#02 契約
「――てめぇ、ガキ!! 何処まで逃げれば気が済むんだ!?」
「だから、そのガキに……ああ、違う奴らだったか」
走るのをやめ、軽くステップを踏んで彼らと向き直る。三人かと思ったが、一人分多く勘定してしまっていた。どうやら、暗殺向きではない奴らのようだ。
無駄に足音を立てるのは、すなわち素早い動きが出来ない奴か、単純に体力がない奴かのどちらかだ。
「あんたら……誰に雇われた? それと、目的は何だ」
「言うと思うかよ。それに、目的なんぞ知るか」
やはり、そう簡単に口を割るつもりはないらしい。後者の方は本当のようだが。
「はあ……面倒だな。適当に目的だけ分かりゃあ対処できんのによ」
言いつつ、ポケットの中を探る。急いで来たために、獲物の具合を確かめていなかったのだ。
長さからすると、恐らくダガーの方だろう。いい物というのは確かなようだ、重量感もちょうどいい。
「とにかく……俺達はアンタがいなくなりゃあ、それで文句はないんだ」
「悪いが、ここで地獄に向かってもらうぜ」
二人はそれぞれの台詞を口にすると、自分の獲物を構える。はっきりと殺意が伝わってくる。
「全く……そう、大した重さもない命だぜ? どうしてそう躍起になるかね」
「知るかよ、こっちは仕事だって分かってんだろ?」
向こうもこちらに合わせてか、軽い調子で答えるが、その答えで大方の予想はついた。
「さしずめ、イノール家にでも雇われたか。……まあ、アレは俺の失敗だから文句も言えねえな」
「なッ……!?」
イノール家とは、俺が暗殺依頼を受けた一派だ。一家の長を殺した敵だろうが、俺はもう目的を果たしたわけだから、よく考えてみれば追われる筋合いはないハズだが。
ダガーの感触を確かめながら呟くと、男達は驚愕したように目を見張る。図星らしいが、ここまで分かりやすい奴らに仕事を頼んでもよかったのだろうか。
「……図星っていうなら、言っておくが。一応、俺は無駄な争いは避けたいタチでな。伝言さえ頼まれてくれれば、なにもアンタ達の命なんか取らなくて済むんだが」
「なに……?」
まだ武器を見せていない事もあってか、反応した男は構えを少し解いてみせる。どうやら、話の通じる相手のようだ。
「何のつもりだ」
もう一方の男は余計に警戒して、さらにきつく睨んでくる。こちらは交渉が難しいかも解らない。
「だから、言っただろ。無駄に体力を使いたくないってよ。
それに、二人相手もできれば遠慮願いたいしな」
「……」
肩を竦めて見せると、訝しんでいるのか、一層眉をひそめられた。
どうも、今日は人に信用されない日らしい。
「……スラムの紫だからな、てめぇは」
「……!」
『スラムの紫』とは、俺の通り名のようなものだ。スラム街出身で、俺と同じ名前の花に"紫"の字を使う事からついた、安直なニックネーム。はっきり言って、あまり気に入ってはいなかった。
故に、眉をひそめた事に気付いてか気付かずか、彼は地面を蹴って一気に間を詰める。
「おっと」
「言う事なんざ、信じられるかよ!」
少し焦りながら、ダガーで攻撃を防ぐ。振り降ろされたのは、脇差し程の長さの刀。なるほど、暗殺にはもってこいの獲物ではあるが、少々力みすぎだ。
「く……そうかよ」
しかし、そのお陰で腹部の傷口はズキリと痛む。まだ回復しきっていない身体ではキツかったか。
「ハッ、その調子だと、力比べならこっちに歩があるようだな」
「ほざいてろ」
どうにか刀を弾き、数歩下がって距離をおく。こちらも構えたところで、視界に一人しかいない事に気が付いた。
しまったと思った時には、もう遅かった。
「――死ね!!」
「ッ!?」
大きく横に凪がれた剣を、跳び上がる事でようやく回避する。片手をついて下がるが、反動で腹部に鈍い熱が広がる。
