第1話:死の森の引きこもり
はじめまして、あるいはこんにちは。蒼井テンマです。
本作は「実は最強なのに、本人は自分が最弱だと思い込んで必死に逃げ回っている」という、
少し……いや、かなり不憫な主人公の物語です。
彼の情けない本音と、周囲の過剰すぎる神格化。
その「ズレ」が生み出すカタルシスを楽しんでいただければ幸いです。
もし「面白い!」「アルスの胃壁が心配」と思っていただけましたら、
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それでは、どうぞお楽しみください。
――私は、ひたすら弱かった。
まず、体力が全然ない。少し走っただけで動悸が激しくなる。
次に、魔力が不安定だ。ただ立っているだけで勝手に周囲の空気がビリビリと震え出し、まともに制御すらできない。
そして何より、メンタルが豆腐だ。知らない人と目が合うだけで心臓が口から飛び出しそうになるし、怖い人が来れば手足がガタガタと震え出す。
だから私は、決意した。
人里離れた『死の森』で、ひっそりと隠居しよう、と。
ここなら誰も来ない。恐ろしい魔物もたくさんいるらしいが、幸いなことに私は運が良かった。ここに住み着いてからというもの、一度も凶悪な魔物なんて見たことがない。
たまに足元に転がっている大きなトカゲや犬のような死骸は、きっとこの森の厳しい自然淘汰の結果なのだろう。
私は、今日も震える手でスコップを握り、家の裏に穴を掘っていた。
(……ひぃ、疲れた。もう腕がパンパンだ。でも、防犯用の落とし穴くらい作っておかないと、夜も眠れないよぉ)
情けない話だが、これが私の精一杯の抵抗だった。
少しでも身を守るために。平穏に、ただ明日を生きるために。
だが、運命というやつは、いつだって私の平穏をぶち壊しにくるのだ。
†
「……報告します。……信じられません」
王国聖騎士団、第三隊長ゼノンは、かつてない戦慄に身を震わせていた。
彼の眼前に広がる光景は、地獄という言葉ですら生ぬるい。
そこは、人類未踏の禁足地『死の森』の最深部。
かつて数千の軍勢を一夜で飲み込んだとされる伝説の厄災――古龍が、無惨な死体となって転がっていた。
それも、ただの死ではない。
まるで「羽虫でも払うついでに潰された」かのような、あまりにも無造作な、暴力の痕跡。
「隊長……あそこを見てください。何かがいます」
部下の震える声に、ゼノンは視線を向けた。
龍の死骸の先。そこには、小さな小屋と、一人の青年がいた。
銀色の髪を風になびかせ、その青年は黙々と土を掘っていた。
その動作は一見、農作業のように見える。だが、ゼノンの「探知」スキルは、青年の周囲で渦巻く異常なまでの魔力密度を捉えていた。
(な、なんだあの魔圧は……!? 立っているだけで、大気が、概念が、捻じ曲がっていく……! 呼吸をするだけで周囲の魔素を純化し、世界を再構築しているというのか……!?)
青年が、ふと手を止めた。
そして、ゆっくりとこちらを振り返る。
その眼光は鋭く、冷徹。
すべてを見透かし、この世の有象無象など歯牙にもかけない、絶対強者の眼差し。
(……目が合った。死ぬ。確実に、今、魂を刈り取られた――!)
ゼノンは、無意識のうちに剣の柄を握りしめていた。だが、抜けない。
指が、石のように固まって動かないのだ。
†
(うわあああああああ!! なんか来た! めっちゃ強そうな鎧の集団が来た!!)
アルスの内面は、今まさにパニックの絶頂にあった。
心臓が爆発しそうだ。手足の震えが止まらない。
恐怖のあまり、顔が引きつり、表情が完全に凍りついている。
(どうしよう、どうしよう! 侵入者だ! きっと、不法投棄でも疑われてるんだ。それとも、この森に勝手に住んでるから怒られるのか!? 謝らなきゃ。でも、声が出ない! 怖すぎて声が裏返りそうだ!)
