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6 ふたりの夜

 しばらく言葉が出てこなかった。

 私は生まれて初めてミュージカルを鑑賞したけれど、ここまで感動するとは思っていなかった。

 ミュージカルの世界に入り込むことができて、自然と涙がこぼれてきたし、それ以上何も言えなかった。

 怜ちゃんとゆっくり会話ができるようになったのも、ホテルに着いて寝る準備を始めた頃だった。


「修学旅行の夜なんだから簡単には寝かせないよ?」

「大丈夫だよ。私だって怜ちゃんとお話したいもん」

 疲れているけれど、こうして怜ちゃんと二人っきりでずっとお話しできるチャンスは無駄にしたくない。この時間を楽しみにしていた。

 見回りが来ても大丈夫なように部屋の電気は消して、デスクライトだけ点けた。お互いのベッドからでも顔を見合わせることができる。


「ミュージカル、どうだった?」

 怜ちゃんは私の感想が気になるようだった。

「凄かったよ。私、あんなに感動するなんて思わなかったもん」

「でしょ? だから私は一番楽しみにしてたんだよ」

 そして笑顔を見せる怜ちゃん。

 怜ちゃんは始まる前、私に「人生観が変わる」と言ってくれた。本当にその通りだったかもしれない。またいつか観に行きたい、そういう気持ちでいっぱいだった。


「……突然、なんだけどさ。千佳ちゃん、私の話、聞いてくれる?」


 怜ちゃんが少し真面目な表情になった。言葉も重く感じられる。

「う、うん。大丈夫だよ」

 私がそう言うと、怜ちゃんは小さく深呼吸をして、語り始めた。


「いつか話そうと思ってたんだ、私の病気の話」


 一瞬で空気が変わったかのように感じられた。

 私が気になっていたけど、聞き出せなかったこと。怜ちゃんの病気。

 今この場でそれを聞く事ができるなんて予想していなかった。


「私、生まれつき、心臓が弱くてさ。運動とかも全然できないし、幼い頃は入院してばっかり。ずっと本を読むことぐらいしかすることがなくて」


 本当に、今の怜ちゃんのイメージとはかけ離れていた。怜ちゃんに会って一か月、病気持ちを感じさせたことはない。だからこそ、簡単には信じられなかった。


「……私の病気さ、本当に重いんだ。今も学校に行けてるけど、いつまた入院するか分からないの。最後に退院してから、まだ一年も経ってないし」


 いつ、また怜ちゃんが学校に来れなくなるか分からない現実。急に恐怖に襲われたかのような感覚がした。


「そんな闘病生活の中でね、ある日。六歳の頃だったんだけど、体調が安定してたから、初めて家族で出かけたんだ」


 その先に出てくる言葉が、自然と予想できた。


「ミュージカルに。劇場公演に、足を運んだの」


 予想通りの答えだった。

 ミュージカルは、怜ちゃんにとって大きな意味を持っているのだと感じていた。この話に、直結していたんだ。


「初めて観たときは本当に感動したよ。本で読んだことのあるお話でも、新鮮だった」


 怜ちゃんにとって、大きなもの。ミュージカル。

 私も、今日初めてミュージカルを観て、同じ気持ちになった。自然と緊張が解けてきて、いつの間にか怜ちゃんの顔に微笑みが戻っていた。


「それから私は、あの舞台で活躍することが夢になったの。ミュージカル俳優っていうの? 私もあの人たちみたいに、感動を与えたいって思うようになった」


 闘病生活の中で怜ちゃんが手にした一つの夢。

 きっと私が簡単に考えるものなんかよりも、ずっとずっと大きなものなんだと思う。


「だから今日のミュージカルも本当に楽しみだったし、本当に楽しかった。千佳ちゃんも感動したでしょ?」

「……うん、私も。あんな感じに夢や希望を与えられるって、素敵だと思う」

 私がそう言うと、何故か怜ちゃんはクスっと笑った。

「え、私おかしいこと言った?」

「そんなことないよ。ただ千佳ちゃんは本当に純粋な子だなぁ、って思っただけ。そうだよね、本当に素敵だよ」

 そしてまた優しい微笑みに戻った。そんなに純粋だと思われるようなことを言ったのかな、私。

「千佳ちゃんも、役者目指してみる?」

「えぇ? 私は……ちょっと……」

 突然そんなことを言われて少し躊躇う。確かに興味はあるけれど、人前であんなことをするのは私にはとても無理だと思った。

「……私がやるんだったら、脚本とかかなぁ」

「え、脚本……?」

「うん、実際に演じることができなくても、お話を作ることができたらいいなって」

「……なるほど。また違う形で感動を与えられるもんね」

 物語を作ることは幼い頃からやってきたこと。家族や友達に見せることはほとんどなかったけれど、いつか私の作品をいろんな人に読んでもらいたいと思う。


「じゃあ、千佳ちゃんが作った話を、私が主演女優で演じる! そうなったら面白いと思わない?」


 突然怜ちゃんがそんなことを言い出して驚いた。

「……え、え? 確かに、面白いと思うけど……できるかな?」

「いいじゃん、夢を語ることぐらい。憧れの一つや二つ、持って損になることなんかないじゃん」

 返ってきたのは怜ちゃんらしい言葉。

「……そうだね。いつか実現できるといいかも」

 怜ちゃんが主役のお話だったら、どんな話が書けるだろう。きっと、自然と書き進められると思う。

 小さいようで大きな夢を与えられた気がした。


「私も頑張るね、怜ちゃん」

「……うーん、あのさ。その……『ちゃん』付け……そろそろやめない?」

「……え?」

 また意外な言葉が怜ちゃんの口から出た。

「私、もっと千佳ちゃんと――千佳と、仲良くなりたいから。ダメ……かな?」


 呼び捨てなんて、されたこともしたこともなかった。

 考えたこともなかった。

 それでも、


 何故か私はとても嬉しかった。

 大好きな友達が、もっと仲良くなりたいって言ってくれて。

 だから断る理由なんてなかった。


「うん――怜」


 この日から、私たちの関係は少しずつ変わり始めたのかもしれない。

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