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#03 行商

「――ようし、万事オッケー準備万端♪」


 ふふん、と振り返ってこちらを見るのはルミナだ。比較的動きやすい格好で、荷馬車を左に控えている。


「……おい」

「あら、なあに?」


 一方で不機嫌に声をかける俺ことシオンは、負わされた傷もすっかり治り、健全そのものである。

 そう、健全そのもの、なのだが。


「『なあに』も何も、なんだって俺がこんな大荷物持たなきゃなんねえんだ」


 間違っても病み上がり(一応)の人間に持たせる量じゃない。一体何キロあるんだ。

 対する彼女はしれっとした態度で答える。


「あら、当然でしょ? そんな重たい荷物、か弱いレディーが持てるわけないじゃない」

「誰が『か弱いレディー』だ。それに、荷物なら荷馬車に乗せればいいだろう」

「残念、荷馬車は私が乗るスペースしか空いてないわ。それから、『レディー』が駄目なら『セニョリータ』」

「……『リトルガール』」

「ひどいっ」


 仕方がないだろう、童顔なんだから。




 俺がルミナに助けられ、目を覚ましてから約一週間。傭兵として正式に契約を結び、今日から行商を再開するというわけだ。


「ルミナ、シオン、元気で。また、こんど」

「ありがとう。エミリも、次に会う時まで元気でね」


 エミリとは、俺が目を覚ました時にいた幼女の名前だ。ルミナが借りていた家の主の孫娘らしい。


 ともあれ、エミリとはここでお別れだ。俺達は、これからホフリオという街に向かう。


「さ、シオンは御者席に乗って」

「俺に馬を操れと!?」


 さすがにそんな技術は学んでこなかったぞ……

 立ちすくむ俺に、ルミナは可愛らしくウインクしてみせる。


「いいじゃない、歩くよりマシでしょ? それに、貴方器用そうだし」

「過大評価だ……」


 がっくりと肩を落としながらも、渋々御者席に乗り込む。ちなみに御者とは、馬車の運転手の事だ。

 幸い荷物を置くだけのスペースはあったので、とりあえず重たい荷物を横に降ろす。ずっと背負っていたら、肩凝りは必須だろう。

 からり、と、耳元で小窓が開く音がした。見ると、ルミナが顔を覗かせている。


「やっほ」

「おう」


 なんだろうと思いながら返事をすると、前方を指差して言う。


「出発する時と加速したい時は、手綱を一回パシンって打って。曲がる時は、その方向の綱を引けば曲がるわ。止まる時は、両方の手綱を引いて」

「オーライ。馬っつーのは賢いな」

「でしょ? マリはお利口なんだから」


 にこ、と笑って、道は地図に描いてあるからと紙を渡された。肩を竦めながらそれを受け取り、手綱を取ってパシンと音を立たせる。(マリというようだ)は一度いななき、蹄の音を響かせて歩きだした。

 さて、と、地図を開いて確認する。この先、小さな雑貨屋を右に。しばらく距離がありそうだから、少しゆっくり出来そうだ。

 ふう、と息を吐いて後ろにもたれ掛かる。ぱかり、ぱかりという平和な音が響く。

 馬車の揺れは意外と心地よく、リラックスできるものだった。ボーッと前を眺めていると、荷台の方から微かな歌声が聞こえてくる。


「……ふうん」


 ルミナだ。何度か鼻歌は聞いた事があったが、歌声を聞いたのは初めてかもしれない。柔らかい声は、丁度今日の青空のように澄んでいる。

 素直に、いい声だと思った。


「――お兄さんっ」

「……ん」


 小さな子供に呼ばれ、思わず馬……マリを止める。ブルルッと息を吐いてマリが足踏みをした。


 改めて見てみると、子供は随分とみすぼらしい格好をしていた。

 ストリートチルドレンだろうか。


「どうした、坊や?」


 尋ねると、彼はその華奢すぎる両腕を差し延べてよこした。


「ユノーのご慈悲を」

「ユノー?」


 聞き慣れない単語に戸惑っていると、再び小窓が開く音がした。


「どうかした?」

「いや……」


 なんと説明したら良いか分からず、言葉に詰まっていると、彼は再び先程の台詞を口にした。


「ユノーのご慈悲を」

「ああ、ちょっと待ってね」


 すると、ルミナはすぐ笑顔になり、荷台へ戻っていった。

 ……何の合言葉だ?


「はい、これ。あの子にあげて」

「おう?」

 数秒の間があり、彼女が再び顔を出すと、今度は一切れのパンを俺に寄越した。


「これを?」

「いいから、かわいそうだから早くあげて」


 それだけ言うと、彼女はまたすぐに引っ込んでしまった。なんだかよく分からないが、子供に向けてパンを投げてやる。

 子供はすぐに笑顔になり、「神のご加護を」とだけ言うと走り去ってしまった。

 呆然としてそれを見ていると、左側から声が聞こえてきた。


「今のは物乞いよ」

「ルミナ」


 意外な場所からの登場に少し驚く。

 よいしょ、と軽く掛け声をかけて御者席に登ると、彼女は荷物と俺との間にちょこんと座る。


「『ユノー』っていうのは、人々に無限で無差別の慈愛を下さる聖母なんだよ」

「なるほど。だから『ユノーのご慈悲』か」


 何か恵みを、という意味で使われているのだろう。


 ……ところで。


「どうしてアンタはここに?」

「だって、急に止まられたらびっくりするじゃない。危なくおでこぶつけるところだったわ」


 確認すると、ぶう、と唇を尖らせて文句を言われた。


「それに、今みたいに言われても反応出来ないかも知れないじゃない? そういう時の為に、私が付いてた方がいいかなって」

「かたじけないな」

「苦しゅうない」


 ふふんと胸を張って答えるルミナ。こういう所が、なんだかやたらと見た目相応な気がする(中身は二十一らしいが)。

 見ている俺も思わず笑みがこぼれた。再び、マリに指示を出す。ぱかり、ぱかりと、再び心地好い音が耳に響いた。ルミナはといえば、やはり小さく歌を口ずさんでいる。よほど好きなようだ。

