2 帰宅部
休み時間が来る度、怜ちゃんは私に多くの質問をしてくれた。
前の学校のこととか、どんな場所に住んでいたのかとか、いろんな質問。私の話がどんな内容でも、楽しそうに聞いてくれる。人と会話することが苦手な私でも、気軽に話すことができた。
「じゃあさ、部活は何してたの?」
次の質問は、部活についてだった。これで何個目の質問だろう。でも、悪い気はしない。
「私、文芸部だったんだぁ。本とか読むの、好きだから」
「文芸部かぁ。なんか千佳ちゃんのイメージにぴったりだなぁ。こっちでも文芸部入るの?」
「うーんと、もう三年生で受験もあるから、学校から入らなくても良いって言われた」
三年生だと、もう長く部活をやってる暇もない。この時期に転校して部活に入っても、部の人たちにも迷惑がかかってしまうかもしれない。学校側はそれを考慮してくれてか、特別に私の未所属が認められることになった。本当に特別な措置なんだと思う。
「ねぇねぇ、怜ちゃんは何部なの?」
私はこの場で初めて怜ちゃんに質問をした。
「私? 私は入ってないよ」
「……え?」
怜ちゃんの意外な返事に唖然としてしまう。この学校は、部活動に所属することが義務付けられていると聞いていたからだ。
「あ、えっとね。私、ちょっと病気持ちだからさ。入院することとかもあって、部活とかやる余裕ないんだよね。だから特別に認められてるの」
更に意外な言葉だった。こんなに元気そうなのに、病気だったり入院することがあったり、信じられなかった。偏見かもしれないけど、私が持つ病弱な人のイメージとはかけ離れていたから。
怜ちゃんの病気については気になることもあるけれど、今は聞かなくても良いと思った。それよりも、一つ共通点を発見できた喜びが大きかった。
「じゃあ、私と怜ちゃんは、帰宅部ってことかなぁ」
「え? 帰宅部?」
「うん。特別に部活に入らないことが認められてる同士。部活に入ってないから帰宅部だよ」
私がそう言ってから数秒後、言葉の意味を理解した怜ちゃんは今までで一番の笑顔を見せた。
「うん! そうだね。二人だけの帰宅部だよ。帰宅部へようこそ、千佳ちゃん」
「ふふ、これからよろしくお願いします。部長さん」
「……私、部長なの?」
本当に会ったばかりとは思えないほど、私たちは仲良くなってしまった。今まで謙虚で人と話すことの多くなかった私でも、ついつい話したくなってしまう。怜ちゃんは、そんな魅力がある子だった。
どんなにくだらない些細な話でも、二人で話すと盛り上がることができる。一緒に笑い合うことができる。
私にとって、初めての『親友』と呼べる存在になるかもしれないと、この時から感じていた。
今日は午前中で学校は終わりとなった。授業も学級活動が中心で、勉強せずに終わった。
クラスの皆は部活があるだろうから、教室でお弁当を食べたりしてる人もいるし、もう既に部室へ向かった人もいるみたい。
そんな中で、私と怜ちゃんは二人で帰ることになった。
「一緒に帰ってくれる友達がいるなんて幸せだよ……今までずっと帰るときは一人ぼっちだったからさ、うぅ」
そう言って大袈裟に泣いたふりをする怜ちゃん。表情が豊かな子だ。
「あ、そうだよね。皆、部活やってるもんね」
「うんうん。だから今日が帰宅部最初の活動って感じ」
これから毎日下校しよう、という約束もできた。今まで一人で帰っていた怜ちゃんも、私がいることで気が楽になるかもしれない。
帰り道は途中まで同じで、話す時間がたっぷりとあった。その途中、怜ちゃんがこんな話題を出してくれた。
「そうそう、来月は修学旅行だよ」
「え、修学旅行……? あ、そっかぁ、この時期なんだ」
前の学校では修学旅行は秋だったから、まだ話が出ることはなかった。でも、転校してきたことで修学旅行は間近に迫ることになってしまった。
「うん。東京だよ! 私、今から凄い楽しみ」
行き先を聞いて軽くショックを受ける。東京は、つい最近まで住んでいた場所だったから。
「……あ、でも千佳ちゃんは東京に住んでたんだっけ」
「うん、でも大丈夫だよ。修学旅行で行く東京も新鮮だと思うから」
どうせだったらもっと違う場所に行きたい気持ちもあったけど、諦めよう。
「そう? なら良いんだけど……今度、班分けとかあるみたいだからさ、私たち、同じ班になれると良いね」
「うん! 怜ちゃんと一緒の班だったら、きっと楽しめるよ」
見慣れた光景でも、また違った見方ができるかもしれない。だから、今は修学旅行を楽しみにしていよう。
「じゃあ、私はこっちだから。また明日ね」
途中の十字路で、怜ちゃんとは別れることになった。
「うん、今日はありがとね、怜ちゃん」
「私、お礼言われるようなこと何にもしてないよ~? むしろ私が千佳ちゃんに感謝したいぐらいだよ」
「私こそ何もしてないと思うんだけど……」
「ううん、友達になってくれたし、一緒にも帰ってくれた。私、凄い嬉しかったんだから」
そう言って微笑む。怜ちゃんは、笑顔が似合う子だ。その笑顔を見ると、私まで自然と笑顔になってしまう。
「……そっか。じゃあ、お互い感謝だね」
「うん。ありがとう、千佳ちゃん。じゃあ、またね」
二人で手を振り合い、怜ちゃんは私に背を向けて歩きだした。
その背中を見て、私は怜ちゃんのある言葉を思い出した。
『私、ちょっと病気持ちだからさ。入院することとかもあって、部活とかやる余裕ないんだよね』
部活ができなかったり、入院したりすることもある病気。どんな病気なんだろう。
それが引っ掛かって、私はずっと怜ちゃんの背中を見ていた。