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獣化の剣  作者: 吉岡
12/16

4章 (後)

 


 渇いた巻き布を出してもらって着替え、荷物を用意してもらっている間、四人は別の部屋で昼食を取ることになった。妙な面子の昼食会になった。


 魚と、固い獣の肉の入った汁物と、小麦の麺麭(パン)。飾り気は全く無いが、戦士の腹を満たすのに向いた食事で、ニルティは黙々と食べた。イシャーナはピナカを恐れながらも、その弱みを誰にも見せないように黙って食べていた。ピナカはちらちらニルティを伺っている。

 ザバだけがニヤニヤした様子で三人を眺めていたが、食事の途中に小さな小石を取り出した。青みがかった小指の先程の小さな小石だ、


「ザバ、臭い。においが混じる」


 においが混じると言うか、においに反応して食欲が混じっている。ニルティは不快そうに吐き捨てた。

 現在、獣化の剣は彼女の腰に無く、少し離れた壁に立てかけてあるが、手元から離した程度で剣の影響を除くことはできないらしい。


「あん? におうか? これはおまえが金翅雀の暴れとった香料屋から拾ってきたもんや。これが、金翅雀を呼び寄せたんやって? そんなに危ない物を売ってもろたら困るけどな」


 イシャーナは彼の掌から小石を拾うと、手にとってよくよく眺めていた。


「龍涎石だね。アバック山地でおよそ百年に一度採れる珍しい宝石だ。非常に高価な香料でもあるね」


「高いんかいな」


「これと十倍の重さの金で、取引されるくらいかな」


「げ、」


 ザバは慌ててイシャーナの手から小石を取り返した。折角手に入れたものだ、ネコババするつもりなのだろう。


「それは神が、南の空の神が我々に与えてくださる恵みだ」


 ピナカが唐突に言った。


「神々が与えてくださる恵みがあるから、我々は厳しい山の暮らしを生き抜くことが出来る」


 ピナカは低く言って、俯きがちにニルティを見た。ニルティは特に気にしない。彼女は自分の分の食事をそろそろ食べ終えるところで、ザバは彼女に食後の固い果物を渡した。


「そやけど魔物を呼び寄せるようなものを売られんのは迷惑やなあ」


 突然手に入れた臨時収入を眺めながら、彼は言う。この町の市場や揉め事を取り仕切るのは冒険者協会の役割だ。おかしなものを縄張り内で売られていては面子が立たない。


「今年は特別のようだよ。今、アバック山地の中にはおそらく金翅雀がとても多い。僕たちも昨日山に入ってから今までに、三頭の金翅雀と遭遇した。いつもは会おうと思ったって、見付けられるものじゃないのに」


 イシャーナの言葉にピナカはびくりと反応した。その三頭の金翅雀を、どうしたことかと気になったのだろう。

 どうせ、何十頭もこの山へ集った金翅雀は、これから殺し合いを始めるだけだというのに。


「その石は、元々神々のものだ。神が取り返しにいらっしゃって、一体何が悪いと言うのだ」


 ピナカが忌々しそうに言うと、ザバは呆れたように言い返した。


「その神々のものをおまえらが売っといて、何偉そうなこと言うてんねん」


 ニルティもいらっとしたので、食卓の下でピナカの足を蹴飛ばした。


「その神々のものを、金翅雀の釣り餌にしといて、何を言うねん」


 ニルティに叱るように言われて、ピナカは慌てて立ち上がり、彼女の足元に這い蹲ろうとした。

 イシャーナが困ったようにそれを止める。


「待て待て、待ってくれ。話が進まないし、話が通じてないよ。百年に、神に、龍ね。一つ一つ聞いていくけど、まずニルティ、君は今、金翅雀なの」


 ニルティはちらりと、壁に立てかけられた剣を見る。

 ニルティは、剣で金翅雀を斬った。その瞬間から、彼女の中には斬った魔物の一部が混じった。多分剣には、特にたくさん混じったのだろうが、剣に触れてなくとも彼女の中に魔物は居る。

