日常・2
「おはよ。オルト。」
決意を固めた日から目が覚めたところで、アルバートから優しい声がかけられた。どうやら先に起きて身支度を進めているようだ。
「ん。おはよ。」
なんだか気まずい...意を決して話した俺の決意を相手が全く聞いていなかったんだから気持ちが空回りしている感覚になる。
「なぁ、アルバート昨日の...」
「あ?あぁ!!飯美味かったな!!安定したお袋の味って感じで。」
モヤモヤを解消したくて改めて決意を伝えようとしたが、それこそなんだかこっ恥ずかしい気がして
「あ、あぁ。そうだな。めっちゃ美味かったな。」
と少し目をそらしながら誤魔化した。
その間もアルバートは何事もないかのように身支度を進めている。自身の体に鉄の鎧を身に着け、丁寧に磨かれた剣を携え、薬・本などが入ったカバンを肩に担ぐ。
しかしどうしてだろうか。今日に限って日々の生活費をやりくりし、少しづつ貯めてきたファイトマネーも小袋にまとめカバンに入れていた。
「なぁアルバート。なんでそんな大金持ち歩くんだよ?俺が盗っちまうぜ~?」
とオルトは冗談交じりにアルバートに聞いた。
「あ?これか?いやーな、そろそろ防具を買い替えようと思ってな?オルトにも買い替えろって言われたところだし、それに、いくら綺麗にしたところで人の血肉でダメになってくるんだよ。」
その答えにオルトは目をギラギラと輝かせて
「武具屋に行くのか!?俺も行くぞ!?」
とまるでおもちゃを買ってもらう子供のように飛び跳ねた。
その様子からアルバートは(やっぱりまだまだ子供だな)と内心呟くと、やはりそういった考えは顔に出るものなのだろう。オルトはアルバートの心境を鋭い勘で察して
「おい。アルバート。また余計なこと考えてねぇだろうな?」
と問い詰める。アルバートは誤魔化しながら
「んなッ、なんも考えてないさ。さぁーそういうことならオルト君も身支度してねー。」
と答えるしかなかった。
オルトがルンルンで着替えなりの身支度をしている間、(子供ってなんであんなに察しってものが鋭いんだろうか)と眉間を指でトントンしながらまた性懲りもなくオルトの子供っぽさについて呟いていた。
「準備できたぜ!!アルバート!!」
今すぐにでも一目散に走っていってしまいそうな勢いで家から飛び出しオルトは言った。
「武具屋に行くとなると毎回身支度が早いな。いつもは目を擦らせて身支度するのに。」
「当たり前だろ!この世界でみんなは闘戯が一番の見ものだとおもっちゃいるがそれは間違いだね。どんな武具があるんだろうなーこの武具でどう戦おうかなーって俺の可能性を広げてくれる武具屋がいっちゃんおもろいね!!!!」
「俺の可能性って言ったってまだ闘戯出ないだろ。それに武具のことになると気持ち悪いくらい饒舌なのな...」
と引いた目をしたアルバートを尻目にオルトはルンルンとした足取りで武具屋に歩き出した。
いつもと変わらぬ下の世界の喧騒を抜け早々と武具屋に着いた。
武具屋の隣にはその武具を作る為の工場があり、炎の熱気が道に溢れ出している。そのため武具屋の前の道は湿った他の道とは違いカラッと干からびた様相を呈している。
アルバートは店頭に並ぶ打ちたての剣をまじまじと見る。普段使う武器は剣だ。どうやら先にめぼしい物がないか探してから店内に入るつもりなのだろう。
オルトはというと剣になんてものに興味はないためそそくさと店内に入る。
ここの店だけは数多いる闘戯者の装備を常に作成・修理しないといけないため他の飯屋や娼館と比べるとはるかに広い。天井までは大の大人が本気で飛び上がっても到底届かず、端から端までは全力で走ったとしても十数秒はかかるだろうかというほど長い。
