第18話:歴史を書き換える不審者
――私は、料理が嫌いだ。
私は、豪華すぎる王宮の厨房(第16、17話の画像参照)で、真っ白な小麦粉にまみれて震えていた。
理由は、昨日聖女様が持ってきた「黄金のキャベツ(第17話の失敗作)」に合う、素朴なパンが食べたかったからだ。
王宮のシェフが作るパンは、バターと生クリームがたっぷりで、一口食べるだけで胃が死ぬ。
(……無理。こんなの毎日食べてたら、別の意味で死んじゃう。……そうだ。私は、昔おじいちゃんが焼いてくれた、あの硬くて酸っぱいパンが食べたいんだ)
私は、震える手で小麦粉をこね始めた。
でも、料理の才能なんてゼロだ。水の分量を間違え、イースト菌を入れすぎ、生地は不気味に発酵して、真っ黒な粘土のようになってしまった。
(……うわ。なにこれ。怖い。……よし。これは、失敗作だ。誰にも見つからないように、森に捨ててこよう。……あ、カラスに食べられたら悪いから、ちゃんと『土に埋めて』おこう)
私は、その「黒い粘土(実は魔力が圧縮されすぎて物理法則を無視した高エネルギー体)」をリュックサック(無限収納袋)に詰め、深夜、こっそりと城の外へと抜け出した。
†
(……始まった。主の、新たなる『創造』が……!)
聖女エレオノーラと、魔王令嬢ベルフェは、物陰からアルスの「料理」を見つめていた。
アルスは、パジャマの裾をまくり、無造作に生地をこねている。
その動作一つで、厨房に満ちる魔素が浄化され、小麦粉の一粒一粒が神聖な光を放つのを二人は感じ取っていた(第17、18、19話の厨房画像参照)。
「見なさい、ベルフェ。主は、自らの御手で『命の法』を生地に刻んでおられるわ……!」
「ああ。……あんな複雑な練り方、見たことがない。……まるで、魔界の深淵なる術式を、小麦粉という媒体で具現化しているかのようだわ……!」
アルスが作った『失敗作(黒い粘土)』。
そこに込められた「胃痛(絶望)」と、漏れ出た「神代の魔力」が混ざり合い、生地を『概念破壊物質』へと変質させていた。
†
(……よし。誰もいない。ここで……ここなら、私はただの穴掘り大好き青年に戻れるんだ……!)
私は、森の奥、誰も来ないような深い茂みの中に、その「黒い粘土」を埋めた。
「……ごめんなさい。次は、もっと美味しく作るからね」と、涙目で謝りながら。
だが、私が立ち去った直後――。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッ!!
アルスが埋めた「ただの失敗作」は、彼の魔力が混じったことで『生命の種』へと昇華されていた。
そして、その匂いに惹かれて、森の奥から一匹の魔物が現れた。
それは、飢えに震える、ただの『野犬』だった。
「……あ。……食べちゃった」
野犬は、土の中から掘り出された「黒い粘土」を、一口で飲み込んだ。
――その瞬間。
ドォォォォォォォォォォォォン!!!!!
野犬の体が、黄金色の光に包まれた。
彼の魔力回路が、アルスの失敗作に込められた莫大な魔力によって、概念レベルで再構築されていく。
ただのコボルトが、一瞬で『神獣』の眷属へと進化を遂げたのだ。
.
†
(……え? なんで? ……今、『全人類』って聞こえたけど?)
アルスは、呆然とした。
自分の「ボロ小屋に帰りたい」という切実な願いが、なぜか「世界統一宣言」として翻訳され、数百万人の熱狂に火をつけてしまった。
「……アルス様。さあ、こちらへ」
エレオノーラに手を取られ、アルスはフラフラとバルコニーへ連れ出された。
眼下に広がる、無限とも思える人の海。
彼らは一斉にアルスを見上げ、狂喜と崇拝の眼差しで、その名を連呼し始めた。
「アルス様! 万歳!!」
「全人類の真王、アルス様!!」
(……終わった。もう、逃げ場なんてどこにもない……)
彼は、豪華なマントを羽織らされ、頭に神々しい王冠を載せられながら、心の中で血の涙を流した。
(……誰か、助けて。……誰でもいいから、私を隠居させて……)
だが、彼のその「助けを求めるような悲しげな眼差し」は、民衆の目には「民の苦しみを受け止める、慈愛に満ちた神の瞳」として映り、さらなる熱狂を巻き起こすのだった。
こうして、一人のビビりな青年による「ただの夜逃げ(失敗作の隠蔽)」は、歴史書において『神の眷属降臨――全人類が一つの王の下に集った奇跡の朝』として永遠に記録されることになった。
アルスの平穏な隠居生活は、宇宙の塵となって消え去った。
第2ブロック「内政・知力編」完結!
失敗作のパンが、伝説の神獣(用心棒)を生み出しました。
アルスの家の前には、今や「神の犬」として、
誰も近づけないフェンリルが鎮座することに……。
さて、次章からは第3ブロック【学園・外交編】。
アルス、ついに「学生」になります(笑)。
「アルスの失敗、神すぎるw」「フェンリルかわいいww」と思った方は、
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明日からは1日1話の投稿予定です。お楽しみに。