 彼女は小さく頷いた。イシャーナは一瞬美しい形の眉をしかめたが、真面目な顔で続ける。


「それからピナカ、君の持ってる強烈に臭い金翅雀の釣り餌、あれは一体、なんだい」


 忌々しそうにイシャーナを睨みつけてから、ピナカはニルティにわざわざ向き直って言った。


「あれは、龍の皮でございます。去年龍が川から打ち上げられ、岸でのたうっているのを発見いたしました。罰当たりにも神を噛み殺しておりましたので、下戸縄で捕らえましてございます。我らの力量では、捕らえることは出来ましても、打ち倒すことは出来ませんでした」


 森の中で、醜い棘に捕われて、苦しんでいた龍。ニルティはピナカから目を逸らした。

 芳しい、青く鈍く輝く龍。

 美しい皮を傷付け、逃れようとのたうっていた、龍。


 ガタガタガタ、パタン。


 触れてもいないのに、獣化の剣が震えて倒れた。男たちはぎょっとして、倒れた剣を見る。

 ニルティはただ目をつぶって、堪えていた。これは、この感情は、彼女のものでは無い。怒りに飲まれてはならない。この怒りの所有主は彼女だ。彼女が食われてはならない。

 彼女が、食って、飲み下すのだ。


「金翅雀が怒ってんのは、おまえらのせいや。龍と金翅雀の、百年に一度の、逢瀬を邪魔したからや」


 低く、感情に飲み込まれないように、低くニルティは言った。


「百年に一度しか、龍は、この地の美しく気高い龍は姿を見せへん。あたしらは、金翅雀は、死なんか厭わへん、その龍に会えるんやったら。龍に会って、そして」


 ニルティは堪えても、堪え切れずにうっとりと言葉を零した。吐息と共に、うっとり囁いた。


「殺しあうねん」


 百年に一度、この時代に生まれてきたことが幸運だ。金翅雀は故郷の島で、遥か遠い地の、芳しい龍の香りに気付いたのなら、死すら恐れず海を越え、この地に渡って来る。

 なぜそんなことをするかなど金翅雀には分からない。魔物はそんなこと考えない。何千年も昔から、本能に刻み付けられていること。ただ強い金翅雀の固体だけが、龍と見える権利を持つ。生き残って、龍の前に立てる個体だけが。


「つまり」


 イシャーナがまとめに入った。


「なんらかの理由で龍は、百年に一度川を上り、アバック山地に現れる。同じ年に、龍を探しに多くの金翅雀がアバック山地に飛来する。魔物たちの殺し合いが終わり、それらが去った後には巨大な龍涎石が残される。その龍涎石とは、ニルティ、乾燥した龍の皮だ。そうだね?」


 ニルティは小さく頷いた。

 彼らが龍から毟り取り、金翅雀を呼び寄せるために無造作に放り投げていたものが、まさか重さ十倍の金で取引される貴重な宝石だとは。大事に大事に持っていれば、いつかは大金に化けたかもしれないのに。その前に金翅雀にかぎつけられ、襲われていたかもしれないが。


「ピナカ、君たちの村は今、金翅雀に襲われているんだね。その龍の皮を手放せば、ひとまず金翅雀たちは立ち去るかもしれないよ」


 ピナカは忌々しそうにイシャーナを睨みつけた。おそらく彼の言うことが思ってもみなかったことで、同時に思い当たることもあるから反論できなくて悔しいのだろう。その上、村の莫大な財産になりそうなものを手放さねばならないかもしれないのだ。しかし、


「多分、それはあんまり意味無いです」


 ニルティは口を挟んだ。


「もう龍のにおいが村に染み込んでると思います。そこに龍が居ないことは、金翅雀にも分かってるんです。ただ、龍が今回は見付からへんから、苛立ってるんや」


 イシャーナはニルティの顔を見て、決意したように頷いた。


「やっぱり、龍をあのままにしておくことは出来ないね。僕は、捕らえられた龍を開放しようと思う。ピナカ。君たちの秘技である、あの大縄の外し方を、教えて欲しい」


「よそ者に秘技を教えるわけがあるまい!」


 ピナカは荒々しく吐き捨てた。


 ダン!


