1話 言わなきゃ伝わらないけど、言うと軽くなる
「ほうほう。旦那さんが最近冷たいと。冷たいのはどこら辺?右の腕?それとも左の脇腹かな?あ、もしかして財布?」
小さな懺悔室の向こうから、一方的に話す声が聴こえる。
格子越しに人影はなく、数匹の猫だけがチラリと見える。
「え、ああ態度!またそのパターンかー!奥さん流行に敏感だねぇ!その相談、今日で4件目!」
その声をよそに、格子の向こう側からガリガリガリと何かをひっかく音が響く。
「ああもう!そこはダメ!壊れちゃうから!小屋壊れちゃうから!めっ!……はいごめんなさいね、続けて続けて?」
若い女性は辺りを見回しながら、確認するように訊いた。
「あの………本当に、大丈夫なんでしょうか?」
「え?守秘義務のこと?それともこの小屋?大丈夫だよ!そこはちゃーんとしているから」
「いえ……その、相談して解決するのでしょうか……」
「大丈夫。それも問題ないよ。きっとね」
ここはエルノア国の首都マギナ。
教会本部から半ば忘れられた小さな教会――マギナ教会の、懺悔室である。
「うーんなるほど。つまり先週くらいから、あなたの旦那さんは帰りが遅いし、それに随分疲れてて帰ってきてすぐ眠ってしまうと。それは困ったねぇ、人類の繁栄的に」
「え?ええ……私達、結婚してまだ2ヶ月で……わ、私はとても幸せなんです!でも彼ったら……もしかしてもう私のこと…………ぐすっ……」
「ああ泣かないで!おじさんそういうの弱いから!ほら猫!猫の手だよ!あー引っ込めちゃった……」
格子から手を出していた茶の猫は、何食わぬ顔で台から降り、他の猫にすり寄っている。
「その大好きな旦那さんはさ、どんな人なの?」
「無口な方ではあるんですけど、優しくて、いつだって私の事を気にかけて、少し甘えん坊なところがあって……」
「めっちゃ好きじゃーん!え?え?どこで知り合ったの?」
彼は少し前のめりになって相談者に訊く。
「私の実家が農家で、買取に来てくれてたのが彼でした。そして彼からお誘いがあって」
「うんうん!王道のパターンだね!つまりデートを重ねて、彼からプロポーズされた、っと……」
うーん――と彼の漏れ出た声だけが懺悔室に響く。
「うん。まずね、浮気とかではないのは断言するよ。そうだな……彼が打ち明けるまで待ってみたらどうかな?」
わかりました――と、彼女は半信半疑の顔のまま去っていった。
ふう、と彼は椅子の背もたれに寄りかかった。
彼の名はオルディ。エルフの森にいる変人――もといハイエルフだ。
彼は昼間の時間を、こうしてマギナ教会の懺悔室へ精霊を飛ばし、遠隔で様々な相談に乗ることを趣味としていた。
「好きだからこそ、疑ってしまう……うんうん、よくあるよくある!不安だよねー」
オルディは腕を組み、うんうんと噛みしめるように一人頷く。
しかし、懺悔室を出ていくときの彼女の表情が、どうも離れない。
「うーん……我ながら少し軽率に『待ってみたら?』なんて言っちゃったかもなぁ……よし」
オルディは使い魔である猫に指示を出す。
今日は茶の猫、チャチャを選ぶ。
「チャチャちゃん!聞こえるかな?さっきの若婦人の旦那さんを、匂いで探してくれるかなー?」
チャチャは爪とぎに集中しているようで、全く反応してくれない。
「まあ、そう思い通りにはいかないよね、だって猫だもん」
オルディは爪を研ぐ音が止むまで待って、再度チャチャにお願いしたのだった。
***
チャチャは無事、先ほどの若婦人の夫を見つけ出した。
「お、仕事が終わるころだな……」
夫は、若婦人の言う通り商会で働いているようだ。
「ん?でも旦那さんだけ帰らないぞ…………あれま、職場に戻っちゃった。チャチャちゃん!ちょーっと中を覗いてくれるかな?」
チャチャは商会の倉庫の中へと入った。
中は買い付けた商品で所狭しと並んでいる。
夫の手には帳簿。在庫確認をしているようだ。
「なーるほどー。ただの残業かー!」
オルディは少しホッとした。
「でも、奥さんに何も伝えないのは、ちょっといただけないよね。うん惜しい……実に惜しい!」
オルディはそれでも。とりあえず一安心していた。
ここで終えようか迷ったが、オルディはチャチャの目線を借りて街の観察を続けることにした。
街にはまだ夕暮れが名残り、しかし辺りは暗く、なんとも曖昧な時間帯だ。
酒場の灯りは既につき、数人の客が入っていく。
仕事帰りの人が交差する中、チャチャの目は見覚えのある人物を捉えた。
「んー?あれは………」
さきほどの若婦人だった。
なにやら不審な動きをしている。きょろきょろと辺りを見回している。
オルディは観察を続けた。
若婦人は、少し年上の男性に声をかけていた。
そして彼と共に歩いて行ったのだ。
「おやおや?これはこれは……まさかそういうやつなのか?」
そして、二人は街の奥へと向かっていった。
そして立ち止まった先は、夫の職場だった。
案内された若婦人は、戸惑いながらも夫の職場に入っていった。
「あなた………?もう仕事は終わったはずじゃ……」
「フラン!?ああ、フラン………すまない。実は残業しているんだ」
「………どうして言ってくれなかったの?それに十分稼いでくれているじゃない……」
「その……君の……誕生日が近いから……」
フランは駆け寄り、彼を抱きしめた。
「そんなもの……それよりも私はこうして一緒にいてほしいわ……」
オルディは、これ以上見るのをやめた。
「ふー!お熱いことね!いいねぇ夫婦は!愛とはかくも素晴らしい!」
オルディは窓に視線をやる。
陽のすっかり落ちたエルフの森は、もの悲しい藍色で染まっていた。
「言わなきゃ伝わらないけどさ。でもさ、言うと軽くなるの、なんなんだろうね」
遠くを見つめるオルディに、猫がすり寄ってくる。
「あーごめんごめん!私にはお前がいたな!……よいしょ!」
彼は、すり寄る一匹の猫を抱き上げた。
「………さて、晩御飯にしようか!」
明日はどんなお悩みが出るのかなー――オルディはワクワクした。




