それぞれの選択
時は動き出す。
戦乱の世へと導かれる。
それぞれの思いは、 動き出す。
選択する時が、 来た。
デスターの部屋でそのまま話し合いをした後、 三人で図書館に戻った。
来客の気配を感じたからだ。
図書館の扉を開けると、 四大元素全員が揃って僕等を迎えてくれた。
「お久しぶりですね、 皆さん」
僕の声に、 それぞれがそれぞれのリアクションを取る。
アースは微笑。 ウインドは会釈。 フェイはぶんぶんと手を振り、 ウォルは一瞥くれて終了。
相変わらずみたいだ。
「呼ぼうと思っていたので、 来てくれて手間が省けました」
「こちらも、 お前達に話があってな」
後ろに居たリアクトとデスターも入室し、 創造主に仕える精霊が全員集合した。
悠久の時を生きる僕等にとっては十年など大した年数では無いにせよ、 前回の戦争の時以来と考えると感慨深い。
カウンターを境界線として、 僕等三人はカウンター内側。
四人は外側と言う配置だが、 自然と皆が円になるように座る。
ウォルトとデスターだけは、 それぞれ壁とカウンターに凭れる形で立っていた。
揃って腕を組んで気だるげだけれど、 話を聞く体勢である事に違いはない。
「僕らに話って、 なんですか?ウインド」
「ああ。 今回の件について、 四大元素だけで話し合いをしてきたんだが」
「はい」
「……主様達が紡いだ未来、 覆す人材を育てたいと思う」
そうして切り出された話。
静かにウインドの話を聴き終わると、 少しだけ、 考えた。
「私達の意見は以上だ。 ……これをお前達はどう思う?」
「……主の夢を壊すモノを見つけ、 それを倒す者が必要なんですよね?」
「ああ。 壊すモノがあると仮定しての話だがな……」
どうしたものかと思った。
壊すモノが居るのは明白だし、 彼女等の意見は概ね僕等と同じだと思う。
……主様達は、 夢を止めて欲しいと言っていた。
止める人材はアジェルでは無い。
ライアの意志を継ぐ者……。
未来を紡ぐ力を持った人間が居るのは確かだ。
アジェルで無い誰か。 ……思い当たる節はあるけれど……やはり?
「シャール……大丈夫かい?」
「怖い顔してるよ……?」
アースとリアクトが交互に話しかけてくる。
少し考え事をし過ぎた様だ。
「大丈夫です。 話も分かりました。 ……主も仰っておられました。 夢を止めて欲しいと」
「……それじゃあ」
「はい。 ……人材にも、 思い当たる者が居ますから、 多分、 大丈夫です」
「ちょっとまって!」
それまで静かに聴いていたウォルが、 突然話に割り込んでくる。
少し怒っているような気もするけれど、 なんだろうか。
「既にマスター候補が居るって事?あたしは嫌よ。 大体、 アジェルはまだ生きてるんだし!」
言い切った後、 はっとしてウォルは動きを止めた。
みるみる顔を赤らめていく。
「……ウォル?」
「な、 何よ」
「……もしかして、 マスター二人になるのが嫌とか言ってたけど」
「……」
「マスター交代の時に、 先代は必ず死んでしまうから?アジェルが死んでしまうと?」
「……ち、 違うわよ!!! なんで、 あたしがアイツの心配なんか!!!!」
「へえ」
にこにこと笑うアースに、 真っ赤になって反論するウォルが珍しい。
向こうでどんな話し合いがあったのか分からないけど、 ちゃんと心配しているんですね。
てっきり仲が悪いと思っていました。
「正す者はアジェルではありません。 それに、 基本的にマスターが二人なんて無理ですよ」
「そうなの?」
「僕等一人に対して、 一人しか契約出来ません。 契約となると、 破棄されるか、 リアクトかデスターに新しくマスターが出来ると言うなら、 別ですが」
「私は嫌よ」
「……俺も、 仕える気なんて無いからな」
全員が視線を送る中、 二人は揃って否定した。
リアクトに至っては即答。 ……予想通りと言えばそうだけど。
でも、 これは仮説の話。
まあ……僕は多分、 デスターは契約すると踏んでいるけど。