 ニルティは編み靴で床を踏み鳴らした。黙ってギロリと睨みつける。ピナカはまた慌てて這いつくばった。


「どうかお許しください。神々にも、我らが秘技をお伝えすることは出来ません」


「なら、龍を開放することを君たちに頼めないだろうか。部外者を巻き込むのは申し訳ないが、それくらいしか方法が」


 ニルティはイシャーナの言葉に、ふと顔を上げて遠い目をした。


「多分、無理やないかと思います」


 既に、見付かっている。

 遠く、遠いところでかすかな鳴き声が聞こえる。まだわずかな鳴き声だが、あれはやがて山全体を揺るがす大合唱になるだろう。


「始まりの合図はもう鳴ってます。金翅雀が龍を見付けたみたいです。これから金翅雀は龍の側に集まります。祭りが、始まるんです。金翅雀のうようよ居るところで、こいつら役に立ちますか」


「金翅雀が、うようよ……」


 イシャーナは呟いて、蒼白になった。アバックの村人どころか、そんな所は危険すぎて、イシャーナだって行きたくないだろう。


 運命の合形が欲しいと言った、怖がりな魔術師。ニルティは彼を守りたい、傷付けたくないと思っているから、そんな危険なところには行かないでいてくれるとありがたい。

 ただニルティは、ひとりでもそこに行くつもりだ。彼女は龍を、殺さねばならないから。


「あー。ちょっとええやろか」


 緊張感の無いザバの声が、三人に割り込んできた。


「いつまでたっても、獣化の剣の説明が無いねんけど」


 にんまりとザバは笑った。

 よく言う、とニルティは思う。今の話を聞いていて、彼は獣化の剣についてなんとなく理解したはずだ。


「なんぼであの剣買うか、決めたんか?」


「やあ、剣を買うんはええわ。なんか自分で作れそうやし。そやけど獣化の剣について、情報はもうちょっと欲しい。その対価に、こっちも情報はどうや?」


 彼はにんまりと目を細めた。彼女はあごを上げて、続きを促す。


「下戸縄の、アバックの狩人の縄の解き方、俺知ってるけど、知りたい?」


 ピナカは立ち上がり、男の胸倉を掴もうとした。


「なぜ! 貴様が」


 ザバはひょいと軽く男の手を避ける。


「だって俺、冒険者協会の支部長やねんもーん。で、知りたい?」


 彼は立ち上がり食卓から離れて、壁にもたれた。


「そやけど魔術師がさ、そんな魔物のうようよ居る所行って、その龍を開放する必要あるん? 黙って龍が死ぬの待ってたらあかんの」


 イシャーナは、ザバを見つめた。


「僕は、行かなければならない。 あの龍は魔物じゃない。神と呼べるレベルの龍だ。

 あの龍はそもそもダクシャナ平原の流住湖あたりに住んでいた龍なんだと思う。ダクシャナ平原の大ひでりは、龍の不在が原因なんだよ」


 そういえばそんな話をしていたと、ニルティは思う。ザバは困った顔で話を聞いている。半信半疑なのだろう。

 イシャーナは立ち上がって、壁際のザバを見つめながら、ゆっくり近寄っていった。


「僕の予想が間違いなら別に良い。でもこの想定が正しいなら、速やかに僕は龍を解放しなくてはならない。そして絶対に、龍を金翅雀に殺させてはならないんだ」


 彼はザバの手を取って両手で握り締め、請い願った。


「どうか僕に、魔術師イシャーナに協力して欲しい。どうか、僕に教えてくれ。大縄の外し方を、教えてくれ。どうか、お願いします」


 美しい黒髪の魔術師にそっと詰め寄られて、手を取って丁寧にお願いされ、ザバはぼんやりと頷きそうになっていた。


「そやけど!」


 ザバが陥落されそうになっているのを、分かっていてニルティはわざと大声を出して遮った。


「だからってイシャーナがそれをする必要は無いです。危険すぎる。今度こそ魔術寮に連絡して応援を頼んだらどうです?」


 イシャーナは、僕は行かなければならないといった。僕らは、でなく。


