第10話:ここは私の家のはずでした
――私は、自分の目を疑っていた。
数日前の「要塞爆破事件」から、私は命からがら、我が家である『死の森』の小屋へと帰還した。
隣国の将軍が跪き、聖女様が合唱し、シルヴィアさんが要塞のてっぺんで旗を振っていた気がするが、きっと全部、極限状態が見せた幻覚に違いない。
(……あー、やっぱり我が家は最高だ。このボロい壁、カビ臭い匂い。……あ?)
私が小屋のドアを開けようとした、その時だ。
私の手は、ドアノブではなく、金箔で彩られた豪華な「取っ手」に触れていた。
「……は?」
呆然と見上げれば、そこにあったのは私のボロ小屋ではなかった。
白理石で築かれ、尖塔が天を突き、ステンドグラスが輝く、荘厳華麗な「王城」だった。
(……なんで。なんで、私の家が、お城になってるの?)
小屋の周りに勝手に積まれていたレンガの塀(第8話で作成)は、各国の腕利きの建築家たちによって「神聖建築の礎」として補強・美化され、巨大な外壁へと変貌を遂げていた。
私が干していた薄汚れたシャツ(聖衣)は、専用の祭壇に祀られ、その前で神官たちが24時間体制で祈りを捧げている。
(……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! 誰がこんなことしたの!? 私は、私のボロ小屋で、穴掘って寝たいだけなのに!)
私は、その場に崩れ落ちた。
私の平穏な隠居生活は、物理的にも、完全に消滅したのだ。
†
(……ああ。主が、新しき玉座に座られたわ)
影からその様子を見ていたシルヴィアは、感涙にむせんだ。
主は、要塞を陥落させたその足で、この『死の森』に舞い戻り、わずか数日でこの『アヴァロン王城』を完成させた(と彼女は思っている)。
あのお方は、崩れ落ちたのではない。
この地に満ちる魔力を、自らの肉体を介して大地へと還元し、国としての根を張られたのだ。
(……なんて深い愛。なんて、圧倒的な建国能力……!!)
「聖女エレオノーラ様。……主が、準備が整ったと仰せです(=崩れ落ちて固まっている)」
「ええ、分かっているわ、シルヴィア。……行きましょう。世界に、新たなる神の国の誕生を告げるのよ」
†
(……どうしよう。どうしよう、どうしよう!)
私は、豪華絢爛な玉座(勝手に座らされた)の上で、ガタガタと震えていた。
恐怖のあまり、顔の筋肉は完全に死に、冷徹な仮面と化している。
私の周囲には、聖女エレオノーラ率いる神官たち、そしていつの間にか私の下僕となっていた騎士たちが、整然と並んでいた。
そして、私の前には。
大陸の周辺諸国の王たちが、真っ青な顔で跪いていた。
「……アヴァロン神聖王国の王、アルス様。……我が国は、貴方様の建国を、心より祝福いたします」
最初に口を開いたのは、隣国の老王だった。
彼の声は震え、視線はアルスの足元に転がっている「鉄の棒(神代の魔杖)」に釘付けになっていた。
(……ひ、果たし状だ。絶対に、『勝手に城なんて建てるな、死ね』って言いに来たんだ!)
アルスは、恐怖のあまり声が出なかった。
彼は、せめて「敵意がないこと」を示そうと、震える手で老王の方に手を伸ばした(実際には、彼に立ち上がるよう促そうとしただけである)。
(……くるっ!? 粛清か!?)
老王は、絶叫した。
アルスの指先から、目に見えるほどの濃密な魔力が収束している(冷や汗による魔力の乱反射だ)。
「ひ、ひぃぃ……! 許してくれ! 我が国は、今日から貴方様の属国だ! だから、その指を……その破滅の光を向けないでくれぇぇ!!」
†
「……さすがです、アルス様」
エレオノーラが、うっとりとした表情で呟いた。
「言葉すら使わず、ただ『一瞥』と『指先』の動きだけで、老獪な王を屈服させる。……あの方は今、世界に示されたのです。跪くか、滅びるか。その二つしかないということを」
(……違う。違うんだよ、エレオノーラさん。私はただ、彼を助けようと……)
アルスは、空虚な目で、逃げていく王を見送った。
これで明日から、あの隣国の軍勢が「アルスへの復讐」のために大挙して押し寄せてくるに違いない。
ああ、もうダメだ。今度こそ、おしまいだ。
「……主よ。次は、この国の『憲法』を定める必要がありますわ」
エレオノーラが、分厚い書類を持って近づいてきた。
「……もう、どうにでもして(=もう、好きにしてくれ。私は考えるのをやめた)」
アルスは、幽霊のように呟いた。
(「どうにでもして」……。あ、ああ……!!)
エレオノーラは、その言葉に再び号泣した。
主に、すべてを委ねられた。
それは、私への信頼であると同時に、『このエレオノーラが信じる正義を、そのままこの国の法とせよ』という、神の至上命令!
「分かりました、アルス様! このエレオノーラ、貴方様の御心を、完璧な法典として編み上げてみせますわ!」
「おぉぉぉぉー!!」
神官たちが、狂喜乱舞しながら叫んだ。
アルスは、王座の上で震えながら思った。
(……なんで、みんな、あんなにやる気なの? お願いだから、一人にして……)
こうして、一人のビビりな青年による「ただの恐怖の挙動不審」は、大陸を震撼させる『アヴァロン神聖王国』の建国と、聖女による『狂信の法典』の制定へと繋がっていった。
アルスの平穏な隠居生活は、ブラック企業の社長(王)としての、地獄の日々へと変わったのである。
王様、就任おめでとうございます(笑)!
ボロ小屋が王城になり、ただのジェスチャーが降伏勧告になり、
投げやりな言葉が建国理念になりました。
「アルスの胃袋が本気で心配w」「アヴァロン王国、ブラックすぎるww」と思った方は、
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