第15話:その背中、貫かせていただきます(直球)
――朝だ。
私は、絶望と共に目を覚ました。
昨夜、あのツノっ娘が「主に一生付いていく!」と宣言してから、私の人生は完全に終わった。
普通、朝起きたら隣に美少女が寝ている……というのが、ハーレムものの王道だろう。
だが、私の現実は違う。
(……なんで。なんで、枕元に、大剣を抱えたまま直立不動で立ってるの?)
ベルフェは、パジャマ姿の私を、微塵も動じない冷徹な瞳で見下ろしていた。
その距離、わずか三十センチ。
彼女から放たれる圧倒的な殺気(本人は「護衛の気合」だと思っている)のせいで、私の寝室は、まるで処刑場のような空気に包まれている。
(……怖い。怖すぎる。瞬き一つしないで、私を見つめないで。……あ。目が合った。死ぬ。今、魂を刈り取られた――!)
私は、恐怖のあまり布団の中でガタガタと震え、そのまま気絶したフリをした。
お願いだから、私が起きる前に帰って。
†
(……素晴らしい。なんと見事な『無防備』の構え……!)
ベルフェは、布団の中で震えているアルスを見て、内心で戦慄していた。
彼女は、主の「寝返り」一つ、呼吸一つを、完璧に監視(護衛)することを誓っていた。
だが、主は今、完全に意識を絶ち、無(気絶)の境地に至っている。
(……これこそが、真の強者の余裕。……見て、あの微かな震え。あれは恐怖ではない。……溢れ出る力が、肉体を振動させ、周囲の空間を常に警戒させているのだわ……!)
ベルフェは、その圧倒的な「格」の差に、再び恍惚とした。
(……あのお方は、寝ている時ですら、私のような未熟者が入り込む余地など、分子一つ分すら残さない……!)
「聖女エレオノーラ様。……主が、お目覚めのようです(=震えている)」
「ええ、分かっているわ、シルヴィア。……行きましょう。主が、我々に新たなる『試練』を与えてくださるのを、待っておられるわ」
†
(……ひぃ、お腹痛い。もう、一歩も動きたくないよぉ……)
玉座の間(勝手に座らされた)で、アルスは絶望の淵にいた。
右には聖女、左には魔王令嬢、そして影には隠密。
私の周囲は、大陸最強のヒロインたちによって完全に包囲されていた。
(……あー、やっぱりお風呂に入りたい。お風呂に入って、この冷や汗と泥を洗い流して、一人になりたい……!)
アルスは、ひどい腹痛に耐えながら、うめくように呟いた。
「……風呂。……一人で、入りたい(=お願いだから、お風呂場だけは一人にして……)」
極度の緊張で、その声は低く、まるでおぞましい呪詛のような響きを纏ってしまった。
†
(「風呂」……! 「一人で」……!!?)
エレオノーラとベルフェ、二人の動きがピタリと止まった。
(……そ、そうか……。主にとっては、お風呂すらも精神修行の場……。穢れた肉体を洗い流し、魂を純化させるための『禊』の儀式……!)
エレオノーラは、自分の視点の狭さに恥じ入り、剣を収めた。
(……クッ、やはりか……。主は、私に『己の汚れを知れ』と、そう仰っているのか……! 私のような魔族の娘が、主と同じ湯船に浸かるなど、万死に値する非礼……!!)
ベルフェは、その圧倒的な「格」の差に、再び恍惚とした。
「……失礼いたしました、アルス様。貴方様の深淵なる御心、また一つ学ばせていただきました」
「ああ、アルス! 貴様のその、常に己を律する厳格さ……最高だ! 私のすべてを貴様に預けるぞ!!」
†
(……え? なんで二人とも、そんなにスッキリした顔してるの? 解決したの?)
アルスは困惑した。
でも、とりあえず嵐は去ったらしい。
彼は、安心感から大きな溜息をつき、豪華すぎるお風呂場へと向かった。
(……よし。誰も来ない。ここで……ここなら、私はただの穴掘り大好き青年に戻れるんだ……!)
アルスが、一心不乱に地面(お風呂場の床)を掘り始めた、その時だった。
ドォォォォォォォォン!!!!!
