第3話:一瞥、山を穿つ
――もう、どうにでもなれ。
私は、目の前に山積みされた金貨や、見たこともない宝石の数々を眺めながら、遠い目をしていた。
先ほど嵐のように去っていった騎士たちは、本当に「最高の美味」を持って戻ってくるつもりらしい。
(……なんでこうなった。私はただ、静かに暮らしたかっただけなのに)
胃が痛い。
恐怖と緊張の連続で、私の心はすでにボロボロだった。
だが、何よりも気になるのは、私が「うっかり」消滅させてしまったあの山の残骸だ。
(……あ。そうだ、あそこに『証拠』が残ってるかもしれない)
もし私が投げたのが、実はとんでもない国の宝物か何かで、その破片が残っていたら大変だ。今のうちに回収して、誰にも見つからないように埋め戻しておかなければ。
私は重い腰を上げ、抉れた山の跡地へと向かった。
一歩歩くごとに、足元の草花が嬉しそうに道を空け、私の通り過ぎた後には瑞々しい果実が実っていく。
(……この森、最近おかしいな。やっぱり地殻変動の影響か。怖いなぁ)
ようやく山の跡地に到着した私は、愕然とした。
そこには、ただの「えぐれた地面」があるだけではなかった。
(……なに、これ。光ってる?)
山の断面から、まばゆいばかりの蒼い光が溢れ出していた。
それは巨大な結晶体――この大陸の魔法技術を根底から覆すほどの超高純度魔力鉱石の脈だった。
(……うわ、なんか毒々しい色。これ、絶対触ったらダメなやつだ。不法投棄の廃棄物か何かかな? 近寄らないでおこう)
私は怖くなり、その光り輝く「世界の宝」を完全に無視することに決めた。
そして、その傍らに突き刺さっていた「折れた剣のようなもの」に目を留める。
(……あ、これ。ちょうどいい。洗濯物干す棒が欲しかったんだよね)
それは、数千年前の英雄が山の深部に封印したとされる、伝説の聖剣『ラグナロク』の鞘だったのだが、今の私にとっては「丈夫そうな棒」にしか見えなかった。
私はそれをひょいと引き抜き、脇に抱えた。
「よし、帰ろう。……あ、あの光ってる穴、誰かに見つかると面倒だし、ふさいでおかなきゃ」
私は適当な大岩を蹴っ飛ばし、その巨大な魔力鉱脈の入り口を「蓋」をするように塞いだ。
これで一安心だ。
†
――数時間後。
王国の賢者や魔導師たちを伴って戻ってきたゼノンは、その光景を目の当たりにして、言葉を失った。
「……なんということだ。これは……古代の記録にある『神の血管』ではないか!?」
賢者の一人が、震える手で地面に触れる。
そこには、アルスが「蓋」をした大岩があった。
「あのお方は……山を穿つことで、この地に眠っていた枯渇寸前の魔力源を掘り当てただけではない。……見てください、この岩の配置を。これは、溢れ出しすぎるエネルギーを制御するための『超精密な封印術式』そのものです!」
ゼノンは、山の跡地の中央に、一筋の「引き抜かれた跡」があることに気づいた。
「ま、まさか……あそこに封印されていた、伝説の『終焉の鞘』を……!? 歴代の国王が誰も引き抜けなかった、あの禁忌を……!」
ゼノンは震えた。
アルスは、山を壊したついでに、世界を破滅させかねない「呪いの封印」を解き放ち、その強大すぎる力を我が物としたのだ。
(……あの御方は、手に入れた『鞘』をどうされるつもりだ? 宇宙の理を収める器として、世界を再構築するつもりなのか……!?)
その時、ゼノンたちの耳に、遠くから声が聞こえてきた。
「……あー、やっと乾きそう」
森の奥。アルスの小屋の前。
そこには、伝説の『終焉の鞘』を物干し竿の支柱にし、自分の薄汚れたシャツを干しているアルスの姿があった。
ゼノンたちは、その神々しいまでの光景(?)に、思わず涙を流した。
「……信じられん。神話の遺物を、日用品として扱うとは。我々が宝と崇めるものなど、あのお方にとっては日常の塵に等しいということか」
「なんと無欲。なんと泰然自若としたお姿……!」
彼らは確信した。
この男こそ、腐敗した王国を、そして混迷する世界を導く、唯一無二の「絶対者」であると。
†
(……あ、また来た。あの鎧の人たち)
アルスは、物干し竿(聖剣の鞘)の横でガタガタと震えながら、再び現れた騎士団を出迎えた。
彼らの手には、今度は宝石ではなく、山のような肉や野菜、そして何故か「豪華な王冠」が握られていた。
「救世主アルス様!! 我ら王国一同、貴方様を『終身名誉教皇』として、正式に迎え入れる準備が整いました!!」
「……は、はい?」
「まずは、この森一帯を『アルス直轄聖域』として、いかなる国家の介入も許さぬ独立領土といたします! どうか、我らを見捨てないでいただきたい!!」
(……え? 教皇? 独立領土? ……あ、もしかして不法占拠を許してくれるってこと!?)
アルスは、自分の「勝手な居座り」が、ついに公認されたのだと勘違いした。
彼は安堵のあまり、顔の筋肉を緩ませ、今日一番の「笑顔(緊張が解けただけ)」を浮かべた。
「……それは、ありがたいな(=あー良かった、追い出されないんだ)」
その瞬間。
ゼノンたちは、そのあまりにも慈悲深い「神の微笑み」を浴びて、その場に卒倒せんばかりに感激した。
「あ、ああ……! 主がお笑いになったぞ!! 世界は救われたんだ!!」
「全土に伝えろ! アルス様が、我々の献身を受け入れられたと!!」
こうして、一人のビビりな青年による「ただの不法占拠」は、歴史に刻まれる「神聖国家の誕生」へとすり替わった。
アルスが「ここ、めちゃくちゃ居心地悪くなってきた……」と、本気で引っ越しを考え始めるのは、もう少し後の話である。
勘違いが国家を動かし、洗濯物干しが神話になりました。
次話からは、ついに「あのヒロイン」が登場します。
「アルス、もう逃げられないぞ(笑)」と思った方は、
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