「く……そ、が」
小さく悪態をついて、まずは大剣をもった方の男に駆け寄る。
「まだ来るか!」
大きく振りかぶったところで、懐に潜り込む。完全に相手の間合いだ。
「馬鹿が! わざわざ死にに来るとはなッ」
「……馬鹿は」
男は勢いよく大剣を振り下ろす。
その勢いに合わせて、俺も半身を反しながら獲物を突き出した。
「どっちかな」
血飛沫が注ぐ。剣が微かに掠ったのもあるが、俺が男の腕を切り裂いた事が大きいだろう。
「ぐ、うぁあ!!」
結果、男は悶絶しながら屈み込む。もちろん切り落としたわけではないが、片手では、この重量の武器は持てないだろう。
「てめぇ!!」
もう一方の男が疾走してくるのが分かる。合わせるように走り、間合いに入ったところで右手を突き出してきた。
当然、獲物を握っている方だ。完全に捉えたと思ったのだろう、口許には軽く笑みが浮かんでいる。
「甘いな」
「……!?」
俺はといえば、左手で手刀をつくり、相手の武器をたたき落とす。予想外だったのか、軽く目を見開いていた。
「本当に分かりやすいな」
呆れたため息をつきながら、左手で今度は相手の右手を掴む。無論、武器である脇差しは踏み付けてある。
「く……!」
顔を引き攣らせるが、構わない。ぐいっと左手を後ろに引き、地面に引き倒す。
「しまっ……!!」
形勢逆転とはこの事か。男に体重をかけて押さえ込み、右手を大きく振り上げる。
「終わりだ」
振り下ろそうとした、瞬間だった。
「――待ったぁぁぁぁぁ!!!!」
何故か聞いた事のある、けたたましい声が聞こえてきたのは。
「!?」 驚いたのは俺だけではなかったようで、三人で一斉に声のした方を向く。
「って、ああぁ、もう手遅れじゃない……」
肩で息をしながらその場にへたりと座り込んだのは、みまごうまでもなくルミナだった。
「……嘘だろ」
あまりに予想外の展開に思考がついていかない。呆気にとられて彼女の方を見ていると、
「――らァ!!」
「ッ!!」
肩に鋭い熱を感じた。
「ぁ……!」
ルミナが息を飲む音が聞こえた。当然か、人間の身体に刃物が突き刺さっている光景など、普通の生活をしていてはまずお目にかからない。
自分の身に何が起こったのかを理解して、刀は受けたまま男から離れる。
「……ッ、畜生」
血液がじんわりと溢れてくるのが分かる。それでも幸いと言えるなら、もう少しズレていたら、命がなかった事か。
出血を承知で刀を引き抜き、地面に深く突き立てた。これで、そう簡単に武器を取り返す術はなくなっただろう。
「シオン……!!」
ルミナが駆け寄ってくるのが分かった。ガクンと折れそうになる膝に抵抗しながら、彼女を睨みつける。
「待ってろって、言っただろう。何故追ってきた」
「だって……」
衝撃的な光景を見たからか、単純な恐怖心からか。瞳に涙を浮かべながら、しかししっかりと俺を見つめる。
「だって、物騒な事言ってたから、もう貴方が帰って来ないんじゃないかって、心配して……」
「……」
今日何度目のため息だろうか。台詞を聞いて、彼女を後ろ手に庇う。
「……あの、ごめんなさい、私のせいで」
「いいや」
台詞を遮って、出来るだけ穏やかに言葉をかける。
「その事については怒ってないし、アンタのせいでもない。気にするな」
「……、うん……」
力無い返事を聞いて、安堵している自分に気が付いた。
「……ほら」
「え」
警戒している二人からは目を離さずに、彼女にダガーを渡す。
「一応持ってろ。護身用にはなるだろ」
「う、うん」
戸惑いもあったようだが、しっかりと両手で受け取ってくれたようだ。俺は、先程引き抜いた脇差しを武器に使う。