空から、紅い流星が降り注いだ。
爆煙と共に現れたのは、凶悪な殺気を放つ、ツノの生えた美少女。
(……え? なに? 特撮の撮影中……? じゃないよね、本物だよね、あのツノ!)
アルスは、恐怖のあまりスコップを握ったまま、石像のように固まった。
†
「……ほう? お風呂場すらも、私の戦場か」
ベルフェは、不敵に笑いながら、大剣を構えた。
彼女は、主が「一人でお風呂に入る」と言った瞬間、それが自分への「お風呂場での暗殺(護衛の試練)」だと勘違いしていた。
(……なるほど。あえて無防備な格好で、私を誘っているというのか。……面白い。その余裕、いつまで持つかな!)
「果てろ!! 秘剣――『紅蓮・虚空断ち』!!」
ベルフェが、光速の踏み込みを見せた。
彼女の剣が、アルスの首筋を捉えようとした、その瞬間――。
「……あ」
アルスは、あまりの恐怖に足がもつれ、盛大に後ろへひっくり返った。
しかも、お風呂場の床は石鹸でヌルヌルしていた。
ドォォォォォォォォォォォォン!!!!!
アルスの暴走した魔力が、お風呂場の壁に激突。
壁が物理法則を無視して粉砕され、その破片が、風呂場に潜入していた(?)暗殺者をオーバーキルした。
「……がはっ!? な、なんだ……今の、反撃は……!?」
ベルフェは、砂煙の中から必死に顔を上げた。
そこには、倒れたまま(腰が抜けて立てないだけ)、冷徹な……底知れない闇を湛えた瞳で自分を見つめるアルスの姿があった。
アルスは、震える手で、自分の首筋(剣がかすったかもしれない場所)を触りながら、絶望的に呟いた。
「……信じられない。……ここまで、やるなんて(=お風呂場まで、殺しに来るなんて、ひどすぎる)」
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(「ここまでやるなんて」……だと……?)
ベルフェは、衝撃に打ち震えた。
彼女の「秘剣」を、目をつぶって転ぶだけで回避し、その隙にお風呂場の石鹸を利用して、潜入していた敵をオーバーキルした。
そして、彼は言ったのだ。
『お前の全力など、この程度の工夫(石鹸)で終わるのだ』……と。
(……あ、ああ……。私は、なんて井の中の蛙だったんだ……。この男は、戦ってすらいない。……ただ、お風呂に入りながら、ついでに私をあしらっただけだというのか……!)
ベルフェの胸に、かつて感じたことのない熱い感情が込み上げてきた。
「……ハ、ハハハ……。見事だ、アルス。……私の負けだ」
ベルフェは、よろよろと立ち上がり、大剣を地面に突き刺して、その場に跪いた。
彼女の頬は、興奮で赤く染まっている。
「殺せ。……いや、貴様のような強者に殺されるなら、本望だ。……だが、もし許されるなら……その強さのそばで、私は……」
(……え? なんで笑いながら跪いてるの!? 怖い! この子、情緒が不安定すぎるよぉ!!)
アルスは、半泣きになりながら、再び穴の中に逃げ込もうとした。
しかし、その背後には、異変を察知して駆けつけた聖女エレオノーラと、数千人の騎士たちがいた。
「アルス様! ご無事ですか!? ……あら、そこにいるのは魔界の……」
「エレオノーラ! 邪魔をするな! このお方は、今、私の魂を『貫かれた』のだ!!」
ベルフェが叫んだ。
アルスは、自分の腹痛を抱えながら、遠い目をして天を仰いだ。
(……お願いだ。誰か、私の『平穏』の定義を教えてくれ……)
こうして、魔界最強の刺客は、一回の「転倒」と「石鹸」によって、アルスの「重すぎる(物理的にも精神的にも)ストーカー」へと進化した。
アルスの平穏な隠居生活は、種族の壁を超えて、さらなる混沌へと突き進んでいく。
「お風呂場で石鹸滑り」が「神回避」に、「暗殺者撃退」に、「魔王令嬢チョロイン化」に!!
アルスの「平穏への願い」は、今日も物理法則ごと粉砕されました。
さて、次回は第16話!
世界中の「賢者」たちがアヴァロンに集結。アルスの「教え」を請いに来る!?
「アルス、お風呂すら許されないのかw」「賢者たちの深読みが楽しみすぎるww」と思った方は、
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