その広大な空間をめぼしいものがないか小走りで散策する。右往左往に動き回っていると奥にいる武具屋の店主と目が合う。背は丸まり、皮膚は骨にかかっているだけかのように見え、目は見えているのか分からない。この店主も元は闘戯者だったらしい。長年闘戯を続けたにも関わらず五体満足で老後生活を送っているということは相当な手練れだったのだろう。
そんな店主がオルトと常に目を合わせ続けるものだから少し不気味に感じサッと商品棚の陰に隠れる。
(あの店主いつもあんな感じで生きてんのか死んでのかわかんねーから怖いんだよ!!)と思いつつ武具の散策を再開した。
やっぱり武具はいい。己の生死を分ける闘戯場で身を委ねるいわば相棒になるのだ。好きな武器・憧れの防具を使うのもいいが、やはり、自分の肌に合ったのが一番いいだろう。
そう散策を続けているといつもは目にしない対になった武器?を見つけた。それを手に取りまじまじと見つめる。
「それが欲しいのか坊主。」
「うわあ!!びっくりしたな!!殺すぞジジイ!!」
いつの間にか背後に立っていた店主に声をかけられた。
「ふぅ」と飛び上がった心臓を一度落ち着かせオルトは聞いた。
「欲しいというかなんか気になったんだよ。」
「それはガントレットと言われる防具だ。」
オルトは分厚い鉄や鎖で肘から指先までを覆うように作られたガントレットを改めてまじまじと見る。
その様子を見た店主がオルトに問うた。
「なぜそんな防具の事が気になった。殺傷に秀でた武器はいくらでもある。」
「あ?ああ。単純に殺しがしたいだけじゃない。武具ってかっこいい感じがするだろ?そりゃ他のもめちゃくちゃかっこいいけど、このガントレットが一番無骨でかっこいいと思った。」
「武具がかっこいいか...」
オルトの答えにしばし店主は思料したのち、またオルトに問うた。
「あんた闘戯の経験は?」
「俺?ない」
「出る気は?」
「ある!!」
「それじゃあ、相手を殺す気は?」
「あ?なんでそんなこと...」
唐突にそんな問いを投げかけられたオルトは店主の意図が理解できず回答に困っていると
「殺す気は?」
オルトの回答を催促するように店主は同じ質問を投げかけた。
「ない...だって殺しがしたいわけじゃなぃ...」
オルトは店主の重く据わった目つきに圧倒され小さな声でそう答えるしかなかった。オルトの黙り込んだ姿などつゆ知らず、店主は続けざまに質問を続ける。
「なぜ闘戯に出たいんだ。」
その質問にオルトは待ってましたと言わんばかりに先ほどの自信のない答えとは打って変わって元気に話し出す。
「そりゃあ!!アルバートとこの腐った『下』から『上』に出るためだ!!俺の決意だ!!」
(どうだ!!)とオルトは自慢げだが、店主はその答えを聞いても重く据わった目つきのままでいる。
「はあ...未熟だな。そんなもの闘戯に出たってすぐ死ぬぞ。」
そう嘲るように言われたオルトはすぐ臨戦態勢に入る。
「あ?てめぇどういう意味だ?」
「そのままの言葉の通りだ。あんたの決意自体は立派だが、立派なのは決意だけ。技術も殺す度胸もないガキが闘戯に出て『上』を目指す?馬鹿馬鹿しい。」
先ほどから発せられる上から目線の店主の言葉にオルトはついに喰ってかかる。
「あぁ!?さっきからなんだぁ!?一方的に質問して!こっちが答えて!それにあんたがグチグチ喋ってよぉ!!黙って聞いてりゃあ急に人のこと見下しやがって!!俺が決意だけしかない?十分だろ!!アルバートの夢を俺も一緒に背負ったんだ!!一緒にここから出るんだ!!技術?死ぬ度胸?んなもん後からいくらでも身につけてやる!!」
店内に大きく怒号が響き渡った。
「アルバート?店前の剣をみとる男か?あやつスキル持ちじゃないだろ?なおさら馬鹿馬鹿しい。」
『馬鹿馬鹿しい』
