さあ、始めよう 2
選び取る為には、 強い力と心が必要だろう。
心は既にあるよな?
力が必要ならば、 貸してやる。
……力だけなら、 与えられる。
やっと出会えたお前の為なら、 俺はいくらでも力になろう。
「それじゃ、 強要してんのと一緒だろうが」
ご丁寧に顔に‘不機嫌だ’と書いてあるようだった。
顰めた顔と、 苛立ちを隠そうともしない声音。
青年は開いた扉の傍らに寄り掛かりながら、 そんな調子で彼女等を見た。
「デスター」
「……そいつはまだ何も言ってないだろ。 周りが勝手に話を進めてやるなよ」
「何処から聞いてたの? っていうか何時から居たの」
「……扉開けっ放しにしてあれだけ騒ぎゃ嫌でも聞こえんだろ」
アジェルの問いかけに、 デスターは舌打ち混じりに返答した。
距離が多少なりとも離れているにも関わらず聞こえた舌打ちにアジェルの目が鋭く光るが、 シャールに制され視線を外す。
この時間は、 言われる一方であったキラには助け舟となった様だ。
息を正して、 少しだけ考える。
「……で? お前は、 どう考えてるんだ?」
尋ねるのはデスターだった。
淡々とした口調で問われ、 キラは纏まり切らないながらも言葉を返す。
「……そう、 だな」
一呼吸置いて、 彼女は話す。
考えながら、 ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「戦争とか、 誰かを救う、 とか。 そういう大それた事はわかんないけど。 母さんがしたかった事をオレが出来るかも知れないって、 思うから」
困ったように笑いながら、 キラは続ける。
「だから、 良いよ。 オレにしか出来ないなら、 それで」
「……」
「旅に出るように、 って言うのも多分これが理由だと思うし。 ……前にアジェルとも約束したよな? 何があっても負けない事、 進んでいくこと。 学んでいくこと」
「え? ええ」
珍しく笑っていったキラに、 アジェルが驚いて見つめていた。
だが、 デスターは益々機嫌が悪そうに顔を顰めていく。
再び苛々し始めた彼を中心に、 少しずつ空気が悪くなる。
「デスター。 言いたい事があるんですか?」
尋ねるシャールを睨む様に見、 それからキラを見た。
「……自分の意志がない奴に、 誰かの遺志が継げるのか?」
「どういうことよ、 デスター」
アジェルは挑む様にデスターを見る。
二人の間には張り詰めた空気で満ちていく。
臨戦態勢なのは、 明らかだった。
「……そう言われても」
はっきりとしないキラのリアクションが、 ピークだったらしい。
もう良いと言いたげに乱暴に扉を叩くと、 彼は出て行った。
「……何なのよ」
アジェルが怒ったように吐き捨てると、 リアクトとシャールは顔を見合わせる。
キラは数度瞬きをして、 それから「ふむ」と、 小さく息を吐いた。
「あれは、 なんだか相当意識してるわね」
妙に楽しそうに言うリアクトに、 シャールは苦笑で返す。
そんな話はアジェルが拾い、 女二人で楽しげに話しを弾ませていた。
勿論デスターの話だ。
「初対面の人にあんなに興味を示すなんて珍しいわ」
「確かにねー。 私と初めて会った時は、 一言も喋らなかったし」
「……二人とも、 あまり人の噂話なんてするもんじゃないですよ」
「だって! シャールも見たでしょ? デスターの行動」
「見ましたけど」
「あ、 でも、 私の大事なキラちゃんに何かしたらただじゃ置かないって釘刺してやらなきゃ」
「何かしたらって」
「だって、 出会う前に干渉するくらいでしょう?」
「え! そうなの!!」
熱く語る二人に、 やっぱり苦笑でシャールは返す。
そんな図書館に、 キラの姿もデスターの姿も無い。
あの後キラはデスターを追って、 何処かへと消えてしまった。
もう少しマシな対面の仕方をさせてやりたかったシャールとしては若干展開が不本意だが。
