第7話:ただの防犯砂利です
――私は、夜も眠れない日々を過ごしていた。
先日の「将軍敗走事件」以来、私の小屋の周りは静かになるどころか、不気味なほどの「静寂」に包まれていた。
騎士たちは遠巻きに私を監視(本人は崇拝だと思っている)しているし、聖女様はどこかへ「布教(本人は粛清だと思っている)」に行ってしまった。
(……怖い。絶対に、あの将軍の仲間が、夜中に暗殺に来るに決まっている!)
私は、震える手で窓の隙間から外を覗いた。
暗闇の中で、木の葉が揺れる音さえ、暗殺者の足音に聞こえてしまう。
これでは、熟睡なんて夢のまた夢だ。
(……そうだ。防犯だ。昔、おじいちゃんが言っていた。『歩くと音が出る砂利を敷けば、泥棒は逃げていく』……と!)
私は、小屋の床下に転がっていた「少しキラキラした小石」をかき集めた。
この森は、どういうわけかこういう「光るゴミ」が多い。
私はそれをバケツに入れ、小屋の周囲に丁寧に撒いていった。
「……よし。これで、誰かが近づけば『ジャリッ』と音がして、私がすぐに気づける。……ついでに、糸に鈴をつけて、入り口にぶら下げておこう」
私は、必死に手を動かした。
恐怖で魔力が漏れ出し、小石の一つ一つに「絶対に不審者を逃さない」という怨念……もとい、防犯の願いが凝縮されていく。
鈴を結ぶ糸に至っては、私の魔力が勝手に編み上げられ、もはや「因果を繋ぐ裁きの糸」へと変質していたが、パニック状態の私は、ただの「手芸」だと思い込んでいた。
「……ふぅ。これで、少しは安心して眠れるかな……」
私は、玄関に「猛犬注意(本当は『怖い人は来ないで』と書きたかったが、手が震えて殴り書きになった)」の看板を立て、家の中に逃げ込んだ。
†
(……ターゲット、確認)
森の暗闇に紛れ、一人の影が動いていた。
隣国の諜報機関『影の蛇』のトップ、シルヴィアである。
彼女は、将軍バイロンをたった一歩で屈服させたという「アルス」の正体を探るべく、単身で潜入していた。
(……馬鹿げている。一歩で将軍を? 磁場や地形を利用した、ただのハッタリに違いないわ。私がその喉元に刃を突きつけ、真実を暴いてあげる)
シルヴィアは、伝説級の隠密スキル『無音歩行』を使い、小屋へと近づいた。
彼女の足音は、この世に存在しない。
音もなく、気配もなく、彼女はアルスの敷地内に足を踏み入れ――。
「……ッ!? な、なに、これ……!?」
一歩踏み出した瞬間。
シルヴィアは、全身が凍りつくような「殺意」に包まれた。
足元の砂利が、突如として意志を持ったかのように、蒼く発光したのだ。
それはただの砂利ではない。
踏み込んだ者の「殺意」や「敵意」に反応し、その魂を直接焼き切る自動迎撃型術式――『魂縛の魔石』。
(……ありえない! 術式の起動が、私のスキルを上回っている!? しかもこの密度……一つ一つが、戦略級の封印石だというの!?)
ジャリッ、という微かな音が、シルヴィアの脳内では「死の宣告」として響き渡る。
逃げなければ。
そう思った彼女が、とっさに後ろへ飛び退こうとした時――。
チリン、と。
夜の静寂を切り裂いて、澄んだ鈴の音が響いた。
「…………っ!!?」
シルヴィアの視界に、無数の「光の糸」が浮かび上がった。
それは、小屋を幾重にも囲む、因果の檻。
鈴が鳴った瞬間、侵入者の「逃走という未来」が、その糸によって断ち切られたのだ。
(……馬鹿な。逃げられない……。空間そのものが、この糸によって固定されている……!? これを作った男は、私がここに来ることを、数手先から予見していたというの!?)
シルヴィアは、恐怖に顔を歪めた。
小屋の入り口に立てられた、殴り書きの看板が目に入る。
『――猛 犬 注 意――』
(……猛犬……? 違う。あれは『門番』。この領域に踏み込んだ者は、地獄の番犬に魂を喰らわれるという……警告……!)
シルヴィアは、もはや戦う気力すら失い、その場にへたり込んだ。
無音で近づいたはずの自分が、たった一歩で、完璧に「詰まされた」のだ。
†
(……あ。鈴が鳴った!?)
ベッドの中で布団に潜り込んでいたアルスは、心臓が止まるかと思った。
鳴った。今、絶対に鳴った。
(……来た。暗殺者だ。どうしよう、どうしよう! 怖い! でも、見に行かないと、扉を壊されて入ってこられるかもしれない!)
アルスは、震える手で護身用の「重い鉄の棒(実は神代の魔杖なのだが、彼は火かき棒だと思っている)」を握りしめた。
そして、おそるおそるドアを開けた。
「……あ、あの……ごめんなさい……帰ってください……」
極度の恐怖で、声は掠れ、地を這うような死神の囁きへと変わった。
†
「……ひっ!?」
シルヴィアは、目の前の「怪物」を見上げた。
そこには、月の光を浴びて、銀髪を不気味に輝かせる死の神が立っていた。
その手には、一振りで神々をも沈黙させるという伝説の『黒鋼の杖』。
彼は、慈悲など微塵も感じさせない冷徹な瞳で、彼女を見下ろし、言った。
『……帰れ(=命が惜しければ、二度と私の視界に入るな)』
(……ああ。そうだわ。このお方は、私のようなゴミを殺す価値すらないと仰っているのね……)
シルヴィアは、その圧倒的な「格の差」に、むしろ恍惚とした表情を浮かべた。
真の強者に出会ったとき、隠密のプライドは、ただの崇拝へと変わったのだ。
「……申し訳ございませんでした。……この命、主に拾われたものとして、これからは影から貴方様を支えます……」
「……え?」
アルスが困惑した声を上げるより先に、シルヴィアは一瞬で姿を消した(あまりの恐怖に、死に物狂いで逃げ去っただけである)。
†
「……あれ? 消えた? お化けだったのかな……。やっぱりこの森、怖いよぉ……」
アルスは、涙目でドアを閉め、頑丈な鍵を三つかけた。
だが、翌朝。
小屋の周囲には、シルヴィアが「主への貢物」として置いていった、隣国の極秘情報(軍事機密)がギッシリと詰まった封筒が置かれていた。
アルスは、その中身を見て(字が難しくて読めなかったが)、さらに震えた。
(……うわ、何これ。果たし状? それとも、呪いの手紙!? 怖いから、とりあえず暖炉で燃やしちゃおう……)
こうして、一人のビビりな青年による「ただの防犯対策」は、大陸最強の諜報員を軍門に下らせ、隣国の国家機密を「燃料」として処理するという、前代未聞の暴挙へと繋がっていった。
アルスの平穏な隠居生活は、もはや完全に、崩壊していた。
防犯砂利が戦略級の罠になり、隣国の機密は暖炉の薪になりました。
シルヴィアも無事に(?)アルスの「影」としてストーカー……いえ、護衛を開始!
「猛犬注意が怖すぎるw」「機密文書燃やすなww」と思った方は、
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