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辺境で静かに暮らしたい小市民、うっかり「神殺しの魔王」と誤解され、全人類の王に担ぎ上げられる 〜ただのくしゃみが戦略魔法だと思われている件~  作者: 蒼井テンマ


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第5話:至高のティータイム(猛毒)

――私は、決意を固めていた。


 このままではいけない。

 あの聖女とかいう綺麗な女性が、私のシャツを顔に押し当てて号泣しながら去っていったあの日から、私の家の周りはさらに騒がしくなった。

 毎朝、窓を開けると、見知らぬ巡礼者たちが遠くで跪いて祈りを捧げているのだ。


(……怖い。怖すぎる。なんでみんな、そんなに熱心に私の家を拝んでるんだ)


 私は、震える手で窓を閉めた。

 このままでは、いつか「本物の神」の怒りに触れて、天罰で消し飛ばされる。

 そうなる前に、私はあの聖女に「私はただの、性格の悪い引きこもりなんだ」ということを分からせなければならない。


(……そうだ。おもてなしだ。最悪の、地獄のようなおもてなしをして、二度と来たくないと思わせるんだ!)


 私は、家の裏に生えている「紫色の、見るからに不気味な草」をむしり取った。

 この森は『死の森』だ。そこに生えている草が、まともなはずがない。

 触るだけで指がピリピリするし、鼻を突くようなツンとした刺激臭がする。


(……よし。これを煮出して、あのお嬢様に飲ませてやろう。きっと、あまりの不味さと腹痛に、二度と私の顔なんて見たくなくなるはずだ!)


 私は、禍々しく泡立つ紫色の液体を、ボロいカップに注いだ。

 名付けて、『地獄のデトックス・ティー(仮)』。

 これなら、どんな聖女様でも、泣きながら逃げ出すに違いない。


 その時、家のドアが静かにノックされた。


        †


 王国聖女、エレオノーラは、震える足取りでアルスの小屋の前に立っていた。

 彼女の手には、神殿に伝わる最高級の茶葉と、数々の貢物が抱えられている。


(……ああ、緊張するわ。あのお方は、私の至らなさを許してくださった。今日はその感謝を伝え、あのお方の教えを請い、この命を捧げる覚悟で来たのだけれど……)


 エレオノーラは、ドアの隙間から漏れ出してくる、異常なまでの「魔力密度」に戦慄した。

 それは、彼女が今まで感じたことのない、生命を根底から揺さぶるような、凄まじい「原始の力」の波動だった。


「……入れ」


 中から聞こえてきたのは、冷徹で、地響きのように重い声。

 エレオノーラは、背筋を正し、意を決して中へ入った。


 そこには、薄暗い部屋の中で、一つのカップを見つめて不敵に笑う(実際は引きつっている)アルスの姿があった。


「……あ、あの、アルス様。本日は、先日の無礼をお詫びしたく……」


「……座れ。これを、飲め」


 アルスは、挨拶もそこそこに、目の前に「それ」を差し出した。

 カップの中で、ドロリとした紫色の液体が、シュワシュワと怪しい音を立てている。


(……な、なんていうプレッシャーなの……!?)


 エレオノーラは、そのカップから立ち上る湯気を見ただけで、視界が歪むのを感じた。

 それは、ただの飲み物ではなかった。

 あまりにも高純度な魔力が圧縮されすぎて、物質としての形を保つのがやっと、というレベルの「神の雫」だった。


(……これは、試練だわ。私の信仰心が、本物かどうかを試されている……! これほどの力を直接体内に取り込むなど、並の人間なら一瞬で魂が弾け飛んでしまう……!)


 エレオノーラは、震える手でカップを受け取った。


        †


(……よし。ビビってる。めちゃくちゃビビってるぞ!)


 アルスは、心の中でガッツポーズをした。

 聖女の顔は真っ青だ。当然だろう。あんな不気味な飲み物、私だって飲みたくない。

 さあ、さっさと不味いと言って、怒って帰ってくれ!