珍しい事だらけの最近では、 もう何も驚くこともない。
きっとこれでもマシな方だったのではと思い直し、 成るようになるのではと、 そのままにしてある。
「やっぱり……どうしても惹かれるんでしょうけどね」
溜息混じりに呟いて、 扉の向こう側を見詰めていた。
「?」
惹かれるように、 歩いていく。
不思議な空間が珍しくきょろきょろしながら廊下を探索していたキラは、 扉の壊れた部屋を発見した。
創造主達が使っていた部屋で、 つい先日デスターが壊したばかりだ。
通りすがりに中を覗くが、 今は何も無い。
床に描かれていた筈の魔法陣も無く、 ただ白い四角い箱に見える。
「何の部屋なんだろう」
興味はあったが、 見た感じ何も発見できず、 そのまま通り過ぎかけた。
だが。
手を引かれた気がして振り返る。
「……誰だ?」
視線の先には、 ゆらゆらと蜃気楼のように揺れる銀色の少女。
「……あなた、 ……声を聞いた人。 ……変える人?」
「お前は」
「泣いた人。 泣いてくれた人」
「……」
「変えて……止めて、 先を、 夢を、 ……もう、 嫌……だ か ら」
キラに向かって手を伸ばした、 ように見えた。
ゆらりと揺れて、 姿が消える。
消えた場所を凪ぐ様に手を動かすが、 何も捕まえる事は出来なかった。
「……さっきのは……」
行き場を失った手を胸の前に握り締め、 目を閉じる。
ぽつりと呟いた言葉は、 回答を求めての物ではなかったはずだったが。
「お前等で言う、 神だ」
返事が返ってきた。
よく通る青年の声。
さっきは苛々としていたが、 今はただ、 冷たい印象を受ける。
「何しに来た」
「追ってきたんだ」
「何故?」
「さっき。 話が全部終わってないのに、 勝手に怒ってただろ」
「勝手にってな!」
「ほら、 また。 話がしたくなったんだ、 あんたとさ」
「……」
「忙しいなら改めるよ」
「……。 ……忙しくは無い、 が」
「じゃあ、 決まり」
に、 と笑って見せるキラに、 デスターが息を吐く。
面倒臭そうにしている割には、 邪険にする訳では無いようだ。
そのまま、 扉を挟んで両脇に立つ。
「で?」
「オレに意志が無いって、 何で思う?」
真っ直ぐ見つめるキラの視線は、 単純に疑問を訴える物だった。
視線が合うのを避けるように目を逸らして、 デスターは答える。
「基準が‘誰かの為’だからだ。 ライアの為。 アジェルの為。 だから、 と聞こえる」
「そうだとしたら、 それは何故いけないんだ?」
「お前、 これから命の危険に晒されるんだぞ?誰かの為だけで、 其処に向かうって言うのか?」
「オレはオレの出来る事をしたいだけ。 誰かの為もあるけど、 自分の為にも、 これは決めた」
「どうお前の為になる」
睨みつける漆黒色の瞳は、 キラを見やる。
彼女はまた、 困ったように笑っていた。
「……強くなりたいんだ」
「……」
「剣術も、 魔術も、 修行して強くなって。 母さんの様に、 強い人になりたい。 ずっと、 それを目標に頑張ってきた。 今回のこれは、 母さんが託してくれた事。 母さんからの、 唯一のお願いだから」
キラの声は淡々とした物であったが、 何処か悲しげに聞こえてくる。
「……最終的にはライアの事ばっかりだな」
「目指してるから。 それに、 ……オレと母さんと繋ぐ物は何でも嬉しくてさ」
それきり、 掛ける言葉を失って沈黙が降りてきた。
本当に少しの間だけだが。
先ほどまで笑っていたキラは、 今は、 俯いて表情は窺い知れない。
そんな様子を見ながら、 デスターは溜息を吐く。
数歩歩けば近づく、 手を伸ばせば届くだろう距離。
だが、 デスターはわざわざキラの隣に歩いていく。
傍に立つと、 いきなり彼女の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「わっ」
