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墨染櫻花の怪異事件簿 ――開化東京妖怪譚  作者: 真魚
第一話 麻布蝦蟇屋敷
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第八章 花冷えの夜 2

 短い沈黙が落ちた。

 青木夫妻の顔が目に見えて蒼褪めている。


 甚五は二人の顔を交互に眺めてから、場の主導権を奪われた権力者らしい不機嫌さも露わに櫻花へと向きなおった。

「あなたの推測では、何が燃やされたのだと?」

「その点については茅野から」

 櫻花が促すと、真葛は軽く頷き、白い小袖の長い袂から懐紙の包を取り出してそっと開いた。


 真葛の白く細い指が包のなかの小さな何かを摘み上げるなり、硬直したままじっとその手許を凝視していた青木マサの母親がヒッと喉を鳴らして腰を浮かせた。


「――お房!」

 夫が慌てて押しとどめる。


 甚五の眉間に太い縦皴がよる。

「――ご婦人」

「茅野ですわ」

「では茅野どの」

「何でしょう?」

「それは何だ? 僕には単なる木の葉のように見えるが」



 真葛の白い指がつまみ上げているもの――

 それは鮮やかな緑色をした小さな木の葉の形をしていた。


 

「よくご覧くださいな。これは紗でできた造り物ですわ。異人たちが髪に飾る花冠にしたり帽子の飾りにしたりする造り花の葉です」

 真葛が説明しながら造花の葉を顔の高さに掲げる。

 白い指がその葉をじかに摘んでいる。

 櫻花は眉をしかめた。

「真葛どの」

「何です?」

「じかに手に持って大丈夫なのか?」

「ちょっと摘むくらいなら問題ありませんわよ。同じようなものを大量に、戸を閉め切った室内で燃やしたりしたら大事ですけれど」

 真葛がさらりと答え、青木夫妻を横目で見やる。

 甚五もつられてその視線を追う。


 夫妻の顔は完全に蒼褪めていた。

 膝立ちになって小刻みに震える妻の肩を夫が必死で庇うように両手で抑えている。


 甚五はその様を検めるように見つめてから、困惑と苛立ちの入り混じった顔で真葛へと向きなおった。


「――つまり、あなたはその品こそが囲炉裏で燃やされたものだと?」

「墨染はそう推測しております」

「その葉は何処でお見つけに?」

「こちらのお宅の離れで。如月十五日に異人たちが宿った夜、おマサさんが炭と酒を運んだ建物で見つけました」

 見つけたのが真葛の使役する管狐だという事実は敢えて伏せている。


 甚五はしばらく考えこんでから、今度は櫻花をまっすぐに見つめて切り込むように訊ねてきた。

「では、あなたは、あの夜僕が招いた英国人たちが我が家の女中に石見銀山《*ヒ素》の含まれた造花の装身具を与えたと、そう言いたいのか?」

「その通りだ」

「―――ばかばかしい!」

 甚五はハッと太い息を吐いて哄笑した。「いいですかご婦人方、あの夜僕が招いた英国人たちはおマサとは完全に初対面でした。その彼らがなぜあの娘を殺す? いくらあの忌々しい領事裁判権で護られているとはいえ、連中だってわけもなく罪もない小娘を殺すほど――」

「松崎どの、その点については私から」

 と、藤七郎が口を挟む。


 甚五が苛立たしげに舌打ちをする。「なんだね邏卒(ぽりす)くん。下手人(げしゅにん)が英国人ということになったら捜査は打ち切りだからな。このばかばかしい茶番劇は君の肝いりか?」

 嘲るように言われるなり、藤七郎の若々しい顔に分かりやすい怒りが走った。


 若者はちいっと舌打ちをするなり、

「聞けって言ってんだろうが箆棒めが!」

 と、思いもかけないほど江戸っ子らしい町人風の巻き舌で威嚇し、腰の棍棒を引き抜くなりダンっと畳に打ち付けながら続けた。

「英国人に罪はありません。茅野どのが見つけたその造花の葉に使われている顔料は花緑青といって、これにはもともと石見銀山《*ヒ素》が含まれているのだそうです」


「え?」

 甚五の目が見開かれる。

「もともと?」

「ええ」

 藤七郎が誇らしそうに頷く。「駿河台の田宮どのという唐物商が築地の居留区に住んでいる異人の医者を教えてくれました。その医者が言うには、花緑青というのは、欧州ではもう随分まえから《キリング・グリーン》、死を招く緑と呼ばれて、毒を含んだ顔料だとしてよく知られているのだそうです。しかし、商うのが違法とまでは定められてはいないそうですから、罪には問えません」


「相当長いこと身に着けていなければ死ぬほどの害はないそうですしね」と、真葛が《死を招く緑》に染められた造花の葉を懐紙に包み直しながら付け加える。

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