第八章 花冷えの夜 1
五日後である。
櫻花と真葛は再び藤七郎と連れだって麻布の松崎邸を訪れた。
今日は二人とも白い小袖に紗の千早を重ねて緋の袴を合わせた巫女装束だ。
櫻花は梓弓を収める黒漆塗りの葛籠を背負って薙刀を携えている。
紅色で稲荷の稲紋を刺繍した千早を重ねた真葛も、この日ばかりは堂々と「王子稲荷」の御札を貼った管狐の竹筒をそのまま手にしている。
道行く人々の物見高い視線を浴びながら堂々と闊歩する二人の後ろを藤七郎が極まり悪そうに従いてくる。
母屋の表玄関で出迎えたのは彦乃だった。
巫女装束の奥女中二人を見るとほんの少しだけ目を瞠ったものの、すぐにいつもの伏し目がちな無表情に戻って、
「どうぞお上がりくださいませ。皆さますでにお揃いでございます」
と、客人たちを自ら奥座敷へと導いていった。
坪庭に面する廊下を進んで明かり障子の前で足を止める。
「申し旦那様、猪口さまとご上臈がたがお見えです」
腰を低めて囁くように呼ぶ。
すると中から幾分苛立ったかのような松崎甚五の声が返った。
「ようやく来たか猪口君。ご婦人方もご足労をおかけした。入り給え。青木はもう来ている」
彦乃が障子をすっと開く。
床の間を背にした上座に坐っているのは、相変わらず利休鼠の着流し姿の松崎甚五だった。下座に黒紋付に身を正した青木夫妻が並んでいる。
巫女装束の櫻花と真葛を目にするなり、甚五は露骨に眉をひそめた。
「猪口君、ご婦人方のその身なりはなんだ? まさか僕の家に清めだの祓いだのといった旧弊な迷信を持ち込むつもりじゃあるまいな?」
甚五はご婦人方二人は壁のように無視して、二人の後ろに立っている藤七郎にだけ話していた。真葛がムッとした声で言い返す。
「松崎様、ご案じなさらず。このたびの一件に蝦蟇は関係ありません。わたくしどもが行うのは謎解きでございます。わたくしども――というより、この墨染櫻花が、ですけれど」
真葛は櫻花を見あげながら何とも誇らしそうに言った。
どうも私は真葛どのの管狐と同列に扱われているような気がする――と、内心釈然としない思いを抱えながらも、櫻花はできるだけの威厳をかき集めて頷いて見せた。
「ああ。謎はすでに解けた。足りないのは最後の証拠だけだ」
きっぱり堂々と宣言するなり甚五は失笑した。
「ほほう。証拠はないと。ではなぜ謎が解けたと?」
「探索と推論だ。話を始める前に坐っていいだろうか?」
「ああ、勿論坐ってくれ」
甚五が告げるなり、下座に並んで座布団なしで坐っていた青木夫妻が大慌てで左右へよける。
「かたじけない」
一礼して甚五と向き合う形で坐ってから、櫻花はおもむろに青木マサの父親へと向き直って訊ねた。
「ご亭主、初めにひとつ伺いたい」
「な、なんでございましょうか?」
「先日お宅を訪問したおり、あなたはこうおっしゃった。娘御の亡くなられた離れの囲炉裏にはもう長いこと火を入れていないと。しかし、あれは嘘だ。如月十七日《*西暦3月25日》とはいえ、あの前後の夜は寒かった。おマサどのが離れに宿った夜、囲炉裏には火が入っていたとお宅の者が証言している」
証言者が櫻花にしか見えない火伏の神である三宝荒神だという事実は敢えて伏せておく。
櫻花が持ち前の威風堂々たる態度で告げるなり、青木夫妻はあからさまな動揺を示した。
上座の甚五が意外そうに眉をあげ、微かに面白がるような声音で訊ねてきた。
「墨染どのだったな?」
「ああ。何か?」
「先月十七日が花冷えだったことは僕も覚えている。囲炉裏には当然火が入っていただろう。青木がそのことについて嘘をついていたとして、そのことにどういう意味があるんだ?」
「単純だ。青木どのはその夜囲炉裏に火が入っていた事実を隠したかった。娘御が亡くなった夜、囲炉裏に火が入っていた事実を。そこから私は推測した。あの夜、囲炉裏では何かが燃やされたのだ。そしてその煙に石見銀山《*ヒ素》が含まれていた」