店主がオルトとアルバートに向けた言葉は一言一句同じものであるはず。なのにオルトの中ではどうも同じ言葉の重さに感じられず考え込む間もなく店主に向けて拳を振り上げ、突っ込んでいた。
「てめぇ!!!!!!今アルバートに向かってなんつった!!!!!」
向かってくるオルトを店主はヒョイと躱しながら腕をつかみ床に組み伏せた。
「事実を言ったまでだ。この死にかけに攻撃一つも当てらんようなら、なおさら、闘戯なんて出ないことだ。」
「くっそぉおおおお!!!殺すからな!!アルバートに謝れ!!」
組み伏せられたままのオルトに出来る事と言えば、これでもないという大声で悪態をつくことぐらいしかなかった。そんな口と度胸だけは達者だが身の丈にあった行動が出来ていないオルトを見て、店主は肩を落とす。
「はぁ...あんた決意があれば十分だと言ったな?技術も殺す度胸も後からつけると。」
「あぁ!?また揚げ足取りでもする気か!?殺すぞ!!」
「まぁ聞けあんたのような馬鹿闘戯者が死なんよう大事なことを教えてやる。」
「あ?なんだよ急に」
「1つ目。『基礎のない実践』それは闘戯においては自殺に等しい。技術は俺が全部教えてやる。いつでも来い。2つ目。殺す覚悟を持つなら死ぬ覚悟も持て。3つ目。あんたらが2人で持っている決意だが...それを1人で持つようになった時。その重さは倍ではすまんぞ。」
「あぁ?言ってる意味わかんねーよ!!」
血が頭に上り切ったオルトの頭では言われてる意味が分からなかったが、唯一理解できた1つ目の店主の言葉には噛みついた。
「お前に技術を教えてもらうだぁ?こっちからごめんだね!!俺にはアルバートがいるからな!!アルバートに教えてもらうからな!!」
「それでもいい。好きにしろ。出来たらの話だがな。」
そう言って店主は組み伏せたオルトを解放する。
「お宝探しは終わったかオルト?」
オルトが店主と大喧嘩をしているうちにめぼしい武器を見つけたアルバートが店内に入ってきた。その姿を見たオルトはパアと顔を輝かせ、すぐさま立ち上がりアルバートに話しかける。
「いいのはあったか!?」
「あぁ。今の剣よりも手になじむビビッとくる剣がな。オルトは?何かあったか。」
その問いにオルトはガントレットをぐいっとアルバートの眼前に持って出した。
「お!ガントレットかお前が防具に目をつけるなんて意外だなー。モーニングスターとか好むと思ったのに...」
「そうでもないだろ!!ただ気になっただけだよ。てか!俺のこと人を無惨に傷つける血塗られた闘戯者とでも思ってんのかよ!!」
「オルト。お前のこれまでの愚行とその見た目からそう思われても仕方ないよ...」
肩をポンポンと叩きながら諭すように返事してきたアルバートの手を「うるせぇな!」と悪態つきながら払いのける。
「それが気になるんだったら買ってやってもいいぞ。」
「まじで!?いいのかアルバート!!」
「ただし。それを使うのは俺だけどな。」
「それだと意味ねーだろ!!」
「いいや?そうでもないぞ?オルトが選んだ防具で闘戯に出る。そうしたら一緒に戦ってる気がするだろ?これもゲン担ぎの一つだよ。」
「そういうの意外と大切にするんだな。」
そんなやり取りをしていると先ほどまでオルトといがみ合っていた店主が会話に入ってきた。
「あんたらを見とると平和ボケしそうだ。」
「あ?なめてんのジジイ?」
先ほどのやり取りもあって冷たく返事をするオルト。
「こら!!そうやってすぐ喧嘩売らない!!」
すぐにたしなめるアルバート。
「そういう言動のことを言っとる。」
(自覚がないのか...)と眉間に皺を寄せる店主。三者三様の様子を見せる中でもオルトは常に店主へ向かって殺意の視線を向けていた。
「久しぶりに現実が見えとらん馬鹿を見させてもらった礼だ。そのガントレットは無料でやる。」
「「え!?いいのかジジイ!?(おやっさん!?)」」
