2話 努力は、安心したいだけ
「ほうほう、君は努力しているけど、周りに後れを取っている、と。でもそんなこと無いんじゃない?君は誰よりも早くこの相談室……あいや懺悔室にたどり着いたじゃないか?」
ここはマギナ教会懺悔室――。
今日も猫に囲まれたこの懺悔室に、相談者がやってくる。
今は、騎士団志望の好青年が相談に来ていた。
「ここに誰より早く来たって仕方ないじゃないですか!真面目に聞いてくれないなら僕帰ります!」
青年は勢いよく立ち上がる。
「ああ待って待って!困っているときに誰かに助けを求めるのが良いって!そういう話なんだって!」
青年は、疑いながらも席についてくれた。
「思いとどまってくれて良かったー。それにしても、随分余裕が無いように見えるよ?大丈夫かい?ちゃんと寝れてる?20時間くらい」
「さすがに20時間は……エルフじゃあるまいし。でも、寝れてないのは確かです」
「寝れてないかー!何か思い当たるのことは?がっつり昼寝しちゃう、とか」
「不安、でしょうか。昼は剣を振って、夜は座学をしています。寝なければいけないのはわかっているんです。でもどうしても眠れなくて……」
青年の手は、あちこち傷やまめだらけだった。
「それで、また勉強しちゃう、と。不安はやっぱり、周りのことかい?」
「はい……仲の良かった連中は皆騎士団に入りました。僕は前回もダメで……」
「あちゃーそれは悲しいねぇ……騎士団に入るのは、君の夢かい?」
「はい。仲間と、みんなで騎士団になろうって。親も、農業よりよっぽどいい仕事だって」
青年は少し俯く。
「そうかー。そうだね、もう一度聞こうか。それは君の本当に望んでいる夢なのかい?」
「……はい。僕の夢です!」
今度は力のある言葉で、そう青年は返した。
「……そうかそうか!おじさんはもうおじさんだから、そういうキラキラした夢が羨ましいよね!いいよ!若者!………でもさ、肩の力が入り過ぎちゃうと、疲れちゃうんだよね」
「でも、気合を入れて努力しないと、騎士には……」
「そう!それ!努力しないといけない!しないといけない、は疲れちゃう!」
青年は語気を荒げる。
「では、諦めろと?努力は才能がない証拠だって!」
「どうどう!落ち着いて落ち着いて!そうじゃないよ!君は夢をかなえたいから、努力しているんだよね?夢をかなえなきゃいけないから、努力しなきゃいけないってわけじゃあ、ないんだよね?」
「それはどういう…………」
「うーん……私にもわかんないや。でもそうだなぁ……努力は近道なんだよねー。でも近道が、必ず近道じゃないっていうか………」
「すみません、何を言っているのかさっぱり……」
「そうだよねー。だって私にも何を言ってるかわかんないもん!」
「そうですか……すみません、もういいです。ありがとうございました」
そういって彼は出て行ってしまった。
オルディは精霊魔法を解き、エルフの森へ視線を戻す。
「これは……やってしまったなぁ……いつも以上に……」
そして騎士団志望の好青年は、次回の騎士団テストを諦め、実家の農業を継いだのだった――。
***
青年は、実家の農業を継ぐことにした。
元々細身の彼には、この重労働は体に応えたが、それでも数年とこなしていくうちに、体は大きく逞しくなっていった。
彼は、騎士団から農業に逃げた負い目から、この仕事をみじめに感じていた。
しかし、同時に面白みも感じ始めていた。
そして数年後には、親の言う「騎士団のほうがよっぽどいい仕事」ほどは、農業を嫌っていなかった。
騎士団にはなれなかったが、この家業を継ぐというのも、悪くないな、と。
そしてさらに数年が経った。
青年は結婚し、子供が生まれた。
妻と家業を継ぎ、子供が金色の畑で遊ぶ光景を見て、これ以上ない幸福感に包まれていた。
***
「すみません………相談、大丈夫ですか?」
「はいはーい!ちょいお待ちをー。…………おっ!君はもしかして、いつぞやの!」
「ええ、騎士団志望だった者です」
「いやいや!これは感動の再会だねー!お、少し太った?」
「がっしりしたって言ってくださいよ!太れるほど農家は楽ではないですよ」
「ははは、これは失礼したね!あーでもそうか、実家を継いだんだね」
「ええ、今は妻も子もいます」
「それは素晴らしい!繁栄しているねー人類!それで今日はどしたの?浮気調査?」
「そんなことお願いしませんよ!……今日は報告がありまして」
「えーなんか怖いなー改まって!」
かつての好青年は、ぽつりぽつりと話始めた。今までの事を。
「…………それで先日、酒場で喧嘩があって、それを止めたんですが、騎士団長に見られてまして。強制的に騎士団試験を受けたのですが、立ち合い稽古の相手が、友人だったんですよ」
「………ほうほう!なんか熱い展開!続けて続けて!」
「後半はお互い本気になってしまって………それで……その友人を打ち負かしちゃいました!」
「なんと!!それは凄い!陰で訓練でも続けていたのかい?」
彼の手には、以前とは違う形のタコや傷があった。
「いえ、単に農業で体が鍛えられたようです。そして、学んだ剣技も忘れてはいなかった……」
「そうかー。なんか人生!って感じだよねー。それで、夢だった騎士団はどうだい?」
「入りませんでした。なんかどうでもよくなっちゃってたみたいで」
「え!?そうなのかい!?でもまあ、危ない仕事だもんね、騎士団」
「ええ。とまぁそれを報告しに来たんです。感謝したくて。貴方の言う通りでした。遠回り、悪くなかったです!」
彼はそう笑顔で去っていった。
ふぅ、とオルディは感慨に更けっていた。
数年前に残した胸のつかえが、一つ取れたような感覚。
「ああよかった。本当によかったよ……。感謝もされちゃったよ……」
オルディは猫にそう話しかける。
「努力ってさ、近道じゃなくて、安心したいだけなんだろうね……」
猫が首をかしげる。
「でも安心しちゃったら、案外どこへでも行けちゃうんだ」
ナァー、と猫がすり寄る。
「ははは……私はここで十分だよ」




