジェルは人間の範囲を超えてるだけで、 お前だって十分強い部類に入る。 それは素質もあるが、 自分で努力した結果だろ? アルミスで兵器になりかけたガキを助けたろ。 あいつもそうやって言ってたぞ」
「……兵器、 ……あの緑の?」
「そうだ」
「何で、 知ってるんだ?」
「……。 ……お前、 俺等の事を全く説明受けてないのか?」
「うん」
「そんな状態で、 なんの疑問も抱かずに俺達と契約したとか……馬鹿か、 お前は!!」
「不思議だなって思ったけど。 聞く機会が無かっただけで、 そんな言われ方する事は無いと思う」
むすっとしたキラに対して、 デスターは呆れて彼女を見る。
つい声を荒げたデスターではあるが、 やれやれと頭を振ると、 面倒臭そうに説明を始めた。
「じゃあ、 ちょっとだけ説明してやるから」
「……なんでそんな、 基本的に面倒臭そうなんだよ」
「デフォルトだ。 気にするな」
いけしゃあしゃあと言い放つデスターに、 キラは返す言葉も無く絶句した。
それでも説明すると言うから、 ベッドの上に身体を起こして聞く体勢にする。
デスターは少しだけ体の向きをキラの方に向けて話を始めた。
「さっき、 神って言ったのが居たろ」
「うん」
「あれは、 俺達は創造主と呼んでいる。 二人居て、 お前が見たのは片割れ。 ルディア。 もう一人は今、 居ない」
「居ない?……なんで?」
「さあな。 で、 その二人が世界を造るんだが、 造った世界はお前等が住んでる場所。 其処を管理するのが、 俺達、 精霊だ」
「ふぅん……」
「精霊は、 大体属性別に分かれてて、 七人居る」
「七人?」
「俺とシャールとリアクトは此処……便宜上‘神界’と呼ぶが。 命あるモノの再生を管理する。 後、 四大元素はわかるな?あいつ等はお前等の世界を構成しているから、 基本は向こうに居る」
「四大元素は地水火風??」
「そう。 それだ」
知ってて偉いと言わんばかりに頭を撫ぜたデスターに、 複雑な思いを抱いたキラだがそれはスルーした。
魔術を心得る物ならば属性知識等、 初歩中の初歩である。
子供扱いされた気がする、 とは言えなかったのが本当のところだ。
「……リアクトは最初会った時、 自分達はオレ達の言う‘神様’みたいなものだって言ってたけど。 創造主も神様?」
「重複するが、 創造主が所謂‘神’だな。 俺達は使役されてるに過ぎない」
「……話が、 ややこしい」
「じゃあ、 箱庭を想像してみろ」
「箱庭?」
「ああ。 その中に、 どんな人形を置き、 どんな背景や道具を揃えるか考えるのが創造主。 考えた人形を造って管理するのが、 俺達。 背景や道具を造っての管理をするのが、 四大元素」
「……うーん」
言われた通りに想像してうんうん唸るキラに苦笑しながら、 デスターは少し息を吐く。
何か呟いた気もしたが、 それはキラには聞こえなかった。
一頻り想像が終ったキラは、 かくりと首を傾げデスターを見る。
「図書館で本を管理してたけど、 アレは何の本?」
「あれは魂の記憶を記録したものだ。 生き物が命尽きるとそれまでの記憶は、 本となってリアクトに管理される」
「でも、 オレの本もあったよ?」
「……あー。 ええと、 正確に言うと、 リアクトは完結した物語のチェックをしている事になる」
「じゃあ、 あの本は人一人の人生、 か」
「そうだな」
「あ、 でも、 さっき本がいっぱい増えてたけど……」
「それだけ命尽きた奴が多いって話だろ」
「……戦いが始まったって言ってたもんな。 それで……デスターとシャールは何をしてるんだ?」
「俺達は、 命の始まりと終わりを管理している」
「デスターは終わりの方?」
見た目から受けるイメージそのままだが、 実際にそうなのでデスターは頷いてみせる。
「まあな」
「だから、 知ってたんだ。 ……あの子は、 あれからどうなったんだ?」
「次に生を得る時まで、 他の奴等と一緒に眠ってる」
「そっか。 ……うん、 有難う。 取り敢えずデスター達が凄いんだっていうのはちょっと理解出来た」
そう言いながらキラが少し笑った。
だがその笑みもすぐ消え、 眉を顰めて息を吐いた。
「……話の途中で悪いんだけど、 ちょっと寝ても良いかな……」
「いちいち許可を取るな。 悪かったな、 長話して」
「……」
「気にせず休め」
手を伸ばして、 また赤毛を撫ぜる。