店主のその発言にオルトとアルバートは目を見開かせた。しかし、オルトだけはハッとこれまでを思い出し店主をギッと睨み言った。
「あ?なんだ?ごめんなさいのつもりかよ。」
「そうだ。すまなかった。」
その反応にオルトはきょとんとする。
「それに。どうせ買い手もつかん武具だ。在庫処分にはちょうどいい。」
「お、おぉ。そうか。まぁ素直に謝れるなら許してやらんこともない!!」
自分自身の悪行は棚にあげ、上から目線で人を許す姿にアルバートは「どの口が」と言わんばかりにゲンコツを脳天に喰らわせた。
オルトは痛みにしゃがみ込むも、すぐに立ち上がり
「やったぞ!アルバート俺の初めての武具だ!!」
とはしゃぐ。
「だから使うのは俺だって。まあ飯代浮いたのはラッキーだったな。この剣と一緒に会計済ませてくるわ。」
そう言うとアルバートは店主と一緒に店の奥へ入っていった。
オルトは会計が終わる間にルンルンとした足取りで店の外に出た。店の前でニヤニヤしたガキが小躍りしているのを周りの通行人は数奇な目で見ているが今のオルトからしたら大した出来事ではない。
これから闘戯者としての第一歩を踏み出した気分だった。
オルトの中でさらに大人の階段を上ったような気がした。
清々しい気分は熱気に包まれた店前すらもキンキンに冷えた水のミストのように感じさせた。
「ご機嫌だなオルト。」
「当たり前だろ!!俺の初めての武具だぜ!?早くそれ渡せ!!着けて帰る!!」
「こういうところがほんとに子供なんだよな...」
アルバートも呆れながらオルトにガントレットを渡す。受け取ったオルトは初めておもちゃを貰った子供のように目を輝かせ両手にガントレットをはめた。小走りで帰路につこうとしたところでアルバートと一緒に出てきた店主に声をかけられた。
「おい坊主。さっきは坊主がどれほどまで親の事を思っているのかそこまで考えが及ばず、いろいろ言ってすまなかった。」
「もういいよ。さっき謝ってくれたし。」
「子を思う親はおれど、子がそこまで親のことを思う奴もなかなかおらん。ただ子は子だ。親がいなくなるまでにたくさん甘えておけ。」
「???」
店主の含みのある言い方にオルトは頭を傾け少々悩む。
「あと最後に。」
「なんだよ。」
「お前の闘戯者としての実力がクソなのは事実だ。」
含みのない率直な言葉には即座に反応した。
「俺のデビュー戦はてめぇで決めた!!情けない墓でも立ててやるよ!!」
それに対し店主は「やってみろ」と言わんばかりの笑みを浮かべたのち店へ戻って行った。
店主が扉を閉める最後の瞬間までオルトは中指を2本突き立て睨み続けていた。
帰路の途中、先ほどの店主とのやり取りが気になったアルバートが突然オルトに聞いた。
「なぁ。武具屋のおやじと店の中でなにがあったんだ?」
その問いにビクッと体を震わせて立ち止まり、ゆっくりとアルバートの方を向いたオルトの顔は無理矢理に笑顔を作ったためか到底15歳とは思えぬほどしわくちゃになっていた。
「うわぁ...なんだよその顔...」
「イヤッ、ナンデモナイデスヨ」
早口のか細い声で答えたオルトにアルバートは「はぁ...」と肩を落としたのち
「またオルトから喧嘩売ったのか?」
とオルトと同じ目線まで屈みこむ。
「ちがう!!!!」
咄嗟に大声で答えたオルトはやべっと口を押さえ、その反応にアルバートは一瞬びっくりしたものの諭すように「なにがあった?」と聞く。
「店主が俺の...アルバートの夢のこと馬鹿にしたんだよ...」
俯きながら答えたオルトはしばしの間黙っていたが、アルバートが何も言わないためゆっくりと顔を上げると、張り詰めた弓のような目、天井まで突き刺さりそうなほど上がった口角をしたアルバートの顔が目の前あった。