病み上がりの身体で無理をしすぎたらしい。立っているのも辛くなってきた。
「……ふざけるなよ」
腕を切った方の男が、苦々しげな表情をつくって呟く。
「いきなり現れて何者だか解らねえがな、嬢ちゃん、そいつぁ仲間内では有名な人殺しなんだよ。ついでに言やあ俺達だって仕事してんだ、俺達を助けたつもりなら、そりゃあ余計なお世話ってもんだ」
「そ……そんな、つもりじゃないわ」
答える声が震えている。姿を見ずとも、少なからず恐怖を感じている事が伝わってくる。その上で返事をしているのだから、気丈な娘だ。
「じゃあ何だってんだ、人の仕事邪魔しやがって! アンタが入って来なきゃなあ、」
「『仕事は終わってた』、ってか」
お決まりの台詞に嫌気がさす。思わず口を挟んでいた。
「そりゃあこっちの台詞だ。むしろ彼女に感謝しなよ、コイツがいなきゃ今頃アンタらは地獄の三丁目だぜ」
吐き出すような台詞に、二人がぴくりと肩を震わせた。
「てめぇこそ、死に損ないでよくそんな口が利けたなあ!?」
どうやら琴線に触れたらしい。
構わない。俺も機嫌が悪くなってきたところだ。
「アンタらこそ、その死に損ないに手こずってんじゃねえか。大体な、仕事、仕事ってよ、『仕事』でやってるなら他人を巻き込むんじゃねえよ。
もっとも、交渉も出来ねえようじゃあ、そこまで頭が回らないかも知れないがな」
「……ッ!!」
ほとんど一息で喋ったせいか、肩で息をしている事に気付く。二人とも物凄い形相を向けてくるが、もう膝が言うことを聞かなくなってしまった。ふらりと上体が揺れて、両膝をついてしまう。
「く……」
「……てめぇ、馬鹿にするのもいい加減にしやがれ」
脇差しを奪った方の男だ。顔を見れば、般若さながらといった気迫を感じる。
「殺されて当然の奴に、ああだのこうだの説教垂れる権利なんかねえんだよ!」
最早屁理屈にしか聞こえない論理を並べて激昂する男。もう一人の男から大剣を借り、引きずりながらこちらに向かってくる。
「そうだ、俺らは『殺人鬼』をこの世から消すんだよ。力無い民衆の代わりに、正義の――」
「うるさい!!」
……一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。いや、それどころか目も疑った。
「さっきから聞いてれば、何? 『正義』とか言ってるけど、結局はシオンの事殺そうとしてるんでしょ!? そっちだって『殺人鬼』じゃないの!!」
「な……」
大声を上げて、男につかみ掛からんばかりの勢いで口火を切ったのは、何を隠そうルミナその人だ。すると先程声が震えていたのは、まさか怒りからのものだろうか。
さしものオッサンも、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をしている。多分俺も似たような顔をしているだろうから、あまり酷い事は言えないが。
「何が『正義』よ。やってる事といったら、ただの多勢に無勢の喧嘩でしょ? 道徳的にどっちが不利かなんて、五歳の子供でも分かるわ」
「お……おい、嬢ちゃん。俺達の話聞いてたか?」
全くだ、と内心で同意してしまった。仕事とはいえ、沢山の人を殺めてきたのだ。少々言いすぎのような気もするが、男が『殺人鬼』と言うのも頷ける。
それを、『喧嘩』の一言で片付けやがった。
こいつ……強い(色んな意味で)。
「……あのなあ、さっきも言ったがよ、ソイツぁ裏では名の知れた暗殺者で、今までに何人もの人間を殺しててだな」
「だから何よ。どんなに立派な論文書いて証明したって、他人を殺していい理由になんかならないわ。それに、その理屈でいったら、貴方達も殺されて当然の人間になるって気付いてる?」
「…………」