「言っただろう。魔術寮は危機感が無く、動きが鈍すぎるんだよ。寮が動く前に、龍が殺されては、手遅れなんだ」


 ニルティはもう一度言った。


「それは魔術寮全体の仕事や。あなた一人の仕事やない」


 イシャーナは首を振った。


「僕の仕事だ。僕の、仕事なんだ」


 魔術師は、感謝されない仕事だ。人々から薄気味悪がられ怖がられ、城の人間からは蔑まれて忌み嫌われた。今回のイシャーナのように命をかけて戦っても、逆恨みされて殺されそうになるかもしれない。

 今回の件に関してはアバックの人々からは勿論、イシャーナの勝手な行動だから、いくら上手くやっても寮からは叱責されることになるだろう。失敗して死んでも、誰も感謝などしてくれない。


「寮に手紙は出していくけど、アバックの秘技を大勢に明かす訳にはいかない。だからザバ、僕が行って二日以内に雨が降らなかったら、寮にも縄の外し方を教えて欲しいんだ。どうせ寮が動き出すまで、もっと時間がかかると思うし」


 それでも、彼は行くのだと言う。自分が失敗して、死んでしまうかもしれないことも分かっていて。


 馬鹿な男だと、ニルティは思う。

 可愛い、可哀そうなイシャーナ。

 冷静で残酷で生意気な合形つぶし。完璧すぎて、誰にも弱点に気付いてもらえない。こんなに分かり易いのに。

 怖がりで寂しがりやで、優し過ぎる魔術師。


 彼を誰もが傷付けると言うのならば、ニルティが彼を守ろう。

 彼女が人間らしく生きている限り。


「これがあなたの仕事やって言うんやったら、良いですけど。あたしのことも連れて行くんでしょうね」


「ニルティ。そんなことできる訳無いだろう」


 どうせニルティは、もう一度龍の元へ行く必要があったのだ。イシャーナと目的は違うけれど。彼女は軽く首を傾げた。


「そんなん言うたって、あなた一人で一体何が出来るんですか」


「ダメだ。君は今、普通の状態じゃないじゃないか。自分でも分かってるんだろう」


 ニルティが普通の元気いっぱいの状態だったら、喜んで連れて行くような言い方をして。


「だからこそ、行くんです。行かなあかんのです」


 龍を、殺したいとニルティは思っている。

 これは、彼女が斬った金翅雀の切実な願いだった。

 殺したい殺したい、芳しい香りをかいで、輝く皮膚に刃を入れ、全身に返り血を浴びたい。ただ一撃、入れられれば。

 それは全く、イシャーナの願いとは正反対だが、実はそのあたりのことは心配する必要は無い。龍は強いから、強くて美しいから、縄から開放されればどうせいつもどおり、金翅雀たちは龍には勝てない。


「獣化の剣は結局、魔物を殺したら作れんの?」


 ザバがペロッと尋ねた。

 ニルティはちらりと視線をやり、その質問を肯定する。平然とした風を装って尋ねているが、本当は彼は知りたくて知りたくて仕方がないのだ。それを隠して平然と尋ねてみせる。


「それだけか」


「ああ」


「そんなに簡単にか」


 ザバは少し、物足りなそうな声を出した。

 金翅雀の一頭目を倒した時は、ニルティとしても死に物狂いだっただけに、つまらなそうな声に少し苛立つ。簡単にと言うのならば、ザバも勝手に魔物の一匹や二匹斬れば良い。


「ちょっと待ってくれ。これはそんなに容易い剣では無いよ。ニルティだって、これからどうなるか分からないんだから、大人しくここで待っていてくれ」


 ザバは一瞬へらっと、面白そうに笑みを零した。


「そうです、イシャーナ」


 ニルティは軽くザバを睨みつけると、立ち上がって立てかけてあった剣を取った。

 良いだろう、彼の中の獣化の剣への憧れを、掻き立ててやろう。今からザバには、イシャーナに協力してもらわなければならない。獣化の剣はその対価だ。ちょっと宣伝をしておいても罰は当たらない。