言い方は殆ど変わらないが、 声音にきつさは最初ほど無い。
「うん……お休み」
そんな少しの変化に笑いながら横になると、 キラは急速に眠りに落ちていった。
「……きゃっ!!!」
どさり、 と、 落ちた場所は、 床の上だった。
尻餅をついた格好で、 あいたたと腰をさする。
シャールももうちょっと考えて送ってくれたら良いのに、 なんて思っていたら。
「……アジェル、 様?」
目の前には、 巫女が居た。
辺りを見れば、 其処は宿屋の一室。
巫女は鏡台前に座って、 タオルを握り締めて泣いていた。
「……あら、 巫女様」
気まずい事この上ない。
どうしようか迷って、 視線を彷徨わせる。
だが、 そんな私にお構い無しに、 巫女はまたぽろぽろと涙を零して泣き出した。
呆気にとられる私を前に、 良かった、 良かったと言いながら涙を零す。
……なんだか、 胸が痛い。
そんな様子を見ながら、 胸が締め付けられる想いに駆られる。
私にとって、 この子は仕事上の付き合いがある相手。
それ以上では無いが、 それ以下になる可能性はいつでもあった。
"ユーダの巫女"と言うだけで気に入らない。 それが、 理由。
自分で言うのもなんだけど、 珍しい。
好きになる理由は追求したいが、 嫌いになる理由は追求したくなくてそのままにしていた。
「……巫女様。 何故泣いておられるのですか?」
私の今までの態度は、 お世辞にも良いとは言えないものだった。
明らかに好意的にしてくれてるこの子を、 あんなに邪険にしてきたのに。
先日のザラトでの話した時だってそうだ。
触れて欲しくない話題だったとは言え、 八つ当たり同然の言動をしてきたのに。
「……アジェル様が、 無事だったからです。 ザラトでの戦いに巻き込まれたのではと、 心配しておりました」
今、 この子は、 泣いている。
私が無事で良かった、 と、 そんな理由で。
ユーダ国は、 基本的にザラト自体が国だと言っても過言では無いほど小さな国だ。
其処が落ちて、 ……帰る場所が無くて、 彼女はどうするのだろうか。
行き場はあるのだろうか。
どんな状況だったのか知らないが、 リアクトは「ほぼ壊滅」と言っていた。
『…………、 …………嫌だ……、 母様……!!』
頭の隅で、 小さな私が泣いていた。
炎の熱さを今も思い出す。 血の色、 臭い。 壊れた街。
私の住んでいた場所は魔物に攻め落とされた。
小さな私は何も出来ずに泣いていた。 助けられないんだと実感した後の、 あの絶望感。
「……」
其処から私の手を引いて逃げてくれたのはキールで。
その後、 ライア様に拾われた。
行く宛の無かった私達を拾って下さったから、 私は今、 此処に居る。
心も身体もぼろぼろになっていた私を、 ライア様が助けて下さったから、 生きていられた。
思い出すそんな出来事を振り払うように頭を軽く振って、 鏡台の椅子に座る巫女を見上げた。
「私は、 大丈夫です」
顔を覆う手の隙間から、 流れる涙を見た。
なんて、 綺麗な涙なのかしら。
巫女だなんて崇められて、 政治にも少なからず影響力のある子。
でも、 それでも幼いただの小さい子なんだって、 ずっと忘れていた。
「ザラトが落ちたと聞きました。 ……ご無事で何よりでした、 巫女様」
帰る場所が無くて、 心細いだろう。
いつも一緒に居た人が居なくて、 寂しいだろう。
これからを思って、 不安だろう。
状況も条件も違うが、 近い感覚を近い環境で経験した事がある。
痛い程、 理解できる……気がした。
「……怖かったですね」
言う私の声が、 震える。
涙で視界が歪んだ。
恐る恐る伸ばした手で、 巫女の頭を撫でてやる。
震えて泣く目の前の子が、 本当に小さくて弱い、 普通の子供なんだと理解した。
すうすうと眠るキラを見ながら、 深い溜息を吐いた。
瑠璃色の目の思い出す。
綺麗な色だと思ったが、 多分、 目覚めた頃には失うだろう。
魔力が高い人間は、 瞳の色が、 黒になってしまうらしい。
何ゆえそんな要素を与えたのか、 創造主を一瞬呪った。
あれだけ一度に大量の魔力を与えられたんだ。
多分、 変化してしまうだろう。
「……残念だな」
個人的な意見だが、 本心だった。
どうして此処まで執着するのか。
自分でも笑えてしまう。
瑠璃色を喪って、 今が在る。
世界を司る存在になるなどと、 あの頃の自分は思っただろうか?