言ったら怒るから、 黙っている事にする。
「話を戻しましょうか」
一瞬、 不安が過ぎった。
僕等の結論は、 これでいいのだろうか。
そして、 不意に浮かんだライアの言葉。
『迷いがあってはいけない……神様が創りたい幸せな世界。 それを実現する為に、 お互い頑張りましょう?』
貴女は、 頑張ったんですよね。
貴女の理想の平和な世界を作る為に、 その身を差し出した。
だから、 僕等も頑張ろうと思うんです。
僕等だって、 変わっていっても良いと思うんです。
「僕個人としても、 主には幸せな夢を見て欲しいと願います。 リアクト、 デスター。 二人は如何ですか?」
「俺は賛同の方向で構わない」
「私も、 それで」
「じゃあ、 僕等の意見はそれで良いですね」
「アジェルへの報告はどうする。 人材と言うのも気になるな」
ウインドが難しい顔をして、 僕を見る。
「それなんですけど」
「ああ」
「マスターと人材さんと、 二人一緒にこちらに来て頂こうと思っています」
言った僕の顔を、 全員が驚いた様に見る。
当然と言えば当然かも知れない。
だって、 生きている者がこちらに来るなど、 前代未聞な事なのだから。
いつも、 ゆったりと時間が流れるアルミス国。
だが、 今は騒々しい。 特に城の中は、 ざわついていた。
場所は、 会議室。 豪奢な造りの椅子にかける、 アルミス国女王。
それなりの広さがある部屋には、 役人やら大臣と言った国の主要人物が顔を付き合わせる。
彼らが召喚されてはや、 数時間。
昨日、 国内……しかも城下で騒ぎがあったばかりだと言うのに悠長なことだ。
議題は、 ただ一つ。
「ユーダの巫女殿からの、 緊急の知らせについて」
開戦宣告は即座に世界に発信され、 各国毎の話し合いが始まっていた。
アルミスは幸い、 神託にある場所からは一番遠い国。
だが、 前回の戦争で一番功績を残した国だけに、 他国が出方を伺っていた。
本来ならば外交官であるアジェル・ディーティが赴き、 各国と話し合いの場を儲ける筈なのだが生憎と不在である。
誰が交渉に出向くとか、 そもそも対策はどうするとか。
話は存分に派生したが、 決定的な意見はあまり無かった。
皆が入り混じっての論争の果て、 女王は、 普段持たないロッドを持ってかつりと鳴らした。
「皆、 黙りなさい」
それだけで、 その場に沈黙がやってくる。
女王は真っ直ぐに近衛隊一番隊隊長キールを見、 それから、 またかつりとロッドを鳴らした。
「キール・リテイト」
「……はい」
「昨日の出来事の後で申し訳ないのですが……」
そんな前置きに、 指名された本人は本当に小さくだが、 溜息を吐いた。
「貴方に、 我が国の代表を務めて欲しいと思っています」
「……宜しいのですか? 僕の様な若輩者にお任せ頂いて」
「貴方が良いと思うのです。 此度の戦は、 きっと、 前回と同じ筈」
ざわざわと、 部屋がざわめく。
「エリティアが果たせなかった無念、 果たしたいと思いませんか?」
「……」
「リテイト。 師がそうだったように、 私達を救ってください。 そして師が討てなかった敵を、 討っていらっしゃい」
女王の声が、 ざわめく部屋に凛と響く。
キールはその場に立ち上がると、 右手を胸に当て、 頭を下げた。
「……畏まりました。 女王陛下の仰せのままに」
「期待していますよ?」
「有難う御座います」
「南への討伐には、 一番隊と出せる者は全て出しましょう。 途中でディーティも拾って軍に加えなさい」
会議が終わり軍の編成まで終わらせて、 会議室には女王一人が残っていた。
窓の外、 暮れていく日を眺めながら息を吐く。
「世界はどうなるのでしょう……。 また沢山の命が無くなると思うとぞっとする……。 でも先日の街での戦いは、 戦争に関わる者の仕業だそうですし……。 やはり、 引く訳にはいかないのでしょうね……」
そっと手を組み、 女王は祈りを捧げる。
「……御免なさいね、 リテイト。 ディーティ。 貴方達にばかり辛い事を押し付けて」
