第17話:落書きに秘められた真理の扉(という名の家庭菜園)
――胃が、悲鳴を上げている。
私は、目の前に並べられた「ドラゴンの肉のステーキ(金粉がけ)」や「不死鳥の卵のオムレツ」を眺めながら、半泣きになっていた。
王になってから、食事が豪華になりすぎたのだ。
一口食べるだけで、胃もたれと胸焼けが同時に襲ってくる。
(……無理。こんなの毎日食べてたら、別の意味で死んじゃう。……そうだ。私は、素朴な野菜が食べたいんだ。おじいちゃんが作ってくれた、あの渋いカブとか、苦い葉っぱとか……)
私は、震える手でフォークを置き、立ち上がった。
幸い、この「アヴァロン王城」の裏庭には、広大な土地がある。
私は、物置から「ボロボロの種袋(実は数万年前に絶滅した神樹の種)」を取り出した。
これは以前、死の森で拾った「ゴミ」だと思っていたものだ。
(……これを植えて、自分だけでこっそり食べよう。……あ、カラスに食べられたら困るな。防鳥用の『看板』も立てておこう)
私は、昨日賢者たちに見せた「胃痛のメモ(第16話の落書き)」の余白をちぎり、そこに大きく、力強く……というか、震える筆致でこう書いた。
『――立入禁止(あっち行け、カラス!!)』
†
(……主が、また何かを始められたわ)
聖女エレオノーラと、魔王令嬢ベルフェは、物陰からアルスの「農作業」を見つめていた。
アルスは、パジャマの裾をまくり、無造作に土を穿っている。
その動作一つで、地脈の淀みが浄化され、周囲の空気が甘く澄んでいくのを二人は感じ取っていた。
「見なさい、ベルフェ。主は、自らの御手で大地に『命の法』を刻んでおられるわ……!」
「ああ。……それにあの看板。……あれは、ただの警告ではない。……空間そのものを固定し、不浄な存在の介入を許さぬ『絶対不可侵の禁域』を宣言する神の法典だ!」
アルスが立てた『立入禁止』の看板。
そこに込められた「カラスへの殺気(恐怖)」と、漏れ出た「神代の魔力」が混ざり合い、庭園一帯を覆う『因果律固定結界』へと変質していた。
†
(……よし。あとは、水を撒いて……。……あ、お腹痛い。もう、休もう)
私は、適当に水をぶっかけ、ふらふらと自室へ戻った。
だが、私が立ち去った直後――。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッ!!
アルスが撒いた「ただの水」は、彼の魔力が混じったことで『生命の雫』へと昇華されていた。
そして、『神樹の種』が、数万年の眠りから目覚め、猛烈な勢いで芽吹いた。
一晩で、裏庭は黄金色に輝く「見たこともない野菜」の森と化した。
†
翌朝。
私は、期待に胸を膨らませて(そして空腹で胃を抱えながら)裏庭へ向かった。
「……は?」
そこに広がっていたのは、私がイメージしていた「素朴な家庭菜園」ではなかった。
人の頭ほどもある、七色に輝く巨大なキャベツ。
一本食べるだけで、病気が治りそうなオーラを放つニンジン。
そして、それらを囲むように、空には虹がかかり、鳥たちが一羽も近づけずに遠くで旋回している。
(……なにこれ。毒? 毒キノコの親戚……!?)
私は、恐怖のあまりその場にへたり込んだ。
すると、背後から「おおお……!」という、地鳴りのような歓声が上がった。
振り返れば、そこには聖女、魔王令嬢、そして世界中の農業ギルドの代表たちが、涙を流して跪いていた。
「アルス様! 貴方様は……ついに『飢餓(飢え)』という概念そのものを、この地上から抹消されたのですね!!」
「……え?」
「この『黄金のキャベツ』……一口食べただけで、魔力回路が全回復し、あらゆる呪いが解けましたわ! これぞ、全人類に与えられた『神の糧』に違いありません!!」
†
(……違う。私は、ただ、胃に優しい野菜が食べたかっただけなんだ!)
アルスは、パニックで真っ白になった頭で、唯一思いついた言葉を口にした。
「……これ、……みんなで、分けて……(=私は怖くて食べられないから、勝手に持って行っていいよ!)」
極度の緊張で、その声は慈愛に満ちた、宇宙の広がりを感じさせる響きとなった。
†
(「みんなで分けろ」……!!)
農業ギルドの長たちは、嗚咽した。
「なんと、無償での提供……! この大陸を数百年苦しめてきた食糧難を、あのお方は『分け合え』という慈悲深い一言で解決された!!」
「主よ……! 貴方様は、知識(魔法)だけでなく、胃袋(命)までも救ってくださるのですね……!!」
こうして、アルスの「胃弱対策の家庭菜園」は、大陸全土の農業を一日で革命させ、アヴァロンを「世界の食糧庫」へと変貌させることになった。
アルスが、こっそり隠しておいた小さなカブを齧り、「……あ、苦い。……これ、やっぱり毒じゃないよね?」と震えながら確認するのは、その数分後のことだった。
家庭菜園で世界を救っちゃいました。
アルスの「立ち入り禁止」の看板は、今や「害虫が死滅する聖域の印」として
世界中の農家に配布されることに……。
さて、次回は第18話!
アルスが「不味い」と言って捨てた(失敗作の)パンが、
なぜか「魔力増強の究極の触媒」として戦争の火種になる!?
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