そして、 こんなに執着するなどと……思ったろうか。
遠い遠い、 昔の話。
思い出しかけて、 思考をやめる。
読もうと思って掴んだ本を椅子に置き、 立ち上がる。
図書館にあれだけの本があったと言う事は、 それだけ俺も仕事が溜まっていると言う事だ。
こいつは暫く起きないだろうし、 席をはずしても大丈夫だろう。
「……行くか」
部屋を後にしようとして、 ……動きを止めた。
「……お前」
目の前には、 暫く見る事の無かった女の姿。
くるり、 と回る。
揺れるのは背中に掛かる程度の赤毛だった。
「珍しいな。 出てくるなんて」
『ええ』
「こいつが心配で?」
『そんなところ』
視線の先には、 キラの頭を撫でる様にしながらベッドの淵に座るライアの姿。
「起きてる時に出てやれば良いのに」
『それは、 駄目でしょう?』
「……まあ、 そうだな」
『でも、 寝てる時なら良いかなって』
「本人に知られなければ、 問題ないだろ」
『……そんな軽く許可を出して良いの?』
そう、 ライアがくすりと笑った。
笑う顔は、 やはり親子だな。
「で、 なんで出てきたんだ?」
『お願いがあって』
「……改まって、 どうした」
『キラを、 宜しくって』
「……あ?」
『私、 この子を守ってあげられないから。 貴方が守ってね』
「……」
『お願いしたわよ……?』
俺の方を見ながら、 けれどもキラの頭を撫でる仕草はやめない。
実体が無いので、 実際には出来ず格好だけだが。
『でも、 貴方が守護で良かった』
「どういう意味だ?」
『キラと繋がりがあるのでしょう?』
「……」
『だけど、 恋しちゃ駄目よ?』
そう笑うと、 ライアはキラの服の襟元にあるタリスマンに触れた。
『ぺルナちゃんは、 ちゃんとタリスマンを使ってくれたのね』
「……ライア」
『なあに?』
「娘が戦場に行く事になると、 見越していたのか?」
『……最悪の場合としてね。 でも止められなかった。 私で終わらせられなかった』
「……」
『今度は、 誰も死なない戦いであって欲しい。 未来の為の戦いであって欲しい』
言うライアの顔が、 なんとも悲しげだった。
『私、 欲張りすぎちゃって。 皆が愛しくて、 皆を守りたかったの』
「……」
『だけど。 怖くて、 協力を求められなかった。 それは敗因。 でも、 この子は出来ると思うの。 意志も力も継いでくれた。 皆も協力してくれる。 ……今度は、 違う道が出来ると信じてる』
「……勝手だな」
『……まあ、 ね』
そう言い、 目を伏せると、 ライアは姿を消した。
平衡感覚が、 無い。
否、 保てない。
ぐらりと体が揺れた。
いつもの定位置。
クリスタルの柱。 クレシェの傍。
柱にもたれながら、 ずるずると床に座り込む。
目を閉じても、 なんだか気持ち悪い。
酷く、 右腕が痛む気がして。
「………… ヤバイ、 な」
意識が、 途切れそうになる。
必死に耐えながら、 酷く重たい瞼を閉じた。
歩き出した。
進みだした。
もう戻らない。
もう戻れない。
私は、 変わる。
俺は、 …………。
精神が侵食されていく。
小さな虫に体が食いちぎられて行くように、 蝕まれていくのが分かる。
「……くっ、 そ!!」
苛々する。
ああ、 でも、 まだ大丈夫だ。
爪を立て、 脚に食い込ませる。
痛みさえあれば、 まだ意識は保てる。
俺が完全に居なくなれば、 あいつは不安定なまま出てきてしまう。
それは避けたい。
まだ、 早い。
まだ、 何も出来ていない。
「……まだだからな、 大人しくしとけよ」
日に日に不自由になる右手を胸に当てた。
そのまま目を閉じ、 意識を集中する。
「……大丈夫、 か」
イリアスの意識は、 悪魔と契約をした時以来ずっと眠っている。
眠っているというか、 完全に俺が主導権を握れる様に眠らせたんだが。
本来、 俺達は二つの意識で一人を構成している。
けれども、 今、 イリアスは精神的に酷くダメージを負っている。 外には出れない。