 が、ある拍子にふと口ずさむのをやめ、何を思ったか俺の顔を覗き込んできた。


「ね、シオン」

「うん?」


 何やら興味津々といった様子で尋ねてくる彼女に、覇気のない疑問文で返事をする。そんな軽い調子でも満足なのか、ルミナは一層瞳に期待を浮かべて言った。


「貴方、楽器とか出来ない?」

「楽器?」


 なぜいきなりそんな事を、とも考えたが、歌が好きなら楽器に合わせて歌いたいと思うものなのかもしれない。


「いや……生憎だが、あまり触った事がないな」

「そっかあ……」


少し、とは言え、こちらにも落胆が伝わる程度には、彼女の表情は寂しそうだった。


「自分では、演奏しないのか? 歌も歌えるんだし」

「そりゃあ、挑戦しようとは思ったわよ。だけどてんでダメダメでさ、私って楽器の才能ないみたい」


 そっぽを向いて言う様は、いじけた子供のようで。

 だから、だろうか。


「……時間がかかってもいいなら、ギターくらい練習するさ」

 なんだか悪い事をしてしまったような気がして、つい、そう口走ってしまった。


「本当!?」


 対するルミナは、まるでさっきの表情が嘘のような笑顔をつくってこちらを向いた。


「嘘ついてどうするんだ」

「本当ね!? 約束だからねっ」


 苦笑しながら返事をすると、小指と小指を絡ませられた。


「な……なんのまじないだ?」


 意味が分からず怪訝な表情になっていると、ルミナはやはりにこっと笑って、


「指切りよ。これで貴方と私は約束を結んだの。嘘ついたら針千本飲ませちゃうんだから」

「それは……」


 なんとも恐ろしい契約だと思いながら、絡めた指を解かれる。


「言っておくけどな、針千本飲み込むなんて、びっくり人間くらいのレベルにならないと出来ない芸当だぞ?」

「あら、当然じゃない。東の国では指切りする時に必ずそう歌うのよ」


 ふふ、と軽く笑いながら答えると、ルミナは再び歌を口ずさみ始めた。……目が本気だったから、ちゃんと覚えよう。


 そうこうしているうちに何度か道を曲がり、辺りはすっかり森の中だ。日は沈みかけといった所だが、足元は見えづらくなってきている。


「よし、もう少し行けば小屋があるはずだから、今日はそこで休憩しましょ」


 俺から地図を取り返してにらめっこしていたルミナが、急に顔を上げて呟いた。


「小屋なんてあるのか」

「そ。私達みたいな旅の人が休めるように、ね」


 なるほど、行商人の多い街が近いだけに納得できる理由だ。


「さすがに野宿はキツイし」

「そうだな」


 この森の中だ、野生の獣だってうじゃうじゃいるだろう。狼の大群に囲まれた場面を想像するだけでゾッとする。


「襲われでもしたらたまったもんじゃないってか」

「え、えっ!?」


 思った事をそのまま口にすると、ルミナが急に赤面して慌て始めた。

 ……特に赤面するような事は言っていないつもりなんだが……


「な、べ、別にそんなつもりで言ったわけじゃないわ! 疑ってなんかないんだからっ」

「は?」

 何のこっちゃと数秒間考えるが、彼女が言いたい所に気が付き、今度は俺が赤面する。


「ばっ、誤解だ誤解!! 俺が言ってるのは熊とか狼とかの話!!」

「うぇ!?」


 大袈裟に反応してから固まるルミナ。暗がりでよく分からないが、きっと耳まで真っ赤なのだろう。

 が、それも数秒の話。


「にゃぁぁシオンの馬鹿ぁぁー!! 一緒になんか寝てあげないんだからあぁぁ!!」

「こっちから願い下げだ阿呆!!」


 しかも『にゃ』って何だ!?

 両手で顔を覆っていやんいやんと首を振る彼女を見ながら、しかし俺もやましい事は何も無いのになぜ慌てているんだと顔を正面に向けた所で違和感に気がつく。


「ルミナ」

「な、何よ!? お風呂なんか覗かせてあげないんだからね!!」

「ちげえ!!」


 頼むから俺の真面目な雰囲気を察してくれ!

 できるだけ静かに通り過ぎようとすればこの始末。さては貧乏神にでも気に入られたのだろうか。


「全く……囲まれてるぞ、お客様だ」

「お客様?」


 俺の台詞にハッとして辺りを見回すルミナ。


「……誰もいないよ?」

「直に出てくるさ。気持ちだけでも構えてろ」


 横目で顔を見ながら言うと、不思議そうな顔をしながら頷かれた。頷き返すと、さらに怪訝な顔をされる。まあ、今の説明だけで全て理解しろと言っても無理なのかも解らない。


 俺の、傭兵としての初仕事だ。





次回から不定期更新かもです(早


まったりやっていきまっする(古

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