「……いただきます」


 エレオノーラは、死を覚悟したような悲壮な決意を浮かべ、その紫色の液体を一気に飲み干した。


(……勝った! 勝利だ! これで静かな生活が――)


 アルスが、勝利を確信した、その瞬間。


「…………っ!!?」


 エレオノーラの体が、カッと黄金色の光に包まれた。

 彼女の目から、鼻から、口から、まばゆいばかりの輝きが溢れ出す。


「は……?」


 アルスは、唖然とした。

 彼女の体が、みるみるうちに輝きを増し、背中からは光の翼のようなものまで生え始めているではないか。


        †


(……あ、ああ……! 身体が、魂が……再構築されていく……!!)


 エレオノーラは、絶叫しそうになるのを必死に堪えていた。

 飲み込んだ液体――それは、伝説の聖樹ユグドラシルの根から、千年に一度だけ滴るとされる奇跡の霊薬『天界の雫』を遥かに凌駕する代物だった。


 彼女が長年の修行で負った体内魔力回路の傷が、一瞬で修復されていく。

 それどころか、限界だと思っていた彼女の魔力容量が、まるで海を飲み込むかのように拡張されていく。


(……不味い? とんでもないわ! この苦味は、私の魂に溜まった淀みを焼き切る『浄化の炎』! この痺れは、神の雷が私の細胞の一つ一つを叩き起こしている証拠なのね……!!)


「……あ……あああああ……っ!!」


 光が収まったとき、そこにいたのは、以前とは比較にならないほどの神々しさを纏った、真の聖女エレオノーラだった。

 彼女の肌は真珠のように輝き、その瞳には星々が宿っている。


「……アルス様……! 貴方様は、これほどまでの恩寵を……ただの『お茶』として、私のような未熟者に……っ!」


 エレオノーラは、その場に崩れ落ち、アルスの足を抱きしめて号泣した。


「全快しました……! 私の中にあった、邪悪な迷いも、病も、すべて消え去りましたわ! 貴方様が下さったこの『神の血(実際は雑草)』、一滴たりとも無駄にはいたしません!!」


「……え、あ、全快……?」


「はい! 今、確信いたしました! 貴方様はこの世界を……滅びゆくこの大陸を、根底から救うために、その絶対的な慈悲を振るっておられるのですね!」


        †


(……なんでだよぉぉぉぉ!!)


 アルスは、心の中で絶叫した。

 猛毒だと思った草が、なぜか彼女をパワーアップさせてしまった。

 よく見れば、彼女が飲んだカップの底には、まだ紫色の液体が残っている。


(……もしかして、この草、実はすごい高級なハーブだったのか……? 私は、とんでもないお宝を、ただの嫌がらせに使ってしまったのか……!? 勿体ない、勿体なさすぎる……!)


 アルスは、あまりのショックに、ガックリと肩を落とした。

 その姿は、エレオノーラの目には「すべてを与え尽くした、全知全能の者の脱力(賢者モード)」にしか見えなかった。


「……もう、いい……。好きにしてくれ……(=もう、何をやっても裏目に出る。私は諦めたよ……)」


 アルスは、幽霊のような足取りで、奥のベッドに潜り込んだ。


「……『好きにせよ』……。主は、私に『自らの信じる正義を貫け』と、そう仰ったのですね……!」


 エレオノーラは、神々しい決意を胸に、立ち上がった。


「分かりました、アルス様! このエレオノーラ、貴方様が下さったこの力を、世界の平和のために捧げます! まずは、貴方様の御名を汚す不届きな隣国軍を、一瞥で伏せさせてまいりますわ!」


「おぉぉぉぉー!!」


 外に控えていた神官たちも、強化された彼女の魔力を感じ取り、狂喜乱舞しながら叫んだ。


 アルスは、布団の中で震えながら思った。

(……なんで、みんな、あんなにやる気なの? お願いだから、一人にして……)


 こうして、一人のビビりな青年による「不味い茶での嫌がらせ」は、人類史上最強の『覚醒聖女』を誕生させるという、取り返しのつかない大惨事(救済)へと繋がっていった。


 アルスの平穏な隠居生活は、もはや宇宙の彼方へと消え去ったのである。

聖女様、パワーアップして物理的にも最強になってしまいました。

不味い茶が「神の雫」になるなら、アルスが料理をしたらどうなるのか……。

「アルス、ドンマイ!」「聖女様の暴走が止まらない!」と思った方は、

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