それに、 元より俺は主を守る為に出来たモノ。
イリアスを守れずして、 俺が存在する意味はない。
そもそもダークエルフの人格が二つあるのは、 その所為だ。
魔力がありすぎる所為か、 完全に成熟し成長しきるまでの間に精神が壊れてしまう奴が多く出ていた。
なので先代達は、 古代人が作った機械とやらで強制的に精神を分裂させる手段を取った。
そのうち命の危険に晒される機会が増えてしまったので、 主人格で無い方が戦闘慣れしていった。
まあ、 凶暴なのは裏の方で、 俺もどっちかと言うとそうなんだが。
長いこと生きていると、 そういうものもある程度コントロールできるようになったりしてくる訳だが。
兎に角。 主人格の心も身体も守ることを使命とし、 俺達は生きている。
面倒臭いことこの上ない複雑な体のつくりではあるが、 俺の役目もそろそろ終わりが来ようとしていた。
「……ドレインの所為か」
魔力以外にも何か奪われてんじゃないか……?
取られすぎて、 弱気になりそうだ。
しかし、 どうしたものか。
……いっそ、 あの悪魔をさっさと殺してしまおうか?
だが。
「……クレシェを助けない事には、 ……なんともな」
結論が出るとも分からない疑問に、 暫し、 思考をめぐらせた。
「……へぇ、 そんな事が」
「何よ、 興味なさそうね」
時刻は、 深夜零時を回ったところ。
ハーティを寝かしつけた後、 私はキールとバーで話をする事になった。
バーと言っても、 宿屋の一角にある小さな場所だけど。
色々あって話したいのと、 自棄酒が飲みたいのとでこんな場所になった。
そこで、 ユーダから今までの経緯をざっと説明した。
概ね話しが終った頃には、 お互い三杯目に突入しようとしているところだった。
「……キラは、 大丈夫なのかい?」
「皆に任せてあるし。 心配無いと思う」
「君はこれからどうするの」
「そりゃあ、 ディフィアに向かうわよ」
「黒幕を倒しに?」
「ええ」
「……一人で?」
「まあ、 できたら」
「何故?」
「キール一人だったんなら一緒にと思ってたけど。 ハーティが居るし。 あの子はアルミスで保護して貰った方が良くない?送ってきてあげてよ」
彼がグラスを置くと、 からんと鳴った。
なんだろう?
見た目に変化は無いけれど、 怒っているような気がする。
妙なプレッシャーを感じた。
何……そんなに一人で向かうのは気に触った?
「アジェルは、 なんでディフィアに向かうんだい?」
「……約束したから、 早くその場所に行きたいの」
「約束は、 キラを連れて行くって、 あれ?」
「そうよ」
「でも、 一人で行くんだろ?」
「……」
ライア様とした約束。
十年後に、 キラをあの場所へ連れて行けと言われている。
あの場所へもう一度行くのは流れ上決まったことで、 キラとはそのうちに合流できるし、 問題ない。
ただ、 急いでいるのは私の都合だ。
正直な話、 世界がどうとか私には関係ない。
争いばかりを好んでする世界に、 何の希望も持っては居ない。
ライア様がそれでも守りたいと願った物で、 私の好きな人達が生きているから価値を見出しているだけ。
……それに。 ライア様を死なせたモノの正体も分かったんだもの。
敵討ちは、 ずっとしたかった。
私が先に倒してしまえば、 キラも危険な目にあわせる事も無いだろうし。
大事にしている人達が確実に無事なら、 それで良かった。
だから、 急いでいる。
敵討ちがしたい事も含めて、 これは誰かに言った事は無かったけれど。
そんな事を考えていた私に、 キールはぴっと人差し指を向けて笑う。
「何故、 一人で行きたいか。 何故、 急ぐのか。 当てて見せようか」
「……え?」
「お師様の敵討ちが目的だから、 長年の敵が見つかったから気持ちが焦っている。 自分が先に倒してしまえば、 キラを危険な目にあわせることも無いし、 一石二鳥。 ……てところかな?」
「……」
言った事は無かった筈よね?