ぽつり、 ぽつり。
懺悔の様に捧げられた言葉。
けれど、 それは扉が開く音で中断された。
控え目な音を発て、 扉を開けたのはキールだった。
「……リテイト。 どうかしましたか?」
夕焼けを受けながら彼は、 じっと女王を見詰めていた。
「……陛下。 先程の件ですが、 ……一部訂正をして頂きたく思います」
「……訂正?」
「軍は不要です。 昨日の事件から、 アルミスも危険度は高いと踏んでいます。
国を守る一番隊を頂く訳にもいきませんし……正直、 軍を出すのは如何なものかと思いました」
「……」
「師を亡くしたあの戦いの首謀者と同じ者の仕業かわかりませんが、 ……確かめてからでも良いと思うのです」
「リテイト……? 貴方、 何を考えているのです?」
女王の問いに、 彼は本当に僅かにだが、 笑って見せた。
「僕一人で、 討ってきます。 もうこの国の人は、 誰も傷つけさせません」
「……それは、 昨日の事を言っているのですか?」
「……いえ。 そういう訳では無いんですが」
「……」
「勿論、 個人の我侭だとは承知していますが。 我侭ついでにお願いです陛下。 僕に時間を下さい」
「……どのくらい必要なのですか」
「ディフィアまでは遠い。 事実確認も必要ですし、 ……二ヶ月、 頂けますか?」
「その期間を過ぎた場合どうするのです」
「期間内に僕が何も連絡しなかった場合は、 軍でも何でも結成して南に討伐に行ってください」
「……」
「連絡しなかった時、 僕はどの道死んでいると思うので。 でも、 二ヶ月は何もせず見ていて下さい。 お願いします」
彼の目も、 言葉も、 真剣だ。
少しだけ、 女王は目を閉じた。
それから。
「わかりました。 でも定期連絡は、 きちんとなさいね。 ……いってらっしゃい」
そう、 悲しそうに笑ってみせた。
すっかり日も暮れて、 暫く。
嗚咽が響いていた部屋も、 今は静かだ。
泣き止みはしたが、 手は離そうとしないアジェルを撫でながらキラは言う。
「大丈夫か?」
けれど、 アジェルは僅かに首を振って否定した。
「そっか」
「……御免ね……」
「え?」
「もうちょっとこうしてて良い?」
「……良いけど」
「……ちょっと、 恥ずかしくなって……顔、 上げれなくて」
うう、 と呻きながら抱きつく。
声が少し擦れて、 普段のものとは違う。
どれくらいそうしていたか分からないが、 沢山泣いたしなぁとキラは苦笑した。
「まあ、 気が済むまでこうしてて良いよ」
「……うー……ありがと」
何時の間にやら用意していたタオルを盛大に濡らしている。
漸く顔を上げたアジェルの目は、 予想通り腫れていた。
それもまた嫌な様で、 アジェルは顔を手で覆って唸っている。
「……ほんと、 私の方がお姉さんなのに恥ずかしい」
消え入りそうな声ではあるのだが、 顔を覆ったまま身体をくの字に曲げていく。
そのまま膝を折り、 床に崩れ落ちる。
それが照れているからだと理解するのに少し時間を要したキラは、 結果、 そっとしておくことにした。
「気にしなくて良いって」
「……うん……」
崩れ落ちたまま、 顔だけゆっくり上げる。
様子を観察していたキラは、 何事も無かったように続けた。
「どうする? 夕食……にはちょっと遅いけど、 何か食べるか?」
「……ああ……、 ……キラは、 お腹空いてる?」
「や、 あんまり」
「そかそか。 ……じゃあ、 今日はこのまま休みましょう。 疲れちゃった」
のろのろともう一台のベッドに腰掛けてアジェルは漸く、 僅かにだが苦笑する。
少し元気になったのだろうかと思い至り、 キラは「そうだな」と返した。
サイドボードに置かれた照明のスイッチを切ると、 暗闇に包まれる。
「キラ、 ……おやすみなさい」
「うん。 おやすみ」
明日にはまた、 元気になっているだろうかと思いながら目を閉じた。
アジェルの寝息が聞こえてきた頃、 キラもまた意識を手放していった。