アルスは必死に、平静を装おうとした。
ここで怯えた姿を見せれば、舐められて殺されるかもしれない。
なんとか、威厳を持って(?)追い払わなければ。
「……何の、用だ」
絞り出した声は、極度の緊張で自分でも驚くほど低く、地響きのように響いた。
本当は「ごめんなさい、すぐに出ていきます」と言いたかったのだが、あまりの恐怖に喉が閉まり、最短の言葉しか出てこなかった。
†
(「何の用だ」……だと!?)
ゼノンは絶句した。
その一言には、神のごとき威厳と、不可侵の絶対領域を侵されたことへの「静かなる怒り」が込められていた。
見れば、青年の足元は小刻みに震えている。
いや、あれは震えではない。
あまりにも強大な力が溢れ出し、世界そのものを共振させているのだ。
(これほどの力を持ちながら、彼は我々のような羽虫を相手にする価値すら認めていないのか……! なんという傲岸。なんという覇気!)
「お、失礼いたしました! 我々は王国聖騎士団! この森に現れた『龍』の調査に参った者です!」
ゼノンは、気づけば地に膝を突いていた。
本能が告げている。この男の前で立っていることは、死を意味すると。
「龍……? ああ、あのアレか」
アルスは、背後に転がっているトカゲの死骸(彼にとってはただの邪魔なゴミ)を指差した。
「……邪魔だったから、埋めようと思っていたところだ」
――戦慄が走った。
伝説の古龍。一国を滅ぼす災害を、「邪魔なゴミ」と言い切った。
しかも、あろうことか「埋める」……つまり、肥料にでもするというのか。
「……そ、それは失礼いたしました! 邪魔だなどと……っ! 我々がすぐに撤去、いえ、清掃させていただきます!」
「いや、いい。自分でやる。……帰れ」
アルスは、もう限界だった。
これ以上この人たちと一緒にいたら、失禁してしまう自信がある。
早く、一刻も早く一人になりたかった。
†
(「帰れ」……。これ以上我々が関われば、王国そのものを消滅させるという宣告か……!)
「は、はっ! 失礼いたしました!!」
ゼノンたちは、文字通り脱兎のごとく撤退を開始した。
その際、一人の騎士が、あまりの恐怖に足ををもつれさせ、転んでしまう。
「あ」
アルスは、思わず声を漏らした。
その騎士の先には、今自分が掘ったばかりの「落とし穴」があったからだ。
(やばい、はまる! 怪我でもされたら、慰謝料請求されるかもしれない!)
助けなきゃ。そう思ったアルスは、とっさに足元に転がっていた「石ころ」を拾い、投げた。
穴に落ちる前に、石をぶつけてその衝撃で軌道を変えようという、パニックゆえの無茶苦茶な思考だった。
だが。
アルスの指先から放たれたその「石ころ」は――。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!
音速を超え、空気を焼き切り、背後の山ごと、森の一角を消し飛ばした。
「……………………は?」
アルスは、石を投げたポーズのまま固まった。
自分が投げたのは、確かにそこらへんの小石だったはずだ。
なのに、なぜか山の斜面がえぐれ、雲が吹き飛んでいる。
撤退していたゼノンたちは、その様子を見て、完全に魂が抜けたような顔で立ち尽くしていた。
(……今のは、威嚇か? いや、違う。我々が二度とこの場所を思い出せないよう、地形そのものを書き換えたのだ。呪文も、予備動作もなしに、ただの小石で神罰級の術式を……!)
「ひ、ひぃぃ……っ!」
騎士たちは、もはや言葉にならない悲鳴を上げながら、一目散に逃げ去っていった。
残されたのは、静寂。
そして、自分の右手をまじまじと見つめる、一人の震える青年。
「……え、今の石、めちゃくちゃ高価な魔石だったのかな……? どうしよう、山の持ち主に怒られる……。明日から、もっと深い穴掘って隠れてなきゃ……」
アルスの絶望をよそに。
この日、「死の森に、世界を統べる魔王が降臨した」という報せが、大陸全土を駆け巡ることになる。
本人の「平穏に暮らしたい」という願いは、その瞬間、永遠に叶わぬ夢となったのだった。
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