私……そんなに分かり易いの?
……あれ?
「アジェル」
呼ばれても、 顔を向けられない。
どうして、 分かるの?
私が、 したい事。
仇を取りたいこと。
「お師様は、 果たしてそれを望んでいるのかな」
厳しい言い様は、 あまり彼の口から聞いた事が無い。
やっぱり、 怒られてるみたい。
……というか……怒られてる。
「お師様は、 君やキラが危険な目に遭うのは、 嫌だと思うよ」
「……だから、 私一人で」
「まして、 敵討ちの為にそんな目に遭うなんて、 悲しまれると思う」
「……、 ……」
私に口を挟ませる気は無い様で、 キールはやはり厳しい口調でそう言った。
「違うかな」
でも。 私は、 その為に頑張って強くなった。
一杯修行して、 一杯頑張って、 ライア様の敵を取る為に。
その為に、 この時を待っていたの。
なのに、 どうしてそんな風に言うの?
「アジェル」
「……何」
「後ろ向きに、 物事を考えちゃいけない。 前を向いて欲しいんだ」
「何よそれ……どういう意味?」
「……」
「どういう理由で戦いに行けば、 キールは納得するの?戦いに行くなって言ってるの?」
自分の意見が通らないからと言って癇癪起こすのは子供だと、 理性は言うけど。
耳を傾ける余裕なんて無かった。
ねえ。 どうしたら、 私はあの場所へ行っても良いの?
「お師様は、 お子さん達と一緒に僕等も愛してくれたよね。 周りの人達も、 国も、 世界も、 愛していた。 そういう物を守りたくて、 お師様は戦ったんだろう?傷付けたくなくて、 君すら置いて戦いに行ったんだろう?」
「そうね」
「でも、 お師様は亡くなった。 それは何故だい?」
「敵が強かったからよ」
「それもあるけど」
そう言えば、 シャールともこんな話をしたわね。
ライア様は、 皆を守って亡くなった。
でも私は、 私から大切なモノを奪った存在が憎くて、 敵を討つ事を決めた。
だけど、 今はそれが本題じゃない。
キールの言葉の意図が分からない。
何を言わせたいの?
「言いたい事が分からない」
「……」
言った私の言葉に、 キールは一度間を置いて、 それからまた話を始めた。
「アジェル。 君、 お師様と同じ道を辿る気かい?」
「……なんで?」
「お師様は強かったよ。 世界最強だと謳われた。 でも、 どうして負けてしまったのか。 予想外の出来事が起きた所為。 敵が強かった所為。 それもある。 だけど、 一人で挑んだと言うのが、 一番の敗因だろう?同じ事を繰り返さないために、 君にキラを頼んだんだろう?」
「……っ」
「それにアジェル。 君は、 敵が討てるなら死んでも良いと思っているよね?」
どきりとした。
「一人で行くっていうのは、 相打ちも覚悟だろう?」
言いながらも、 彼は苦笑していた。
困ったように笑う顔をちらっと見たけど、 なんだか今は腹立たしい。
さっきまでは、 あんなに怒ったみたいに言った癖に。
「……私は、 勝つもの。 貴方の言う通り、 一人で行くのはキラを守りたいからよ。 あの子は戦場に行くって決めたの。 それが皆の為だからって。 でも怖い思いはさせたくないの。 決断させた私は、 でも、 そうやって想うから、 全部一人で終らせたいの!!!」
纏まらないまま、 言葉が口をついて出てくる。
ライア様の時は、 駄目だった。
私はまだ何も出来ない子供で、 ついて行けもしなかった。
でも今度は……私が守るんだから。
なんとしても。 ……まして置いてけぼりを喰らうなんて事、 あってはいけない。
ライア様がしたかったことを、 キラはするんだから。
私は、 サポートするんだから。
……もう、 戦場で泣いたりしないんだから。
私が全部請け負えるなら、 喜んで命でもなんでもくれてやる。
皆が無事なら、 それで良い。
苛々している所為か、 何を飲んでいるのかもう分からなかった。
だからと言って勢い任せにお酒を煽れば煽る程、 ぐるぐるしてくる。
思考が回らなくなる。
ぼろぼろ涙も流れて、 頭の中も、 ……顔も、 もうぐちゃぐちゃだ。
「アジェル」
「何よ」
「全部一人で背負わなくて良いんだよ」
「……」
「お師様が亡くなったのは君の所為じゃない。 アジェルが悪いと言うなら、 僕だって、 弟子として師を守れなかったのは悔やむべきことだ。 君が罪だと言うなら、 それは僕の罪でもある。 ……一緒に背負うよ。 それに、 キラの事も罪悪感を感じなくて良いと思うよ」
「……っ」
「キラを大切に想うから、 守りたい。 それで良いじゃないか」
ぽん、 と頭を撫でられる。
「………………うん」
私は結局、 ライア様を守れなかったことをずっと悔やんでて、 敵を討ちたくて。
ライア様と同じ道を歩もうとしていた……?
