第19話:王立魔導学園、不審な特待生
――もう、限界だ。
私は、豪華絢爛な玉座(もはや私の定位置だ)の上で、ガタガタと震えながら、山積みの羊皮紙を見つめていた。
これらはすべて、私が「神の一手(失敗作のパン)」で生み出してしまった神獣フェンリル(第18話参照)への、周辺諸国からの「お供え物リスト」と、私への謁見依頼書だ。
城の外を見れば、フェンリルが「主の家を守る」と称して、国境沿いに座り込み、その魔圧で小鳥一羽近づけない「死の領域」を作り出している。
(……うるさい! 眩しい! 怖すぎる!! フェンリル、こっち見ないで! お座り! お手! ……無理、怖くて声が出ない!)
ここはもう、私の知っている『アヴァロン』じゃない。
私の静かな隠居生活は、彼女たちの熱狂と、神獣の忠誠によって無惨に踏みにじられたのだ。
(……逃げるんだ。もっと『普通』の場所へ。誰も私の正体を知らない、ただの凡人として生きられる場所へ……!)
私は、死の恐怖と、ブラック企業の社長(王)としてのストレスに突き動かされた。
せめて、ここから逃げ出さなければ。
(……そうだ。学園だ。王立魔導学園。……あそこなら、大勢の学生に紛れて、ただの『凡人A』として過ごせるはずだ。……学生なら、責任もないし、毎日穴掘って寝てても怒られないはず!)
私は、深夜、みんなが寝静まった隙を突き、偽名「アル(ありふれた名前)」を名乗って、学園への入学願書を(震える手で)書き上げた。
魔力特性の欄には、もちろん『虚弱・欠陥(実数値は測定不能)』と記入して。
†
(……始まった。主の、新たなる『聖戦(視察)』が……!)
聖女エレオノーラと、魔王令嬢ベルフェは、物陰からアルスの「入学準備」を見つめていた。
アルスは、パジャマの裾をまくり、無造作に願書を書いている。
その動作一つで、周囲の魔素が浄化され、願書の紙が一粒一粒が神聖な光を放つのを二人は感じ取っていた(第17、18、19話の厨房画像参照、今回は書斎だが雰囲気は同じ)。
「見なさい、ベルフェ。主は、自らの御手で『命の法』を願書に刻んでおられるわ……!」
「ああ。……あんな複雑な文字、見たことがない。……まるで、古代語の術式を、偽名という媒体で具現化しているかのようだわ……!」
アルスが書いた『偽名アル(Aru)』。
そこに込められた「胃痛(絶望)」と、漏れ出た「神代の魔力」が混ざり合い、願書を『因果律書き換え物質』へと変質させていた。
「主は、王としての地位を捨て(視察)、自ら民草の暮らしの中に飛び込まん(お忍び)とされているのね……! なんという、なんという広大な慈愛の御心……!!」
「ええ。……それに、学園には大陸中から次代を担う若者が集まる。……主は、彼らを直々に育成し、アヴァロンの礎を盤石にするという、神の一手を打たれたのだわ……!!」
†
(……よし。誰もいない。ここで……ここなら、私はただの穴掘り大好き青年に戻れるんだ……!)
私は、学園の門をくぐった。
そこには、私を「王」として拝む人は誰もいない。
みんな、ただの「試験を受けに来た学生」として、私を見てくれている。
(……あ、ああ……! なんという平穏。なんという、なんという素晴らしい『普通』の世界……!)
私は、感動のあまりその場にへたり込みそうになった。
だが、ここで怯えた姿を見せれば、舐められて殺されるかもしれない(凡人としての舐められ)。
なんとか、威厳を持って(?)凡人を演じなければ。
「……何の、用だ(=えっと、受付はあっちですか?)」
極度の緊張で、声は低く、地響きのように響いた。
†
(「何の用だ」……だと!?)
受付の職員は絶句した。
その一言には、神のごとき威厳と、不可侵の絶対領域を侵されたことへの「静かなる怒り」が込められていた。
見れば、青年の足元は小刻みに震えている。
いや、あれは震えではない。
あまりにも強大な力が溢れ出し、世界そのものを共振させているのだ(第19話の学園門画像参照)。
(これほどの力を持ちながら、彼は我々のような羽虫を相手にする価値すら認めていないのか……! なんという傲岸。なんという覇気!)
「お、失礼いたしました! 特待生としての入学試験、こちらでございます!!」
職員は、気づけば地に膝を突いていた。
本能が告げている。この男の前で立っていることは、死を意味すると。
†
(……特待生? ……あ、あの、私が書いた『魔力欠陥』の欄、読み間違えられたのかな?)