…………。
母親か何かのようだ。オッサン二人も見事に黙り込んだ。
ふん、と鼻を鳴らして、今度は俺に向いた。
「シオンっ」
「はいっ」
思わず身構えてしまう。一体どんな事を言われるのかと、少々ビクビクしながら言葉を待っていると、
「謝りなさい」
「……は?」
一言、ひどく簡単にそう言われた。
わけがわからず目をしばたたいていると、ルミナはさらに言葉を続ける。
「『は?』じゃないわ。貴方も、あの二人の事傷付けたんでしょう? なら、ちゃんと謝るべきよ。違う?」
「……さいですか」
どうやら反抗しない方が身のためらしい。
面倒だと思いながらも、ゆっくりと二人に向き直る。不本意ながら頭を下げようとした所で、はたと気が付いた。
「その前に、紙と何か書くものをくれるか?」
「? ええ、構わないけど……」
答えると、ルミナは提げていたポーチから紙切れとペンを取り出した。軽く礼を言い、紙切れに走り書きをしてから、改めて二人に向き直る。
「……あー、その、悪かったよ、失礼な真似をして……」
「……いや、こちらこそ……」
……妙な空気になった。当たり前だ。敵に謝るやつがいるか、普通。
「それから、これを」
「あ?」
動けないのを察してか、男は大剣を引きずったままこちらにやって来る。気になったのか、怪我をさせた方の男も寄ってきた。
「なんだ、こりゃあ」
「俺の口座の番号だ。ソイツはアンタらにやる。そのかわり、もう俺を狙わないと約束してくれ」
「なんだと?」
怪訝な顔つきをして俺を凝視する二人。当然だろう、こんな目茶苦茶な話、簡単に鵜呑みになんか出来たものではない。
「そんなべらぼうな話があるかよ」
「言われると思ったさ。だから、もう一つ頼まれて欲しい」
「な……なんだよ」
随分ぎこちない会話だが、二人ともまんざらではなさそうだ。さては、この仕事の報酬がよほど少なかったのだろうか。
「簡単さ。依頼主の所に戻って、俺はもうイノールには手を出さないって伝えてもらいたい。ついでに、暗殺稼業からも手を引くってね」
「何……?」
意外だといった風に顔をしかめられた。どうもまだ疑われているらしい。
「頼むよ。アンタらにとっても悪い条件じゃないだろう? それに、俺もそろそろ喋るのに疲れてきた」
「……」
顔を見合わせている。信じられないといった様子だ。
参った。早く答えてもらわないと、本当にそろそろきつい。
「……ああ、もう、じれったいわね」
ルミナにはどうも怖じ気というのが足りないらしい。こうも堂々とした物言いが多いと、こちらがヒヤヒヤさせられる。
「いいならいい、ダメならダメでいいじゃないの! 男なんだからウジウジしない!!」
「「はいっ、構いません!!」」
……大の男二人が、一人の女性(見た目少女)に敬礼している。なんともシュールな絵面だ。
「……交渉成立だな」
「よし。じゃあ、シオン、帰るわよ」
よいしょ、と言いながら、俺の腕を肩に回して立たせる彼女。二人はぽかんとしたような表情を見せたものの、紙をしっかりと仕舞って歩きはじめた。
……現金な奴らだな。
「『帰る』ったって……いいのか? 俺は、あいつら曰く『殺人鬼』なんだぞ?」
「あら、言ったでしょ? それくらいの方が頼もしいって。それに」
歩きながら、ルミナはにっこり、綺麗に微笑んだ。
「貴方は、私の傭兵だもの。あのダガー、血で汚したからには、弁償出来るだけ働いてもらうわ」
「……了解」
苦笑しながら答える。そこまで言い切ってもらうと、こっちの方が頼もしく感じる。
こうして、俺は彼女と傭兵の契約を結んだのであった。
一日おくれちゃったぜ☆(黙
できるだけまめに更新したいぞ……!←希望
感想等ありましたらよろしくおねg(ry