追いかけて、 追いかけて。 最期までも、 同じにしたかったの?
大好きだったあの方の、 言葉の意味すらきちんと理解できずにいたのかしら。
言われて初めて、 自覚した。
分かった気になっていたのかも知れない。
リアクトが「冷静に」と言っていたのは、 これの事……?
「それに、 戦場に行くな、 なんて言ってないよ」
「……だって。 駄目みたいな風に言ったじゃない」
「それは、 受け取り方だよ。 そんな言い方した僕も悪いけど」
「……じゃあ、 良いの?」
「アジェルが決めたなら、 もう止められないからね。 ただ、 死ぬ為に行くのは止めて欲しかっただけだよ。 死ぬ覚悟があるのと、 死ぬ為に行くのは意味が違う。 分かるよね?」
「……うん」
「一人で挑んで、 それで命を落して。 誰も悲しまないと思うのかい?」
「……え、 と……」
「僕はそんなの嫌だよ」
「キール……」
「それに。 君に死なれたら、 困るじゃないか」
真剣そうに言う割りに、 内容がやっぱりちょっと分かりにくい気がする。
……もしかして、 若干酔ってる?
人の事は言えないけど。
「……なんで困るの?」
「ピンチの時は呼ぶんだよ、 って、 小さい時から約束してるだろ?」
「うん」
「君を守る為にそれなりに強くなったのに。 アジェルが居なくなったら、 僕は誰を守れば良いんだよ」
「……それは、 近衛隊の隊長が言って良い台詞?」
個人的な考えに口出しする気はないけど……主君を差し置いて、 その台詞は無いだろう。
一番隊は女王直属で仕事をする事もあるのに、 そんな発言する人が多い気がする。
でも、 ちょっと面白かった。
そうやって笑う私を見て、 キールも笑う。
「仕事は仕事。 アルミスの人は皆大事だけど、 君は特別」
「……」
「アジェル。 君は僕が守るから」
そうしてまた、 ぽん、 と撫でられる。
私はと言えば、 その台詞が嬉しかったり恥ずかしかったりして、 また暫く上を向けずにいた。
身体を起こしてみる。
あれだけ重かった身体が、 今はなんともない。
漸く力が馴染んだのかも知れない。
でも、 少し目が痛いかな……。
「……んー」
こう……なんだか、 暖かい感じがして。
でも、 周りには何も無いし、 誰も居ない。
部屋の主すら、 近くには居ない。
「どうしようかな」
流石に部屋の中で何か出来る筈も無く、 かと言って自由に出歩くのも忍びない。
暫く目を閉じて、 状況を整理してみた。
まず。 これからすることは、 魔力の制御か。
これは、 多分なんとかなりそうな気がする。
最初ほどそわそわしたりしないし、 今はかなり落ち着いている。
時間が経過すれば、 もっと馴染んでくるだろう
簡単な術なら試してみてもいいかも知れない。
あと、 剣術。
戦場に行くのなら、 剣の技術も磨かねばならない。
最近やってなかったから、 また一からだ。
これからの目的地は、 変わらずディフィア。
最初よりも、 事態は更に悪くなっているだろう。
でも、 何故行くのか明確に分かっただけ、 自分としては状況は良くなっている。
最終目的も、 はっきりした。
母さんが助けたかったあのエルフ達は、 どうすれば良いのか分からないけど。
兎に角、 現地に行くしか術は無いのかも知れない。
「……よし」
あんまり変わらなかったかなと思い、 目を開けてみる。
「……」
「……」
「……!!!」
そして、 目の前に現れた人物に、 死ぬ程驚いて固まってしまった。