「うわっ!!」
とびっくりしたオルトは後ろに後ずさりする。
「かぁわぃいいいいなぁああオルト!!お前を引き取ってホントによかった!!」
とニヤニヤしながら伸ばした手でオルトの頭をぐしゃぐしゃとなで回す。その行動にオルトは恥ずかしくなり手が届かない位置までさらに後ずさった。
「やめろよ!!子供じゃねーから!!」
顔を赤らめながらフンスフンスと憤るオルトをアルバートは追いかけさらに頭をぐしゃぐしゃとする。
「微笑ましいな!」
と仕入れから帰っているのであろう行きつけの飯屋の店主と出くわす。
「おおーちょうどいい。今日も飯買って帰ろうと思ってたんだ。」
とオルトにヘッドロックをきめ頭をわしゃわしゃしているアルバートが言った。
「いつもすまないな。いくらでも買ってけ!!んでそいつは?」
「やめろ!!見んなよ!!」
飯屋の店主に指を指されたオルトはさらに恥ずかしくなり悪態をつきながらさらに暴れる。
「いやーなこいつ俺が武具屋のおやじに馬鹿にされたのに怒ってッ」
すべてを言い終わる前にヘッドロックから抜け出したオルトに口を手で覆われる。
「おいやめろぉ恥ずかしいからぁ!おい!!飯ジジイ誰にも言うなよ!!」
さらに顔を赤く染め恥ずかしさいっぱいのオルトの矛先は飯屋の店主へと向いた。
「おいーなんだよ全部聞かせろよ。別に誰も不良少年の話なんて興味ないさ。」
「いいからお前は飯をはやく持ってこい。昨日と同じでいいから。金は店先で払う。」
これ以上アルバートに喋らすのはまずいと思い、語気を強めて店主に命令する。その間もアルバートはもごもごと続きを喋りたそうにしている。
その様子に店主も「はいはい」と肩をすくませながら飯の準備のため先に帰っていった。
ようやく店主が見えなくなったところでアルバートを解放すると
「なーんでせっかくのかわいいところ喋らせてくれないんだよ!」
と珍しく語気を強めていったアルバートに対し
「うるさいから!!」
とそれ以上の語気で言い返した後ズカズカと行きつけの飯屋に向かった。
飯屋の前にはすでに飯の準備を済ませた店主が椅子に座って待っていた。オルトはネチネチとまとわりつくアルバートに辟易しながらなんとか店前につくとお金を店主にポイっと投げ、依頼していた飯を手に取り走って家に向かっていった。
「なんでオルトのやつあんなんになっちゃってんだ?」
「いやーこれがあいつにもかわいいとこあるんだよなー」
とまたニヤニヤした表情を浮かべ事の詳細を店主に話した。
「かわいいなあーーーーー!!」
「だろ!?」
店主とアルバートはオルトのことで大いに盛り上がっている。
「それじゃあそのかわいい子供をこれから先もずっと面倒みてやんねぇとな!!」
「......」
店主のその発言にしばしアルバートが固まる。
「ん?どうした?」
「んあ?いやあ。そうだな!!俺が親だからな!!」
先ほどの沈黙を誤魔化すように笑みを浮かべながら店主に返事する。
「もう帰るよ。家でオルトが飯の準備して待ってるだろうし。」
「おお分かった。明日の闘戯もがんばれよッ!!」
そう言ってアルバートの肩をバンッと叩いた。
「痛いなーーーいい打撃してるぜ?あんたも闘戯者になればいいのに。」
「いやおれは剣よりも包丁振り回す方が性にあってる。」
「あんたは剣よりも拳で殴った方が強い。」
「それはちがいねえ!!」
アルバートの冗談に大口を開けて笑う。その姿をみてフッと笑ったアルバートは家に向かって歩き出す。がオルトと一緒に歩いていた時とは打って変わってその足取りは重い。
これまで店主は何百何千と闘戯者に飯を振舞い、飯を食らう闘戯者の様子を見てきた。
勝った喜び。
負けた怒り。
この世界の暮らしに疲れ切った闘戯者の哀れみ。
仲間と酒を飲む楽しさ。