びっくりしつつも、 大人しく撫でられていた。
一頻り撫でると、 隣に立ったままデスターはばつが悪そうに視線を逸らした。
「……泣くなよ。 悪かったな」
「……違う。 ……悪くないよ」
俯きながらふるふると震えるキラを横目で見、 どうしたものかと彼は悩む。
彼女にとって母の話題は嬉しくもあるが、 触れても欲しくないデリケートな部分なのだと推測する。
其処に無粋に触れたのを、 詫びた。
だが、 彼女は違うと言う。
言葉の続きを待つ彼に、 彼女は少しずつ言葉を伝えていく。
「……出来るかなって、 思って。 ……ちょっとだけ、 怖くなっただけで」
「まあ、 そりゃな」
「強くなりたいし……オレにしか出来ないなら、 やるしかないけど」
「そうやって自分の首を絞めるのはやめとけ」
「……っ」
またぼろぼろと涙を零す彼女を見て、 若干動揺したデスターは散々悩んだ挙句、 またぽんぽんと頭を撫ぜた。
ちらりと視線をやると、 頬にはまだ涙が伝う。
「……だから、 泣くなって」
「……」
言われて止まるものではないが、 彼女は止めようと震える手でごしごし目を擦る。
「怖いのは、 当然だ。 じゃあ、 それは何故だ?」
「……それは」
「……」
「うまく出来るか、 ……わからないから」
「何故そう思う?」
「……弱いって、 知ってるから……母さんみたいな強い人が、 負けたんだ……オレにできる? 託してくれた事に、 応えられる……かな」
ああ、 そうか。 そう、 彼が心中で呟く。
「不安なんだな」
今までと打って変って、 酷く優しげな声音だった。
本人は特に意識して使っている訳ではないその音は、 死して悲しむ魂を慰める声。
死を司る者として気が遠くなるほど長い時を生きている彼特有の、 魂を鎮める音である。
そんな声を聞き、 不思議と安心したように、 キラは泣き止む。
「……」
声には出さないが、 こくりと頷いた彼女を見て、 彼は目を細める。
「お前は、 殺されるかも知れない。 逆に、 誰かを殺すかも知れない。 お前、 誰かを殺した事ないだろ」
「うん……」
「突然そんな場所に行くのは、 怖いのが普通だ。 不安に思うのも、 正常な証拠」
殺したり、 殺されたり。
剣術の心得があるとは言え、 生きる為に動植物の命を奪うのと戦争は訳が違う。
命を奪い続け、 より多くを奪ったものが勝者となる世界。
‘戦争’とは特殊な環境下だ。 真っ当な精神で成立する訳がない。
そんな世界と無縁に生きていた少女が、 突然、 其処へ行けといわれたのだ。
頼まれた以上、 また、 自分の考えもあって承諾したは良いが、 キラの中では言い様の無い恐怖や不安が湧いてくる。
「何も間違ってはいない」
「けど……それじゃあ、 駄目だ」
「……だから、 自分で追い詰めるなって。 ……駄目だと言うなら力を貸してやる。 力なら、 ……俺は貸してやれる」
申し出た言葉は、 また淡々とした物だった。
溢れ出て己を満たしていた恐怖や不安は、 少し小さくなる。
落ち着きを取り戻す自身を感じながら「ああ、 そうか」とキラは思う。
「終わらせる事が出来るなら。 母さんが出来なかった、 でも、 やりたかった事がやり遂げられるなら」
不安に思う、 自分に負けない。
決めた以上は、 立ち止まらずに進んでみせる。
それは、 約束。
でも、 自分の意志。
涙で濡れた目で、 彼を見た。
「力が、 欲しい」
彼は少しだけ頷いて見せた。
そしてまた、 ぽんぽんと頭を撫ぜてやる。
「分かった。 お前には借りもあるしな」
「借り?」
「……ああ、 ちょっとした事だが。 今度は俺がお前を助けてやるよ」
漆黒色の瞳が、 真っ直ぐにキラを見る。
「どう使うかはお前次第。 ……決して間違うなよ」
「……有難う」
そうしてキラは、 深々と頭を下げた。