アルスは混乱した。
でも、とりあえず試験会場へ連れて行かれるらしい。
彼は、安心感から大きな溜息をつき、豪華すぎる試験会場へと向かった。
(……よし。誰も来ない。ここで……ここなら、私はただの穴掘り大好き青青年戻れるんだ……!)
アルスが、一心不乱に地面(試験会場の床)を掘り始めた、その時だった。
ドォォォォォォォォン!!!!!
空から、紅い流星が降り注いだ。
爆煙と共に現れたのは、凶悪な殺気を放つ、ツノの生えた美少女(の、ような、試験官)。
(……え? なに? 特撮の撮影中……? じゃないよね、本物だよね、あのツノ!)
アルスは、恐怖のあまりスコップを握ったまま、石像のように固まった。
†
「……ほう? 特待生試験すらも、私の戦場か」
試験官は、不敵に笑いながら、大剣を構えた。
彼女は、主が「適当に魔法を撃つ」と言った瞬間、それが自分への「お風呂場での暗殺(護衛の試練)」だと勘違いしていた。
(……なるほど。あえて無防備な格好で、私を誘っているというのか。……面白い。その余裕、いつまで持つかな!)
「果てろ!! 秘剣――『紅蓮・虚空断ち』!!」
試験官が、光速の踏み込みを見せた。
彼女の剣が、アルスの首筋を捉えようとした、その瞬間――。
「……あ」
アルスは、あまりの恐怖に足がもつれ、盛大に後ろへひっくり返った。
ドォォォォォォォォォォォォン!!!!!
アルスの暴走した魔力が、試験会場の魔力計に激突。
魔力計が物理法則を無視して粉砕され、その破片が、試験会場に潜入していた(?)暗殺者をオーバーキルした。
「……がはっ!? な、なんだ……今の、反撃は……!?」
試験官は、砂煙の中から必死に顔を上げた。
そこには、倒れたまま(腰が抜けて立てないだけ)、冷徹な……底知れない闇を湛えた瞳で自分を見つめるアルスの姿があった。
アルスは、震える手で、自分の首筋(剣がかすったかもしれない場所)を触りながら、絶望的に呟いた。
「……信じられない。……ここまで、やるなんて(=入学試験で、本気で殺しに来るなんて、ひどすぎる)」
†
(「ここまでやるなんて」……だと……?)
試験官は、衝撃に打ち震えた。
彼女の「秘剣」を、目をつぶって転ぶだけで回避し、その隙に試験会場の魔力計を利用して、潜入していた敵をオーバーキルした。
そして、彼は言ったのだ。
『お前の全力など、この程度の工夫(魔力計)で終わるのだ』……と。
(……あ、ああ……。私は、なんて井の中の蛙だったんだ……。この男は、戦ってすらいない。……ただ、入学試験を受けながら、ついでに私をあしらっただけだというのか……!)
試験官の胸に、かつて感じたことのない熱い感情が込み上げてきた。
「……ハ、ハハハ……。見事だ、アルス。……私の負けだ」
試験官は、よろよろと立ち上がり、大剣を地面に突き刺して、その場に跪いた。
彼女の頬は、興奮で赤く染まっている。
「殺せ。……いや、貴様のような強者に殺されるなら、本望だ。……だが、もし許されるなら……その強さのそばで、私は……」
(……え? なんで笑いながら跪いてるの!? 怖い! この子、情緒が不安定すぎるよぉ!!)
アルスは、半泣きになりながら、再び穴の中に逃げ込もうとした。
しかし、その背後には、異変を察知して駆けつけた聖女エレオノーラと、数千人の騎士たちがいた。
「アルス様! ご無事ですか!? ……あら、そこにいるのは魔界の……」
「エレオノーラ! 邪魔をするな! このお方は、今、私の魂を『貫かれた』のだ!!」
試験官が叫んだ。
アルスは、自分の腹痛を抱えながら、遠い目をして天を仰いだ。
(……お願いだ。誰か、私の『平穏』の定義を教えてくれ……)
こうして、魔界最強の刺客は、一回の「転倒」と「魔力計」によって、アルスの「重すぎる(物理的にも精神的にも)ストーカー」へと進化した。
アルスの平穏な隠居生活は、種族の壁を超えて、さらなる混沌へと突き進んでいく。
王立魔導学園、不審な特待生として入学完了!
アルスの「転倒」が「神回避」に、「魔力計破壊」が「歴代最高得点」に!!
アルスの「普通の生活」への憧れは、今日も物理法則ごと粉砕されました。
さて、次回は第20話!
学園の「皇帝」として担ぎ上げられたアルス。ついに「辞任」を決意する!?
「アルス、学園生活も前途多難w」「魔力計破壊、テンプレだけど神すぎるww」と思った方は、
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