そのためなんとなくだが闘戯者の喜怒哀楽がわかるものだ。しかし、足取りの重いアルバートの背中からはそのどれでもない負のオーラを感じ取った。
「おい。アルバート。」
店主に呼び止められたアルバートはすぐに足を止める。しかし店主は呼び止めたものはいいもののなんと声をかけていいかわからず口ごもる。アルバートは足を止めたままこちらを振り向かない。
「まあなんだ。オルトにはあんただけじゃなくて俺もいるからよ。おじさん的な立ち位置でさ。だからあんま気負うな。」
アルバートはその言葉を聞き、ゆっくりと顔を店主に向ける。
「俺が親なんだから子供を育て上げる責任は俺が背負うべきなんだ。ただ、闘戯者として何があるか分からないのも事実だ。」
「...」
じっと向けられたアルバートの視線に店主は顔をそむけることができない。
「そんときはよろしく頼むわ。」
『そんとき』その言葉に含みを感じた店主は再び歩き出したアルバートに向かって
「死ぬみたいなこというんじゃねーよ馬鹿!!明日の闘戯頑張れよ!!」
と大声で言う。
アルバートは後ろを向かず歩き続けたままピースサインを送る。それを店主から送られたエールへの答えとした。
とぼとぼと帰りすぎた。
いつもの時間の倍はかかったであろうか。
帰る間オルトとの生活を反芻していた。
まだ、オルトが腕に収まる大きさの時。闘戯からの帰り道ですれ違う痩せこけた娼婦から無理矢理渡された。急な出来事に困惑し理由を聞いても、その娼婦は「ごめんなさい」を涙ながらに繰り返すだけだった。
この狭い世界で男の最大のストレスは溜まりにたまった性欲だ。日々多くの闘戯者が娼館へと足を運ぶ。その中で子供を懐胎することなんて珍しいことじゃない。多くは無理矢理おろして娼婦を続けるか、出産して娼婦を辞めるかになる。ただ、オルトを産んだ娼婦はおろす覚悟もなければ、仕事を失い食い扶持がなくなること恐れたのだろう。
そんなことで急に一児の父になったわけだが、これが大変だった。
母乳をやれないため周りの子と比べオルトは血色悪く肉付きも少なかった。雑穀を溶かした湯などで何とか1歳まで耐えた後はこれまでの栄養不足を挽回するようにこれでもかと栄養ある食事を食べさせた。喋れるようになってから今度は性格の問題に悩んだ。2人分の食費を稼ぐために闘戯を増やさざるを得なかったためオルトと一緒にいれない事が増えた。飯屋のおやじに子守を見てもらうこともあったが、血気盛んな闘戯者を小さい頃から見てきたため、口調や態度が日に日に大きくなり発言の強さと実力が見合わない子供になっていた。そして、そのままズルズルと成長し今に至るわけだが...
オルトにしてやれることがあったんじゃないかと日々反省している。
この希望もない下の世界でも楽しそうに母と戯れる他の子供を見ると本当にオルトを引き取ったことがオルトの幸せだったのかとも思う。母の優しさに触れれば闘戯者になるとも言わなかっただろうか。ただ、健やかに生きてくれればそれだけで俺は嬉しいんだが。
そう思いながら家の中に入る。時間をかけて帰りすぎたためかすでにオルトは飯を食い終わりガントレットを抱き眠っていた。オルトの横に腰掛け、ゲン担ぎの蒸留酒をぐいっと飲み干し飯を食う。オルトの頭をなでるとふにゃふにゃとなんと喋っているのか分からない寝言を吐く。
オルトのためだったらなんだって出来る。『上』にいく夢も親として一緒に叶えてやる。
スキル持ちの奴らともこれから戦っていく事もあるだろうが関係ない。
俺が全員ぶっ倒してやる。
『オルトの体に傷一つつけることなくここから出してやるよ』
そう固く決意し、オルトの横に寝転び瞼を閉じる。
明日の事を考えるとなぜか体の震えが止まらない。
これは寝床が寒いからだろうか。それとも、
『怖いから』なのだろうか。