「これは伝説の獣化の剣。剣士達の憧れる、最強の証なんです。そんなに容易いものやないんです。この剣を手に入れた瞬間から、あたしの試練は始まってるんや」


 彼女はくるりと、剣を回して見せた。トクン、剣が一つ、鼓動を打つ。


「獣化の剣を作るのは簡単やけど、剣を御することはそれでは出来へん。

 この、狂気を、人を斬りたい衝動を抑えながら、殺しても罪にならへん強い相手と戦って、それを発散する。狂気に飲まれても失格、相手に負けて途中で死んでも失格。あたしは今、試練の中に居るんや」


 これは本当に、獣化の剣の試練なのだろうか。自分の中の狂気を恐れる気持ちは、昔から彼女の中にあった。いつか自分の中の衝動と戦わねばならない日が、来ると思っていたのだ。


「あたしも、行かなあかんのです。ここで待ってたって、狂気に負ける。龍や金翅雀に蹴り殺されたら、それはそれで、試練に負けただけなんや」


 理由など無くても戦おうとする、生き物を斬るしか能の無い化け物に、いつか自分がなることを、彼女はいつも疎んできた。

 自分の中の衝動と戦う今この時に、彼女には、イシャーナが居る。守るべき人が居て、正しい理由がある。これはどんな幸運だろう。

 戦うに足る理由があるのなら、死など恐れる必要がそこにあるだろうか。

 この試練に負けて狂気に陥るのなら、それは彼女が恐れていた化け物になる時だ。そんなものになるくらいならば、死など恐れる必要が。


「ザバ。付いてくる気なんやろ」


 気付けばザバは熱烈な視線を彼女の剣に向けている。今の演説は、上手い具合に彼の欲望と憧れの炎に、たっぷり油を振り掛けたのだろう。


「ん? 勿論見に行くわ」


 ザバはこっそり舌なめずりをしている。ニルティは、単純な男だと少し呆れる。

 飄々として分かりにくい男に見えて、彼は案外、分かりやすく欲深い男でもある。


「もしあたしが途中で狂気に飲まれて、イシャーナに襲い掛かりそうになったら、あなたあたしを殺してや」


 ザバは視線を剣から上げて彼女を見た。瞳をきらっと輝かせる。


「おう、任せとけ」


 へらりと笑った。この男、本当に大丈夫か?


 彼はきっと、ちょっと想像したのだ。彼女を殺すところを。楽しみで舌なめずりをしたのを、誤魔化すために呑気な笑顔だ。


「待ってくれ!」


 泣き出しそうな声で、イシャーナは叫んだ。


「ニルティ、本当にいくのかい」


「あなたが行くのやったら」


「僕が。

 なら僕は、僕は……僕が、行かなくても、君は行くね」


 黒い美しい瞳を憂いで満たして、彼は言い当てた。


「ニルティ。

 君は、僕の合形だから、僕が止める。

 一生懸命止める。君を傷付けても、止める。でも殺さないから。絶対に死なせないから」


 イシャーナはそっと、剣を持つニルティの手に触れた。そっと、握り締める。


「頼むから、目を覚まして欲しい。僕は合形を、決して死なせたりしない」


 彼の白くて美しい手は、小さく震えていた。

 可愛くて可哀そうなイシャーナ。

 ニルティは少し考えて、彼を安心させようと小さく笑った。


「分かった。なら、私が生き残って、もしあなたが人間を傷付けたせいで魔術を使えなくなったら」


 ニルティは左手を伸ばし、彼の額に触れる。前髪を掻き上げ、告げた。


「あたしがあなたを守ったる」


 これからずっと、誰からも、何からも。



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